TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第465話 今日の稽古場ばなし①【学びたいのに動けないのは「弱さ」ではない】14:46 3月30日 70再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次学びたいのに動けない真実とは?真剣な人ほど抱える心の壁経験者が感じる“今更”の怖さ鎧を脱ぎ捨てて始まる真の学び恐れを抱えながら踏み出す勇気AI文字起こし(β版) # チャプター 1 日にち気づきだより佐藤美奈子です。 このチャンネルでは、平安小族やエモンドに日々触れる中で感じる、心の在り方と人との向き合い方を、日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 昨日は、この和の学びを取り入れようというお話をしました。 今、私どものエモンド東京道場では、実質お名前を登録なさっている方というのは100名以上いらっしゃるんですけれども、 その中でもやはり家庭のいろいろ、例えば介護が始まったとか、今ご自身が大変お忙しくしていらっしゃるとか、いろんなお子様のことだとか、 自分のこと以外のことも降りかかってくるという世代の方も多いので、コンスタントに来れないという方も実際いらっしゃいます。 今日はちょっとしばらく、小さいですけれども、シリーズの第1話としてお話をしていきたいと思うんですけれども、 これは、今実際にお稽古に来てくださっている門廷さん方とのやり取りの中で、私自身が何度も感じたことでもあるんですね。 そういうお話を聞くたびに、ああそういうものだよなとか、そうだったんだなとか、すごくその方に心が動くというか、そういう感情になるんですけれども、 本当は学びたいのに一歩が出ない心があったというある門廷さんのお話をひもといていきながら、 こういう感情というのはどうなんだろうということについてお話をしたいと思います。 これというのは、なかなか表面には出てこないことなんですよね。 最初から、実は自信がありませんだとか、本当はできないんですとか、学びたいけれども怖かったんですっておっしゃる方もなかなかいるんですけれども、 それは会った時にすぐ言える言葉ではなくて、後々本当はそうだったという、私との信頼関係ができた後に実はねということでお話をしてくださったお話です。 それが皆様にお伝えする時にある程度言葉を選ぶこともありますけれども、意外と深いところまで語っていかなければいけないことになるので、少しずつお話をしていきますけれども、それなりの数、毎日これからお話をしていきたいと思います。 少しずつそういう方とお話を重ねていきますと、その方の胸の奥にずっとずっと抱えてきた迷いですとか、ためらいが見えてくることというのがあります。 例えば、以前どこかで習ったことはある、経験もある、人に教える立場でもある、周りから見たら十分にやってこられた方なんです。 でもその一方で、本当はもう一度ちゃんと学びたいと思っていたとか、ずっと気になっていたとか、けれど今更という気持ちがありましたという風に、本当にそのままの心を言葉にして私に話してくれている方々が多くいらっしゃいます。 そんな風にポツリポツリと本音がこぼれてくることというのがあるんですよね。 私というのはその言葉を伺うたびに、これは決してその方が弱いからではないなって思うし、その方にもお伝えをします。 むしろ真面目に積み重ねてきた方だからこその苦しさというか迷いというか、そういうものなんだろうなと思っています。 学びたいでも動けない。 こういう時ありますよね。この時多くの方はどうしてもご自身に対して、私はちょっと勇気がないなとか、結局本気ではないのかもしれないなと思ってしまいがちなんですよね。 けれども本当はそうではないかなと思うんです。 動けない理由というのは怠けているからではもちろんありませんし、気持ちが足りないからでもないです。 多くの場合はその奥にある、ちょっと自分が傷つくことへの怖さだったりするんじゃないかなと思います。 一歩踏み出してしまったら自分が本当はどこまでできていて、どこが曖昧なのかがはっきりしてしまうわけで、そのことが怖いですよね。 特にすでにキャリアのある方ほど、人に教えてきた方ほど、この怖さというのは深くなっていきます。 今更基礎から学びたいなんて言えないとか、こんなことも曖昧だったのかと思われたくないとか、今まで積み上げてきた自分が崩れるようで怖いだとか、 本当そうですよね。そう思うのは本当にみんなそうだと思います。 これはただ学ぶだけの話ではなくて、これまで守ってきた自分の立場ですとか、積み上げてきたものと向き合うことでもありますね。 だから怖くて当然なんです。 実際に来てくださっている問題者さんの中にも最初はとても静かに、とても慎重にいらっしゃる方がいます。 この慎重にというのが多いでしょうかね。何が始まるんだろうということもありますしね。 自分というものをこういうエモンドーの場ではさらけ出してはいけないんじゃないかというふうに思って、いい意味で慎重にいらっしゃる方というのがいます。 けれどもその慎重さの奥に、ただ遠慮しているわけではなくて、失敗したくないとか、できないと思われたくないとか、そんな張り詰めた思いが隠れていることというのは少なからずあります。 私はその気持ちがよくわかります。なぜなら真剣な方ほど軽い気持ちでは来られないからですね。 うちの会場というのは渋谷のど真ん中にありますけれども、気づかなければ全然皆さんすどおりしてしまうようなものです。校舎ですからね。 なんですけれども、やはりここの敷居をまたぐというか、この玄関に来て、こんにちはよろしくお願いしますと来ることの一歩がとても高いという感じで思っていらっしゃる方は多くて、 それは逆にありがたいと同時に真剣に向き合ってくださっている証拠だろうなと思っています。本当に大事に思っているからこそ、扉を開けるまでにはちょっと時間がかかりますよね。 そしてここがとても大切なのですが、その話は次のチャプターからどうぞ。 # チャプター 2 軽い気持ちでは来られていない、真剣な方ほど、本当にそういうふうにできないと思われたくない。もうそれは本当にそうだと思います。 皆さん最初から急にね、堂々と来る、変わっていくというわけではない。堂々とした形でいらっしゃるわけではない。 すぐに全部をさらけ出せるわけでもない。それがマナーだと思っている方々が多いし、それは素晴らしい考え方だなと思います。 一度来たからといってすぐ心が軽くなるというわけでもないし、私とすぐ打ち解けるわけでもない。 でも少しずつ変わっていかれるんですよね。例えば最初は見ているだけでもいいですかという風な空気だった方が、次第にここがよく分かっていなかったんですというふうにおっしゃるようになります。 あるいは自分ではできているつもりでしたと苦笑いしながらね、でもその後にだからこそ今日来てよかった、やっぱりこれを踏み出してよかったというふうにお話ししてくださるようになります。 この変化というのは技術の前になんとなく鎧を一つ一つ取っていく。まずは兜を外して、腕立てを外して、いろいろ専門用語がありますけれども、 そういうふうにこの鎧の紐というのは固く固く結びきりで結ぶものですけれども、それが少し緩んでいくことから始まっていくなと思います。私はこれが本当の意味での学びの始まりだと思っています。 これはエモンドだけではなくて一般的な着付けでも他の学びでもそうだと思うんですけれども、深い学びというのはただ手順を増やしていくというわけではないですね。 自分の曖昧さに気づいたときにそこから目をそらさずにいられるかどうか、そしていられること、できない自分を責めるのではなくてここから整えていけばいいというふうに受け止めること、そこに本当の意味での成長があるのかなと思います。 それができていける人はどんどんどんどん成長していかれています。実際、今来てくださっている方々も最初から自信満々だったわけではもちろんありません。むしろ逆なんですよね。 勇気があるから来られたというよりも、怖さを抱えたままそれでも来られたのだと思っています。ここはとても大事にお伝えしたいところなんです。 勇気というのは怖くないということではない。怖くないから勇気があるということでもない。アンパンマンもそうかもしれません。勇気100倍とか言うけれども怖いはずですよ。やっぱり立ち向かうのは。 震えないことでもありません。不安が消えてから動くことでもない。怖いままでも心の奥のやってみたいという心というのを見捨てなかったこと、もうそれが立派な勇気なんですよね。 ですから、もし今この放送を聞いてくださっている方の中に本当は学びたい気持ちがあるのに、なぜか動けない、申し込めない、問い合わせもできない、そんな方がいらっしゃったら、私はまずお伝えしたいことがあります。 それは皆さんが弱いからでもないし、怠けているからでもないし、真剣だからこそ慎重になっている、大切に思っているからこそ怖いということです。ですからどうかそのご自身の心を雑に扱わないでほしいなと思っています。 そしてもう一つ、今来てくださっている問題さんたちを見ていて、私がいつも感じるのは、人は完璧になってから学ぶのではないということです。できるようになってから来るのでもないし、自信がついてからいらっしゃっているわけでもない。不安があるから来るし、曖昧さがあるからいらっしゃる。そこを整えたいから来る。 そしてその一歩を踏み出した方というのは、皆さん少しずつ表情も変わるし、言葉も変わるし、姿勢も変わっていかれます。それは本当に突然起こるわけではなくて、ですけども一つ一つ本当に確実に、こそこそ隠しながら学んでいた方も最初はいらっしゃいました。 自分がどういうものかということも最初に私にもつけなかったり、ここに来ることを内緒にしたいから、知っている方が来ている曜日を避けるという方もいらっしゃいました。けれどもそこから向き合いながら学ぶというふうに変わっていかれるんですよね。 私はその姿に何度も、ああいい姿だなと励まされてきました。 ですから今、もしも本当はいろんなことを深く学びたいと思っている気持ちが胸の奥にある方というのは、ご自身で否定しないで、忙しいからとか、今更だからとか、私には無理だからとか、そう言って閉じ込めてしまう前に、私は本当は学びたいんだなということを認めてあげて、 小さなことのようでとても大きな始まりなので、大切に育んでいただきたいなと思います。 はい、いかがでしたでしょうか。今日は学びたいのに動けないのは弱いからではありませんよというお話をお届けしました。 今実際学びに来てくださっている方々との関わりの中で見えてきた心の動きですけれども、意外と深いお付き合いをしてきたなというふうにつくづく思います。 迷いもあるし、ためらいもあったし、プライドもあるし、怖さもある。そしてそこからどう進んでこられたか、一つ一つ丁寧にお話をしていきたいと思います。 次回はですね、基礎が大事って人には言えるんだけれども、自分のことになるとそのことが向き合えない、苦しさということについてお話をしたいと思います。 そうおっしゃった方がやはりいらっしゃって、きつけ教室を開いていらっしゃる方ですけれども、人には言えると、生徒には言えると、けれども自分のことになるとどうなのかなって思っちゃうことが苦しかったと。 そういうふうなお話を紐解いていきたいと思います。 今日もお聞きくださってありがとうございました。 それではご機嫌よう。 もっと見る #十二単 #衣紋道 #モチベーションを保つには #十二単体験 #十二単授業 #深く学ぶ 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ07:451.チャプター 107:012.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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