TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第625話 【音楽は身近なもの】聴く側ではなく鳴らす側にいた平安人05:36 9月6日 59再生 問題を報告する 再生する シェアする 暦の公式サイト「衣と暦」https://ikumina.comAI目次平安貴族の必須科目「管弦」音楽は聴くものにあらず?教養として演奏する意味「見る」と「やる」の決定的な違い現代が失った「鳴らす」体験AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日 日々気づき頼り佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして、消息のこと、 その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 おはようございます。 今日は9月6日になりました。 9月に入ってあっという間です。 昨日は、部屋を秋に変えるというお話をしました。 失来のお話でしたね。 今日は、その部屋で行われていたことの話です。 音楽です。 # 秋は管弦の季節 音楽、みなさん好きですか?私も大好きです。 昔は本当にLP版、今はCDだったり、あとはもうスマホの中でたくさん音楽は聴けるし、YouTubeなんかでも音楽聴けますね。 平安の宮廷では音楽がとても近いところにありました。 管は笛のこと、弦は琴や琵琶のこと、これを持ち寄って合わせる遊びを管弦と言います。 ここで大切なことがあります。これは聴くための音楽ではなかったのです。 上手な人の演奏を座って拝聴するのではありません。その場にいる人が自分の楽器を持って加わるということ。 笛が吹けること、琴が弾けること、和歌が読めること、これは芸ではなくて教養であり、釈放の作法です。 できないとその場にいられない、そういうものだったんですね。 そして秋は管弦の季節です。夜が長い、虫が鳴いていて月が明るい、演奏を邪魔するものが何もない、逆に応援してくれているような季節ですね。 管弦の遊びといえば演奏会のことではなくて、集まって鳴らす夜のお話なんです。 問答焼き付けの稽古では、見ることと自分でやってみることをできるだけ生き生きしてもらうようにしています。 私や他の講師だったり、先輩の手元を見ているときは、きれいですね、簡単そうですね、そういうふうに感じることがあります。 けれども、いざ自分の手で生地というものを持って扱っていくと、同じようにはなかなか動かないわけです。 布が落ちていかない、いわゆる着物の裾がストンと落ちないとか、手の位置がなかなか定まらない、決まらない、先ほどまで見えていたはずのことが急にわからなくなる、そんなことありますよね。 でも、私はそこからが稽古だと思っています。 以前にも、失敗は情報ですというお話をしました。 できなかったことで、自分が何をまだ分かっていないのかが見えてくるからです。 見る、そしてやってみる、そして自分の言葉で誰かに伝えてみる、そこまでしてようやく技が自分の中に残っていきます。 上手な人を眺めているだけではなくて、自分もその場に加わるということ、その一歩が技を見るものから自分のものへと変えていくのだと思います。 誰かの技を見に行くのではなく、自分も鳴らす側にいる、この距離感は今私たちが一番失ったものかもしれません。 私たちは上手な人の演奏をいつでも聴けます。 画面の中にいくらでもあります。けれど、自分で鳴らすことはほとんどなくなりました。 見るのとやるのとでは全く違います。 見ているときは上手くいくところしか見えていません。 やってみると上手くいかないところが全部見えてきてしまいます。 私の仕事はまさにそこなんですよね。 見ているうちはきれいだなぁで終わります。 手を出した途端にこの小俗が思ったように落ちていかない、思ったように収まらないことに気付くわけです。 けれどもその思ったようにならないところから初めて何かが始まります。 平安の人はみんなが下手なりに鳴らしていたのではないでしょうか。 上手い人だけが弾く場所ではなかった。 その方が多分音楽は身近だったのだと思います。 今日は9月6日。 明日は白露です。 二十四節気が一つ進みます。 草に降りた梅雨が白く光って見える頃です。 今日もお聞きいただきありがとうございました。また明日お会いしましょう。ごきげんよう。 もっと見る #教養 #芸術の秋 #身近なもの #管弦 #社交の作法 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ00:511.今日はどんな日04:462.秋は管弦の季節コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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