#269 わからなくてもいい、でもわかろうとすること ―Multilingual Theater Fukuoka「記憶」レポート
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「記憶」をテーマに、2026年8月11日~13日の3日間にわたって開催されたMultilingual Theater Fukuoka(マルチリンガルシアター福岡)演劇ワークショップのレポートです。
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Multilingual Theater Fukuokaは、演出家の中嶋さとさんとチョ・ヘジャさんが立ち上げた、日本語・韓国語・手話など複数の言語を使う人たちが集まり、共同で作品を創作する団体。
<中嶋さとさんインタビュー>
#248【ゲスト】劇団14+/演出家/Multilingual Theater Fukuoka代表 中嶋さとさん
https://r.voicy.jp/MLmPdpj8dmz
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12日・13日の2日間は、手話劇団「福岡ろう劇団博多」のメンバーも参加し、1日およそ10時間を費やす、かなり長く親密なワークショップでした。役者側と一般を合わせて、参加者は26名ほど。初日それぞれが「捨てたいけれど捨てられないもの」をひとつ持ち寄り、そのものについて語ることから始まりました。手放せずにいる理由や、その前後にどんなことがあったのかを語り、それを他者が演じるという形で作品が組み立てられていきます。ほとんど言葉を使いません。
例えばお子さんの授乳期に着ていた洋服、開業のお祝いでもらった片目だけ目が入ったダルマ、昔の恋人からもらった指輪など、さまざまでした。「捨てられないもの」という言葉自体が、必ずしもポジティブなものばかりを指すわけではありません。そこには解決しきれていない痛みや暗さが潜んでいることも多く、そうした内容が語られることで、非常に親密な空間がつくられていきました。
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2日目には一般のお客様を招いて成果を発表する公演が行われ、会場は満席でした。まず全員でのパフォーマンス、その後、5つのグループに分かれ、それぞれの体験から生まれた身体表現を、お客様が順番に見ていくという構成になっていました。演じる側と見る側の境界があいまいなまま、同じ空間の中でそれが進んでいく。グループによって、言葉を使うところとまったく使わないところとが分かれていたため、どの順番で見るかによっても、観客それぞれに異なる体験が生まれていたようです。
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この本編に先立つ8月11日には、昼スナにて簡易版とも呼べる形で、プログラム内容をほぼそのまま、2時間にぎゅっと濃縮して実施しました。中嶋さとさんとは、演劇を使ったコミュニケーションの授業を文化庁の事業として学校に届けるという活動を、長く一緒にやってきたので、昼スナでの実施は念願でした。
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記憶をたよりに地図を描きながら対話を重ね、最終的には自分の記憶を他者に演じてもらいます。記憶を一度身体の外に出し、誰かに委ねて戻ってくることによって記憶がもう一度ビビッドに立ち上がっていくというプロセスがありました。
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私は今回オブザーバーとして参加し、プログラムの最後にフィードバックをするという役割でしたので、その内容を簡単にまとめます。
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私は視力が悪いのですが、日常的にあえて眼鏡をかけないようにしています。運転をするときや、板書やスクリーンを見なければならないときはかけますが、それ以外は、わりとぼんやり世界を見ていたい。解像度をあえて下げているのは、たくさん見えると、情報量が多すぎて疲れてしまうからです。
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私たちは普段、いかにわかりやすくするかという病にかかっていて、わからないことが悪いことだと思わされすぎている気がします。AIを使えばすぐに答えが出せてしまう今、わからないという状態をあえて持ち続けられるということは、ある意味で人間らしさであり、その人らしさなのかもしれません。
芸術は、そこに個人の解釈を許してくれるものです。つまり、わかってもいいし、わからなくてもいい。ただ同時に、わかろうとすることも同じくらい大切。
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昼スナでパフォーマンスしてくださる「しゃべれないスタンドアップコメディアン」のしらいわ次郎さんとよしこさんという方がいます。次郎さんはIQ18、重度の知的障害があり、発語も10語ほどしかありませんが、ステージに立つとお母さんであるよしこさんが次郎さんの思いを通訳してくれます。発話はなくても表情やジェスチャーがあるので、よしこさんは「あ、この話はダメなのね」「これは話したいのね」と通じる。なぜそんなことができるのかと尋ねると、「わかろうとしているから」とよしこさんは答えます。
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私たちはわからないことにいろいろな理由をつけて、わかろうとすることをやめてしまいがちです。このワークショップは、わかろうとする人たちがたくさんいたからこそ、いろんな体験ができた気がします。
日本語、韓国語、手話というふうに、障害や言語の違いが目に見える形であると「わからない」ということが受け入れやすい。ところが同じ環境にいる人、同じバックグラウンドを持っていると思っている人たちと分かり合えないとき、私たちはとても強いストレスを感じます。違いがはっきり見えているときよりも、違いが見えにくいときのほうがあきらめやすいのかもしれません。
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この「わかりやすさの病」は、今の社会が抱えるタイムパフォーマンスや即座の理解への過度な希求と、地続きにあるように思います。わかりにくいことや、すぐに答えの出ない状態をひたすら排除しようとすればするほど、私たちの思考や感性は貧しくなっていく。物事の複雑な背景やグラデーションが無視され、白か黒かという二項対立に陥りやすくなる。自分と違う意見や、一言では理解できない他者を「話が通じない」と切り捨ててしまう。簡単に手に入る答えだけを消費するようになり、深く問いかける力そのものが衰えていく。
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でも、わからないということには、本当は大きな価値があるはずです。哲学者や芸術家たちは、いつも簡単には言葉にできない違和感や謎から、新しいものを生み出してきました。自分がすべてを知っているわけではないと知ることは、他者や世界に対して開かれた姿勢を持つことにつながります。
曖昧な状態や、矛盾をはらんだ状態に、それでも耐えていく力。心理学ではこれをネガティブ・ケイパビリティ、消極的受容力と呼びますが、これは大人としての精神の成熟に欠かせないものだと思います。
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お盆の貴重な休みを丸々使って、「わからない」という体験をしにわざわざ来る。そんな準備ができている人たちだからでしょう、終了後に涙を流しながら私に話しかけてくださる方が複数名いらっしゃいました。
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Voicy放送では中嶋さとさんとチェ・ヘジャさんのインタビューも音声で聞くことができます。今後は言語にこだわらず、多様な方たちとの共創していきたい、とおっしゃっていました。
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そして中嶋さんと昼スナのお客さんの精神科医と教育関係者による、こどもたちが自分の心のSOSに気づき、それを外に出すために必要な体験をする演劇ワークショップも来月開催されます。お店をきっかけにこのようなクリエイションが生まれることは、この上ない幸せです。
https://kokoro-rehearsal.peatix.com/
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Multilingual Theater Fukuokaは、演出家の中嶋さとさんとチョ・ヘジャさんが立ち上げた、日本語・韓国語・手話など複数の言語を使う人たちが集まり、共同で作品を創作する団体。
<中嶋さとさんインタビュー>
#248【ゲスト】劇団14+/演出家/Multilingual Theater Fukuoka代表 中嶋さとさん
https://r.voicy.jp/MLmPdpj8dmz
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12日・13日の2日間は、手話劇団「福岡ろう劇団博多」のメンバーも参加し、1日およそ10時間を費やす、かなり長く親密なワークショップでした。役者側と一般を合わせて、参加者は26名ほど。初日それぞれが「捨てたいけれど捨てられないもの」をひとつ持ち寄り、そのものについて語ることから始まりました。手放せずにいる理由や、その前後にどんなことがあったのかを語り、それを他者が演じるという形で作品が組み立てられていきます。ほとんど言葉を使いません。
例えばお子さんの授乳期に着ていた洋服、開業のお祝いでもらった片目だけ目が入ったダルマ、昔の恋人からもらった指輪など、さまざまでした。「捨てられないもの」という言葉自体が、必ずしもポジティブなものばかりを指すわけではありません。そこには解決しきれていない痛みや暗さが潜んでいることも多く、そうした内容が語られることで、非常に親密な空間がつくられていきました。
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2日目には一般のお客様を招いて成果を発表する公演が行われ、会場は満席でした。まず全員でのパフォーマンス、その後、5つのグループに分かれ、それぞれの体験から生まれた身体表現を、お客様が順番に見ていくという構成になっていました。演じる側と見る側の境界があいまいなまま、同じ空間の中でそれが進んでいく。グループによって、言葉を使うところとまったく使わないところとが分かれていたため、どの順番で見るかによっても、観客それぞれに異なる体験が生まれていたようです。
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この本編に先立つ8月11日には、昼スナにて簡易版とも呼べる形で、プログラム内容をほぼそのまま、2時間にぎゅっと濃縮して実施しました。中嶋さとさんとは、演劇を使ったコミュニケーションの授業を文化庁の事業として学校に届けるという活動を、長く一緒にやってきたので、昼スナでの実施は念願でした。
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記憶をたよりに地図を描きながら対話を重ね、最終的には自分の記憶を他者に演じてもらいます。記憶を一度身体の外に出し、誰かに委ねて戻ってくることによって記憶がもう一度ビビッドに立ち上がっていくというプロセスがありました。
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私は今回オブザーバーとして参加し、プログラムの最後にフィードバックをするという役割でしたので、その内容を簡単にまとめます。
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私は視力が悪いのですが、日常的にあえて眼鏡をかけないようにしています。運転をするときや、板書やスクリーンを見なければならないときはかけますが、それ以外は、わりとぼんやり世界を見ていたい。解像度をあえて下げているのは、たくさん見えると、情報量が多すぎて疲れてしまうからです。
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私たちは普段、いかにわかりやすくするかという病にかかっていて、わからないことが悪いことだと思わされすぎている気がします。AIを使えばすぐに答えが出せてしまう今、わからないという状態をあえて持ち続けられるということは、ある意味で人間らしさであり、その人らしさなのかもしれません。
芸術は、そこに個人の解釈を許してくれるものです。つまり、わかってもいいし、わからなくてもいい。ただ同時に、わかろうとすることも同じくらい大切。
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昼スナでパフォーマンスしてくださる「しゃべれないスタンドアップコメディアン」のしらいわ次郎さんとよしこさんという方がいます。次郎さんはIQ18、重度の知的障害があり、発語も10語ほどしかありませんが、ステージに立つとお母さんであるよしこさんが次郎さんの思いを通訳してくれます。発話はなくても表情やジェスチャーがあるので、よしこさんは「あ、この話はダメなのね」「これは話したいのね」と通じる。なぜそんなことができるのかと尋ねると、「わかろうとしているから」とよしこさんは答えます。
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私たちはわからないことにいろいろな理由をつけて、わかろうとすることをやめてしまいがちです。このワークショップは、わかろうとする人たちがたくさんいたからこそ、いろんな体験ができた気がします。
日本語、韓国語、手話というふうに、障害や言語の違いが目に見える形であると「わからない」ということが受け入れやすい。ところが同じ環境にいる人、同じバックグラウンドを持っていると思っている人たちと分かり合えないとき、私たちはとても強いストレスを感じます。違いがはっきり見えているときよりも、違いが見えにくいときのほうがあきらめやすいのかもしれません。
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この「わかりやすさの病」は、今の社会が抱えるタイムパフォーマンスや即座の理解への過度な希求と、地続きにあるように思います。わかりにくいことや、すぐに答えの出ない状態をひたすら排除しようとすればするほど、私たちの思考や感性は貧しくなっていく。物事の複雑な背景やグラデーションが無視され、白か黒かという二項対立に陥りやすくなる。自分と違う意見や、一言では理解できない他者を「話が通じない」と切り捨ててしまう。簡単に手に入る答えだけを消費するようになり、深く問いかける力そのものが衰えていく。
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でも、わからないということには、本当は大きな価値があるはずです。哲学者や芸術家たちは、いつも簡単には言葉にできない違和感や謎から、新しいものを生み出してきました。自分がすべてを知っているわけではないと知ることは、他者や世界に対して開かれた姿勢を持つことにつながります。
曖昧な状態や、矛盾をはらんだ状態に、それでも耐えていく力。心理学ではこれをネガティブ・ケイパビリティ、消極的受容力と呼びますが、これは大人としての精神の成熟に欠かせないものだと思います。
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お盆の貴重な休みを丸々使って、「わからない」という体験をしにわざわざ来る。そんな準備ができている人たちだからでしょう、終了後に涙を流しながら私に話しかけてくださる方が複数名いらっしゃいました。
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Voicy放送では中嶋さとさんとチェ・ヘジャさんのインタビューも音声で聞くことができます。今後は言語にこだわらず、多様な方たちとの共創していきたい、とおっしゃっていました。
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そして中嶋さんと昼スナのお客さんの精神科医と教育関係者による、こどもたちが自分の心のSOSに気づき、それを外に出すために必要な体験をする演劇ワークショップも来月開催されます。お店をきっかけにこのようなクリエイションが生まれることは、この上ない幸せです。
https://kokoro-rehearsal.peatix.com/
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昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 09:352.
#248【ゲスト】劇団14+/演出家/Multilingual Theater Fukuoka代表 中嶋さとさん
- 08:213.
中嶋さとさん、チェ・ヘジャさんインタビュー
- 00:524.
こころのリハーサル 「きもちを聴き合う」 シアターワークショップ
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