TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#131 そなえるということ...①05:11 2024年2月26日 405再生 問題を報告する 再生する シェアする 禅の修行道場は、即断即決を重んじ、何事においても、速さを重んじます。それでは、禅の世界では、「準備」することについて、どう考えるのでしょうか?AI目次日常生活を極める修行法とは?集中力を高めるための独特な方法慢心という名の落とし穴に注意準備と禅寺の修行の意外な関係真の備えとは?次回に続くAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エレンジの古川修剣です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 日常生活の修行化 今日は、備えるということについてお話したいと思います。 Voicyの方でいただいているテーマは、準備が大切ということなんですね。 ですから、準備ということについて、善寺ではどう考えるかというお話をしようと思います。 善寺のイメージとして、皆さんがお持ちなのは、おそらく即打即決ということだと思うんですよね。 実際に修行道場の暮らしというのは、言ってみれば、 一に早く、二に早く、三死がなくて五に早く、丁寧ならば、なおよい、なんて感じなんですよね。 実際に入門した瞬間から、ともかく上の人に言われるのは、早押せなんですよ。 ともかく慣れてくる、日常生活のことが一通り分かってきて、慣れてくるまで、もう一年くらいですよね。 上の人に言われることは、ともかく早押せなんです。ともかく早押せ早押せ。 では、早押せということを何で大事にするか。 これは実は、今から思いますと、集中度をマックスに高めるためであるということになります。 集中度をマックスに高めると言いますと、多分皆さんすっと思いつくと思いますけれども、実はこれ、瞑想と同じなんですよね。 瞑想をしているときって、集中力を高めるというのがまず基本です。 だから、何をするにしても、早押せ早押せと急いでやらせることによって、集中力を高めるということは、 言ってみれば、瞑想をしている瞬間だけじゃなくて、何をするときにも、瞑想と同じような精神状態にするように指導するという一つの全独特の方法論なんですね。 特に、瞑想だけを重視して、日常生活をなるべく最小限にして、瞑想時間を増やすという、そういうスタイルが元々仏教はあったんですけれども、 そうじゃなくて、むしろ逆転の発想で、立ったり座ったり、寝たり起きたり、日常の当たり前のことを瞑想化している。 日常生活の修行家、日常生活の一挙一動の瞑想家という、全ての特徴がここからもわかると思います。 # 注意しなければならないことは... さて、このやり方に弊害があるとすると、どこか。 それは雑になることなんですね。 慣れてきてしまって、まあ、鷹を動くわけですよね。 それで真剣さがなくなって油断が出てくると、集中度が下がってきます。 集中度が下がっちゃったら、ただ雑になってしまうんですよね。 もうこれは目も当てられません。 だいたい慣れてきて、雑になってくる頃って、もう大概のことは慣れてしまってますから、そこで慢心が起きてくるんですね。 で、慢心が起きて凝らしている、その状態って、一応建前上、表面上はできているように見えるけれども、 慣れちゃってるからだけなんですよ。ただ、ふざけたことなんです。 で、自分を高めていることをしているから修行なんであって、 慣れていて、ただうまく凝らしているだけだったら、それって、ただのウリなんですよね。 実はやっているようで、そこに修行なんて一キャラもないんです。 これがとっても怖い、誰もが堕ちる道場の罠です。 私の修行時代、師匠である老師が、 5年目ぐらいが一番修行があかんな、なんて言ってたけれども、これとっても怖い言葉なんですよ。 5年目ぐらいになってくると、本当に一人前以上にできるようになって、修行道場でもリーダーになってくるんですよね、だんだん。 で、そうすると私たちから見ると、5年目ぐらいの人って、もう怖くて怖くて、すごい立派な修行している人ですよね。 尊敬の目で見るんです。 でも、それぐらいの修行が一番あかんな、なんて老師が言っているから、よくわからなかったんだけれども、 今思うとそういう、慢心という一番怖いところをついていた、老師の言葉だったんですよね。 もう振り返ると怖い言葉です。 繰り返しますと、早急い早急いというのは、早くすることそのものが目的ではなくて、 常に集中度を最高に高めていくということが問題なんです。 だから、集中力を維持するというところができていなければ、せっかくのこの仕組みというのも、あまりうまく機能しないということになっちゃいますね。 # 終わりのあいさつ さて、禅寺の暮らしをこうやって見てきますと、 備えるということと正反対に見えますよね。 ともかく、その場その場の決断というものを重視したして、緊張度を高めるわけですからね。 だから、なんか備えるということとむしろ正反対で、 実際に準備するって、あんまり丁寧な準備って禅寺で決まるんですよね。 じゃあ、備えるって禅寺ではどんな意味を持つのかって、 いよいよ話は本番なんですが、ちょっと長くなりますので、 今日はとりあえずここまでとさせていただきたいと思います。 今日も長い時間お来ていただきました。 誠にありがとうございました。 どうぞ一日良い日をお過ごしください。 もっと見る #集中力 #臨機応変 #修行道場の暮らし #準備が大切 #そなえるということ #独断即決 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:091.初めのあいさつ02:182.日常生活の修行化02:023.注意しなければならないことは...00:434.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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