#1766 ポコンと産まれた感覚と、お盆に思うご先祖とのつながり
09:45
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お盆は、ご先祖様を供養する時期。多くの人にとっては、祖父母や親戚と集まる、懐かしい時間でもあります。けれど、僕にはおじいちゃんやおばあちゃんと過ごした記憶がありません。父方も母方も、僕が物心つく前にこの世を去っていて、祖父母の顔すら知らないまま育ちました。
核家族で育って、僕の知っている家族の最上位は父と母だけ。生まれた土地にずっと住んでいたわけでもなく、どこか“新しい場所にポコンと産まれた”ような感覚があります。この「ポコン感」、そして祖先とのつながりの薄さが、僕が抱えてきた寂しさの一因かもしれません。
世間には「おじいちゃんおばあちゃんはお年玉をたくさんあげがち」なんて話もありますが、僕にはそういう思い出もありません。お年玉で1万円以上もらったことは、たぶん一度もない。もちろん、それが良い悪いではないけれど、どこか距離を感じるのです。
そんな僕ですが、最近はご先祖様を意識するようになりました。お墓参りのときに顔も分からない祖先の姿を想像し、心の中で話しかける。会ったことのない人たちとの“想像の対話”です。現実の思い出がない分、距離感の遠さは変わらないけれど、想像の中でつながることで、自分が受け継いでいる何かを感じられるようになりました。
核家族で育って、僕の知っている家族の最上位は父と母だけ。生まれた土地にずっと住んでいたわけでもなく、どこか“新しい場所にポコンと産まれた”ような感覚があります。この「ポコン感」、そして祖先とのつながりの薄さが、僕が抱えてきた寂しさの一因かもしれません。
世間には「おじいちゃんおばあちゃんはお年玉をたくさんあげがち」なんて話もありますが、僕にはそういう思い出もありません。お年玉で1万円以上もらったことは、たぶん一度もない。もちろん、それが良い悪いではないけれど、どこか距離を感じるのです。
そんな僕ですが、最近はご先祖様を意識するようになりました。お墓参りのときに顔も分からない祖先の姿を想像し、心の中で話しかける。会ったことのない人たちとの“想像の対話”です。現実の思い出がない分、距離感の遠さは変わらないけれど、想像の中でつながることで、自分が受け継いでいる何かを感じられるようになりました。
言葉の余白は日々の中
折出賢一
- 09:451.
祖父母の思い出はありません
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