TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第633話 【キノコ狩り】松茸の値段は山と人の距離06:26 10時間前 29再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次平安貴族も嗜んだ松茸の魅力松茸が身近だった時代の理由松茸の値段が語る人と山との距離「遠くなったもの」が示す現代の課題失われゆく技術を身近にするにはAI文字起こし(β版) # 今日はどんな日 日々気付きだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして所属のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 はい、今日は9月14日です。おはようございます。 ちょっと聞き取りづらい声で、申し訳ございません。 昨日は、秋の重ねの色目のお話をしました。 今日は、山のお話です。 秋の山の恵み、キノコのお話です。 # 高くなったものは遠くなったもの みなさま、きのこ、お好きですか? 松茸、しめじ、ひらたけ、えのきだけ、いろいろあります。 秋の山には、いろいろなきのこが出ます。 平安の貴族も、松茸を知っていたと言われています。 根尺物語集にも、きのこの話が出てくるんですが、 そして貴族が、この竹刈り、松茸の竹に刈ると書いて竹刈りに出かけたという記録もあります。 竹刈りというのは、いわゆる交絡です。 都の近くの山へ出向いて、その場で取って食べる。 ちなみに、刈りという字は、獣を追うことだけを指すのではありません。 いわゆる、取りに出かけること、全般を指しました。 いわゆる、もみじ刈りとかありますよね、今も。 あとは、ひよし刈りも刈りです。 同じ使い方です。 さて、ここからが面白いところなんですが、 当時の松茸は、今ほど珍しいものではありませんでした。 これには理由があって、松林が身近にあったからです。 そして、山に人の手が生えていたんですね。 松茸は、手入れをされた松林に生えます。 落ち葉をかき集めて、下草を刈って、土が痩せているくらいの状態を保つ。 昔はそれが自然にできていたと言われています。 なぜなら、落ち葉も下草も燃料として持ち帰っていたからです。 暮らしのために山に生える。 その結果として、松林が整うという流れです。 松茸が高価になったのは、燃料が薪から変わって、松林の手入れが止まってからのことです。 つまり、松茸の値段は、山と人の距離を測る物差しでもあります。 安かった時代の方が、山は人と近かったわけです。 私のような木付けの仕事をしていると時々似たことを感じます。 昔はごく普通に使われていた道具や、誰かが当たり前のように知っていた手順が、今では珍しいものになっています。 特別に難しくなったわけではありません。 ただ、使う人が減って、教える人が減って、作る人も減っていった、そんな感じです。 そうして気づいた時には少し遠いものになっています。 私自身、消毒や木付けについて学ぶほど、昔の人はすごかったなぁと感じることがあります。 けれども、考えてみれば、当時の人にとっては、それが特別な技術だったわけではないのですよね。 日々の暮らしの中で見て触れて、誰かから教わって、自然に受け継いでいたものがある。 山に入る人が減って、松茸が遠いものになったように、切る人が減れば、木付けもまた遠いものになっていきます。 そんなことを仕事をしながら感じることがあります。 松茸の値段というのは、山と人の距離を測る物差しである。 この考え方はいろんなものに使えると思います。 高くなったものは遠くなったもの、という定義なわけですよね。 昔は誰でも持っていた技術が、今は特別なものになっている。 それは技術がコードになったからではなくて、使わなくなったからです。 よくあるのは、例えば丸帯という、今は花嫁さんが使う帯を普段も使っていたわけで、 その丸帯を何の紐も何の道具も使わずに、回してギュッと結んで帯結びをしていた時代があったわけです。 でも今それをやれる人は本当に一握りで、皆さんいろんな道具を使って、 ゴムの付いた紐だったりとか、帯枕とか帯板とかいろんなものを使って、体に固定しているわけですが、 昔はそんなものなんてなくって、たださらさらさらっとやっていたわけです。 小族の世界にも同じことが起きています。 かつては多くの人ができたことが、今は限られた人しかできない。 私はそれを誇るべきことだとは思っていません。 できる人が少ないということは、その技が暮らしから遠くなったということですからね。 松茸が安かった時代の方が、山は近かった。 同じように着付けが当たり前だった時代の方が、着物はもっともっと近かったはずです。 高くすることではなくて近くすること、 多分そちらの方が私のやるべき仕事なのかなと思うように最近はなりました。 今日は9月14日、キノコの季節です。 香りを楽しむ食べ方は当時から変わっていません。 明日は長寿のお祝いの話をします。 平安では40歳で長寿のお祝いをしていた、そんなお話です。 今日もお聞きいただきありがとうございました。 それではまた。ごきげんよう。 もっと見る #松茸 #マツタケ狩り #茸狩り 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ00:481.今日はどんな日05:382.高くなったものは遠くなったものコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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