#66「奪わせないという善行」 実験寺院 寳幢寺の総院長・松波龍源さんを訪ねて
08:37
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今日はある学生さんがしてくれたお話をもとに搾取されているという感覚について考えてみました。
「人にはそれぞれの“無理”のラインがある」ということ、「それを越えられると、奪われているように感じるが、同時に罪悪感も生じる」という私の実体験からくる苦しみをを、京都の実験寺院 寳幢寺の総院長・松波 龍源さんを尋ねたときにお話をしたら、ズバリ、予想もしなかった答えをいただきました。
今ではわたしの指針となる、大切な言葉になっています。
「人にはそれぞれの“無理”のラインがある」ということ、「それを越えられると、奪われているように感じるが、同時に罪悪感も生じる」という私の実体験からくる苦しみをを、京都の実験寺院 寳幢寺の総院長・松波 龍源さんを尋ねたときにお話をしたら、ズバリ、予想もしなかった答えをいただきました。
今ではわたしの指針となる、大切な言葉になっています。
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コメント

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自分の不快感を過剰に取り除くあまり、協調性や自身の成長、相手の思いに寄り添う機会をなくしていると罪悪感がありました。が、搾取を感じている時点で、自分・相手のために取り除くべき関係性ということなんですね。与え与えられる関係は生産的、でも搾取され搾取する関係は焼け野原になって何も生まない…ってことかぁとじわーっと胸に広がりました。
そしてなぜか「いい女ってのはね、自分の身を自分で守れる女のことよ」というルパン三世の峰不二子の名台詞を思い出す私でした笑
それにしても不二子ちゃ~ん!!惚れるゼ♥
いい女になるわネ、あたしたち😉