TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第543話 【着付けのモヤモヤ】何が違うのか、言葉にできない時13:57 6月16日 68再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次着付けの「モヤモヤ」とは?プロが抱える違和感「しっくりこない」着付け、3つの要因を解説お客様の体に寄り添う着付けの奥深さ見慣れた「癖」を突破する第三者の目モヤモヤを着実に解消する実践的な一歩AI文字起こし(β版) # チャプター 1 日にし気づきだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、絵本道や日本文化の学びを通して感じた、 心の在り方や人との向き合い方を、仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日は、キツケのモヤモヤ、何が違うのか言葉にできない時、というお話をします。 キツケのモヤモヤ、これどういう意味かというと、 キツケでも何でもそうなんですけど、 技術的なこと、それでなんとなくしっくりこない仕上がりだな、 なんとなく仕上がりがモヤモヤするとか、 あとはなんとなく決まらない、 そういうことにつながる言葉なんですけども、 なんとなくスパッと上手くいかないっていうんでしょうかね。 そういう風なお話です。 着付けをしていたり、人にいろんなものをね、 ヘアスタイルもそうですし、 技術を通してお客様にいろんなことを施術していらっしゃる方にとっては、 大きく崩れているわけではないんだけれども、 手順も間違ってないし、 これを使ってって言われている髪飾りも使って、 アレンジヘアもやったしとか、 お客様が持ってきた道具をフルに使って、 大きく崩れた着付けでもない、普通にやっているんだけれども、 仕上がりがすっきりしない、 パキッとこないっていうんでしょうかね。 よし、この仕上がりはいいぞって感じに、 もう帰ってこないっていうんでしょうかね、自分の方に。 何が違うのか言葉にできない時ってないでしょうか。 なんとなくモヤモヤして、 あれでよかったんだろうかな、 お客様にいってらっしゃいませって言ったけれども、 本当にあれで、 あのままでよかったのかなって感じることって、 日々そうだとおっしゃる方も多いのかもしれませんが、 襟元もそれなりに整っているし、 裾も乱れてないし、 ちゃんとすぼまりでね、 やぼったくもないし、 帯も形になっている、 いいお太鼓ができているとか、 けれども、全体で見ると、 どこかしっくりこないっていう時ないでしょうか。 例えば、写真を撮らせていただいて、 写真に撮って見返した時に、 あれ、なんか違うなっていう、 そういう、 なんとも、本当にモヤモヤなんですよね。 そういう風に思うことってあるかもしれない。 ない方もいるかもしれないけれども、 私もあります。 着付けを学んでいる方とか、 お仕事として人に着せている方ほど、 このなんとなくの違和感っていうのに気づくことって、 多いにあります。 そしてその違和感は決してダメなものではなくって、 私はむしろそのモヤモヤに気づけるようになったこと自体が、 とても大切な成長だと思っています。 なんか違うんだよな。 でも、わからない人にしてみれば、 いいじゃないですか、すごく綺麗に仕上がってますよ、 っていう人もいるんだけども、 私たちはなんか、 っていうところ、 それっていうのは、 見る目が育っている方は、 なんとなくモヤモヤは出るんですよね。 違和感にも気づけない方は、 まだまだ見る目が育っていないからとも言える。 最初のうちは手順通りに進めることで精一杯で、 昨日もそんな話しましたよね。 長襦袢を着せて着物を合わせて紐をかけて帯結んで、 一つ一つを間違えないように間違えないように進めるだけで、 頭も手もいっぱいいっぱいなわけです。 でも経験を重ねてくると、 ただできただけではなくて、 そこに美しく仕上がっているかとか、 お客様が楽に過ごせているか、 その方らしさが出ているかというところまで、 目が向く、そして心も向くようになってきます。 だからこそモヤモヤが生まれるわけです。 そのモヤモヤというのはできていない証拠ではなくて、 もっと良くしたいという目が育ってきた証拠なのだと思います。 では着付けのモヤモヤはどこから生まれるのかというと、 私は三つ挙げてみました。 大きく分けてですよ。 細かくやればもっともっとだと思いますけど、 大きく分けて三つ。 一つ目は全体の流れが繋がっていない時、 モヤモヤがあります。 全体の流れが繋がっていない時のモヤモヤ。 着付けは部分部分で見ると整っていても、 全体の流れが途切れていると、 どこか仕上がりもぎこちなく見えてくることがあります。 襟元、胸元、腰回りとか、裾とか帯とか、 それぞれが別々に整っているだけではなく、 一人様の体の上で自然に繋がっているかどうか。 ここを見ることはとても大事です。 その方にとってしっくり着ているかという表現になります。 二つ目は、お客様の体に対して着物が少し無理をしている時は、 ちょっとモヤモヤします。 教科書通りの形に近づけようとするあまりに、 その方の体型とか姿勢とか、 雰囲気に合っていないことってありますよね。 着付けというのは、 肩を作る仕事であると同時に、 その方の体に寄り添うという仕事、技でもあります。 だから正しい形に近づけることだけを見てしまっていると、 時にお客様の体が置き去りにされてしまって、 仕上がりの美しさ、美的感覚というか、 自分の技術者側の感覚ばかり走ってしまって、 お客様は置いてけぼりということもよくあるんですよね。 そういうモヤモヤ。 そして三つ目は、手順は合っているんだけれども、 見る順番が曖昧な時です。 目で確認するところが曖昧な時。 どこを先に確認をして、 どこを直すと全体が整うのか。 どこは触らずに、 どこを触って整えるべきなのか。 この判断が曖昧なままだと、 直しているつもりが別の場所を崩してしまうことがあります。 これは裾の時によくあるんですよね。 例えば、裾がね、足がちょっとジョンキッと見えすぎてますよって、 裾をもう少し落としてください。 というと、 つま先側を落とそうとする方が若干いらっしゃるんですよ。 私がいやいやそこじゃなくて、 脇縫いから奥見の前幅を落ち着かせると、 自然につまも折りますから、 そこですよって言っても、 結局はまたやり直すことになっちゃうんですよね。 つまをもう一回キュッキュッと上げる。 だからこの判断、 どこをどう触ればどう良くなるのかっていう直し方の判断が曖昧だと、 もやもやな仕上がりになります。 着付けの難しさっていうのは、 一箇所だけ直して終わりではないんですよね。 襟元直すと胸元に影響するし、 腰周り、腰の辺りを整えると、 裾が持ち上がってきちゃったり、 逆にぶら下がったりすることだってあるわけです。 帯の位置が少し変わるだけで、 全体の年齢感が変わったり、 角も変わって見える。 せっかく第一冷装、すごく冷装を着付けているのに、 着付け方がだらしなくて、 ちょっと落ちた感じになると、 角のあるものも貧相に見えてくるんですよね。 これは技術者側のいけないところなんですね。 部分ではなくて、 全体を見る目が必要になってくるわけです。 そしてこの全体を見る目というのは、 一人で練習しているだけでは、 なかなか育ちにくいものですよね。 もちろん自主練習はとても大事だし、 写真を撮って見返すとか、 私の着仕上がり用写真を撮って、 家で自分のと比べてみますと言って、 撮られる方もいるんですけれども、 それだけではダメですよね。 見てやった気になるということは、 よく皆さんやってますけれども、 全くそれは進んでいないことですからね。 あとは動画に撮って、 自分の手の動きを確認することも、 やってらっしゃるけれども、 ただ見ているとやれた気になって、 いざボディとか人間を前にすると、 全く動かないという方もいます。 # チャプター 2 耳の痛いお話が続きましたが、 自分では見慣れてしまっているという癖が、 意外と気づかずにやってしまっているという場合も多いんですよね。 いつも同じところを見落としたり、 いつも同じ手つきで同じように止まっていたりする方もいます。 毎回毎回、帯枕だとかいろんなことが 右にずれやすいとか、左にずれやすいとか、 ただ真ん中にしなさいというのは解決策ではなくて、 どっち回りで前に行っているか、後ろに行っているかとか、 その位置を変えた時の足元が本当に中央に立っていらっしゃるかという、 そこをも見ます。 帯上げとか帯締めとかいろんな結び方は上手なんですけれども、 いつもいつも中心からずれる方というのは、 上手いとか下手とかということよりも、 ただ意識して自分の立ち位置を確認するという、 一瞬の確認をすればいいだけなので、 そこのところがちょっと癖なんでという風に流してしまう方は、 ちょっと残念というかもったいないですね。 そこに私のような第三者の目が入ることで、 私ここで迷っていたんだとか、 ここをもっともっと早く習いに来て整えていただけばよかったとか、 直しすぎていたけれどももう十分なんだということが、 やっと自分の目じゃなくて、 他の方からの指導が入ったりとかアドバイスをいただくと、 やっと気づくことがあるので、 すごく習うということを怖いと思っていらっしゃる方、 責められるんじゃないかとか、 今までやってきたことを否定されるんじゃないかという風に思って、 足止めを自分でしちゃってるという人もいるんですけれども、 そういうことは全くないですよ。 うちもそうですし、うち以外のところもそうですし、 より良くなるために、 より良い技術でお客様に向き合っていただくために、 こういう講習とかレッスン、いろんなものはあるので、 勇気を持ってご参加いただければなと思います。 やっぱり手順というものもあって、 それを覚えていたもの、 きちんと手順を覚えているのは特に大事ですけれども、 そこにプラスしてお客様の目線というものを足していくという、 そういうフェーズの方の方が多いかなと思います。 うちにいらっしゃる方。 やれるんだけれども、 もう一つというところでお声かけてもらったとか、 お友達からの紹介があった、 同じ同業者の方から佐藤先生のところに行っていただいて、 というパターンの方が多いんですよね。 だから技術的にはよろしいんですけれども、 ここで止まっていたかというのがよくよく分かるので、 私も躊躇せずに皆様にお伝えをするようにしています。 何が違うのか分からないと思ったときこそ、 もう一度基礎に戻ってみるということは、 とっても大切なことかなと思います。 何が違うのかをきちんと言葉にして、 もやもやのままにしないで、 自分の手の動きをもう一度整えたいと思われた方は、 ぜひフリーレッスンという形で来ていただいて、 今自分が見直したいところをまずそこに手を入れるというか、 そこを私にも教えていただければ、 改善策は必ず見つかるはずです。 概要欄にご案内も貼っておきますので、 ぜひお声掛けしてください。 また、ちょっと最初から行くのはという方のために、 動画レッスンも6月21日からリリースしますので、 そちらの方をご覧いただいた後に、 行ってみたいなと思っていただけたら、 ぜひお声掛けください。 それではご機嫌よう。 もっと見る #モヤモヤ #第三者の目 #モヤモヤ整理 #しっくりこない 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ09:271.チャプター 104:302.チャプター 2https://mosh.jp/services/376407コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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