#176【レポート】第2回 哲学対話・本質観取「よい場とは何か」~違和感こそが他者への最大の貢献
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2月8日(日)に開催した「本質観取 第2回」のレポートです 。
本質観取は、哲学者フッサールが提唱した現象学をベースにした対話の手法で、教育哲学者の苫野一徳先生によって体系化されています 。
私たちは普段、常識や先入観、社会的な意味づけを前提に世界を見ています。それらをいったん脇に置く。これをエポケー(判断停止)といいます。
物事を「そのものが現れているとおりに捉え直す」という態度で「私の意識にどのように現れているのか」という問いから出発し、個別の体験を丁寧にたどりながら、その背後にある変わらない構造を探っていきます。
なぜ本質観取をするのか。
それは共通了解をつくるためです。ひとつの事柄について共通する土台を持つことで、何に注力すればいいのか、何はやらなくていいのか、そして自分はどう関わっていきたいのかという主体的な態度を引き出すことができます。
私は最近、企業の理念共有やプロジェクトの目線合わせ、チームビルディングの場でも本質観取を使うことが増えています。正解や知識ではなく、自分の体験をもとに語ることができるため、全員が必ず発言できます。
前回はお題を「価値があるとは何か」と決めて行いましたが、今回は参加者の皆さんがお題を出して、その中から絞りました。
「よい教育とは何か」「民主主義とは何か」などが挙がりましたが、最終的に決まったのは「良い場とは何か」でした。
実は難易度の高いお題です。
教育関係者だけでなく、ミュージシャン、医療従事者など多様なバックグラウンドの方が参加していたため、「場」と聞いて思い浮かべるものがそれぞれ違います。空間なのか、関係性なのか。「良い」とは何か。そこから丁寧に確認する必要がありました。
まず3つのグループに分かれ、自分の体験から「これは良い場だった」と思うエピソードを語りました。
そこから「一体感」「安心感」「必要とされている」「つながり」「居心地」「安全」「意見を出せる」「成長感」などのキーワードが出てきました。
その中から、「この言葉がなくては良い場とは言えない」という本質契機を抽出し、言葉を紡いでいきます。
最終的にまとまったのは、
良い場とは何か。
↓↓↓
一人一人の自己表現によって、他者との関係性を感じられる時空間。
特に議論が深まったのが「自己表現」でした。
音楽やアートのような表現だけではなく、存在そのもの、声のトーン、立ち振る舞い、心拍数までも含めて自己表現ではないか、という話になりました。
今回の本質観取で、私がいちばん強く受け取ったのは、「違和感を表明する勇気」でした。
ある参加者の方が、他の方の意見に対して、「それはちょっとしっくりこない」「私はそうは思わないんです」と何度も、はっきり違和感を伝えてくださいました。
会議や話し合いの場では、違和感は飲み込まれてしまうことが多いのではないでしょうか。時間がないから。もう流れができているから。立場があるから。関係性を壊したくないから。そんな理由で、心の中の「もやもや」は置き去りにされがちです。
でも今回は、その違和感の表明によって、何段も視座が上がり、何段も深まりました。
今回も教育関係者が多かったのですが、もし教室で、違和感を表すことが歓迎されたら、と思うのです。
学校は、思ったことをそのまま言うと浮いてしまう、空気を読まないと言われる、黙っていた方が無難だということを学ぶ場になっているように思っていました。
もし違和感を表すことが他者への大きな貢献になると体験できたら、学校の雰囲気は変わるだろうと思います。
そしてこれをいちばん必要としているのは、もしかすると子どもたちよりも、私たち大人かもしれない、と。
大人がまず、違和感を表明する姿を見せる。それが歓迎され、場を豊かにしていく様子を体現する。
それを私は、昼スナでやっていきたいと思うのです。
次回は3月14日(土)に開催予定です。
どなたでも、お子さんと一緒でも参加できますので、お気軽にどうぞ。
3月14日(土)11:00~本質観取
https://honshitsukanshu03.peatix.com
本質観取は、哲学者フッサールが提唱した現象学をベースにした対話の手法で、教育哲学者の苫野一徳先生によって体系化されています 。
私たちは普段、常識や先入観、社会的な意味づけを前提に世界を見ています。それらをいったん脇に置く。これをエポケー(判断停止)といいます。
物事を「そのものが現れているとおりに捉え直す」という態度で「私の意識にどのように現れているのか」という問いから出発し、個別の体験を丁寧にたどりながら、その背後にある変わらない構造を探っていきます。
なぜ本質観取をするのか。
それは共通了解をつくるためです。ひとつの事柄について共通する土台を持つことで、何に注力すればいいのか、何はやらなくていいのか、そして自分はどう関わっていきたいのかという主体的な態度を引き出すことができます。
私は最近、企業の理念共有やプロジェクトの目線合わせ、チームビルディングの場でも本質観取を使うことが増えています。正解や知識ではなく、自分の体験をもとに語ることができるため、全員が必ず発言できます。
前回はお題を「価値があるとは何か」と決めて行いましたが、今回は参加者の皆さんがお題を出して、その中から絞りました。
「よい教育とは何か」「民主主義とは何か」などが挙がりましたが、最終的に決まったのは「良い場とは何か」でした。
実は難易度の高いお題です。
教育関係者だけでなく、ミュージシャン、医療従事者など多様なバックグラウンドの方が参加していたため、「場」と聞いて思い浮かべるものがそれぞれ違います。空間なのか、関係性なのか。「良い」とは何か。そこから丁寧に確認する必要がありました。
まず3つのグループに分かれ、自分の体験から「これは良い場だった」と思うエピソードを語りました。
そこから「一体感」「安心感」「必要とされている」「つながり」「居心地」「安全」「意見を出せる」「成長感」などのキーワードが出てきました。
その中から、「この言葉がなくては良い場とは言えない」という本質契機を抽出し、言葉を紡いでいきます。
最終的にまとまったのは、
良い場とは何か。
↓↓↓
一人一人の自己表現によって、他者との関係性を感じられる時空間。
特に議論が深まったのが「自己表現」でした。
音楽やアートのような表現だけではなく、存在そのもの、声のトーン、立ち振る舞い、心拍数までも含めて自己表現ではないか、という話になりました。
今回の本質観取で、私がいちばん強く受け取ったのは、「違和感を表明する勇気」でした。
ある参加者の方が、他の方の意見に対して、「それはちょっとしっくりこない」「私はそうは思わないんです」と何度も、はっきり違和感を伝えてくださいました。
会議や話し合いの場では、違和感は飲み込まれてしまうことが多いのではないでしょうか。時間がないから。もう流れができているから。立場があるから。関係性を壊したくないから。そんな理由で、心の中の「もやもや」は置き去りにされがちです。
でも今回は、その違和感の表明によって、何段も視座が上がり、何段も深まりました。
今回も教育関係者が多かったのですが、もし教室で、違和感を表すことが歓迎されたら、と思うのです。
学校は、思ったことをそのまま言うと浮いてしまう、空気を読まないと言われる、黙っていた方が無難だということを学ぶ場になっているように思っていました。
もし違和感を表すことが他者への大きな貢献になると体験できたら、学校の雰囲気は変わるだろうと思います。
そしてこれをいちばん必要としているのは、もしかすると子どもたちよりも、私たち大人かもしれない、と。
大人がまず、違和感を表明する姿を見せる。それが歓迎され、場を豊かにしていく様子を体現する。
それを私は、昼スナでやっていきたいと思うのです。
次回は3月14日(土)に開催予定です。
どなたでも、お子さんと一緒でも参加できますので、お気軽にどうぞ。
3月14日(土)11:00~本質観取
https://honshitsukanshu03.peatix.com
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 09:422.
現象学=そのものが現れているとおりにとらえ直す態度
- 02:363.
次回は3/14(土)開催
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最近ひとりで考えていたことのヒントをいただけました。
いつも有難うございます!
文字で読めるのもとても助かっています🤗
はなして文章にすると解像度めっちゃあがるんです。ありがとうございます!