#196 竹田青嗣先生の「哲学の極意・本質観取」
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先日、大阪で竹田青嗣先生の講義を受ける機会に恵まれました。竹田先生は早稲田大学の名誉教授で、フッサールの研究を長年された苫野一徳先生の師匠でいらっしゃいます。
講義のタイトルは「哲学の極意~本質を捉えるための哲学的方法」。 まとめを共有させていただきます。
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■哲学と宗教
哲学も宗教も、やっていることは同じ。どちらも言葉で世界を説明している。
違うのは方法だけ。宗教は「物語」で世界を説明する。哲学は「原理」で世界を説明する。
宗教のテーブルはピラミッド型で、頂点に教祖がいる。聖書の創世記みたいに、短い物語の中に「世界はなぜできたのか」「人間はなぜ苦しむのか」「なぜ死ぬのか」への答えが全部入っている。物語は人の心に刺さるし、共同体を束ねる力がある。宗教はその役割をずっと担ってきた。
一方で哲学のテーブルは丸い。頂点がなく、誰でも参加できる。真ん中に「原理」の札を置いて、みんながキーワードを出し合い、時間をかけて鍛えていく。ギリシャ哲学はこれを250年続けたリレー。
タレスの「水」から始まり、最終的にアリストテレスの「四因(質料・形相・動因・目的因)」にたどり着いた。この枠組みが現代物理学の基礎になっている。
■フッサールのコロンブスの卵
哲学の世界でずっと解けなかった「認識問題」がある。
目の前の赤いリンゴを「ある」と認識するとき、私の主観と客観的な世界が「一致している」ことをどうやって証明するか?
証明できないから「正しい認識なんて存在しない」となって、哲学は「なんでも相対的、正解なんてない」という方向に流れていった。
そこにフッサールが「考え方が逆なんじゃないか」と言った。
「赤いリンゴがある→だから見える」ではなく、「赤くて丸いものが見えている→だからリンゴが存在するという確信を持つ」。一切の認識を「主観の存在確信」に還元して考えよう、と。
これで「なぜ人文・社会領域では普遍的な認識が難しいのか」という謎も解ける。答えは「価値観が入り込むから」。「どういう社会がいいか」という問いには、一人ひとりの動機と価値観が入るのでバラバラになる。「客観性がないから」じゃなくて「価値観が多様だから」だった。
だったら、価値観の多様を上手に克服する方法があるはず——それが本質観取なのだ。
■本質観取が成立するための4条件
1. 多様な価値観の人間が集まること
2. 何を言っても罰せられないこと
3. 公平な言葉のゲームが時間をかけて続くこと
4. 共通了解を見つけようという最初の合意(善意契約)があること
この4つが揃ったテーブルで積み重ねていくうちに、「誰がどう考えてもそうとしか言えない」言葉が浮かび上がってくる。それが「共通了解」。
確信には①個的な確信、②共同的な確信(世界宗教など)、③普遍的な確信(自然科学・数学など)の3層があって、本質観取は人文・社会領域でもこの③を取り出そうとする試みなのだ。
宗教対立の克服にも使える。「どっちの教義が正しいか」を争っても意味がない。教義は「物語」だから。対立の本質は「価値観の相違」で、だったらお互いの信仰を内的なものとして承認し合えばいい。その相互承認を可能にするのが市民的ルールであり、民主主義国家なんだと。
民主主義は「多数決」じゃなくて、「価値観が違う人間がお互いを承認しながら共存するための仕組み」なのだ。
■哲学は瀕死、でも中洲にテーブルがある
竹田先生は、哲学の二大功績として「自然科学を生み出したこと」と「近代社会の設計図を描いたこと」を挙げながら「いま、哲学は瀕死の状態にある。民主主義も、人間の自由も死にかけている」と。
「先生、中洲のスナックにはそのテーブルがあります」。
講義終了後に竹田先生に昼スナでの本質観取をお伝えしたところ、とても喜んでくださったのはうれしい出来事でした。
次回の昼スナでの本質観取は、4月5日(日)11時〜。どなたでも、小学生でもご参加いただけます。お気軽にどうぞ。
https://honshitsukanshu04.peatix.com
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 09:582.
それ、昼スナでやってます!
- 01:233.
次回の本質観取は4月5日(土)11:00~
コメント

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昼スナでの本質観取の放送も興味深く聞かせて頂いてます。
私にはまだ難しく感じてしまうのですが、こんな雰囲気なんだというのが分かって少し近づけるような気持ちになれました。
「役に立たなくてもいいんだよ」と私も言えるように(まだ心から言えない、かたーい自分がいます)これからも放送を聞いて、自分を変えていきたいです。
丁寧なメッセージをありがとうございます。参考になったと言っていただけてとても嬉しいです。
哲学は日常に役立ててこそ価値があるものだと思います。
本質観取は本当に誰でも参加できる、とても楽しいものなので、いつか是非ご一緒できればと思っております☺
「役に立たなくてもいい」というのは、何もしないとか能力が低いということではなく、人に自分の価値を決めさせない ということです。
一度荷物を下ろしてしまうと 人生は結構、愉快なものです😆
これからもどうぞよろしくお願いいたします!
ご返信ありがとうございます。
「役に立たない」がよくわかっていなかった私にとても大きなプレゼント☺️
「人に自分の価値を決めさせない」
ハッとしました。
自分には価値があるのだろうか…と私はずっと怯えていたのですね。
この言葉、大切にします。
明子さんのあかるくて気持ちのこもった声を聞くと俯いてた顔を上げたくなります!
これからも放送楽しみにしています☺️