TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第608話 【駒牽】世界の広さを馬で知る08:24 8月21日 93再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次諸国の馬が都へ! 平安時代の「駒引き」遠路はるばる都へ! 紀貫之の歌が描く情景「物」が語る世界観 平安貴族の地方認識現代が失った「触れる」知覚 実物の重み道のりが持つ意味 駒引きが語る時間と歴史AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日 日々気づきだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして、所属のこと、その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが、今の暮らしや仕事にどう繋がっているのか、 毎朝一つお届けしています。 今日からこの番組の形を少し変えていきます。 これまでその時々のテーマからお話をしてきましたけれども、 今日からはその日の暦から始めることにしました。 平安の行事や季節の移ろい、所属のこと、その日にちなんだお話を一つして、 そこから見えてきたことを最後に少しだけお話をする。 そういう形にしていきます。 さて、今日は8月の20日です。 8月も残り10日ほどになりました。 この時期、平安の宮中では大きな行事がありました。 それが駒引きと言います。 次のチャプターからお話をしていきます。 # 暦に話 はい、駒引き、皆さん聞いたことあるでしょうか。 駒というのは馬のことです。 引くということは、馬を引いてくるという行事の意味です。 8月の中頃から下旬にかけて、諸国の牧、馬を育てている牧場の牧と書いた牧ですね。 そこから朝廷へ馬が献上されました。 シナノのモチズキの牧、そしてカイのカシワザキの牧、そしてムサシのオノの牧。 各地の牧から選ばれた馬が、はるばる都まで引かれてきます。 天皇がこれを御覧になり、苦行たちに分け与える、そういう行事のことです。 シナノから都まで歩いてどれくらいかかるでしょう。 何日も何日もかかったはずです。 山を越えて川を渡って石床を通って、その道中を思って読まれた歌が残っています。 木のつらゆきの歌です。 大阪の関の清水に影見えて、今やひくらむモチズキの駒。 大阪の関、京都と滋賀の境にある石床ですね。 そこの清水に姿を映して、今頃モチズキの駒が引かれていることだろう、そういう歌です。 面白いのは、この時つらゆきはその場にいないということです。 都にいながら遠い石床を越えてくる馬を想像している歌なんです。 平安の貴族はほとんど都から出ませんでした。 旅をしない、地方を見たことがない。 だから地方というのは、献上されてくるものを通してだけ知っている場所だったわけです。 馬が来る、絹が来る、米が来る、そして魚が来る。 シナノという土地を馬で知るわけです。 その馬がどれだけ立派かでシナノという国を思い描くわけです。 物が来る、それが世界の広さを知る手立てだったんですね。 だからつらゆきは馬そのものではなく、馬が通ってくる道の方を歌にしたのだと思います。 絵文堂の稽古でも、例えば十二単や十三単は写真や資料では見て、それだけでも迫力を感じて学びに来ていただくんですけれども、やはり本物を見ると皆さん圧倒されていらっしゃいます。 こんなに神聖で、こんなに鮮やかで、こんなに重い、そのものの重さも、ですけれども、やはり同時に歴史の重さを感じて一枚一枚触れていきながらじわりじわりと体に伝わってくる、そんな風に私からは見えています。 そうすると、皆さんの表情が驚きというよりも凜となさってくるんですね。 憧れていたものが目の前にあって、今それに触れているという喜びを超えて感動に近いものがある、そんなお顔になっています。 そして、十本の指を巧みに使ってこの小族一枚一枚持ち上げるわけですけれども、その小族の扱い方が確実に絵文座の雰囲気を帯びてくるわけです。 # 結び 物が来る、それが世界の広さを知る手立てだった。 今は逆になりましたね。 見ようと思えば何でも見られます。 シナノの馬も、遠い国の景色も画面の中にあるわけです。 けれど、触れてはいませんよね。 小族もそうです。写真はいくらでもあります。 展示も映像もたくさんあります。 でも、あの重さというのは写真に映りません。 絹の匂いも、袖を通した時の音も、着せている時に手に伝わってくるもの、どこにも映っていないわけです。 平安の人はほんの少ししか知らなかった。 けれども、その少しには必ず触れていたわけです。 私たちはたくさん知っています。 けれど、触れているものは案外少ないのかもしれません。 辻行が歌にしたのは馬の姿ではなく、大阪の席を越えてくる道のりでした。 物が時間をかけてそこまで来たということ、たぶんそちらの方が大事だったんですよね。 今日は8月20日、駒引きの日です。 品野から都まで馬が歩いてきた季節、そういう名前が今日という日についていたことを頭の隅に置いていただけたら嬉しいです。 最後に一つだけお知らせをさせてください。 今日お話しした駒引きのことは、日々巡り御読みという毎日のお便りにも書いています。 1日1つ、300字ほどの短いものですけれども、サイトの方で毎朝7時に出しています。 コロモトコヨミというサイトに収めています。 そして、今朝からインスタグラムでも始めました。 警備平安の方です。 声で聞いて気になった日があれば、文字で読めます。 文字で読んでもっと聞きたくなったら、どうぞこのボイシンへ戻ってきてください。 そういう風にできたらいいなと思っています。 どれも同じ小読みです。 無理に全部を追いかけていただかなくても構いません。 ご自分に合うところだけで結構です。 それではまた明日。 もっと見る #紀貫之 #駒牽 #逢坂の関 #にちにちめぐり暦 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:231.今日はどんな日04:172.暦に話02:453.結びコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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