TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#437 地方に暮らすこと②07:40 2025年5月20日 94再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、地方に住むことと、コミュニティ、助け合いのことについて考えます。AI目次地方暮らしの助け合いの本質とは?地域コミュニティの力、その源泉を探る信頼関係から生まれる自然な助け合い小さなグループの積み重ねが地域を支える真の豊かさ、そして未来への展望AI文字起こし(β版) # 地域ぐるみの助け合い|防災DXならバカン おはようございます。 山梨県甲州市延山、武田信玄公の母大寺、 エリンジの住職を務めさせていただいています、古川周健と申します。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 昨日に引き続き、今日も地方に暮らすことということでお話したいと思います。 テーマは同じく引き続き、Voicyの方からいただいている週刊のテーマ、 地域グラビの助け合いということになりますね。 昨日のお話の結論の部分というところはどういうところかって、 人間というのはその一人では生きていけない。 この根本というのは豊かさの中でどうしても見失われがち。 システムができてサービスがネットワークとしてしっかりできていると、 なんとなく気がつかないうちに暮らしてしまうような感じがしてしまうから見えなくなっているだけで、 根本的に人間というのは物理的にも精神的にも一人では生きていけないから。 だから大事なことは共に暮らすということなんですね。 共に暮らすということがちゃんと大事だということがお互いに分かっていて実感できていて、 ちゃんと共に暮らすということができていれば自然に助け合うということができてくるって。 助け合うということがその地域の助け合いになっていくわけですよね。 全体がお互いに必要な人同士が支え合って助け合うというのができていくのが本当の仕方なんですよね。 これは都会に暮らそうと田舎に暮らそうと基本的には一緒です。 本来人間というのは一人で生きていくことができない存在だからこそ、 だからこそ都会に生きようが田舎に生きようが一緒。 だから都会に暮らしていると様々なサービスやシステムの力を借りて、 そこをおるぞかにしても生きていけてしまうんですね。 だから生きていけてしまうんだけど、 だけどそこをずっとあぐらかいて慣れてしまっていて、 共に生きるという感覚を忘れて、 共に生きるための大事なコミュニケーションとか気配りとか、 そういう大事な人間の持っている能力やそういう生き方というのを、 スタイルを忘れてしまって、どんどん退化してしまうと、 いざという時にどうにもならないところに追い詰められることが起きるということになるんですよね。 基本的な考え方として大事なことは、 助け合わないとならないから生きるというのは順々逆なんですよ。 そもそも人間というのは一人では生きられないんだから、 お互いに共に助け合って支え合って生きていくというのが基本なんです。 助け合うことができるんです。 助け合わないとならないから共に生きるんじゃなくて、 共に生きるものであるからこそ、人間というのは共に生きるものであるからこそ、 助け合うことができるというふうになるということですよね。 人間というのは仏教的な見方をすれば、 共に生きる人との繋がりや縁の中に生きているということですよね。 その中で生きていけば自然に助け合いもできるし、 日常生活あるいは人生を通したものの感じ方、考え方、 自分の人生観も全部ガラリと変わるんですよね。 例えば、自己肯定観が足りないという人もいるんだけど、 自分一人だけで自己肯定観なんてできっこないんですよ。 共に生きる人の中で互いの信頼関係を育んでいって、 お互いにお互いが無くとはならない存在として、 お互いの存在を確かめ合うって。 自分にとって無くとはならない大事な人がいれば、 自分の価値だって分かるんですよ。 お互いにお互いを無くとはならない人って思い合うって、 そこから本当の自己肯定って始まるんですね。 自分自身で努力して成し遂げましたって、 そういう風に得られる自己肯定観って基盤が浅いものなんですよ。 本当に深いところで繋がっているというのは、 お互いが生きる上で無くとはならない人と繋がっていて、 その人に対してお互いに無くとはならない人として、 認め合うことができる人間関係って、 これが一番尊いものですよね。 実際田舎ってサービスがないし、システムがそんなにあるわけじゃないから、 人間がそれを代替しなきゃならないというか、 それが本来の姿なんだけど、 その本来の姿が残っているからこそ、 ちゃんとコミュニケーションとネットワークをうまく自分たちで繋がっている人たちって、 ものすごくいいですよ、やっぱり。 例えばお寺、私は寺子はずっと察していただいているんだけれども、 寺子にやってくるお母さんたち、ママ友達、ものすごく仲いいですからね。 お互いの子供を連れ合ってくるうちに、 今日私行けないからうちの子連れってなっていることもしょっちゅうあります。 自然に家族ぐるみのつき合い、子供たちもやっていますよね。 そんな家も当たり前にあります。 そういうのを見ていると、密接な関係というのは、 ちゃんとできればこんなに素晴らしいものでないんですよ。 だから子供たちも一緒になってドローンか遊びしたり、 一緒になっていろんなことを遊ぶじゃないですか。 ものすごく生き生きと、お寺の本堂を走り回っていますよね。 だから地域ぐるみの助け合いどころか、 地域ぐるみでお互いに楽しく手を携えて生きているということができている。 その人がと思ったら、助け合いなんていちいち言わなくても当たり前にできちゃう。 お互い仲間なんですよね。 だから助け合いなんて掛け声をかけなくたって、自然にできる。 そういう仲間がいっぱいいるわけですよね。 もちろんそれはうまくいっている一部のことだけを私は言っているんです。 だけどそういう小さな小さなうまくいっているグループがたくさんたくさん積み重なっていって、 初めて地域ぐるみの助け合いで可能なんですよ。 地域ぐるみで助け合いましょうって掛け声をかけたって何もできないですね。 掛け声では人間は動かないんですよ。 でも自分が仲間だと思っている人の間に、 自然にコミュニケーションができて、自然に支えができて、 楽しいグループができて、仲間同士ができて、その上で助け合いができていくわけだから、 やっぱりその小さい単位でいいから、 誰もが少しずつ少しずつうまく仲間と一緒にやっていく。 仲間のそういうグループを、小さなグループをいくつもいくつも何十人も大小様々積み重なっていって、 ここを作り上げていかないと、 そういうのがあれば地域ぐるみの助け合いで掛け声をかければすぐにできますよ。 でもそういうのを抜きでいきなり作るんだって無理なんですよね。 やっぱり信頼関係がなければ人って繋がらないんです、やっぱり。 そういう意味では、私がこちらへ来て、地域のコミュニティっていろんな付き合いがありますからね、 私もいろんな付き合いの中に関係があるんだけど、 その仲間同士だったら、困ってるよって聞いたら、僕できるよ、やりますよなんて、そんなしょっちゅうあるわけです。 だから隣同士であったり、その地域であったり、 それから仕事仲間であったり、習い事仲間であったり、真元の者であったり、 いろんな人間のコミュニティってあるんだけど、 その中でみんながお互いに繋がりを大事にするって、 それができれば手間ひまかかるけど豊かになるし、 そういう意味では豊かさの中から助け合いの強固なネットワークができるし、 ライフラインの確保もできるし、 おそらくそういう関係性がちゃんとできていれば、 ライフラインとか助け合いって言う必要ないですよね。 実際、地方にはそういう素晴らしいネットワークっていくらでもあるんですね。 これはものすごい大事な宝物だというふうに私は思っています。 実はまだ田舎暮らしで、私も田舎大好きなのでやらせることがいっぱいあるんですが、 あんまり流れてもいけませんから、 今日のところはここまでとさせていただきたいと思います。 今日もお来ていただきまして誠にありがとうございました。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 ありがとうございました。 もっと見る #ママ友 #寺子屋 #地域ぐるみの助け合い 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!07:401.地域ぐるみの助け合い|防災DXならバカンhttps://corp.vacan.com/government_bousaiコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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