TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第620話 【二百十日】野分がめくっていくもの08:51 9月1日 84再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次二百十日と平安の大風「野分」の物語源氏物語「野分」が示す人間模様風がめくる「隠されたもの」の正体困難に動じない心の磨き方嵐の後に見つめる「人の本質」AI文字起こし(β版) # 今日はどんな日 日々奇跡だより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、毎朝、平安の行事、季節の移ろい、 当時の人の暮らし、そして荘族のこと、 その日の暦を一つお話ししています。 千年前の営みが今の暮らしや仕事にどうつながっているのか、 毎朝一つお届けしています。 おはようございます。9月になりました。 今日からこの小読みは本編に入っていきます。 8月の間は女でした。女性の女ですね。 今日から一年かけて平安の一年をひと回りしてまいります。 さて今日は9月1日。カレンダーの上では新しい月の始まりですが、 昔の小読みではもう少し別の意味を持つ日でした。 立春から数えてちょうど210日目。その名も210日と言います。 # 思いがけない一面を見てしまう 皆さん、立春というのは2月の初めですね。 そこから数えて210日目がちょうど今日にあたります。 なぜ、わざわざ数えたのか、ということです。 この頃、稲の花が咲くからなんですね。 そして、ちょうど同じ頃に台風がやってくる。 昔の人はその一致に気づいて、小読みに刻みつけたわけです。 農業されている方、農家の薬備として210日、気をつけなさいという日です。 農作業などで天候による災害が起きやすいとする日を薬備と呼んでいました。 千年以上、同じ日に同じことを言い続けてきたわけです。 さて、平安の人はこの季節の大きな風を何と呼んでいたか。 野秋、野の草を分けて吹く風という意味です。 野秋と言います。 台風という言葉が生まれるのはずっと後のことで、平安の人にとって秋の大風というのは野秋のことです。 風が野原を吹き渡っていく。草がざっと分かれて道のようになる。 その情景から名をつけたわけですね。 源氏物語にはそのまま野秋と題された感があります。 どんな話かというと、嵐そのものの話ではありません。 嵐の翌朝の話です。 風が吹き荒れた次の日の朝、庭は荒れている。 家の中も気調が倒れ、水が乱れ、いつもの姿ではない。 そこへ夕霧という若い人が見舞いに訪れます。 そして乱れた室内の隙間から、普段は決して見えないはずの人の姿を思いがけず見てしまう。 そういう一日が描かれています。 平安の家というのは壁がほとんどありません。 水と気調と屏風。 垂らすものと立てるものだけで空間を仕切っています。 東京登場に一度でもお越しの方は、水も気調も屏風もあるので、なんとなく想像がつくかなと思います。 ですから風が強い日には、その仕切りが働かなくなるわけです。 建物ごと中が見えてしまうわけです。 台風を野沸きと呼んだ人たちは、風の被害だけを見ていたのではないと思います。 風がめくっていくものまで見ていた、そんな感じではないでしょうか。 例えば木付けの現場でも、すべてが予定通りに進んでいる時より、何かが乱れた時にその人の積み重ねが見えることがありませんか。 思いがけない出来事が起こるとか、周りが慌ただしくなるとか、誰かの焦りがその場全体に広がってしまう時とか、ないでしょうか。 そんな時、その空気に引っ張られてしまう人もいれば、反対に、いつも以上に静かになって、一つずつ確かめるように働く人もいます。 私自身、そういう姿を何度も見てきました。 動じないというのは、何も感じないことではないのでしょう。 これまでにも困ったことに出会い、避けずに向き合って、その度に考えてきた経験が、いざという時の佇まいになって現れるのだと思います。 先が見えないからこそ、急いで答えを出さない。 周りが乱れているからこそ、自分まで乱れない。 特に、会問堂では、その静けさもまた、技の一つなのだと感じています。 嵐は、普段隠れているものをあらわにします。 これは、人にも起きることだと思うのです。 忙しさが限界を超えた時に、思いがけないことが起きた時、いろんなことに現れてきます。 普段整えてしまっておいたものが、ふっと出てしまう。 そういう時、私は自分を責めないようにしています。 出てしまったものがその人の本当の姿だとは限らないからです。 ただ、風が強かった。 それだけのこともあります。 そして、これは逆も同じです。 誰かの素顔を見てしまった時、また、思いがけない一面を見てしまった時、 嵐の日に見えたものを、その人の全部だと思わないでいただきたいなと思います。 千年前の人も、たぶん同じことを考えていたのだと思いたいなと感じています。 だから、野沸きのまたの日。 野沸きの次の日のことですね。台風の翌日という言葉を、わざわざ紫式部は残したのではないでしょうか。 嵐そのものではなく、その次の日に名前をつけている。 片付けて、また元に戻していく日のことを、ちゃんと言葉にして持っていたということですね。 嵐の時は、ぐっとこらえる。 こらえた後に、冷静になって判断をする。そうありたいものです。 さあ、今日から季節が動きます。そして、明日から平安の一生という連載が始まります。 平安の人がどう生まれ、どう育ち、どう老いて、どう見送られたのか。 一年かけて、月に二、三回ずつ巡ってまいります。 明日はその一回目、誕生の話です。 最後にお知らせをさせてください。 日々めぐりごよみは、いくつかの場所でお届けしています。 サイトの方では、毎朝7時に。 一日一つ、300字ほどの短いものです。 パッと読み切れるものですから、ぜひご覧ください。 コロモトコヨミというサイトです。 インスタグラムでも毎朝出しています。 佐藤美菜子KBアンダーバー平安のインスタグラムの方です。 そして、今月からメールでもお届けします。 毎週火曜日の朝、7日分をまとめて一通。 一通目は9月8日の朝になります。 どれも同じ小読みです。 無理に全部追いかけていただかなくても大丈夫ですので、 ご自分が聞きやすい、見やすいところで大丈夫です。 どうぞお楽しみください。 明日もその日の小読みからお話ししていきます。 それではまた。ごきげんよう。 もっと見る #源氏物語 #台風 #野分 #大風 #二百十日 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:111.今日はどんな日07:402.思いがけない一面を見てしまうコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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