TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第479話 【衣紋道】は何を伝える道なのか。08:32 4月13日 41再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次衣紋道の一般的なイメージとその先形だけでは伝わらない心遣いと所作単なる技術を超えた美意識の継承効率優先の現代に問う衣紋道の価値所作から整える「人に向き合う姿勢」AI文字起こし(β版) # チャプター 1 一日気づきだより佐藤美奈子です。今日もお聴きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは日本文化に携わる私が、気づき感じる心の在り方を日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日は、エモン道は何を伝える道なのか、ということについて改めてお話をしてみたいと思います。 エモン道という言葉はまだまだ一般的にはあまり知られていないですよね。 これをお聞きの方は、私が毎日毎日毎回毎回このエモン道という言葉をお話ししているので、 もう耳なじみが良い言葉になったかもしれませんけれども、まだまだ知られていないわけです。 十二単兵衛ですとか平安小族には興味がもしあったとしても、エモン道という言葉は初めて聞いたという方もいらっしゃるかもしれません。 そしてもしエモン道と聞いて何かを思い浮かべるとしたら、まずは小族を着せる技術だとか、 あとは昔の特別な着付けというイメージが多いのではないでしょうか。 もちろんそれも間違いではありません。 エモン道には確かに小族を整える技術があります。 十二単兵衛や卒体、宮廷小族を正しく美しく整えるための知恵や手順があります。 でも実際に長く学び伝え続けていると感じるのは、エモン道が伝えているものはそれだけではないということなんです。 見た目を整えること、美しく着せること、それは大切です。でもその奥にあるものの方がむしろ本質なのではないかなと感じています。 では何を伝えているのか、それは諸作であり心遣いであり、人や場に向き合う姿勢なのだと思います。 小族というのはただ着せれば良いというものではありません。 どのように手を添えるのか、どの順で整えるのか、どんな気持ちで向き合うのか、そうした一つ一つにその人の在り方が出るんですね。 例えば衣を整える時の手つき一つにも乱暴さは出ますし、逆に丁寧さも出るわけです。 ただ作業として扱うのか、それとも相手を敬いながら整えるのか、同じことをしているように見えても、そこには大きな違いがあるわけです。 そして絵文堂が面白いのは、こうした目には見えにくい部分まで含めて受け継がれているところだなぁと感じています。 小族の形は見ればわかりますよね。袖があって衿があって、今の着物の原点と言われてますから、今の着物の形はちょっと違いますけれども、なんとなくわかると思います。想像がつくと思います。 ですけども、その小族をどう扱うのか、どんな気持ちで着せるのか、どういう空気でその場に立つのかという、そういうことというのは、形だけを真似してもなかなか伝わらないんですね。 だからこそ、絵文堂というのは、単なる技術の継承ではなくて、美意識ですとか、姿勢を手渡していく営みなのだと思っています。 そしてここが今の時代にもつながってくるところなんですけれども、こういう話をしてくると、それは昔の文化としては美しいですね、というふうに終わってしまうことも実はあって、ちょっと寂しい思いをしたこともあります。 もちろん昔の文化としての価値は大きいですけれども、それだけではないんですね。むしろ今の時代だからこそ、必要なことがたくさん含まれているように私は感じています。 今の毎日はどうしても早いですよね。何もかもが早い。すごく追いつけないなと思ってしまうこともあれば、どうにかなみに乗っていこうと思って足掻いている私もやはりいることは確かです。 効率が優先されていますし、すぐに結果が出ることが求められています。仕事でも、生活、実生活でもそうかもしれません。丁寧に整えることよりも、早く済ませることの方が大事にされやすいですよね。 人との向き合う時間もつい短くなります。場を整える感覚ですとか、あとは所作を意識する余白というものも少なくなりがちです。でも、そんな時代だからこそ、絵本堂の中に流れている感覚というものは、とても意味があるのではないでしょうか。 一枚の衣を丁寧に整えること、目に見えないところにも気を配ること、相手に恥を欠かせないように場に相応しい形を整えること、こうした感覚というのは、所属の世界に限らず、今の暮らしですとか仕事にも通じていますよね。 所作というのは、単なる型ではないわけです。その人の内側が外に現れるものでもあります。だから、所作を学ぶということは、美しく見せるためだけではなくて、自分の在り方を整えていくことにも繋がっていくのだと思っています。 絵本堂の世界に触れると、昔の人たちが大切にしていたことが少しずつ見えてきます。 それは、豪華さだけではないし、華やかさだけでもない、見えないところに心を配る、そして人のために場を整えること、静けさの中に美を見出すこと、そうした感覚なんです。 これらは今の時代に失われやすいものかもしれません。 でも、失われやすいからこそ価値があるのだと思います。 私自身、絵本堂を通して学んできたということは、技術だけではありません。所作の知識や手順を学ぶだけなら、それは情報として覚えることもできます。ですが、実際にはそれ以上のものがありました。 どう手を添えるかとか、どう立つかということまで、そしてどう人を迎えるか、どういう気持ちで場にいるのか、そうしたことを少しずつ教わって、少しずつ身につけてきたように、今は思っています。 そして、だからこそ、これは、単に昔の少族を扱うための知識ではなくて、今を生きる私たちにとっても意味のある学びなのだと感じています。 絵本堂は、少族を切るための技術であると同時に、その奥にある所在や心遣いを受け継ぐ道でもあります。見た目の美しさを整えるだけではなくて、人に向き合う姿勢まで整えていく道なのかもしれません。 今日は、そんなことを改めて感じながらお話をしてみました。これからも十二単位や平安少族のことだけでなく、その奥に流れている美意識ですとか、その感覚についても、少しずつお届けをしていけたらなと思っています。 最後までお聞きいただきありがとうございました。今日も穏やかな一日をお過ごしください。それではご機嫌よう。 もっと見る #十二単 #衣紋道 #衣紋道東京道場 #大切にしている価値観 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ08:321.チャプター 1コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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