#193【レポート】第3回哲学対話・本質観取「大人とは何か」
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3月14日(土)、「哲学対話・本質観取」の第3回目を実施しました。
本質観取とは、哲学者フッサールが提唱した現象学をベースにした哲学対話の手法で、熊本大学の教育哲学者・苫野一徳さんによって体系化されたものです。
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一言で言うと、「これがなければ、それとは言えない」という普遍の特徴=本質を、参加者同士の対話の中から浮かび上がらせていく、というもの。
あらかじめ決められた正解を探すのではなく、一度、客観的な正しさを脇に置いて、それぞれの意識にどう立ち現れているかという、生身の体験から出発することを大切にしています。
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■テーマは「大人とは何か」
今回は8人で実施しました。
テーマを決めるところから始まるのですが、候補としては「普通とは何か」「愚痴とは何か」「言葉とは何か」「優しさとは何か」「罪悪感とは何か」「境界とは何か」「社会人とは何か」など、さまざまな案が出ました。
参加者の中に、私がお世話になっている松前研究室の学生さんがおり、この3月に修士課程を修了され、4月から関東の会社で働き始めるという方です。
彼の「大人とは何かをやってみたい」という言葉に、みなさんが、口々に「それはいい」「ぜひそれで」と。テーマは満場一致で「大人とは何か」に決まりました。
■エピソードを持ち寄る
2つのグループに分かれて、各自が「大人だな」と思ったエピソードを出していきました。
・バーに行く
・肩までお風呂に浸からない(かわいい)
・投資をする
・ゴーヤーを食べられる(かわいい)
・プールに行って、泳がない
・大人買いをする
・明日のことを考えて準備できている
・マウントを取らない
・話すより聞いている
・あえて自分と異なるものを見に行ける
・こだわりに対して、自分でコストを払える
私は「機嫌がいい人」というエピソードを出しました。いつもニコニコしてご機嫌、というよりも、上がり下がりがそんなにない。大人は機嫌が悪くて八つ当たりしたり、 家族や同僚に気を使わせたりしないという話をしました。
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■最も白熱した部分
さまざまなエピソードからキーワードを抽出し、「これがなければ大人とは言えない」というエッセンスを絞り込んでいきました。
議論を重ねた末に、たどり着いた言葉はこちらです。
「大人とは、自分で自由と責任の調和を取ろうとしている人である」
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最も議論が白熱したのは、「取ろうとしている」という部分でした。
「取れている人」でも「取っている人」でもない。なぜか。
自由と責任の調和が取れていたとしても、次の機会には取れなくなっているかもしれない。
自分の状態や環境によって、崩れることもある。それでも、たとえ取れなかったとしても、取ろうとしている——この姿勢が大事だよね、という話になりました。
例えば重度の障害があって人のサポートを受けている方が「大人ではない」かというと、それは違う。自分にできることを最大限、調和を取ろうとしているのであれば、それは大人だよね、という話も出ました。
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そして、「調和」はバランスではない、というこだわりも。自由と責任の配分はその場や人によって変わる。だから、均等に保つ「バランス」ではなく、ハーモニーとしての「調和」なんだ、というところが、みなさんの納得ポイントでした。
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■本質のアップデート
後日、別の方にこの話をしたところ、こんな言葉が返ってきました。
「僕は、自分のお酒の量がわかる、っていうのが大人だと思います」
自分のリミットとか、楽しみ方が分かる。でもそれには経験が必要で、その下に数々の失敗が重ねられているということ。…経験からの深みがありますw
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■孔子ですら、70歳にしてようやく
さらに論語の「為政篇」を引用してくれました。
「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに従って、矩を踰えず。」
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これは孔子が自分の生涯を振り返った言葉です。
「矩(のり)」とは大工道具の曲尺(かねじゃく)のことで、規則・基準を意味します。「踰えず(こえず)」は「はみ出さない」ということ。
つまり、「七十歳になってようやく、自分のやりたいことをそのままやっても、社会のルールや道徳からはみ出すことがなくなった」という意味です。
自由意志と社会規範に矛盾がない。 ㅤㅤ
ルールを守ろうと意識して守るのではなく、欲求と規範がぴったり一致してしまった境地。「ちゃんとしなければ」という緊張がもはや必要なく、自然体でいるだけで人として正しくあれる状態。
これが理想の姿——まさに大人です。
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それにしても、孔子ですら70歳にしてようやくたどり着いた境地です。私、一生たどり着けるような気がしないのですが。
ただ最近は、自分の心のままに装ったり振る舞ったり、こうやってラジオで考えを発信したりしても、あまり怒られなくなった気もしていて。
……もしかしたら、ただ耳が遠くなっているだけかもしれませんが。
大人というより、単なる老化かもしれませんw
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次回の本質観取は、4月5日(日)11時からの予定です。
どなたでもご参加いただけます。お子様も、もちろん大歓迎です。
https://honshitsukanshu04.peatix.com
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 08:412.
大人とは「自分で自由と責任の調和を取ろうとしている人」である
- 00:273.
次回は4月5日11:00~
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