TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第572話 ご近所との上手な距離感12:42 7月15日 76再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次希薄化する現代のご近所付き合い近づくと傷つく?山嵐のジレンマ文化人類学から学ぶ快適な距離感アドラーが説く「課題の分離」の実践挨拶から始まる「弱いつながり」の力AI文字起こし(β版) # オープニング 日にち気づきだより佐藤美菜子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、エモン道や日本文化の学びを通して感じた 心の在り方や人との向き合い方を、仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日のテーマは、ご近所との上手な距離感というトークテーマがありましたので、取り上げてみたいと思います。 現代の住まいでは、ご近所との関係が気迫になりがちですよね。 セキュリティ面も考えて、あんまり慣れ慣れしくしなくなってきたかなと思います。 私の実家の方は、マンション集合住宅ではなくて一軒家ですので、 父も年を重ねて兄もおりますけれども、それなりに年を重ねてくると、 ご近所付き合い、例えば私は旧姓駆動ですけど、駆動さんのおじいちゃんなかなか見ないねとか、 元気に散歩してたねとか、そういうふうなことを遠まきにというか、 見ていてくださるという感じの良い距離感というのがある地域だなと思っています。 今の時代はどうしても隣の人が誰だかわからないとか、 知らないうちに引っ越してきて知らない人が住んでいたとか、 どうしても関係が気迫になりがちだからこそ、 意識したい程よい距離の取り方をいろんな方面から、角度から見ていきたいと思います。 # 程よい遠さが心地よい ご近所との関係というのは、近すぎるととても窮屈に感じることもあるし、逆に遠すぎると孤独を感じますよね。 大丈夫だろうか、何か自信があったとき、どうしようかとか、声を掛け合おうかとか、そういうことまで考えてしまうこともあります。 この絶妙なバランスを考えるときに、私はいつも思い出すのが、 ドイツの哲学者のショーペンハウアーさんの偶案に由来する心理学用語、「山嵐のジレンマ」という言葉です。 親密になりたいのに近づきすぎると互いの棘、いわゆる人間であればエゴだとか欠点で傷つけ合ってしまうので、適切な距離感を図り兼ねる人間関係の葛藤のことです。 寒い冬に山嵐の群れが身を寄せ合って暖を取ろうとしています。 でも近づきすぎるとお互いの針で傷つけ合ってしまう。離れれば寒い。試行錯誤を繰り返した末に傷つけ合わない程よい距離を見つける。 これが人間関係の本質だというふうにショーペンハウアーは語っています。 ご近所関係の難しさというのはまさにこの山嵐そのものではないでしょうか。 そしてもう一つ、プロクセミクス、これは日本語でいうと近接学、近く接する学ぶと書きますけれども、それを提唱したのが文化人類学者のエドワードホールさんです。 人が快適に感じる物理的な距離というのは文化によって異なるよという研究なんですね。 日本は欧米に比べてプライバシー意識が高いだそうです。かつ察する文化が根付いています。 言わなくても分かるはずとか空気を読むという感覚、よく私がエモンドーなどの話をする時によく出てきますが、ここでも出てきましたね。 実はご近所関係にも影響しているわけです。 こうして欲しいと伝えるのが苦手な分、互いに察し合うことで距離感を調整してきた文化が日本にはあるということなんですね。 だからこそちょっとしたすれ違いが逆に長引く違和感になりやすいというのも感じる方も多いのではないでしょうか。 そしてアドラーの心理学者のアドラーさん、これは有名ですけれども、嫌われる勇気という本、とても大大大ベストセラー、私も持って読んでいますけれども、 課題の分離という重要な概念があります。 これは自分の課題か相手の課題かを分けることで、必要以上に踏み込まないで、かつ踏み込まれない関係が作れるという考え方です。 ご近所との関係に当てはめてみると、例えば、ごみ出しのルールを守れない隣人の行動は相手の課題です。 それによって自分がどう感じるかは自分の課題です。 相手を変えようとするのではなくて、自分ができる対処、例えば声をかけるだとか、管理組合に相談するだとか、そういうことを選ぶわけです。 境界線を意識するだけで感情の消耗が減ります。 いつも隣のマンションのごみ出しがどうだこうだと、例えば私なり私の主人が言っていたとしても、それは自分の課題ではなくて、隣人の課題、隣の方の課題。 そこを混同してしまうと、私たちの方が考えなくてもいいことを考えてしまって、すごく消耗していくという話です。 そして、弱いつながりの強さという研究を発表している方もいます。 友人や家族のような強いつながりよりも、ご近所や顔見知りのような弱いつながりの方が、新しい情報、仕事、助けをもたらすことが多いという逆説的な発見なんですね。 災害時に助け合えるのは、家族というよりもご近所ではないでしょうか。 ちょっとした荷物を受け取ってもらえるのもご近所だったりすることがあります。 私なんかは特に子供が小さい頃、ご近所というよりもママ共にちょっと預かっておいてというのを、逆に預かることも私もありましたし、預かってもらうということもありました。 ちょっと同じ世代の子供を持つという親の関係性の中で、助け合えるということもある、コミュニティーはあるわけですよね。 特に親しくはないけれども、会えば挨拶をするという関係も、このご近所にはあるのかもしれません。 その関係こそが、暮らしの安全網になっているわけですね。 ご近所付き合いは面倒というふうにどうしても感じてしまいがちですけれども、それを感じる前に、この関係が持つ、逆に静かだからこそありがたい、そっとしておいてくれるからありがたい、そういうことに気づくのも大切なのではないかなと思いました。 # 弱いつながりとは そして、日本文化にはマという美意識があります。 音楽の休み、休符だったり、絵には余白があったり、 そして人と人の間にあるちょうどいい空間、 これは何もないように見えていて、そこにこそ意味があるマです。 ご近所との関係にもこのマの感覚が生きています。 毎日逆に話しかけない。 お会いしたらちゃんと営釈をするとか、おはようございますと言ったりする。 でも、ちゃんと会えば笑顔で挨拶もするし、お話もする。 困っていそうな時だけそっと声をかけるという方もいらっしゃるかもしれません。 この近すぎず遠すぎないマを意識的に保つことが、長く気持ちよく続く関係を作ります。 強制的に仲良くするのではなく、自然なマを大切にする。 これが和の人間関係の知恵なのではないかなと思います。 やはりこの中でよくあるのは、東京なんかは雪が降ると大変になりますよね。 この雪かきということ。私なんかは雪かきは慣れているので、青森生まれなので。 雪が降ると、ついついマンションで共同のスコップがあったり、そういう道具がちゃんと揃っていますので、 そこの下に降りて、人が歩くところぐらいは道を作るということは難なくできるわけです。 そしてうちの主人も、管理組合などの役職がある、ないに関わらず、やはり足元が滑ってはいけない。 それなりのお年の方も入居していらっしゃいますので、特に見返りとかそういうこともなく雪かきをするわけです。 そういった中で、やはりありがとうございますと言ってくださる。 逆に、ありがとうございますという一言だけでもう十分なぐらいありがたい。 そこからまた、ああだこうだというふうになってしまうと、これってね、人って勝手なものでめんどくさいなって思うこともありますけれども、 ありがとうございます、いいえいいえって、早起きしたので、みたいな感じで会話が生まれるという関係性というのは、住み心地としてはとてもいいなと思っています。 ご近所との関係というのは、深い友人関係でも、完全な他人でもないです。 第三の関係と言えるのかなと思います。 近づきすぎず、遠すぎない、程よい距離。 一番最初にお話しした山嵐の話、山嵐が見つけた答えというのは、私たちの暮らしの中でも少しずつ探していけたらいいのかなと思います。 まず今日会ったご近所の方に一言、笑顔で挨拶をしてみてください。 朝、もしかしたら出勤の時間が同じ方がいるかもしれませんし、私でしたらですね、私が電車に乗る頃にお散歩なさっている海岸上の奥さんもいらっしゃって、 ワンちゃんがとてもきれいなワンちゃんなので、毛並みが、よくわかるんですよね、道歩いてても。 おはようございます、早いですね、いってらっしゃい、みたいな感じの会話を時々いたします。 でもそれだけで十分なのではないかなと思います。 でもそういう、ちょっと会わせた時に挨拶をし合うということでつながっていることが、もしも何か災害があった時も話しやすかったり、協力し合うことができたりします。 どうしても隣がどういう人かってわからなくて怖いという場合もあるかもしれませんけれども、逆に怖がっているというよりも挨拶をしてみるとか、挨拶を返されたらこちらも挨拶をしてみる。 でも挨拶を返されたら挨拶だけでいいと思うんですよ。その後どんどんどんどん何か親しくしなきゃいけないってこともないと思います。 そこの距離感というのは、やはりこれは経験というか、自分の中できちんと測ってやるべきかなと思います。 これもやっぱり人生経験ですね。 ちょっと困ったことがあれば、やはり年上の方とか、例えばいろんな問題があれば警察に相談する方だっているかもしれませんけれども、 その中でやはり自分がちゃんと決めて、自分でどういう人間関係を作るかっていうのを考えられる自分でいたいなと思います。 今日もお聞きいただきありがとうございました。また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。それではごきげんよう。 もっと見る #人間関係 #弱いつながり #距離感 #ご近所との上手な距離感 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:471.オープニング05:512.程よい遠さが心地よい05:043.弱いつながりとはコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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