TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】㊗️第555話 【伝統と現代のあいだで】私が大切にしていること16:00 6月28日 85再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次伝統の本質と現代的解釈の境界線衣紋道:秘伝から開かれた伝承へ伝統の核を守る「意識の高さ」と伝え方「なぜそうなのか」問い続ける伝承の心形の先の「生きた知恵」を次世代へAI文字起こし(β版) # オープニング 日々気づきだより佐藤美菜子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、エモン道や日本文化の学びを通して感じた、 心の在り方や人との向き合い方を、仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日のテーマは、伝統と現代の間で私が大切にしていることです。 実は今日のカウント数で言うと、555回目ということになります。 皆様、本当に555のいい数字ですけれども、本当に皆様の応援あってのことです。 ありがとうございます。 実際はですね、もう実は160回以上話は重ねていて、 ちょっと途中カウントがなかったりだとか、生放送があったりしながら続けていますが、 カウントとしては今日が555話目ということになります。 今後ともよろしくお願いします。 ということで、ちょっと私が携わるエモン道のことを中心に、 今日は心も新たにお話をしていきたいと思います。 平安時代から続くエモン道という文化、 触れたことのある方もいれば、初めて聞くという方もいらっしゃると思いますけれども、 その文化と、SNSですとか、こういう今皆さんがお聞きの音声配信といった現代のツール、 この両方に携わっているというのが私なのかもしれませんが、 その私がいつも大切にしている考え方を、次のチャプターからお話をしていきたいと思います。 # 伝統を守ることは、変わらないことではない この伝統を守るということは、何も変えずにそのまま残すことではなくて、いわゆるコアな部分、核心といった方がいいですかね、この基礎になっている部分というのを守りながら、 伝え方や形を時代に合わせて進化させていくことだと私は考えています。 江門道といういわゆる平安時代には確立されていて、そして鎌倉時代にはこの道、江門道というものが確実に発展してきたわけです。 そういう長く長く続いていく文化に携わっていますと、この変わらないものという考え方と変えていくものの境界線みたいなものがあって、 その部分を私もあまりミーハーになりすぎないようにというか、そういうことをよく考えさせられます。 江門道の動き方ですとか諸作とよく私が使いますけれども、諸作とか型そのものは長い長い歴史の中で積み重ねられてきたものですね。 ここは変えるべきではない核心の部分です。 ですけれどもその核心を誰にどうやって伝えていくかという部分というのは、時代によって変わっていいところではないかなと思います。 かつてはですね、いわゆる苦伝って言われるもの、その人からその人だけに大事に守られてきたものであったり、直接の指導だけで伝えられていたものですよね。 まだまだこの江門道の部分ではそれは多くあると思っています。 なぜかというと、やはりその家元という方がいらっしゃって、その方が行うものを直接指導が受けられた場合には、それを大事に伝えていくというものがあります。 この何々流とか流派のあるものはまさにそうですよね。 でも今はそれはそれとして、その核心の部分というよりも外核の部分というかこの周りの部分、そういう紹介ですとか知っていただくきっかけというものは、 SNSですとかこういう音声配信、動画講座といった形で届けられるという時代に今はなっています。 伝統の核を理解した上で現代に合わせた応用をする。 これというのは私がやっているこの江門道の行動指針の中にも掲げている考え方なんですね。 この手順は何でこうなのかとか、そういうことを自分の言葉で説明できるということが逆に伝統を現代にもちゃんとつなげていく、伝えていく。 そのツールとして大事にそこもしていかなきゃいけないなと思います。 何でもかんでも秘伝、秘伝というふうな形に持っていくよりも、いわゆる変に湾曲させてというか、全く違う形ではなくて、ちゃんとその部分は守りながらも伝えていく。 私の考え方でいうと、今このうちの東京道場というものもやらせていただいている中で、やっていることというのはやっぱり意識が高いことなんだと思います。 なぜかというと、講室行事、儀式において、装わなければいけない宮殿小俗というものがあって、それをやっぱり学びたい方に何か変わったね、簡単なやり方、略式なやり方というものを教えるわけではなく、私が習った正式なものというのをそのまま伝えていかなきゃいけないので、 そこを意識を低くするということはなく、考え方とか型というものは意識が高いままで良いと思っています。 ですけれども、そこに知りたいという人とか、そういうのに触れてみたいという方にとっての紹介の仕方は、やっぱり意識は若干低めにしていかないと伝わっていかない。 伝わっていかないと、やっぱり発展はしていかないし、やってみたいと思う人を排除するような持っていき方というのは長く残らないと思うんですね。長く残っていたとしても、ちょっと強さがないっていうんでしょうかね。 弱く細々とつなげていくという時も必要かもしれませんけれども、強く、そして動じない、何かパワーのあるような伝わり方というものはやっぱり必要ではないかなと思います。 私どもの東京道場なんかでは、この何流何流ということというよりも、やはり長い歴史の中で伝わってきた今の着物の本当に始まり、本当に着物の原点と言われる十二単位を私たち独自のやり方で伝えていくということで、 火はつけたままでいたいという感じを持っているんですね。そこは核を理解した上で、現代に合わせた応用をするという私の行動指針の一つでもあります。 # 衣紋道の核心は変えずに現代の伝え方で ちょっと具体的なお話をしますけれども、十二単位ですとか束帯の着装法というのは、そこのいわゆる核心部分、一番大事な部分、そこはもう何百年も前から続く型というものがあって、それを忠実に守り続けているから残っています。 そこに自分なりの解釈を加えて変えることということではないです。 私が伝えているということは、本当に家元や、あとは全家元のお考えだとか、その全家元についていらっしゃった千石宗久先生などの考え方、一言一言おっしゃったことというのが頭の中、体の中に入っていますね。 メモを取るという時間もありましたけれども、一番はやっぱりやりながら染み込ませていったわけです。 それというのを、私が伝えることで若干フィルターがかかってしまうこともあるのかもしれませんけれども、なるべくそのまま使うようにしています。 けれども、例えば変えるところがあるとすれば、国際文化学園で行う絵文童ですから、学園の考え方ですとか、あとはこの学園の演出、この絵文童を見せるときの演出によって、学園独自の解釈を含めて行うこともあります。 その解釈というのは、禁がなくならないようにですとか、伝統というものを軽く考えていない、ちゃんと重いものは重々しくやるという考えが、私は長く勤めていて、学園の品格にも影響してくる部分だと思うので、そこは崩さずにやっているわけですね。 逆に、自分なりの解釈を加えてというところは、自分なりの解釈イコール、解説をする文章ありますよね、解説文。 解説文のところを、もともと私が習っていた時の言葉だとか、本だとか、そういうことで書かれていても、興味を持たれる方というのは、いろんな世代もあったり、ジャンルもあったり、いろんな方々がいるので、 そこをもっともっと分かりやすく、噛み砕いた日本語をうまく使って、品の良い日本語を使って、そういう意味で書き換えるということは多くあります。 けれども、そういうことなんだということを、やっと分かりましたとおっしゃっていただくことが多いので、そこは品を損なわずに、分かりやすく、美しい日本語を使うということで変えてきています。 その魅力ですとか価値をどう伝えるかについては、私の時代には、いろんなこのインスタグラムですとか、こういうボイシーですとか、いろんなツールが使える時代におかげさまで私は生きているので、それをうまく積極的に取り入れて伝えています。 変化を恐れないで、進化を楽しむという考え、感じ方、それが私が今一番大切にしている考え方の一つです。 そしてもう一つ大切にしているのは、なぜそうなのかということを問い続けているということですね。 昔からそうだからという思考で止めてしまうのは、私はあまり好きではないというか、もっともっとその先を突き止めたくなるというか、ちょっとマニアックな部分がどうしてもあって、伝統はいつか形だけのものになってしまいがちですよね。 昔からそうだんだからとか、あまり深く考えないでとか、質問しないでとかっていうのは、なんとなくただ形だけの部分にこうだからという方ですけども、なぜこの手順になったのかとか、なぜこの形を作るためにこういう動きなのかということを、自分の中で何度も何度もすごく問い直したんですよね。 そして自分の言葉で皆様に、特に習いに来ていらっしゃる私たちの問題者さんや木付の受講生さんたちには、私の言葉で説明できるようにするということが大事だなと思っています。 それができて初めて、現代の方にもこの伝統の本当の価値というものが伝わるものではないかなと思っていますね。 実際に、サッフや受講生さんたちに教える場面でも、この考え方をとても大切にしています。 形をただ覚えてもらうのではなくて、そこは大事にはしますよ。そこはすごく大事な部分ですけれども、けれどもその動き、その所作には、こういう意味があって相手にこんな心地よさを与えるものなんだよということを背景までちゃんと伝えたいんですよね。 ですから、そこは伝えるように心がけています。 そうすることで、形がただの決まりごとみたいになっていくのではなくて、自分の中で納得できる、生きた知恵という言葉がいいかな、生きた知恵として根付いていく。 それが伝統を次の世代に繋いでいくために、これはもう欠かせない姿勢だと思って、もう信じて私はやっています。 はい、今日はちょっと硬い話になったかもしれませんが、伝統と現代の間で私が大切にしていることというテーマでお話をしました。 伝統を守ることは変わらないことではなくて、核心を守りながら伝え方を進化していくことであって、なぜそうなのかということを問い続けて、自分の言葉で説明できるようにすること。 これからも伝統の品格を守りながら、現代の方々に届く形を探し続けていきたいと思っております。 はい、今日もお聞きいただきありがとうございました。また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。それではまたごきげんよう。 もっと見る #伝統文化 #日本文化 #衣紋道 #発信の在り方 #伝統と現代 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:521.オープニング06:312.伝統を守ることは、変わらないことではない07:383.衣紋道の核心は変えずに現代の伝え方でコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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