2025年5月
#015 沢庵和尚『不動智神妙録』:心の置きどころ
20:43
心を何処(いずこ)に置かうぞ。敵の身の働に心を置けば、敵の身の働に心を取らるゝなり。敵の太刀に心を置けば、敵の太刀に心を取らるゝなり。敵を切らんと思ふ所に心を置けば、敵を切らんと思ふ所に心を取らるゝなり。我(わが)太刀に心を置けば、我太刀に心を取らるゝなり。われ切られじと思ふ所に心を置けば、切られじと思ふ所に心を取らるゝなり。人の構(かまえ)に心を置けば、人の構に心を取らるゝなり。兎(と)角(かく)心の置所はないと言ふ。
或(ある)人(ひと)問ふ、我心を兎角余所へやれば、心の行く所に志(こころざし)を取(とり)止(とど)めて、敵に負けるほどに、我心を臍(へそ)の下に押込めて余所にやらずして、敵の働により転化せよと云ふ。
尤も左もあるべき事なり。然れども仏法の向上の段より見れば、臍の下に押込めて余所へやらぬと云ふは、段が卑き、向上にあらず。修行稽古の時の位なり。敬の字の位なり。 又は孟子の放心を求めよと云ひたる位なり。上りたる向上の段にてはなし。敬の字の心持なり。放心の事は、別書に記し進じ可有御覧(ごらんあるべく)候。
臍の下に押込んで余所へやるまじきとすれば、やるまじと思ふ心に、心を取られて、先の用かけ、殊の外不自由になるなり。
或(ある)人(ひと)問ふ、我心を兎角余所へやれば、心の行く所に志(こころざし)を取(とり)止(とど)めて、敵に負けるほどに、我心を臍(へそ)の下に押込めて余所にやらずして、敵の働により転化せよと云ふ。
尤も左もあるべき事なり。然れども仏法の向上の段より見れば、臍の下に押込めて余所へやらぬと云ふは、段が卑き、向上にあらず。修行稽古の時の位なり。敬の字の位なり。 又は孟子の放心を求めよと云ひたる位なり。上りたる向上の段にてはなし。敬の字の心持なり。放心の事は、別書に記し進じ可有御覧(ごらんあるべく)候。
臍の下に押込んで余所へやるまじきとすれば、やるまじと思ふ心に、心を取られて、先の用かけ、殊の外不自由になるなり。
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
- 00:101.
初めのあいさつ
- 02:292.
心を何処(いずこ)に置こうぞ...
- 09:333.
心を散らすことなく臍下丹田に置くというのは...
- 08:224.
臍下丹田に気を込めて
- 00:105.
終わりのあいさつ
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