TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#453 日常に活かす禅...心との向き合い方②13:34 2025年6月17日 462再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、心との向き合い方について考えます。AI目次日常に潜む心の乱れに気づくか五感と集中、心の健康への近道怒りや不満、どう昇華させるか?心のリソースの賢い使い方とは?穏やかな心を保つための実践的ヒントAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 臨時の古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 心と向き合うにはまず日常から 今日も昨日に引き続き、日常に生かす禅ということで、心との向き合い方についてお話させていただきたいと思います。 昨日は、心との向き合い方ということで、座禅のお話をしました。 座禅というけれども、いくらかっこよく素晴らしい座り方をしたとしても、日常生活の中にちゃんと落とし込んでいかないと効果がない。 だから、普段の心の状態が一番大事なんですよね。 座禅の時間だけ、いくら心を磨いても、油断した瞬間に心はどんどん動いていってしまうんです。 だから、やっぱり普段の心の動き方をちゃんと整えていかないと、座禅をどれだけ磨いたとしてもうまくいかないです。 修行僧たちは、日常生活の中で心が整うようなライブサイクルというのが、ちゃんと道場のルールで作られているんですよね。 だから、道場での座禅は生きてくるんです。 でも、普段の日常生活が、やっぱり今のこの浄土家社会の中で、忙しい多忙の中でどんどん動かされていく。 修行僧の暮らしも確かに忙しいんですよね。本当に踏ん刻みで、自分のプライベートな時間ってほとんどないんです。 ないけれども、その忙しさの質が全く違うんですよね。 だから、道場の暮らしってとってもシンプルなんです。シンプルで忙しいんですよね。 だから、この忙しい中にも柔らかくならないことはとてもシンプルだから、 例えば体を動かしたりする、いろんな動作をしたりする、それに合わせて呼吸を整えて、心を整えるということが結構やりやすいんですね。 ところが、この頭を使っていろんな細かいこと、複雑なことを計算するって、これはもう心を整えるということと全く正反対。 ガチャガチャガチャガチャ、ものすごい情報が心の中に入ってくるので、 だから、例えばゆったりした時間を取ろうと思っても、うまくいかないんですよね。 だから、同じ忙しいと言っても、道場はやっぱり集中力を高めるトレーニングのために特化されてますから、全然環境が違うって。 そういう意味では、道場ってとても優れた場所ではあるんですけれども、 いずれにしても、まず最初に、全体として日常生活の中で心が整っているというのがあっての座禅修行ということです。 で、なかなかそんな風に整ったことができないんだけども、できる範囲の中で、この自分のできる範囲の中で、どれだけ心を静かで、落ち着いて、整えることができるか。 浮き足でいないかどうか。浮き足だっていないかどうか。落ち込んで向きを曲がっていないかどうかって、そんな話を昨日させていただいたんですよね。 これは、こまめにこまめに、常に自分の心を大切にするということに尽きるんですね。 だから、私は前にも、常期限で穏やかですかって、いつも心が落ち込まないように、心がわちゃわちゃしないように、常期限で穏やかで、ゆったり構えるって、そういうところでいつもいるように注意しましょうって。 それからもう一つは、丁寧に生きるということですよね。一つ一つの動作をいい加減にするんじゃない。焦って焦って、遠くスピードだけ。そんな風じゃない。丁寧に丁寧にするって。 逆にバカ丁寧に遅すぎるのも良くないんだけど、でも、ちゃんと丁寧に丁寧にするって。このあたりのバランスは、普段から心分けていく中で、だんだんだんだん獲得していくものではあるんですよね。そんなことをお話しさせていただきました。 さあ、そんなわけで、まず普段の心を整っている状態に持っていって、その上でどうするかってこと。ここで一つ大事なポイントが出てくるんですよね。 # 五感を窓にして、心は世界と絶えずかかわる 心を、なるべく日常の中で整えていくということをまず注意する。 その上で、さらにもう一歩、その先へ進んでいこうと思うときに、 鍵となるのが、いつもお話ししていることですけれども、 集中力なんですよ。まず集中力。 以前にもお話ししましたけれども、瞑想修行。 座禅も瞑想修行の一つですから、 瞑想修行の中で大事なものは何かというと、 集中と観察なんですね。 集中して、そして観察する。 その集中と観察の基本はまず集中ということです。 だから、普段の生活の中で心を整えていきながら、 なおかつ、普段の生活の中で集中力を高めるようにする。 特に、集中力専用のトレーニングということができなくても、 日常生活の中で集中ということに凍らせていけば、 それだけで十分、かなりのトレーニングになるんですよね。 それが丁寧に生きるということだったんです。 心というのはどんどん流れていくんですよね。 五感、例えば目も耳も口も、 これ、外の世界との交わりをするための窓みたいなものじゃないですか。 自分の心と世界が繋がるときには、 目や耳や口や手や、そういう五感と言われているもの、 そういったものを通じて世界と交流しているわけです。 世界はどんどん動いていますよね。 だから、世界が動くために目や耳や鼻や口、 そのところからどんどん世界が入り込んでくるわけです。 その窓からいろんな情報が入り込んでくる。 だから世界がどんどん動くから、それにつられて心もどんどん動くって。 心が健やかで健康で、気力に満ちていて、 しっかりしていれば、いちいち外の世界に振り回されて、 いや、戻らなきゃと思わなくても、自然にちゃんと帰ってくるんですよね。 無意識のときに心って、ちゃんと外に行っても帰ってくることができる。 だから、本当にリラックスした、いい心の状態であれば、 いちいち座禅瞑想なんかしなくても、かなりのことができるんですね。 だけれども、自分が不安に駆られていたり、不満が湧いていたり、 あるいは怒りを感じていたり、 だいたいそういうものは、思い通りにならないことによるわがままだったりするんですよ。 わがままだったりすると、不満が湧いたり、不安に駆られたり、 怒りが湧いたり、嫉妬したり、 そんなふうにして心が何かにとらわれちゃうと、 嫌なものに注意が向かってしまったりとか、 欲しいものに注意が向かってしまったりとか、 窓から窓の外に気になるものがどんどん出てきては、 もう心は心に抗ってしまう。 自分を見失う。 だから、私たちが外の世界から自分を閉ざして、自分の内側にこもること、 これは一定時間はかなり人工的に作ることができますよね。 部屋にこもるとか、座禅部屋を作って、外をシャットアウトするとかって、 ヘッドホンをするとか、アイマスクをするとか、ある程度はできます。 でも、それは一時的なものですよね。 生きていくためには、必ず目も耳も口も開けて、 窓を通じて世界と結びつきながら生きていくしかないわけだから、 そんなふうにして世界をシャットアウトすることは一時的にしかできない。 だから、自分を見失わないようにするために、 世界から引っ込んで閉じこもるわけにもいかない。 それには限界があるんですよね。 だからまず、自分を見失わないことに取り組むことが大事です。 じゃあ何が一番危ないか。 まずは感情ですよね。 怒り、不満、ネガティブな思い。 これはとても大事なものなんです。 まずは、今日お話したことは、怒りとか不満とかってこと、 ネガティブな感情とどう付き合うかってことについて、 やっぱり真剣に考えたほうがいいんですよね。 # 怒りや不満を昇華し転化・転換する 誰でも、理不尽な目にあったり、嫌な思いをすることはあるわけですよね。 それで、不満が湧くわけです。 その時に、不満に身を委ねてしまったりする。 怒りに身を委ねてしまったりする。 これは、自分にとっては良くないことなんです。 自分のためにならないんですよね。 で、ある程度、怒りや不満をバーッとぶちまけると、スッとする感じが一瞬するんです。 でも、それって、ちょっと長いスパンで見れば、心の動きは逆効果なんですよね。 自分で怒りや不満を出すと、その怒りに自分で反応して、どんどん、どんどん、こう、バーッと、こみ合ってくるじゃないですか。 それで、ある程度、バーッと出してしまうと、ため込みよりはマシだから。 ため込みよりはマシだから、何かスッキリした気がするんです。 でも、もう、ため込むって良くないですよね。 だけど、ため込みよりはマシだけど、でも、増幅してバーッと出した時に、 じゃあ、あと何が残るかというと、空虚感しか残らないんです。 でも、心っていうのは、いつも世界と関わっているわけだから、いつもいろんな築きがあって、いろんな発見があって、いろんな生き方をしている。 でも、バーッと出した後、一瞬、こう、スッとするというのは、一瞬の気がつくんですよね。 これは、どこかで心のリソースを使ってしまって、疲弊しているということなんです。 実は、怒りってものすごいエネルギーを使うので、心は疲れるばっかりなんですよね。 疲れてしまうと、ますますバーッとやる。 どんどん、どんどん、リソースを使ってしまうんですよね。 人間というのは、疲れてくると、逆に帰ってカリカリカリカリして、逆に眠れなくなったりするじゃないですか。 それと同じことが起こるんですね。 だから、長い間で見れば、怒りや不満をぶちまげて、自分で事情作用でバーッとやると、 その一瞬の何かをやったという、一瞬の感覚、一瞬のスッとする気持ち、 その気持ちだけのために、実は気がつかないうちに失っているものって山ほどあるんですよ。 大事なことは、つまらないこと、くだらないことに、心のリソースを使ってしまわないことなんです。 だから、どちらにしても、溜め込むということも、どんどん溜め込んで怒りが大きくなっていくと、 増幅して増幅して、最後は大爆発してしまいます。 溜め込むのも良くない。でも、怒りをバーッとぶちまけてしまうのも良くない。 しかも、怒りをぶちまけてしまうことって、なぜ良くないかって、 もうこれははっきり言いますけど、怒りをぶちまけると、本人はスッとするかもしれませんけど、周りの人間はたまったものじゃないんです。 だから、怒っている人、それは周りの人は、どんどんどんどん、黙って離れていくんです。 特に親切で、相手を思いやっている人間ほど、黙って離れていくんです。 喧嘩したくないじゃないですか。 それでも、喧嘩してでも人見ようと思う人、で、喧嘩してどうなりますかって、 自分に、喧嘩して言い過ぎちゃった後、素直に、ごめんなさいって言える人だったら、 友達は怒るかもしれないけど、ほとんどの場合、そんな風にはいけませんよね。 あいつ、自分が怒っている気持ちも知らないで、なんてほとんど終わっちゃいますよね。 だから、実は、感情をぶちまけていると、ほんのちょっとした、一瞬のスッとした気持ちのためだけに、 自分の力、心のエネルギーを使ってしまって、消耗して、なおかつ、大切な友達や、信頼関係も失ってしまう。 例えば、ぶちまけられた友達は、相手の気持ちもわかるけれども、 それを自分がぶちまけられなければならない理由はないですよね。 自分勝手じゃないですか。 そんな自分だったら、人の傍に寄り添うというのは、よっぽどの義務でもなければ、なかなか難しいですよ。 そんな意味で、この怒りを外で出してしまうということは、あまり良いことではない。 怒るエネルギーというものを、ぶちまけるのではなくて、違う形で転化していくということです。 心の達人の上級編は、怒るエネルギーを、ポジティブな努力のエネルギーに切り替えていく。 これはもう上級編です。最上級編です。 奮起するということですよ。怒るエネルギーを怒るとしてぶちまけるのではなくて、奮起する。 自分を借りようと思うエネルギーに切り替えていく。これはもう最上級編です。 これができたら、本当に一人前の修行者、尊い修行者です。 でも、そこまでいかない。 じゃあ、そんなふうにできないとしても、違う形で消化しちゃう。 ぶちまけるのではなくて、気が付いたら他のものを得て消化してしまう。 それにかかづらがあって、消耗することを避ける。 例えば、道場にいたとき、私が気づいたことですけど、道場ってもう、肉たるほどがすごいんですよ。 くたくたになるんですよね。 そうすると、くたくたになっていると、いつの間にか怒るエネルギーが、必ずの部分、運動のエネルギーに切り替わっていくんですよ。 だから、自分で体を動かして、肉体の疲労感へと転化していく。 肉体の疲労感だけ転化するだけではなくて、実は感情のエネルギーというのは、他のものに転化できるんですよ。 想像するエネルギーに転化することもできるし。 これは、高度なテクニックが必要です。だから、なかなかできません。 でも、それを努力して得ることができれば、怒りという恐ろしいものをプラスに切り替えることができますよね。 これは、自分でやってみなければならないことです。 だから、やられたら、やり返さないと気が済まない。 やり返さないと損だと思う人がいますけど、それは損ですよ。 そういうふうに怒りで、お互い傷つけ合うところへ、自分で降りていって、傷だらけになるだけじゃないですか。 結局、やり返されて怒りが収まらないんですよ。 そんなふうじゃなくて、怒るエネルギー、感情の不満のエネルギーをどうしたらプラスに持っていけるかということ。 これは、本当に真剣に考えるべきテーマです。 これをマスターすれば、人生ずいぶん変わりますよ。 そんなわけで、今日は、まずは、ネガのエネルギーというものをどうポジティブに変えるか。 これは、各自、明々、真剣に、本気で考えた方がいい。 そのためには、丁寧に丁寧に、自分の日常と向き合いがならないし、自分の感情と向き合いがならない。 そんなことを思います。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お聞きいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #日常に活かす禅 #心との向き合い方 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ03:362.心と向き合うにはまず日常から03:403.五感を窓にして、心は世界と絶えずかかわる06:014.怒りや不満を昇華し転化・転換する00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
#641 先ずは一歩を踏み出す~夢窓国師『夢中問答集』を読む(47)「円満具足の本分」② 14分・16時間前・ 93再生AI目次成果に囚われず見つける人生の真の価値「無理」と決めつけずに踏み出す一歩の重要性未知の可能性を拓く「縁」と「挑戦」の力遠回りから得られる人生を豊かにする知恵人生と真剣に向き合う「行」としての修行
#640 AIの衝撃の大きさを受け止める② 16分・昨日・ 142再生AI目次IBM Watsonと開発者の情熱理想のAIが蝕む人間の本質知のブラックボックス化の危機人間的行為とコミットの喪失AI時代に蘇るソクラテスの問い
#639 AIの衝撃の大きさを受け止める① 14分・9月10日・ 132再生AI目次AI開発の原動力、IBMの熱狂人間の夢を映すAIという存在Watsonの誤答が示すAIの未来AIの冷静さと人間の情熱の対比AIにできない人間の情熱の真価
#638 辛い思いをして修行をしても、無駄になってしまうのではないか?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(47)「円満具足の本分」① 13分・9月9日・ 209再生AI目次厳しい修行と拭えない心の疑問成果主義がもたらす仏道への誤解誰もが持つ「円満具足」の真の姿他人との比較を超える喜びの源泉理屈抜きに「良い」と味わう体験
#637 どこまでも己にとって返す~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」② 13分・9月8日・ 148再生AI目次他人の是非を越え自己へ帰れ徹頭徹尾「自分のため」の修行「自他」の区別以前の自分を掴む「お前は何者か」という深遠な問い途方に暮れる悩み、悟りへの一歩
#636 他人の是非を口にする前に~夢窓国師『夢中問答集』を読む(46)「是非の念と大悟」① 16分・9月7日・ 189再生AI目次他人の是非に悩む心の現実修行者への唯一の指摘「一両剣」他者の評価が示す自身の未熟さ自己向上を促す「良い点を見る」教え他人の言動が示す自己の内面とは
#635 禅の物語~葉落ちて根に帰す 六祖慧能大師(其の五) 14分・9月3日・ 205再生AI目次禅の革命者 六祖慧能大師とは仏を見出す鍵 自身の衆生を知れ葉落ちて根に帰す 慧能の死生観形式を排した最期の教えの真意言葉を超えた慧能禅の遺志とは
#634 一切を棄てるとは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(45)「悟入」 14分・9月2日・ 212再生AI目次心の捉えどころない性質消えない記憶と煩悩の根源「一切放下」が示す悟りの本質達磨大師が語る「心牆壁」不完全でも歩み続ける境地