#268 人生は「やったこと」よりも「やってこなかったこと」が還ってくる~朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』
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最近読んだ本の中でもっともインパクトがあったのが、朝井リョウ氏の『イン・ザ・メガチャーチ』。私の今の探求テーマが現代の「推し活」やファンダム(熱狂的なファン集団)の経済・心理構造なのですが、ファンダムを巨大な教会に例えて現代人が抱える「信仰への飢餓感」を、冷徹に解剖している本です。
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かつて宗教が担っていた「救済」や「居場所」の役割を、いまはアイドルやインフルエンサー、あるいはネット上の陰謀論が肩代わりしている。タイトルにある「メガチャーチ(巨大教会)」とは、私たちが可視化されない神の代わりに崇める、現代の巨大な熱狂の装置そのものです。
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3人の登場人物たちは、それぞれの孤独や生きづらさを抱えたまま、自らその装置へと飛び込んでいく。ファンダムの仕掛け側として冷徹にシステムを回す久保田。孤独を埋めるために推し活の沼へのめり込んでいく大学生の澄香。推しの死をきっかけに、より巨大な「世界の陰謀」という物語へと回収されていく絢子。
彼らの姿は、決して特殊な人のおかしな行動として片づけられるものではない。SNSによって誰もが何かのファンダムに属し、自らのアイデンティティを何かに委ねがちな中、自分自身を見るようでしんどかったです。
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朝井リョウ氏の圧倒的な才能は、人が目を背けたいマイノリティ性や、心の最も暗い部分を完璧に言語化してしまうところです。
『何者』では、就活生の自意識と無意識の傲慢さ、自己愛を容赦なく切り刻み、『正欲』では、マジョリティの枠から溢れてしまう、他者には理解され得ない独自の欲求を描き出しました。そしてこの『イン・ザ・メガチャーチ』は、あえて視野を狭くし、何かに狂うことでしか自分を保てない人間の脆さを暴き出しています。
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私たちが「あたたかい居場所」だと思い込んでいるコミュニティのペテン。熱狂の裏にあるドロドロとした承認欲求。そして「正しくありたい」と願う心が、いつのまにか陰謀論へと反転していく恐怖。朝井リョウ氏はそれらを、恐ろしいほどの解像度で描き出す。彼の言葉は、私たちが心の奥底に隠している「見られたくない暗部」に、正確に光を当ててしまう。
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私たちはなぜ、自らを使い果たしてまで何かに熱狂してしまうのか。本作は、現代社会を生きる私たちが直面している「物語への依存」という病理を、極上のエンターテインメントとして昇華させています。
読み終えたあと、自分の「推し」や「信じているもの」への視線がガラリと変わってしまう、まさに劇薬のような本です。私はまだ、副作用にあてられています…
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この推し活についてはいま絶賛フィールドワーク中で、近々放送するつもりなのですが、今日は別の切り口で。
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8月8日に昼スナで終活講座「縁起でもないスナック」を実施しました。終活というと相続や手続きの話になりがちですが、医療やお金などの実務の知識と同じくらい、あるいはそれ以上に、自分の願いや気持ちを言葉にする時間を大切に組み立てました。
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人に「振り返ってみてください」と促す側に立つと、当然ながら自分自身がそれ以上に振り返えらざるを得ません。
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『イン・ザ・メガチャーチ』冒頭に出てくる主人公・久保田(40代・離婚歴あり独身男性)の言葉にハッとしました。
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人生とは、これまでやってきたことが還ってくるものだと思っていた。勉強も仕事も、過去の自分が頑張ってきたそのぶん、成績や給料といった形でその後の自分に還元されてきた。ただ、これからは違うのかもしれない。今後還ってくるのは、これまでやってきたことよりも、これまでやってこなかったことのほうなのかもしれない。
(『イン・ザ・メガチャーチ』より引用)
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人生の「因果応報」には二種類ある。
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ひとつは、私たちがよく知っている「やったことが還ってくる」因果応報です。勉強すれば成績になる、仕事で努力すれば給料や評価になる。行動と結果が比較的わかりやすく結びついていて、「頑張れば報われる」という感覚を裏付けてくれる世界です。キャリアコンサルティングでも「やってきたこと」を書き出したり、ライフラインチャートにして振り返ることがあります。
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もうひとつは、その裏側にある「やらなかったことが還ってくる」因果応報です。やらなかったことというのは、向き合わなくてはならないことを無視してきたことや、痛みに気付かないふりをしてきたことや、社会規範や一般常識で正当化して後回しにしてきたこと。これらは「失敗」として即座に返ってくるわけではなく、時間差で、しかも自分に気づきにくい形で還ってくる。
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皮肉なことに努力をして報われた成功体験があると、この二つ目の因果応報に気づくのが遅れる可能性があります。ネットでは「やったことが報われた人」の情報が氾濫しているので、やらなかったことのコストを見る機会を失ってしまう。
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もちろんどちらの因果応報にも「意味づけ」がなされます。だから今の自分があるとか、あれがあって(なくて)よかったとか。
終活講座のテーマであるALP(アドバンス・ライフ・プランニング)では。自分の気持ちを言葉にすることを大切にします。
人は自分の人生を振り返って物語をつくり、出来事に意味づけをする。
物語化は「自分の人生に納得をする」力をもつことができ、ケアされる一方で、安易に痛みや向き合いたくなかった事実を「なかったこと」にしてしまう可能性があるのかもしれません。
「やらなかったことが還ってくる」というのは、つまり自分の語った物語を疑うということなのかもしれない、と終活講座を振り返ってあらためて感じたのでした。
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もちろん疑うと言っても、それが嘘なんじゃないか、ということではなく、変わっていってもいい、なのもかと。例えば私は、成長し続けるとか、改善し続けるとか、いつもポジティブでいる、考えるということにしんどさを感じるのですが、「こうあらねばならない自分」だけではなく、「そうでなかった自分」「絶対にあってはならない自分」もちゃんと見て、自分の中に統合していきたいと思っています。
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かつて宗教が担っていた「救済」や「居場所」の役割を、いまはアイドルやインフルエンサー、あるいはネット上の陰謀論が肩代わりしている。タイトルにある「メガチャーチ(巨大教会)」とは、私たちが可視化されない神の代わりに崇める、現代の巨大な熱狂の装置そのものです。
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3人の登場人物たちは、それぞれの孤独や生きづらさを抱えたまま、自らその装置へと飛び込んでいく。ファンダムの仕掛け側として冷徹にシステムを回す久保田。孤独を埋めるために推し活の沼へのめり込んでいく大学生の澄香。推しの死をきっかけに、より巨大な「世界の陰謀」という物語へと回収されていく絢子。
彼らの姿は、決して特殊な人のおかしな行動として片づけられるものではない。SNSによって誰もが何かのファンダムに属し、自らのアイデンティティを何かに委ねがちな中、自分自身を見るようでしんどかったです。
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朝井リョウ氏の圧倒的な才能は、人が目を背けたいマイノリティ性や、心の最も暗い部分を完璧に言語化してしまうところです。
『何者』では、就活生の自意識と無意識の傲慢さ、自己愛を容赦なく切り刻み、『正欲』では、マジョリティの枠から溢れてしまう、他者には理解され得ない独自の欲求を描き出しました。そしてこの『イン・ザ・メガチャーチ』は、あえて視野を狭くし、何かに狂うことでしか自分を保てない人間の脆さを暴き出しています。
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私たちが「あたたかい居場所」だと思い込んでいるコミュニティのペテン。熱狂の裏にあるドロドロとした承認欲求。そして「正しくありたい」と願う心が、いつのまにか陰謀論へと反転していく恐怖。朝井リョウ氏はそれらを、恐ろしいほどの解像度で描き出す。彼の言葉は、私たちが心の奥底に隠している「見られたくない暗部」に、正確に光を当ててしまう。
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私たちはなぜ、自らを使い果たしてまで何かに熱狂してしまうのか。本作は、現代社会を生きる私たちが直面している「物語への依存」という病理を、極上のエンターテインメントとして昇華させています。
読み終えたあと、自分の「推し」や「信じているもの」への視線がガラリと変わってしまう、まさに劇薬のような本です。私はまだ、副作用にあてられています…
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この推し活についてはいま絶賛フィールドワーク中で、近々放送するつもりなのですが、今日は別の切り口で。
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8月8日に昼スナで終活講座「縁起でもないスナック」を実施しました。終活というと相続や手続きの話になりがちですが、医療やお金などの実務の知識と同じくらい、あるいはそれ以上に、自分の願いや気持ちを言葉にする時間を大切に組み立てました。
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人に「振り返ってみてください」と促す側に立つと、当然ながら自分自身がそれ以上に振り返えらざるを得ません。
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『イン・ザ・メガチャーチ』冒頭に出てくる主人公・久保田(40代・離婚歴あり独身男性)の言葉にハッとしました。
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人生とは、これまでやってきたことが還ってくるものだと思っていた。勉強も仕事も、過去の自分が頑張ってきたそのぶん、成績や給料といった形でその後の自分に還元されてきた。ただ、これからは違うのかもしれない。今後還ってくるのは、これまでやってきたことよりも、これまでやってこなかったことのほうなのかもしれない。
(『イン・ザ・メガチャーチ』より引用)
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人生の「因果応報」には二種類ある。
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ひとつは、私たちがよく知っている「やったことが還ってくる」因果応報です。勉強すれば成績になる、仕事で努力すれば給料や評価になる。行動と結果が比較的わかりやすく結びついていて、「頑張れば報われる」という感覚を裏付けてくれる世界です。キャリアコンサルティングでも「やってきたこと」を書き出したり、ライフラインチャートにして振り返ることがあります。
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もうひとつは、その裏側にある「やらなかったことが還ってくる」因果応報です。やらなかったことというのは、向き合わなくてはならないことを無視してきたことや、痛みに気付かないふりをしてきたことや、社会規範や一般常識で正当化して後回しにしてきたこと。これらは「失敗」として即座に返ってくるわけではなく、時間差で、しかも自分に気づきにくい形で還ってくる。
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皮肉なことに努力をして報われた成功体験があると、この二つ目の因果応報に気づくのが遅れる可能性があります。ネットでは「やったことが報われた人」の情報が氾濫しているので、やらなかったことのコストを見る機会を失ってしまう。
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もちろんどちらの因果応報にも「意味づけ」がなされます。だから今の自分があるとか、あれがあって(なくて)よかったとか。
終活講座のテーマであるALP(アドバンス・ライフ・プランニング)では。自分の気持ちを言葉にすることを大切にします。
人は自分の人生を振り返って物語をつくり、出来事に意味づけをする。
物語化は「自分の人生に納得をする」力をもつことができ、ケアされる一方で、安易に痛みや向き合いたくなかった事実を「なかったこと」にしてしまう可能性があるのかもしれません。
「やらなかったことが還ってくる」というのは、つまり自分の語った物語を疑うということなのかもしれない、と終活講座を振り返ってあらためて感じたのでした。
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もちろん疑うと言っても、それが嘘なんじゃないか、ということではなく、変わっていってもいい、なのもかと。例えば私は、成長し続けるとか、改善し続けるとか、いつもポジティブでいる、考えるということにしんどさを感じるのですが、「こうあらねばならない自分」だけではなく、「そうでなかった自分」「絶対にあってはならない自分」もちゃんと見て、自分の中に統合していきたいと思っています。
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タイトルコール
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自分の語った物語を疑う
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「ある(やってきた)」ものも、「ない(やらなかった)」ものにも目を向けて、ジャッジせず静かに、「統合」「承認」することが大切なんですね。かなりこころはざわつきそうですが😅