TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#588 良いリーダーの条件①15:04 6月15日 241再生 問題を報告する 再生する シェアする 良いリーダーとは...色々な角度から考えます。AI目次武田信玄公:強固な結束の謎肉親が殺し合う乱世、武田の結束徳川家康も認めた、武田の規律リーダーの資質:己の器を知る重要性リーダーの器:規模に応じた資質の違いAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 山梨県の公衆誌、武田信玄公の母大誌、 エリンジの留宿を務めております。古川周券と申します。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # リーダーシップと武田信玄公 今日は、「良いリーダーの上限」ということで、リーダーシップのお話をしようと思います。 これは、久しぶりにVoicyからいただいたトークテーマを主題にしたお話です。 私がお守りしているお寺は、武田信玄公の母大です。 ですから、リーダーシップについてのご質問とか、そういったことは比較的よくあるんですね。 リーダーを目指す人にとっての理想の人物となると、武田信玄という人は、すぐにみんなが名前を浮かべる方ではあるんですね。 とても興味深いこと、信玄公のお父様、信浦公は優れた方だったんだけれども、信浦公の頃までは、貝の国というのは争いが絶えなかったわけですね。 いわゆる下告状の時代ということもありますけれども、内憤があったり裏切りがあったりということです。 これは別に信浦公のお膝元だけではなくて、戦国の時代というのはそういうものですよね。 私は岐阜の出身ですけれども、斉藤堂さんという名前ですよね。 斉藤堂さんは息子に結局は戦で負けて殺されてしまったりするんですけれども、 足利孝児と弟の足利忠義も、政権を奪取するまでの間は協力関係であるんだけど、最終的には長高になってしまったりするんですね。 日本でも、例えば平安末期から江戸幕府の江戸の平和の時代、260年にわたる江戸の平和の時代に至るまでの間、平安末期から戦国の時代というのは数百年にわたって大変な戦いの時代が続くんですけれども、 これは単に戦が止まらなかったわけではないんですね。 もう兄弟、肉親が殺し合うような不安と不信の時代でもあるんです。 一方では、戦を通じて華々しい武功が語られるということもあるんだけど、これは裏から言うと、身内でも信用できない、殺し合いになってしまうようなことがあったという非常に残酷な時代であるわけですね。 その中で、武田信玄公の頃まで争いが絶えなかった。どちらかというと、公衆というのは争いが絶えない場所ではあるんですね。 だけれども、それが武田春信、武田信玄公の時代になった途端に、こうギューッと変わっていくんですね。 歴史の事実、歴史的事実から見てはどうかという議論ももちろんあるんですけれども、 イメージとして私たちが持っているのは、武田信玄、最終的にはイメージどころが事実なんですけれども、鉄の結束を持つような強力な一枚岩の体制ができていくんですね。 もちろん、信玄公の亡き後、勝頼公の時代に最後は総崩れになっていくという背景を持っていくんですが、 それでも、この小高田の公衆誓罰の中で、天正十年1582年の3月11日。 これ3月11日というと、私たちは東日本大震災の日って印象は残っているんですけれども、実は3月11日というのは武田家の滅亡の日でもあるんですね。 天正十年の3月11日に、その武田勝頼公の一行は天目山の手前ですよね。 本当は、自分たちのご先祖様の武田信玄公が最後、自治にして果てた天目山の戦云寺で、ご先祖様にご報告の上に命を切腹しようと思っておられたと思うんですけれども、残酷ですね。 小高田というのは、そういうことをさせてくれないんですね。 先回りをして、天目山の戦云寺を焼いてしまうんです。 もう、明文中の明文の武田の最後の党首が、その大事なご先祖様の前で報告もできずに、乗っ腹で死ぬという屈辱を味わうことになるんだけれども、 これも3月11日なんです。 で、武田家族が滅びて、4月の2日、戌輪寺の焼き討ちがあるんですね。 神道を滅却すれば火もおのずから涼しくて、関心国子が亡くなられた出来事があって、戌輪寺は燃えてしまうんですけれども、 その後、6月の2日から3日にかけて、本能寺の変化があるんですね。 たった2ヶ月後ですけれども、織田の武田が命を亡くして、また公衆も混乱の中に入るんです。 それから徳川家康子が山嵐へ入ってくるんですね。 記録によると、7月に徳川家康子、戌輪寺の焼き討ちに来てるんですね。 そこで、今年の春に十四文化山に制された武田不動村と対面をしています。 そこで、その戌輪寺の後取りは人物はいないのかとお尋ねられて、 武田時代の戌輪寺の旧領地をすぐに安堵して保障して、後取りの再建の住職をご自身で指名するんですね。 それが抹朽随活という方で、おそらく家康子と関係のある方だと思うんですけれども、開戦国子のお弟子さんです。 この人が再建の任用になって、戌輪寺の復興をするんですけれども、 そんな風にして復興の命を出したのは戌輪寺ですから、 実は戌輪寺って徳川家康子が忠孝会記になっているって、そんなことがあるんです。 話を元に戻すんですけれども、そんな風にしてぐちゃぐちゃになっていくんですけれども、 皆さんご存知のように、徳川家康子は武田の旧家臣団を非常に高く評価して徴用するんですね。 その時に、天章神宮の貴重門という有名な門所もあるんですけれども、 旧武田の家臣たちというのは、みんな家康子に基準するんですが、 このぐちゃぐちゃの戦乱の時代、まだ近代的な密式命令系統というものがちゃんとできていない頃に、 一枚岩でみんなが揃って徳川家康子に起承しているんですね。 これはもちろん家康子という人の凄さもあるんですけれども、 実は武田の家臣たちが非常によく行き届いた命令系統を持っていた。 近代的な軍隊に負けないような綺麗な式命令系統を持っていた。 非常に規律がひとりじゃなかったことがあるんですね。 これはとてもすごいことなんです。 だから私はこのお寺に御縁があって思っていることは、 その下国城でぐちゃぐちゃしていて、ただ力で押さえつけていただけのリーダーというのは、 元々力で押さえつけていた時代ですよね。 それから秀吉皇みたいな権威も身にまとって、 そういう風にして力と権威、実力と権威で押さえつけていた時代の中で、 武田の家臣たち、武田一族というのは、なぜこれほどまでに一枚岩の結束を誇ることができたのか。 精神的な団結の硬さ。 これは単純に武田信玄という人のカリスマというだけでは説明がつかないんですね。 どうやってこの一枚岩の結束を成し遂げたのか。 これはある意味では、例えば平安末から続いていた戦乱の日本を、 なぜ徳川幕府は平らかにすることができたのか。 徳川時代の平和を作ることができたのか。 どうしたら争いという癖が止まったのか。 とても大きな宿題なんですけれども、 そのヒントが、混乱の中にあった武田一族をきれいに平定して、 一枚岩の組織を作り上げた信玄公という人のリーダーシップの中に見ることができる。 どうしてそれが可能だったのか。 そんなことは、私もこの後縁ができて、ずっと考えているんですね。 # 自分の器を知る まず最初に、リーダーシップということを言うときに 適所適材ということが言われるんですね。 適切な場所に適切な人を配置する。 それはなぜそれができるかというと、リーダーはやっぱり部下たちや 一緒に仕事をする仲間たちの力量や性格、相性ということをよく見ている人があるということですね。 それがないと、適所適材ってできないんです。 だから実際、実務上のリーダーシップの発揮とか組織運営ということ以前に、 まずそもそも適所適材ができなければならないわけですが、 それは観察力ということなんですよね。相手のことがよくわかっているということが大事です。 これは同時にもう一つ大事なことがあるんです。 適所適材ということは逆に言うと、万能に何でもできるという人はなかなか難しいということなんですよ。 中にはどんな立場でもできるすごい方もいますけれども、 ほとんどの場合はやっぱり得点が増えて向き不向きがあるんですね。 この辺のことについて、井上康の風鈴だなんて本がありますけれども、 あれはとても面白いんですよね。 部署のいろんな分析を、まあ諸説ですけれども、 井上康はとても上手になっているんです。 わかることはやっぱりそういう家臣たちの強いところ弱いところ、 良いところ弱点、ちゃんとわかっているということ。 これはとても重要なことです。 と、同時にですよ。 そういう適所適材が配置することができるというリーダーの条件があると同時に、 もう一つ、実はリーダーはその人の資質を考えるならば、 やっぱり自分の身の程があるということが一つ言えるんです。 良いリーダーという時に、何も上行けば行くほどすごいというわけでもないんですよ。 これ適所適材ということを裏返して言うと、 少人数の小さなリーダーとして優れている人と、 中ぐらいの規模のリーダーとして優れている人と、 大規模なリーダーとして優れている人って実は資質が違う。 どれもできる人もいるけど、実はそんな簡単じゃないんです。 そうすると、5人のリーダーに一番力を発揮できる人、 50人のリーダーとして一番力を発揮できる人、 1000人のリーダーとして一番力を発揮できる人って、 資質も判断力も全部違うということなんですよ。 だからほとんどの人は、それは全部できるわけではないから、 ある意味では良きリーダーを目指す場合に、 残酷だけれども、自分がどれぐらいの立場で、どれぐらいの人の上に立つべきかって、 自分の身の程の力ということをちゃんと分け合えるということは絶対にあるんですね。 で、例えば1000人のリーダーの方が50人のリーダーよりも凄いということは、 一部で言えることは言えるんですよ。 1000人のリーダーをできる人ってなかなかいないわけだから。 だけども、変わりができるかというと変わりはできないんです。 じゃあ、略に言えば、自分は5人のリーダーしかできない、 3人のリーダーしかできない、10人のリーダーしかできないとしてもですよ。 自分の資質がそこにあるんだったら、自分はこの規模のリーダーでいいって。 その規模のリーダーとして自分は徹するんだって。 ある意味では自分の分、自分の向き不向きを分け合えた上で、そこに徹するって。 これとっても難しいんですよ。 今は責任を取るということが嫌だなって、やっぱり楽をしたいという感覚がある。 豊かな時代だから、みんながそこそこ頑張らなくても幸せに暮らせると、 どうしてもこの気力が削がれていくわけですね。 そうするとリーダー取りたくないよね、リーダーしたくないよねって。 リーダーするよりは楽をしている方がいいって。 出世もしたくないよって。 いわゆる創職系って人がいるんだけど、これも実はあんまりいいことではないんですね。 自分だけ避けないって考え方なんていいんですよ。 ガツガツガツガツ身の程も知らないで、ああってことをする人もわがままで自分勝手だけれども、 実は自分の力量、どれくらいのリーダーになれるかってことを試しもしない、調べもしない、考えもしないで、 自分の意向地の良さだけ求めて、今度グラグラグラグラフラフラフラしてるっていうのも、 ある意味では無責任で、同じくらい自己中心的な人だってことになるんですね。 どれだけ社会豊かになってもリーダーってなかなかいないんですよ。 豊かな社会だから本当のリーダーがいなくてもそこそこ動いちゃうんだけど、 でもそんな言いかけのリーダーが上にいるような組織って長く続かないです。 だから豊かなろう何だろうがやっぱりリーダーはリーダーで必要なんですよね。 となると、どっかで恵まれた資質を持ってて大手の人のお作戯をするような資質を持っている人間は、 自分の資質に気づいて資質を開花させて、やっぱり上に立ってリーダーとしてみんなのために進め始めなきゃならないんですよね。 そういう感覚って結構大事なんです。 ですからリーダーシップって結構難しい問題なので、 今日一回でお話が終わるとは思っていないので、また続き何回かに分けてお話をしようと思っているんですけれども、 まず一つ適所適材っていうこと、もう一歩進めていくならば、 これはリーダーが適所適材をやるっていうことじゃなくて、 自分自身がどれくらいの立場で、どれくらいのリーダーになるべきだっていうことをきちっと冷静にわきまえて知るっていうことです。 一つ言えることは、例えば中規模のリーダーとして大事な資質って管理能力なんですよ。 きちっと管理するってことです。 ビシーッと規律をとって、厳格な規律を駆使してまとめるっていう能力って必要なんですよ。 でもこの資質の人が大勢の人のリーダーに上だったときって、実はごちゃごちゃ細かいことをやらすぎると、下の中リーダーがやってられないんですよね。 一番上だったのは人間って、やっぱりどこかできちっきちっと占めていく、きちっきちっと実務上を管理していく力っていうのは、 やっぱり自分の部下の中リーダー、小リーダーにやらせなきゃいけないんですよ。 そうじゃなきゃ組織はギスギスしちゃってうまくいかない。命令もぐちゃぐちゃになる。 そして人が育ってこないんですよね。 そういう意味では、最良の中リーダーは最悪の大リーダーになりかねないこともあるわけですよ。 あるいは大きなリーダーとして対局家が優れてる人間が、やっぱりきちきちっと細かいものをやっていくっていうのは、 やるべきですよ。自分がその立場でやるべきだけど、資質的に難しい。 そんなわけで、自分自身に引き寄せて考えるんだったら、自分自身がいいリーダーになるために、 自分自身の資質、持ってる性格や判断力、これは結構自分に厳しく冷徹に突き放して、 自分自身の、ああなりたい、こうなりたいっていう欲望とは切り離して、 やっぱり周りに活動しているリーダーたちの姿を見ながら、自分の分を分けまえる。 自分の身の程を知るってこと。 これが一番大事な、まず最初に考えなきゃならないリーダーの資質ってことは言えるんですね。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お聞きいただきまして、 誠にありがとうございます。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #徳川家康 #武田信玄公 #いいリーダーの条件 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:151.初めのあいさつ07:412.リーダーシップと武田信玄公07:003.自分の器を知る00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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