TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第584回 スマートな断り方09:20 7月27日 82再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次断ることは本当に悪いことなのか?「No」が「Yes」に変わる断り方「できない」だけではない伝え方あなたの品格が問われる断り方何を大切にする?断ることで問いかけるAI文字起こし(β版) # チャプター 1 日々気づきだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、絵本道や日本文化の学びを通して感じた 心の在り方や人との向き合い方を 仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日のテーマは、スマートな断り方です。 断ることへの苦手意識がある方は多いと思いますが、 実は断ることは、誠意の表れでもある。 今日はそんなことをお届けしてみたいと思います。 # チャプター 2 はい、今日はスマートな断り方についてです。 断ることが苦手な方はとても多いと思います。 どうしても断ったら嫌われるかもしれないとか、 あとは空気が悪くなるかもしれないと思って、 つい、こう、引き受けてしまう。 でも、無理に引き受けたことが後で、 相手に迷惑をかけることだってある。 断ることは必ずしも悪いことではないということです。 潔く断ったことでうまくいくことだってあるわけですよね。 グレック・マキューンさんの著書、 エッセンシャル思考という本の中で、 何かにノーと言えることは、 自分にとって本当に大切なことへのイエスだと言っています。 断ることへの罪悪感は相手への配慮から来ています。 その気持ちはとても大切ですね。 でも本当に相手を大切にするなら、 無理をして引き受けた結果、中途半端になるより、 正直に断って、全力でできることに集中する方が誠実です。 断ることは自分の境界線を示すと同時に、 相手への誠意でもあります。 私がやっている問答では、 間というちょっとした時間というか、 時の流れというか、そういうことも大切にします。 絶え間なく、どんどんどんどん、 やっているように、技術をやっているように見えますけれども、 でもすごく細かく見ると、 ちょっとした間だとか、 ちょっとした空気を止めるような仕草だとか、 そういうことをするんですけれども、 動作と動作の間に余白を持つということで、 次の所作がより決まる、美しくなる、 詰め込みすぎると全体がやはり乱れるのが、こういう技術です。 断り方もこれと似ているなぁと感じます。 例えば、できませんの一言で終わらせるのではなくて、 今の私にはこういう状況があってというふうに、 少し余白を持って伝えること。 そこに、誠意と文脈が生まれて、 相手は断られたよりも大切に扱われた、 ちゃんと聞いてくれたんだという印象を受け取れるはずです。 この問答から学んだことの中で、 断ることも一つの所作だということ。 例えば、断ると言っても、 何でもかんでも頼まれたことをやる。 例えば、これは、 位の高い方に対して所属を付けするという機会がある場合、 私も2度ありましたけれども、 そういう時に、 例えば、とても良いお仕事のお話であっても、 自分の身辺、自分の家族とか、 自分の本当に近い方に不幸があったとか、 自分も何かちょっと抱えているものがあるとか、 そういうことであるのに、 目の前に来た大きな仕事をやり遂げたくて、 無理にイエスと言ってしまうと、 後々大変になることがとてもあります。 私もやはり言われました。 近い方に多少不幸なことがあったりすると、 この仕事は降りてくださいと、 しっかり言われたことがあります。 あとは、これは本当に昔々の話ですけれども、 女性特有の症状が出た場合も、 昔は汚れであると言われていた時代もあるので、 そういう時には、 そういう正式なお仕事は断る。 静かに身を引くということですよね。 何も言わなくても身を引くということもあります。 そして本当にできると、本当に自分がやれると、 確信が持てていて、自信もあって、 もしも何かあった時に、 責任というか、そういうものもちゃんと心に留めて、 それでもということであれば、イエスと言える。 そのぐらいなんですよね。 例えば、何かもしもあったとして、 消毒をつけていたとしても、 あまり仕上がりが良くなかった。 それが例えばテレビに映るとか、報道されるとか、 そういうふうな時点になった時に、 全国にその仕上がりの画像が出る。 そうなった時のことも考えるわけですよね。 やっぱりご指摘がある時だってあるし。 本当に私がお支度をさせていただいた時なんかは、 今自分がその仕上がりの写真を見たり、 その当時の画像がYouTubeに少し残っているので、 それを久々に見たりすると、 ああ、よくやったなって思いますね。 あの時は本当に、言ったのは主人だけですね。 家族にも言うなと言われている世界なので、 子どもたちなんかはもう言いません。 逆に言わない方がいいですね。 なので、その中でやっぱり自分で責任が取れる。 でも、何かあったらっていうことを考えないぐらい、 自信があるかどうか。 やるかって言われたら、やると言えるかどうか。 うーん、どうしようかなって思うぐらいのものだったら、 潔く断った方がいい場合もあります。 その責任が伴う時にはですね、 断ることも一つの所作。 どう断るかにその人の人となりが出ますね。 申し訳ない気持ちを正直に添えながら、 それでもはっきりと意思を伝える。 これは本当にその人の品の良い断り方をなさる方と、 どっちなんだっていう断り方をする方もいたり、 断っちゃダメだけれども、 結果が出せなかった人っていうのも、 私も何人も見てきていますので、 なんともこれは難しい話ですけれども、 私もまだまだ修行中の身です。 今日はスマートな断り方というテーマでお話をしました。 このグレックさんの言葉通り、 NOはイエスの裏側にあります。 何かを断ることで本当に大切なことへの時間と力を取り戻せる。 断ることへの罪悪感が強い方ほど、 一度これを断ることで私は何を大切にしているのかを問いかけてみる。 それも大事なことだと思います。 その答えの中にあなたの本当の優先順位があるはずです。 今日もお聞きいただきありがとうございました。 なかなかはっきりと、 この固有名詞というか、 はっきりとしたことがなかなか言えない内容で、 周りくどくて聞き取れなかったと思いますが、 そういうことだとご理解ください。 そういうこともある。 本当に終わってみたら良かったけれども、 そのことが終わるまでは一切口にできないという仕事はたくさんあります。 また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。 それではまた。ごきげんよう。 もっと見る #エッセンシャル思考 #スマートな断り方 #境界線を引く 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ00:371.チャプター 108:432.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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