2025年5月
#017 沢庵和尚『不動智神妙録』:「有心」「無心」と「本心」「妄心」
22:05
本心妄心と申す事の候。
本心と申すは一(ひと)所(ところ)に留(とどま)らず、全身全体に延びひろごりたる心にて候。妄心は何ぞ思ひつめて一所に固り候心にて、本心が一所に固り集りて、妄心と申すものに成り申し候。本心は失(う)せ候と、所(ところ)々(どころ)の用が欠ける程に、失はぬ様にするが専一なり。
たとへば本心は水の如く一所に留らず。妄心は氷の如くにて、氷にては手も頭も洗はれ不申候(もうさずそろ)。氷を解かして水と為し、何所(いじこ)へも流れるやうにして、手足をも何をも洗ふべし。心一所に固り一(ひとつ)事(ごと)に留(とどま)り候へば、氷固りて自由に使はれ申さず、氷にて手足の洗はれぬ如くにて候。心を溶かして総(そう)身(み)へ水の延びるやうに用ゐ、其(そ)所(こ)に遣(や)りたきまゝに遣りて使ひ候。是を本心と申し候。
有(う)心(しん)之心、無心之心と申す事の候。
有心の心と申すは、妄心と同(おなじ)事(こと)にて、有心とはあるこゝろと読む文(も)字(じ)にて、何事にても一方へ思ひ詰(つめ)る所なり。心に思ふ事ありて分別思案が生ずる程に、有心の心と申し候。
無心の心と申すは、右の本心と同事にて、固(かたま)り定(さだま)りたる事なく、分別も思案も何も無き時の心、総身にのびひろごりて、全体に行き渡る心を無心と申す也。
どつこにも置かぬ心なり。石か木かのやうにてはなし。留る所なきを無心と申す也。留れば心に物があり、留る所なければ心に何もなし。心に何もなきを無心の心と申し、又は無心無念とも申し候。
本心と申すは一(ひと)所(ところ)に留(とどま)らず、全身全体に延びひろごりたる心にて候。妄心は何ぞ思ひつめて一所に固り候心にて、本心が一所に固り集りて、妄心と申すものに成り申し候。本心は失(う)せ候と、所(ところ)々(どころ)の用が欠ける程に、失はぬ様にするが専一なり。
たとへば本心は水の如く一所に留らず。妄心は氷の如くにて、氷にては手も頭も洗はれ不申候(もうさずそろ)。氷を解かして水と為し、何所(いじこ)へも流れるやうにして、手足をも何をも洗ふべし。心一所に固り一(ひとつ)事(ごと)に留(とどま)り候へば、氷固りて自由に使はれ申さず、氷にて手足の洗はれぬ如くにて候。心を溶かして総(そう)身(み)へ水の延びるやうに用ゐ、其(そ)所(こ)に遣(や)りたきまゝに遣りて使ひ候。是を本心と申し候。
有(う)心(しん)之心、無心之心と申す事の候。
有心の心と申すは、妄心と同(おなじ)事(こと)にて、有心とはあるこゝろと読む文(も)字(じ)にて、何事にても一方へ思ひ詰(つめ)る所なり。心に思ふ事ありて分別思案が生ずる程に、有心の心と申し候。
無心の心と申すは、右の本心と同事にて、固(かたま)り定(さだま)りたる事なく、分別も思案も何も無き時の心、総身にのびひろごりて、全体に行き渡る心を無心と申す也。
どつこにも置かぬ心なり。石か木かのやうにてはなし。留る所なきを無心と申す也。留れば心に物があり、留る所なければ心に何もなし。心に何もなきを無心の心と申し、又は無心無念とも申し候。
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
- 00:101.
初めのあいさつ
- 02:032.
本心妄心と申す事の候
- 01:083.
有心之心、無心之心と申す事の候
- 09:104.
心の在処はどこに...
- 09:265.
心を整えるには...
- 00:106.
終わりのあいさつ
コメント
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