TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第411話 一生ものの学びは「誰に習うか?」で決まる22:29 1月29日 127再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次学びの場選び、何を重視?初心者こそ「誰に習うか」が肝師を選ぶ視点:心の共鳴と在り方「見学」で分かる師の熱意と本質真摯な姿勢が紡ぐ一生の学びとはAI文字起こし(β版) # チャプター 1 日々気づきだより佐藤美奈子です。今日もお聞きくださりありがとうございます。 このチャンネルでは日本文化に携わる私が気づき感じる心の在り方を日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 さて今日は 皆さん何か新しいことを始めようとする時、例えば習い事とか 何を基準に学びの場を選んでいらっしゃいますでしょうか。 特に仕事が一生懸命忙しくて、何も習い事してないとか、学びに行ってないとか、そういう方もいらっしゃると思いますけれども、 ではどんなところを基準にして 皆様はそういうところに行ってみたいなと思いますでしょうか。 例えばお子様がいらっしゃったら、お子様の塾でもそうですよね。 その塾選びの時に何を基準にしているかもあると思うんですね。 例えば大人の習い事とか学びの場を選ぶ際には、通いやすさもあるかもしれませんし、もしかしたらお月謝がある、月謝を払うという内容もある。 あるいはカリキュラムの内容がどうかということで、それを基準にして選ぼうと思っていらっしゃる方もいると思います。 もちろんそれもとても大切な要素ですよね。続けられるにはやはり自分の懐具合というか、月謝のことを考えなきゃいけないし、 どのぐらいである程度の基本的なことを学べるのだろうかということで、カリキュラムの内容も気になるところですけれども、 特に着付けの世界とか美容の世界とかヘアメイクもそうですけれども、そういう技に関して何か学びを得なければいけないところに身を置いていると、 今までのお月謝とか、通いやすさとか、カリキュラムとか、そういうこと以上に何よりも大切なことがあります。 たぶん気づかれている方がいると思いますが、それは誰から学ぶかということです。 着付けの学びだから、どこでも同じではないですね。特に始めてやってみよう。 何となく昔やったことはあるけれども、本格的にやってみようと思うと、例えば近くの着付け教室さんとか、そういうふうなところを選びがちですけれども、 それよりも、やっぱり指導者として定評のある方とか、口コミで先生はとてもいいよというところで選ぶとか、 やっぱり内容とか器とかよりも、誰から学ぶかということがすごく重要かなと思うんですよね。 ですから、よく私の講座を受けに来てくださっている方というのは、一般的な、例えば着物の着付けの教室に行っていた方というのが本当に多くて、 そこで完結されていれば、もう学びに行く必要はなっていないんですが、それでもこうやってちょっと経路の違う私のところにやってくるというのは、どうなのかなと思うんですよね。 皆さん求めているのが、何を学ぶか、それは着付けかもしれないけれども、結局は、何か習っていきながら感じたものが、もう少し深いところだとか、もう少し愛を感じるだとか、もう少し温かさを感じるだとか、 そういうふうなことを求めているからこそ、別の学びの場を探すのかなという感じがしています。 よく、初心者なんだから、どこで習っても同じでしょという声を聞くこともあるんですよね。 まずは基本的なことは、どこで習っても同じだと。私はそうとは思わないんですよね。 特に初心者だからこそ、学ぶ場は相当考えて選んだ方がいいです。最初に学ぶことというのは、後々になっても本当に残るんですよね。 これ、何度も何度も受講生さんに私言うんですけれども、私のところに来た生徒さんって、何百何千じゃ聞かないんですよね。 本当にそれこそ、毎週毎週、指導を30年してきたので、もう数えていませんけれども、 その中で、やっぱりちょっとびっくりしたのは、腰紐とか紐を使いますでしょ。着物の着付けって、一本だけじゃ無理なので、浴衣だとしても2本3本必要ですね。 その紐を全部首にかけて、それから着付けをしなさいと指導された方が、私の中では一人いました。 その方は、しばらく継続なさっていたんですけれども、今はもうお越しになっていないですね。 それ、やっぱりいろんなことが抜けなかったと思うんですよ。私その方に、それはちょっと私どもの方ではお勧めしていないやり方なので、 その首から外して、きちんと着物の近くに紐をまとめておいて、そこから一つ一つ取るようにやりましょうと、そういうふうに指導したんですが、 分かりましたということではなくて、すいません、最初に習った先生がこうしろと言ったもので、という言葉から始まったんですよね。 結局は、私がお勧めするやり方もやっていましたけれども、やっぱり慣れなかったんでしょうね。抜けなかったんでしょうね。 やっぱりお越しにならなくはなりました。そういうふうなことって本当にあって、あんまりその教えていただいた最初の師匠の方の考えはあるんですけれども、 あまり意味のないと言っちゃ失礼なんですけどね。そこにそれが道具があったからといって、いつも私は動線という言葉を使いますけれども、次の仕事の流れに全く関係のない置き場所というかなんですよね。 それをやらなきゃいけないと思っているから遅いんですよね。それを思うと、本当に最初に何もないところに入れる技術というのは、本当にそれなりに選んだほうがいいですね。どこでも同じではないかなと思います。 例えばお茶とかお花の世界というのは、技術だけを教わるわけではないですよね。先生の立ち振る舞いだとか、あとは言葉選びだとか、あとはお道具への触れ方とか、その人の在り方とか、 そういうものを私たちは無意識のうちに、そういう先生方から受け取れるというのが、そういう道の世界だと思うんですね。 例えば教科書に書いてある知識というのは、どこで学んでも同じかもしれませんけれども、その知識にどんなその先生の体温が宿っているか、温かさが宿っているかとか、あとは経験値ですよね。 その方がどれだけいろいろ経験をして、どんな思いで今まで続けていらっしゃったかという、かっこよくいけば生き様というか、そういうことが技術の中に入っていて、小さひとつに入っていて、指先ひとつに入っていて、襲われるので、全く変わってしまうと思うんですよね。 # チャプター 2 この日本には、手張りという言葉がありますよね。私も何度も何度も、この手張りについてお話をしています。 最初の手の段階では、先生の肩をそのまま移し取るということがすごく大事です。 もしもこの時に、自分の心がこの先生のようになりたいとか、この人のようになりたいというふうに思えない方から学んでしまうと、 この自分の土台の部分というのが、その後どんどんどんどん辛くなってくるというか、苦しくなってきてしまうものだなと思うんですよね。 よく、何をやるかよりも、誰とやるか、誰と一緒にいるかという考え方ってありますね。 誰からそのエネルギーを受け取るかということで、その後の私たちの成長だとか、進み具合、自分という色をどう出していけるかとか、 自分というものがどういうあり方になって深みのある人間になっていけるかということが、すごく決まってきますね。 例えば、もしこれを聞きの方が、いろんな学びの場があると思うんですけれども、学びの場で迷っている、どういうところに行けばいいかなとか思っているのであれば、 いろんな条件、月謝だとか月会費だとか場所だとか、そういうことはちょっと横に置いておいて、そこはまだ考えないで、 その、例えばそういうことを発信している方とか、そういうことを教えている先生の言葉とか雰囲気とか、そういうところに触れて、 自分の言葉がふっと明るくなるというか軽くなるというか、あ、そうだという何か響くものがあるか、またはピンと背筋が心地よく伸びるというのもいいと思うんですよね。 あ、なんかこうスーッと腑に落ちることがあったりとか、そういうふうなことを感じ取れるかどうかというのはすごく大切なので、そういう見極め方をなさるといいと思うんですよね。 どこで習うかではなくて誰に習うかということ、そういうふうに選ぶことが多分この来年とか2年後3年後、もうあなたのこれを聞きの方のすごくこうなんか自分らしい素敵な場所、自分らしくなれる、 本当に温かな学びの場ということがもう本当に目の前に来てくれるのではないかなと思います。 本当に初め、これはちょっと話、余談ですけれどもね、こういう学びの場の時にすごく考えることがあるんですけれども、皆さん、さあこれを学ぼうと思ってすぐそこに行っちゃいますでしょうかね。 これってよくこういうことは必要じゃないかなと思うんですよね。 例えばうちの場合はですね、見学という日を設けています。 着付けにおいても絵本にしても見学です。あくまでも見学。 その見学がですね、大体2時間の講習の中の半分、1時間ぐらいはごゆっくり見ていただけるようにはしてるんですよね。 それ以上になると習うということになってしまうので、前半。 でもその時に、例えば私の教えっぷりを皆さんは見ているわけで、見学の方が。 その時に私がどんな熱量で、どんな愛を持って話をしているかとか、私の話しぶりだとか、指導の仕方とか、考え方とか、あとは教室の空気ですよね。 それを感じるには本当にその程度の時間で十分なぐらい熱量高くやっているんですよね。 その見学をしてくださるというのは本当に私としてはありがたいんです。 突然いらっしゃって、例えば人から聞いて、もうすぐ来ましたということでも、その人がよくよくお伝えしてくださっているので、紹介の方が。 それはそれでいいんですけれども、全く見学もなしに何かネットで見て、実際技術的なことですからね。 どれだけ切羽詰まっているのか分かりませんけれども、本当にバタバタバタといらっしゃる方がいるんですよね。 そうなると、うちの場合は他のいわゆる着付け教室とはちょっと違うので、私もいろんなところの先生をよく知っていますし、どんな指導師でいるかということも分かっていますけれども、ちょっと違うんですよね。 やっぱり考え方から入ったりするので、そうなってくると技術ばっかりやろうと思ってきている人には、あれ?って思うと思うんですよ。 でも、そういうふうなことではないので、特に私のやり方でやらせていただくんです。 すごいなと思ったのは、ずいぶん前になりますけど、まだ大学生だった方が、お父様と一緒にご挨拶にいらっしゃって、実はこういうことを学びたいと思っている娘はね。 ここの教室があるということを知って、お許しをいただきたいと。 どういう場所か、どういう先生かということも、たぶん親御さんも見たいというのもあるし、ご本人もそうだと思うんですけれども、わざわざご挨拶に、お許しを得るためにご挨拶に見えたんですよね。 本当にそれって大事なことで、そこで、例えばこちら側も見極めて、例えばエモンドの講習でしたけれども、エモンドの流れ的に大学生の人が本当にやっていけるかとか、そういうことってその人のただ妻で、こちらもわかるんですよね。 そういうことで、こちらはどうぞと、お父様にその後申し込み書を書いていただいた経緯があります。 そうなってくると、やっぱり私たちも親御さんの雰囲気もわかりますし、それこそ親子の関係性もわかるわけですよね。 親と共に来るという人だということがわかるわけです。 そして、どういう意気込みで来たいと思っているのか、理由というのもわかる。ただ習いたいんじゃなくて、実はこうこうこうこうでぜひ学ばせていただきたいというふうにいらっしゃいました。 後にも先にも、そのように前もってお許しを得に来るということはなかったんじゃないかなと思います。 ですから、私の方は見学というものをあえてこちらが用意して、そうすることで私も様子がわかりますし、あえてその方が見学なさっても質問があればお答えしますし、 その質問の内容によっても、申し訳ないですけど、品がある質問をするかどうかというのがあるんですよね。 私が一番ちょっとうんと思う質問はですね、こんなに十二単位というか埋葬たくさん来て、お手洗いなんてどうしてるんですかねというような下の話を持ってくる方はちょっとご遠慮なんですよ、実は。 これお聞きの方だけに言いますけども。 なので、そういうことで見学というのはすごく大事です。 本当に、例えば私はこういうもので、ここまでは今ないのかな、こういう出身で、こういう場所からこのくらいの時間をかけて通う予定になるということとか、今どんな仕事をしてて、今までこういう学びを得てきてという履歴書というか今までの自分のことというのをちゃんと隠さずにお話しいただいて、 それでこういう講習を探していたと、そういうふうな話があってどうでしょうかと、私も学べるでしょうかとか、そういうふうなことも少なからずはありましたけれども、本当に本格的にちゃんとお許しを得に来たというのは本当にその人がもう一人二人いたかなというぐらいですね。 # チャプター 3 実はお父様といらっしゃった方というのは、今の私の部下というか、一緒に順に人をやっている人なんですけれども、 だから長くいますね、本当に。何年になるんだろう。もうそうですよね、10年以上になりますかね。 やっぱりすごく大事ですね、例えば先生にご指導いただきたく伺ったと、入門とかそういうのを許しいただけるだろうかと、 そういうふうなことをまずご挨拶なさって、どうぞということで、じゃあ今日は初日だから、 住人一人を来てみますかというようなことを私も言ったりします。 そして例えば、こんな教え方を私はしていますけれども、私みたいなこういう指導でよろしければどうぞお越しくださいというふうにお答えして、 ありがとうございます、じゃあ予約をさせていただきますというようなやり取りというのは最近あって、とてもいい流れだなと思っています。 断られるってことはないとは思いますけれども、やっぱりその方の教養だとか育ち方とかいろんな見方ってあると思うんですよね。 ですけれども、要はそのご自身、もう習いに来るというと大人ですからね、そのご自身の心構えなんですよね。 心構えがどうであるかということで、生きてきた方っていうのは自分もしっかり見てね、生きてきていらっしゃいますから、 失礼な態度をとったりとか、失礼な言葉っていうのはやっぱり使ったりなさらないんですよね、そういう方っていうのは。 なので、やはりこういう出会いというか、初めてお会いする方とか、初めて習いに行くだとか、そういう時っていうのはもう習いたい習いたいという気持ちはあるんだけれども、 まずは逆に自分というものを先生にあたる方に見ていただいて、それでちゃんとお許しを得て、そしてもう堂々と通うという風なステップを踏まれるというのはちょっと古臭いやり方かもしれませんけど、 意外と大事なんじゃないかなと思います。 私も誰でも彼でもどうぞというわけでは実はないので、そういう基準があると大変助かります。 そういう始まりの、出会いの始まりっていうのがとてもスムーズに始まった方っていうのは、本当に今来てくださっている方々、皆さんそうなんですけれども、長く長くすごく良い関係が続いているのは本当のことです。 本当に確かなことなんですよね。 ですから皆様も春から新しいことを始めるとか、何か習いたいなって思った時に、 それが通信教育とかそういうことだったらそれは置いておいて、実際にリアルに学びに行くという時に見学が可能なようなところだったら一度見学に行ってというのがもしかしたらマナーなのかなと思ったので、 今日の音声にしてみました。 それではごきげんよう。 もっと見る #誰とやるか #心地よい関係を築くには #新しい挑戦への第一歩 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ09:061.チャプター 109:402.チャプター 203:443.チャプター 3コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
第634話 【算賀】四十で長寿を祝った時代 9分・7時間前・ 26再生AI目次平安の敬老の日「算賀」とは驚き!40歳を祝う長寿の宴10年ごとに重ねる人生の節目自らの成長を確かめる秘訣現代にも活きる平安人の知恵
第633話 【キノコ狩り】松茸の値段は山と人の距離 7分・昨日・ 39再生AI目次平安貴族も嗜んだ松茸の魅力松茸が身近だった時代の理由松茸の値段が語る人と山との距離「遠くなったもの」が示す現代の課題失われゆく技術を身近にするには
第632話 秋の【襲色目】半歩先の季節を着る 7分・一昨日・ 45再生AI目次平安の美学「襲色目」色の重なり季節を「半歩先」に着る意味とは顧客の無意識を掴むプロの視点「察する力」が示す絶妙な距離感千年前から現代へ繋がる「半歩」
第631話 【恋教え鳥】鶺鴒から教わったこと 7分・9月12日・ 54再生AI目次「恋教え鳥」鶺鴒の意外なルーツ国生みの神も小鳥に教えを乞う知らぬを恥じず学び続ける心構え教える側が一番学ぶという発見分からないを分かるに教わる意味とは
第630話 【秋の七草】目立たないものを七つ数える 7分・9月11日・ 54再生AI目次秋の七草とは?春の七草との違い万葉の花人・山上憶良が選んだ七草目立たぬ野花に宿る日本の美意識日常で「美しさ」を見つける重要性役に立たぬものから始まる文化の贅沢
第629話 【割に合わない】とわかっていても【やる】 7分・9月10日・ 70再生AI目次古代から現代へ続く栗との長い付き合い平安貴族を魅了した甘味料「甘面」の秘密「割に合わない」から生まれる甘さの価値日常のひと手間がもたらす豊かな食卓気づかれなくても「やる」ことの真の意義
第628話 【重陽】そして「扇」を仕舞う日 8分・9月9日・ 50再生AI目次重陽の朝に綿で顔を拭う美の習慣五節句から消えた重陽の節句の背景夏扇を納める九月九日の伝統と意味物事に「終わり」を決める平安人の哲学美しい終わりが次への始まりを彩る
第627話 【重陽の前夜】手がかかることが「祈り」の中身 8分・9月8日・ 60再生AI目次重陽前夜、菊に真綿をかぶせる意味長寿不老を願うキセワタの習わし紫式部が詠んだキセワタの歌「手がかかること」が祈りである理由静かで確実な仕事を生む支度とは
第626話 【白露】消えるからこそ光っている 7分・9月7日・ 61再生AI目次白露に秘められた平安人の感情なぜ露は歌に詠まれ続けるのか「消えるからこそ光る」の真髄十二単体験が残す「写せ身」儚いものだからこそ一番美しい
第625話 【音楽は身近なもの】聴く側ではなく鳴らす側にいた平安人 6分・9月6日・ 59再生AI目次平安貴族の必須科目「管弦」音楽は聴くものにあらず?教養として演奏する意味「見る」と「やる」の決定的な違い現代が失った「鳴らす」体験