#217 それは戦略であって、哲学ではない。博多駅前のつまんない景色を見上げて
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先日、博多どんたくに参加した際に、博多駅前の大通りが歩行者天国になっており、久しぶりにゆっくり歩く機会がありました。(普段は地下鉄からそのまま駅に入ってしまうので、意外と駅前を歩くことがなかったのです)
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久しぶりに歩いてびっくり。西日本シティ銀行が建て替わっていました。
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博多駅の真正面、福岡民はあの赤茶色の外壁を見て「あ、帰ってきたな」と感じたことがあるんじゃないでしょうか。
いざ立ち上がった建物をまじまじと見て——「ああ、なんてつまんない風景になってしまったんだろう…」と、心からがっかりしてしまいました。
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ガラス張りで、現代的で、おそらく機能的なんだと思います。でも風景に、街らしさとか、この場所ならではの思想みたいなものが、全く感じられなかったんです。
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もちろん私は建築も街づくりも知らない、ただの素人の一市民です。でも、専門家でない人が「これが好き」とか「何かが足りない」と直感的に感じること、それを声に出すことは、街をつくる上でとても大切だと思って勇気を持って(どうせ誰も見てないと思って)SNSに書きました。
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短い文章と写真一枚だったんですが、思いがけず多くのリアクションやコメントをいただきました。業界の方からの反応もあって、この話題が実は多くの人の胸の中にあったんだなと感じました。
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似たようなことを、天神のワンビルについても書いたことがあります。華やかなオープニングが街を席巻しました。私は随分経ってから一階を通り抜けてみましたが、人が交わることが全くデザインされていない、何のワクワクも楽しさも感じない空間でした。オーナーは西鉄、七社会の存在がチラ見えし「忖度のなれの果て」と(どうせ誰も見てないと思って)SNSに書きました。
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そちらにも結構なリアクションとコメントがついて。同意してくださる方もいれば、「上の施設ではイノベーションが起きている」というコメントもありました。いや、そうじゃなくて…天神のど真ん中で人が集まったり通り過ぎたりするような、そういう街のデザインとして一階がつまらないという話でした。
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一番悲しかったのは、「他に比べたらまだマシ」という意味合いのコメントでした。どんな立場がそう言わせたのでしょうか。でも、自分が住んでいる街に対して「他に比べたらまだいい」という感覚って、めちゃくちゃ悲しいというか、愛がないと思ってしまいました。
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それがつまり、今の福岡の街づくりが置かれている現状なのかもしれない、と。
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「海外ではこう」というポジショントークはダサいと思うのですが、景観が気になるようになったのは、二十代の頃にイギリスに住んだ影響があると思います。ナショナルトラストの活動、コミュニティカレッジ、街歩きのツアー——もちろん日本にもありますが、かの国では建築や街の歴史を市民が学ぶ機会が広く開かれていて「この建物が誰によって何のために建てられたか」を市民が知ることを喜びにしていました。
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どうしてこんなに残念に思うかというと、かつての西日本シティ銀行の建物には、少なくとも思想があったからです。
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設計を依頼したのは当時の頭取・四島司氏で、絵画や彫刻など芸術に非常に造詣が深い方であったと聞きます。若き磯崎新の可能性を信じて、まず大分支店の設計を依頼し、その後、本店の設計を発注した。そのときの言葉が「都市に彫刻を作ってほしい」だった。この一言に、四島氏の美意識と哲学が凝縮されているような気がします。
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磯崎新は設計前に、天神のビルの屋上から街を見渡したといいます。日光を浴びた建物が街に話しかけるような存在感を表現するために、インドを旅した際に見かけた赤砂岩を建物に使うことにした。遠くインドから運ばれてきた石が、博多駅の玄関口に積まれた——なんてロマンチックなんでしょう。
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ビルの中には野見山暁治、高松次郎、ジャスパー・ジョーンズ、ヘンリー・ムーアなど約二百点もの美術作品が収蔵されていたといいます。銀行の中になぜアートなのか。それは「金融機関は文化的な担い手であろうとする」という意志の表明だったように感じます。お金を動かすだけではなく、美意識を蓄積して次の世代に手渡す場所でありたい——そんな思いを、私は勝手に感じています。
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好き嫌いはあるでしょう。あの赤茶色の壁が気に食わなかった方もいるかもしれません。でも、何かを表現しようとしていたということは、誰の目にも伝わっていたはずです。
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新しく建て替わったビルはどうでしょう。デザインを手掛けたのはデンマークの建築設計会社で、日本で最初の施設だそうです。のこぎりの歯のようなギザギザのデザインで、タイルとガラスが交互に並んでいます。
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当初の計画では赤砂岩を外壁に転用するとも言われていたのですが、コストや施工の現実の中でタイルに置き換わったと聞きました。
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建築は最高のアートだと思います。本来、不動産開発の話だけではなく、その街が自分をどう語りたいか、どんな価値を大切にしているか、何を未来に残したいか——そういう問いがあるはずです。
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でも、天神ビッグバン・博多コネクテッドの再開発を見ていると、それよりも「どれだけ床面積を増やせるか」「どれだけ収益を高められるか」「どれだけ国際都市っぽく見えるか」という指標ばかりが前に出てくる気がします。都市戦略としては理解できます。でも、それって街づくりなんでしょうか。ただの開発なんじゃないかと思えてきます。
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福岡は住みやすい街と言われます。空港が近い、食べ物が美味しい、コンパクトで便利。この三点セット、必ず言われますよね。確かにその通りで、こんな住みやすい街に住めて、ラッキーだと思います、感謝しています。
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でも、「住みやすい」ことと「愛せる」ことは、同じではない気がします。「便利なこと」と「美しいこと」も、同じではないと思います。
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スタートアップ都市、国際都市、アジアの拠点——そういった言葉が福岡市を形容する際によく使われます。でも、それは戦略であって、哲学ではない気がします。哲学のない街づくりは、結局どこかで見たことがある風景を作ってしまう。ある人が「整形アイドルのように同じ建物が並んでいる」と表現していて、まさにそうだと思いました。
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元気のある街と呼ばれる福岡には、戦略があります。でも、美学はあるんだろうか。哲学はあるんだろうか。
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ピカピカの西日本シティビルを見上げながら、そんなことを考えていました。
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誰かを叩きたいわけではありません、ドキドキしながら勇気を出して話しました。
もしイラッとした方がいたら、ごめんなさい!
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久しぶりに歩いてびっくり。西日本シティ銀行が建て替わっていました。
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博多駅の真正面、福岡民はあの赤茶色の外壁を見て「あ、帰ってきたな」と感じたことがあるんじゃないでしょうか。
いざ立ち上がった建物をまじまじと見て——「ああ、なんてつまんない風景になってしまったんだろう…」と、心からがっかりしてしまいました。
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ガラス張りで、現代的で、おそらく機能的なんだと思います。でも風景に、街らしさとか、この場所ならではの思想みたいなものが、全く感じられなかったんです。
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もちろん私は建築も街づくりも知らない、ただの素人の一市民です。でも、専門家でない人が「これが好き」とか「何かが足りない」と直感的に感じること、それを声に出すことは、街をつくる上でとても大切だと思って勇気を持って(どうせ誰も見てないと思って)SNSに書きました。
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短い文章と写真一枚だったんですが、思いがけず多くのリアクションやコメントをいただきました。業界の方からの反応もあって、この話題が実は多くの人の胸の中にあったんだなと感じました。
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似たようなことを、天神のワンビルについても書いたことがあります。華やかなオープニングが街を席巻しました。私は随分経ってから一階を通り抜けてみましたが、人が交わることが全くデザインされていない、何のワクワクも楽しさも感じない空間でした。オーナーは西鉄、七社会の存在がチラ見えし「忖度のなれの果て」と(どうせ誰も見てないと思って)SNSに書きました。
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そちらにも結構なリアクションとコメントがついて。同意してくださる方もいれば、「上の施設ではイノベーションが起きている」というコメントもありました。いや、そうじゃなくて…天神のど真ん中で人が集まったり通り過ぎたりするような、そういう街のデザインとして一階がつまらないという話でした。
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一番悲しかったのは、「他に比べたらまだマシ」という意味合いのコメントでした。どんな立場がそう言わせたのでしょうか。でも、自分が住んでいる街に対して「他に比べたらまだいい」という感覚って、めちゃくちゃ悲しいというか、愛がないと思ってしまいました。
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それがつまり、今の福岡の街づくりが置かれている現状なのかもしれない、と。
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「海外ではこう」というポジショントークはダサいと思うのですが、景観が気になるようになったのは、二十代の頃にイギリスに住んだ影響があると思います。ナショナルトラストの活動、コミュニティカレッジ、街歩きのツアー——もちろん日本にもありますが、かの国では建築や街の歴史を市民が学ぶ機会が広く開かれていて「この建物が誰によって何のために建てられたか」を市民が知ることを喜びにしていました。
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どうしてこんなに残念に思うかというと、かつての西日本シティ銀行の建物には、少なくとも思想があったからです。
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設計を依頼したのは当時の頭取・四島司氏で、絵画や彫刻など芸術に非常に造詣が深い方であったと聞きます。若き磯崎新の可能性を信じて、まず大分支店の設計を依頼し、その後、本店の設計を発注した。そのときの言葉が「都市に彫刻を作ってほしい」だった。この一言に、四島氏の美意識と哲学が凝縮されているような気がします。
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磯崎新は設計前に、天神のビルの屋上から街を見渡したといいます。日光を浴びた建物が街に話しかけるような存在感を表現するために、インドを旅した際に見かけた赤砂岩を建物に使うことにした。遠くインドから運ばれてきた石が、博多駅の玄関口に積まれた——なんてロマンチックなんでしょう。
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ビルの中には野見山暁治、高松次郎、ジャスパー・ジョーンズ、ヘンリー・ムーアなど約二百点もの美術作品が収蔵されていたといいます。銀行の中になぜアートなのか。それは「金融機関は文化的な担い手であろうとする」という意志の表明だったように感じます。お金を動かすだけではなく、美意識を蓄積して次の世代に手渡す場所でありたい——そんな思いを、私は勝手に感じています。
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好き嫌いはあるでしょう。あの赤茶色の壁が気に食わなかった方もいるかもしれません。でも、何かを表現しようとしていたということは、誰の目にも伝わっていたはずです。
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新しく建て替わったビルはどうでしょう。デザインを手掛けたのはデンマークの建築設計会社で、日本で最初の施設だそうです。のこぎりの歯のようなギザギザのデザインで、タイルとガラスが交互に並んでいます。
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当初の計画では赤砂岩を外壁に転用するとも言われていたのですが、コストや施工の現実の中でタイルに置き換わったと聞きました。
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建築は最高のアートだと思います。本来、不動産開発の話だけではなく、その街が自分をどう語りたいか、どんな価値を大切にしているか、何を未来に残したいか——そういう問いがあるはずです。
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でも、天神ビッグバン・博多コネクテッドの再開発を見ていると、それよりも「どれだけ床面積を増やせるか」「どれだけ収益を高められるか」「どれだけ国際都市っぽく見えるか」という指標ばかりが前に出てくる気がします。都市戦略としては理解できます。でも、それって街づくりなんでしょうか。ただの開発なんじゃないかと思えてきます。
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福岡は住みやすい街と言われます。空港が近い、食べ物が美味しい、コンパクトで便利。この三点セット、必ず言われますよね。確かにその通りで、こんな住みやすい街に住めて、ラッキーだと思います、感謝しています。
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でも、「住みやすい」ことと「愛せる」ことは、同じではない気がします。「便利なこと」と「美しいこと」も、同じではないと思います。
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スタートアップ都市、国際都市、アジアの拠点——そういった言葉が福岡市を形容する際によく使われます。でも、それは戦略であって、哲学ではない気がします。哲学のない街づくりは、結局どこかで見たことがある風景を作ってしまう。ある人が「整形アイドルのように同じ建物が並んでいる」と表現していて、まさにそうだと思いました。
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元気のある街と呼ばれる福岡には、戦略があります。でも、美学はあるんだろうか。哲学はあるんだろうか。
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ピカピカの西日本シティビルを見上げながら、そんなことを考えていました。
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誰かを叩きたいわけではありません、ドキドキしながら勇気を出して話しました。
もしイラッとした方がいたら、ごめんなさい!
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 09:262.
銀行が、都市の彫刻を求めた
- 02:173.
住みやすいことと、愛せることは同じだろうか。便利なことと、美しいことは同じだろうか。
コメント

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よりどころとなるものが街にあるっていいですね。私、熊本市に品があるなと思うのは、やっぱりお城のおかげかなと思っています。
ただのノスタルジーなのではなく、本質的なものを世代を重ねて共有したいと思ってしまうのは、面倒くさいんですかね?
変わっていくことは正しく、変化しないことは美しい。ある作家さんがそう言っていました。私はどちらも楽しめたらいいなと思っているのですが、チェーン店ばかりでは正直飽きますね。
奈良さんは、どのエリアがお好きですか?
情緒があると言えば、御供所町あたりでしょうか。
おっしゃる通り、我が町にもたくさんのゆたな歴史や物語がありますね。お金をたくさん使って偉大なものを作るのもいいですが、我が町にある偉大なものを愛でられる喜びを大事にしたいです。