TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第634話 【算賀】四十で長寿を祝った時代08:05 6時間前 24再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次平安の敬老の日「算賀」とは驚き!40歳を祝う長寿の宴10年ごとに重ねる人生の節目自らの成長を確かめる秘訣現代にも活きる平安人の知恵AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日 日々気付きだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして生息のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 おはようございます。 今日は9月15日です。 昨日はキノコと山のお話をしました。 思わず聞いた方は、ちょっとキノコ料理が食べたくなった方もいらっしゃるのではないでしょうか。 私も松茸とは言えませんでしたけれども、いろんなキノコを入れた汁物を作りました。 今日は9月15日。これはかつての敬老の日です。 私の父の誕生日でもありますが、敬老の日です。 今は9月の第3月曜日に移りましたので、今日は老人の日ということになっています。 長寿を祝う日ですね。 今日は平安の長寿のお祝いの話をします。 # 老いを寿ぐ 平安にも長寿のお祝いがありました。 今でもだいたい60歳、寒暦になると赤いちゃんちゃん子とかお召しになって、 この寒暦からお祝いをするという感じがあると思いますが、 平安はですね、もっともっと、今で言うともっともっと若い時からやっていたんですね。 これを三画と言います。算数の三、二箇所の画で三画です。 三は年齢のことで、画は祝うことです。年齢を祝う、そういう字そのものです。 さてこの三画ですけれども、何歳から始まると思われますか? これは実は40歳から始まります。若いですよね、40歳。 40歳の四十画から始まります。 以後10年ごとに50画、60画、70画と続きます。 40で長寿のお祝いなんですね。 今の感覚ではちょっと早すぎますけれども、当時の平均寿命を思えば、 40まで生きることは十分にこの経時に当たるわけです。 40で長寿、歴代のその当時の帝たちの平均寿命も40歳代だったと言われていますね。 祝宴ではどんなことをしたのかと言いますと、 屏風に絵と和歌を書かせて、舞楽を奏する、演奏させる。 そして僧侶を招いて、お経を読ませるということをしたわけです。 数え上げてお祝いをするんだそうです。 つまり年齢を重ねることを10年ごとに立ち止まって確かめる仕組みがあったということです。 しかも誕生日ではありません。 節目の年に大勢で行う。 誕生日は毎年祝うのは後の世の習慣ですけれども、 平安の人は10年に一度だけ大きく自分の10年を立ち止まっていたわけです。 稽古を続けている方を見ていると、ご本人よりも私の方が変化に気付くことが実はあります。 最初は手順を追うだけで精一杯だった方がですね、 いつの間にか手を止めずに着られるようになっている。 着けられるようになっている。 以前は何度も確認していたところを自然に進めているわけです。 けれどもご本人に聞くといやいやまだまだですとおっしゃることが多いんですよね。 不思議ですが、できることが増えるほど今度はできていないところが見えてくるように多分なるんだろうなと思います。 だから私は時々少し前の姿を思い出してもらうようにしているんですよね。 最初の頃はここでずいぶん迷っていらっしゃいましたよねとか、 あとは今はもう考えなくても手が動いてますねというふうにお話をしたりします。 すると少しちょっと驚いたような顔をされる方もいて、 毎日の変化というのは小さいので自分ではなかなか気づけませんけれども、 だからこそちょっと私の方から時々立ち止まっていただいて、 ここまで来たんですよ、ここまでできるようになったんですよと確かめる時間が必要なんだろうなと思いながらお話をかけています。 10年ごとに立ち止まって確かめる。私はこの仕組みがとってもいいなと思います。 毎年祝うと多分ありがたみが薄れていくかな。 けれども全く祝わないと自分がどこまで来たのかわからなくなる。 私いくつだっけというふうに、50を過ぎたぐらいから私いくつだっけってあまり数えなくなりましたけれども、 それは自分がまだまだもう52、3歳のつもりで今働いているので、 10年に一度というのはちょうどいい感覚なのかもしれないなと思っています。 毎回上手になりましたね、上手になりましたねって言われると言葉の方がちょっと軽くなりますよね。 けれども何年も何も言われないと続けている意味が見えなくなるから、私は節目を作るようにしています。 ここまで来ましたねというふうにちょっと一度だけというか、あんまりたくさんは言いませんけれども、 ここまで来ましたねということをきちんとお話しして差し上げます。 その時の顔を私は何度も見てきました。やっぱり表情変わります。 自分がどれだけ進んだかは大抵自分ではわからないもので、進んでいるときは必ずまだできない、まだできないというところを見てしまいがちです。 だから誰かが教えてあげる必要がある。平安の人はそれを宿縁という形にしていたわけです。 大勢で屏風に絵を描いてお経を読んで、ずいぶん丁寧な数え上げ方だなと思いますが、この10年に1回やるというのもなかなかいいことだなと思います。 今日は9月15日、明日は虫の話をします。虫、虫ちょっと苦手な方はどうでしょうかね。 平安の人は虫を捕まえてカゴに入れて、その声を競わせて遊びました。 最後に今日は一つだけお知らせをいたします。この小読みはいくつかの場所でお届けしています。 公式サイトでは毎朝7時にコロモト小読みというサイトで毎日の小読みが読めます。 そしてKB平安佐藤美奈子のインスタグラムの方でも毎朝投稿しています。 3日分の2日分この小読みはインスタグラムで上げていますので、毎日読みたい方はぜひ公式サイトコロモト小読みの方をご覧ください。 そしてメールマガジンでは毎週火曜日の朝に7日分をまとめて配信をしています。 どれも同じ小読みですので、ご自分の合うところだけで結構です。 楽しめるところ、耳で聞いた方がいいという方はこのボイシー、 目で見たいという方はインスタグラムやメールマガをお楽しみにお待ちください。 それではまたごきげんよう。 もっと見る #敬老の日 #年齢を重ねる #算賀 #十年に一度 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:161.今日はどんな日06:492.老いを寿ぐhttps://ikumina.comコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
第634話 【算賀】四十で長寿を祝った時代 9分・6時間前・ 24再生AI目次平安の敬老の日「算賀」とは驚き!40歳を祝う長寿の宴10年ごとに重ねる人生の節目自らの成長を確かめる秘訣現代にも活きる平安人の知恵
第633話 【キノコ狩り】松茸の値段は山と人の距離 7分・昨日・ 39再生AI目次平安貴族も嗜んだ松茸の魅力松茸が身近だった時代の理由松茸の値段が語る人と山との距離「遠くなったもの」が示す現代の課題失われゆく技術を身近にするには
第632話 秋の【襲色目】半歩先の季節を着る 7分・一昨日・ 45再生AI目次平安の美学「襲色目」色の重なり季節を「半歩先」に着る意味とは顧客の無意識を掴むプロの視点「察する力」が示す絶妙な距離感千年前から現代へ繋がる「半歩」
第631話 【恋教え鳥】鶺鴒から教わったこと 7分・9月12日・ 54再生AI目次「恋教え鳥」鶺鴒の意外なルーツ国生みの神も小鳥に教えを乞う知らぬを恥じず学び続ける心構え教える側が一番学ぶという発見分からないを分かるに教わる意味とは
第630話 【秋の七草】目立たないものを七つ数える 7分・9月11日・ 54再生AI目次秋の七草とは?春の七草との違い万葉の花人・山上憶良が選んだ七草目立たぬ野花に宿る日本の美意識日常で「美しさ」を見つける重要性役に立たぬものから始まる文化の贅沢
第629話 【割に合わない】とわかっていても【やる】 7分・9月10日・ 70再生AI目次古代から現代へ続く栗との長い付き合い平安貴族を魅了した甘味料「甘面」の秘密「割に合わない」から生まれる甘さの価値日常のひと手間がもたらす豊かな食卓気づかれなくても「やる」ことの真の意義
第628話 【重陽】そして「扇」を仕舞う日 8分・9月9日・ 50再生AI目次重陽の朝に綿で顔を拭う美の習慣五節句から消えた重陽の節句の背景夏扇を納める九月九日の伝統と意味物事に「終わり」を決める平安人の哲学美しい終わりが次への始まりを彩る
第627話 【重陽の前夜】手がかかることが「祈り」の中身 8分・9月8日・ 60再生AI目次重陽前夜、菊に真綿をかぶせる意味長寿不老を願うキセワタの習わし紫式部が詠んだキセワタの歌「手がかかること」が祈りである理由静かで確実な仕事を生む支度とは
第626話 【白露】消えるからこそ光っている 7分・9月7日・ 61再生AI目次白露に秘められた平安人の感情なぜ露は歌に詠まれ続けるのか「消えるからこそ光る」の真髄十二単体験が残す「写せ身」儚いものだからこそ一番美しい
第625話 【音楽は身近なもの】聴く側ではなく鳴らす側にいた平安人 6分・9月6日・ 59再生AI目次平安貴族の必須科目「管弦」音楽は聴くものにあらず?教養として演奏する意味「見る」と「やる」の決定的な違い現代が失った「鳴らす」体験