TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#579 人生を考える...「自分」は大切...しかし...11:59 5月28日 351再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次人生の試練と「自分」の弱さ逆境で揺らぐ自己への信頼生き切るための拠り所とは「大切」と「頼りになる」の違い困難を照らす「法」の導きAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。山梨県の公衆誌、武田信玄公の御大事、エリンジの留職を務めております古川周健と申します。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 自信があって、勇気があれば、それでこと足りるのか? 今日は人生を考えるということで、自分は大切だけれどもしかしということでお話ししたいと思います。 自分の人生の中で一番大事なものは何かと聞かれれば、誰もが自分だって答えると思います。 正直に本当にそれはそうだと思いますよね。 そもそも何をするにも自分があって、まず自分だければどうにもならないですよね。 だけども、今日はあえて自分は大切だけれども、だけどもとお話をするのはどうしてかと言いますと、 実は私たち誰もがやっぱり自分が一番大事です。自分が一番大事なんだけれども、 いざ大変な時、いざつらい時どうなるかってそこから考えていきたいと思うんですね。 これ、自分が大事ってことはもうすごく当たり前に思いますし、 自分の人生がそこそこ順調にいければそれはよく分かるんです。 でも、人生には山あり谷あり、うまくいかなくって自分が嫌になってしまったり、 絶望してしまったりって、そんなことが起きていると事情は変わってきますよね。 今日、私がお話ししたいことは、大切であるということと、 それから、拠り所になるということは違うということなんです。 自分というのは確かに一番大切です。 だけれども、それが拠り所になるかというと、事情は違ってきます。 一番大切な自分が拠り所になるんだったら、これはとても良いことなんですよ。 誰もが拠り所であるべきと思っているから、やっぱり苦しい時に、 しっかりしなさいって、ちゃんと生きなさいって、ちゃんと引き受けて真っ直ぐ生きなさいって、 そんな風に知ったべきでします。 あるいは、一番つらい時に、自分が不甲斐ないとかって思ったりしますよね。 それは、一番自分というものが大事だから、 その大事な自分がしっかりしていないと、どうにもならないということなんです。 だけども、その一番大事な自分、一番大事な自分がしっかりしていて、 拠り所になるかというと、簡単にはいかないですよね。 これは、根性があるとかないとかというものとも違います。 確かに、この強気であったり、勇気があったり、根性があったりということは、とても大事なことです。 だけども、人間って、そんなに力強いもんじゃない。そんなに有難なものでもない。 人間の人生って、無情の中で、儚く脆いということを考えていったら、 どんなに強気で、どんなに気の強い、どんなに勇敢な人であっても、 つらい時ってあるんですよ。 うまくいかない時、つらい時、体調が悪くなったり、環境が悪くなってしまったり、 あるいは、仲間とうまくいかないことがあったり、孤立してしまったり、 そんなことが起きた時、それを支えていけるだけの強さが自分にあるかというと、 人間というのは、そんなに強いもんじゃないんですね。 私は道場にいましたから、修行の現場というのを知っていますけれども、 じゃあ、修行をして、自分を夢中と鍛えれば、強くなるかというと、 それは、そんなに簡単な問題ではないです。 修行をして、強くなるということは、確かにあるんですよ。 でも、それは苦しい思いをしても、何とか乗り越えていくって。 一個一個、一個一個、小さなことでもいいから、乗り越えといって、 ああ、何とか乗り越えたって、自分が実際に乗り越えていったってことを、 積み重ねによって、自信を得ていくだけなんですよね。 何か修行したから、急に自分の心の奥底から、もりもりと自信が湧いてきて、 やる気が湧いてきて、勇気が湧くって、自分の心の奥底から、 やる気が湧いてきて、勇気が湧くって、そんなに簡単なことはないんです。 誰だって、勇気が湧くときもあれば、生きて落ちてしまうときもあるんですね。 それは変わらないです。個人差ももちろんあります。 でも、個人差はもちろんあるんだけれど、 でも、人生、ずっと荒波の中で生きていく中で、 その人間の個人差って、そんなのは消し飛んじゃうくらい、 人生っていろんなことがあるんですよね。 自分の力ではどうにもならないような逆境に打ち込みをしたときに、 いくら普段から勇気がある人はあって、やっぱり勇気はないですよね。 自分が抱え込んでいるものを、本当に自分の力だけでうまくできるかどうか、 分からなくなった瞬間に、不安にさらされてしまいます。 これが人間というものですよ。 だから、根性とか勇気とか自信とか、そういうものがあるから、 人生を渡ってくれるとかって、実はそんなに簡単な問題じゃないんです。 さあ、そこでもう一度テーマに戻るんですね。 # 自分の人生を生き切るための拠り所はあるか? 自分というものはとっても大切です。 でも、その一番大切な自分が、よるどころとなるか、よるどころとなる強さを持っているかというと、話は違うということ。 そこがポイントなんですね。 だから、普通社会の中で、何が一番大事かというと、自分が大事です。 で、自分を最優先にして、自分を大切にして生きていくわけですよね。 でも、それは大切なことなんだけれども、大切にしている自分に十分な強さがなかったら、グラグラして難しくなりますよね。 で、今お話しした通り、自分というものがその大切さに比例するだけの強さがあれば問題はないけど、 実は自分が強いと思えるというのは、ある程度一定以上環境が恵まれていて、条件が良いからであって、 本当に逆境の中で、その大切さにふさわしいだけの強さを自分が持ち続けることができるかどうかというと、それは話が違いますよね。 で、私が思っていること、今日、人生を考えるということでお話したいことはどういうことかというと、 確かに自分というのは大事なんだけれども、自分は大事、自分は大事と言っているけど、 でも、じゃあ、その大事さにふさわしい強さはどこからくるのかって、 それは簡単なものではないんですね。 だから、自分が大事ということだけを言っている人って、確かに自分は大事、自分は大事と言って、自分は大切に生きていくんですよ。 でも、苦しいことがあったときに、寄る所となるかって、大事だからまず自分のところに心が向かいますよね。 苦しいときってまず最初に自分に意識が向かうじゃないですか。 でも、向かった瞬間にその自分が強くなかったらどうするのかって、 でも、大事に守っているものの中身が強くなかったら、最後の瞬間に裏切られてしまうんですよ、自分って。 でも、自分ってそんなに強いものじゃないって、ここがとても難しい問題なんですよね。 本当に自分が強くないと、例えば大事だと守っていたときに、逆境が来たときに、 その大事な自分、じゃあこれ守れるのかってなるときに、 もうこんな苦しいんだったら諦めた方がいいよって、簡単に手放してしまうことができるものでもあるんですよ。 大切だけど、手放してしまったり、諦めてしまったり、やすりしたりできる。 それって実はそんなに難しくないです。 苦しかったらもういいやって、誰もが簡単に自分を手放すことができるし、 誰もが簡単に自分をやすりすることができるんです。 だから大切だってことと頼りになるってことを混同していると苦しいです。 じゃあ本当に自分が頑張って頑張って頑張って、一番つらいときに前へ進んでいかなきゃならない。 そのときに何を頼りにすればいいかって。 自分を頼りにできるのかって。 でも自分が例えば、自分で何かっていったときに、自分の生きる目的、生きる意味が、 例えば楽しいこととか、幸福っていうことに置いているとすると、 こんなにつらいんだったらこんなものを守る必要があるのかってやっぱり思っちゃいますよね。 こんなに苦しいんだったらこんなものを大事にする必要があるのかって思っちゃうんです。 特に長い目で見ることができずに、目の前の苦しさに心を奪われて気持ちを奪われちゃうと、 もういいかってなってしまいがちですよね。 で、自分というものにどれだけ頼ることができるかってことです。 仏教というのは、ここでお釈迦様の教えですよね。 お釈迦様の最後の教えにも特に出てくるんだけれども、 自灯明、法灯明という言葉が出てきます。 修行の暮らしをする中で一番大事なものは何かって。 それは、自らを灯し人し、法を灯し人するって。 自分自身は一番大事だから、その大事な自分自身に照らして物事を考えるって。 やっぱり自分の人生だから、何をするにしても自分を基準にして、 自分がちゃんとした人生を送れるように、自分の人生のためにこの物事を考えるから、 自分を灯し人するわけではないですか。 だけども、自分というのがそんなに強いもんじゃないって。 あるいは自分というものがどうすることが自分を生かすことかって分からないですね。 だから、法を灯し人するって。 その法を灯し人するってことと自分を灯し人するってことがセットじゃないといけないんですよ。 例えば建前論で、これが正しい、あれが正しいって言って、 そこに私、自分ってことが入ってなかったら他人事になってしまうんですよね。 そしたらいつか一生懸命やっていても何か違うってなるんですよ。 正しいだけではダメなんです。それが自分のこととならなきゃいけないじゃないですか。 だからやっぱり自分は大事なんですよ。 どんなことがあろうと最後は自分がそれを納得できるかってことじゃないですか。 だから自分は大事。でも自分だけでは立っていることができない。 そこで法を灯し人するってことが出てくるって。 その法を灯し人するってことが頼りになるものは何かってことなんですよ。 それが今日のテーマである大切であるということと寄り所となるということなんです。 あなたには、あるいは私には寄り所となるものがありますかって。 寄り所となるものが我がものとなっていますかって。 寄り所となるものがこれが自分のこととなっているのかって。 人生の中で努力して努力して寄り所を探すって。 寄り所が本当に自分の生き方と一緒になっているのかって。 これが修行の生き方ですよね。 これはとても難しいことです。 だから今日今ここで答えとかってことは言えないんですね。 だけどよく考えたいことは何かって。 それは自分は大事だけど自分だけになってしまったらどうなのかって。 自分は大事です。 でも自分だけになっちゃったらその自分って本当に苦しい時、人生の中でずっとそれを寄り所にできるのかって。 だから大切な自分とは言っても寄り所となるような自分にならないといけないんですよ。 じゃあ寄り所になるような自分にするためにはどうやって生きていけばいいかって。 自分の中に寄り所を探すためにはどうしたらいいかって。 そこで自分の人生の目的、人生の意味が全部幸福とって呼ばれてしまったら 自分って幸福にすることができるのかって。 何が自分を幸福にするんだろう。 恵まれた環境の中でいろんなものに恵まれていれば確かに幸福にはなります。 しかしそれは幸福という状況が今与えられているだけですよね。 でも人生の中でいろんな浮世絵を経験する中で自分に幸福を与えるようなそんな寄り所はあるのかって。 その寄り所を求めるってことが仏教の入り口です。 仏教って最後は無仮説と言われているように自分というものは実は幻だって目的があるんです。 でもまず最初の入り口、自分は大切です。 でもその大切な自分をちゃんと生かすための寄り所。 苦しい時も辛い時もそれを守っていって前へ前へ進んでいくことができるための寄り所はどこにありますかって。 自分の中にその寄り所を探すって。 これが修行の生き方だって。 入り口のところでまずそういうことがとても大事だなって最近そういうことをよく思うんですね。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聴きいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #人生を考える #自灯明法灯明 #自分は大切だがしかし 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:151.初めのあいさつ04:292.自信があって、勇気があれば、それでこと足りるのか?07:073.自分の人生を生き切るための拠り所はあるか?00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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