TOPライフスタイルくらし利他ラジオ第159回:「ご・ぜんご・ご」禅語はやさしい17:31 2025年9月30日 38再生 問題を報告する 再生する シェアする 野田くんとの禅語対談。きびしさ・やさしさ・きびしさはやさしさ。実践者の言葉。選択肢が多い状況をどう受け取るか。AI目次禅語が持つ温かさとは?僧侶の優しさが結晶化した言葉厳しい修行と優しさの繋がり、その言葉に隠された背景念仏との違いとは?選択肢があることの意義を考える静けさのイメージを覆す、禅の実践における動的な側面体験を通して初めてわかる、禅語がもたらす気づきとはAI文字起こし(β版) # オープニング リタラジオ 松島誠郎です。 奈良県にある庵与寺というお寺で住職をしたり、子どもたちにおやつを届けるお寺おやつクラブという活動をしたり、 3人の子どもの子育てをしたり、たくさんの人に助けられながら生きています。 このラジオは、誰かのために、そして自分のために、そっとできることを考える時間です。 今は、何かと自分を出すことが求められる時代です。 SNSで発信し、成果を見せ、自己表現に励む日々の中で、 リタという言葉に新しい価値や安らぎ、可能性を感じている人も多いのではないでしょうか。 リタは、自分をすり減らすことではなく、自分を大切にすること、他者への眼差しが響き合うこと、 名乗らない優しさ、背景に回る力、手放すことで広がる行為、そんな静かな問いを日々の暮らしからたぐっていきます。 声だけでつながるこの場所で、きょうもゆっくり語っていきましょう。 # 禅語の定義。選択肢がある状況に対する我々の受け止め方。言葉がこちらにやってくる瞬間について。 はい、終わりになりました。 メタラジオ松島瀬郎です。 野田佳彦です。よろしくお願いします。 お願いします。 えー。 どうも。 分かりましたでしょうか。 今度は、今までちょっと前後の話をしてきたんですけど、 いつも気になっているのは、僕らは当たり前のように前週の総理として日々前後に触れるわけなんですけど、 違う週刊の方って前後にそもそも触れる機会がないと思うんですし、 部分的に触れる中で、どういうイメージを持っているのかなっていう捉え方ですね。 それをちょっとお聞きしてみたいなと思ってたんですけど、 松島さんの中で前後って言うとどんなイメージか。 まあ、パターン的に言うと、なんかいい言葉。 なんかいい言葉。 格言的な、そうね。 座右の銘とか。 あと、連想ゲーム的に言うと、 江名守一夫さんとかさ。 ジョブズとか。 大節さんとか。 禅周りの人たちのことも浮かぶし、 そういう人たちが生み出したものっていうところまで想像したり。 あとは、禅が連想する座禅とか。 永平寺とか。 禅寺で修行している。 修行僧の日々を支える。 教訓めいたもの。 あともう一つ、禅宗じゃない宗派の僧侶からすると、 厳しい言葉っていうかもするね。 いわゆる厳しい修行をする中で生み出されたもので、 自分を厳しく立する言葉だったり決まり事みたいなものが書かれてある。 厳しく指してくれる言葉っていうイメージがあります。 厳しさっていうのをあんまり感じたことがなかったので、 結構意外と言えば意外ですね。 自然な妄想させるみたいな感じで書かれてることが多いかな。 僕が禅後に増える中で、共通してることが1個あるなと思う。 禅後、未禅後、それ以上ある中で。 僧人の優しさが結晶化したものっていうのは禅後だと思う。 優しさ。 仏教的に言うと慈しみとか慈悲っていうことになるかもしれないけど、 僧人たちが修行をされて、自分の何がしかの課題があって、 それをなんとかしたいと思う、切実な思いで修行をすると思うんですけど、 ハッとこの世のことわりに気づいたというときの、 その言葉を表したのが禅後という考えなんですけど、 別にその気づいた体験はあくまでその人のものなので、 それを別に自分の中だけで決めて、大事に抱えて、それで生きていくっていう選択肢があると思う。 それをわざわざ言葉で編んで、なんでなんだろうかっていつも考えるんですけど、 後世の人たち、後輩だったり、僕らみたいな、全然時代は違いますけど、 これが脈々と受け継がれていった先の人たちに、 自分のその体験を何かの手段で伝えたいという、それもまさに切実な思いだと思う。 それを伝えるためにどうやったら理解してもらえるかなっていうのを、 すごく頭を使って編んでくださった言葉っていうのが、それが禅後だと思う。 一面、自分に対して厳しい収容をしたっていうところでは厳しさっていうのもあるのかもしれないけど、 違って言うとその温和感というか、ぬくもり。ただの言葉なんですけど、見た目は。 そういう前提をもって禅後を秘めとくと、 この人にも苦労と、苦労ありながらもそれをちゃんと伝えようとしてくれたっていう優しさを感じるところがある。 すごく禅後に触れると、何か心が温まる感じがする。 なるほど。禅後っていうのは、素子、老子の皆さんが話した内容とかが何か書物に残ってて、 その一部がいわゆる禅後として切り取られているっていう、そんな感じなのかね。 そういうケースが多分多いんじゃないですかね。 語録って言うんですけど、そういうお坊さんたちが言ったり行ったりしたことの記録が残ってたりする。 その中からキーワードというか、収容の言葉を発生して禅後として扱ってるっていうのも絶対多数あります。 それは、いわゆる編集者的な人がいる。多分お弟子さんだと思うんだけど。 そうですね。弟子が書き込まれたりするケースもあるんじゃないですかね。 その言行録を紐といて、僕らはテキストにするわけなんですけど。 慈悲の実践をその優しさというふうに感じるっていう話だけど、 詰まるところ、お釈迦さんも悟りを開いて、 けど自分が開いた悟りは自分だけのものというか、自分以外の誰にも理解できない。 っていうところから梵天環状があって、不況の旅に出たっていうこの事例の話があるじゃない。 多分同じ構造か分からないけれども、お祖師さんたちも自分がいろいろ厳しい行動、 修行してたどり着いた境地を自分だけのものにしないっていう意味では同じ構造というかね。 なんかそういう振る舞いがあるような気がして。 そういうふうに捉えてみたら確かにその言葉で残してくれて、 それが自分の実感としても助けられてるっていう意味ではすごい優しさはあるよね。 僕もだからね、野田くんにはすごくこの10年間で何回か折りに振り言ってるけど、 厳しさは優しさかみたいなこと言う時あるじゃない。 そういう意味で僕は前後のイメージする厳しさっていうのを厳しく言ったけれども、 ある意味いつも言ってる優しさとしての厳しさっていうところを感じるかな。 関心寄せないっていうのが一番結構重要ですからね。 坂さんがそうされた話は全く僕も通ずるところがあると思う。 でもやっぱりそういう体験をするっていうのは、当然ここによって時代背景も違えば、 そもそも出会う上でも違うので。 なのでたくさんバリエーションがあるわけ。 その言葉がたくさん残されてる。 言葉のバリエーションがある。 だからいいところは、自分に合ってる合ってないっていうのがあると思うんですよね。 厳しい言葉をかけられるとか、 いろんな格言とか禁言みたいなのが世の中たくさんありますけど、 自分にとって合う合わないみたいなのもあると思うので、 それを自分なりのいいものを取捨選択できる、 余地があるっていうところがいいところかなと。 なるほど。そこで思ったのが、 いわゆる僕が信仰として持ってる念仏との違いで、念仏は一択なんだよね。 前後ってたくさんあるじゃない。 今野田くんが言ってくれたように、その中から自分の中で選ぶ選択肢が用意されてるっていう風に。 そこは全然違うなと思って。 もしかしたら一緒なのかもしれないけど、 法年承認の言葉たくさん残されてて、 そのあるところを念仏にまとまるというか、収まるというか。 だから一択なんだよね。 前後って確かにいろいろあって、いろんなシチュエーション。 他には自分には全然関係ないと言ってしまうと。 僕がすごく面白いなと思ったのは、 選ぶ自分はそもそも正しい自分に適したものを選べるかどうかすら分かんないから。 その選んだことっていうのがそもそも合ってるのかっていうところを気になるというかね。 けど、前後の話の冒頭であった、やっぱり行動実践っていう意味では、 選ぶってこともすごく大事じゃない。 何もしないようにも選ぶっていう行動をしたことが大事だし、 失敗しても全然よくて、 その失敗も行動したからこそ生まれたことだし、 という意味では選択肢があったほうが行動しやすいとも言えるかなと思って。 大きな目線で言えば、日本の中にいろんな宗派があるっていうことの良さかもしれない。 前後というのもちょっとメタな話ですけど、 中には選択肢がありすぎると困るっていう人ももちろんいると思う。 神聖な念仏だけすれば救われるんだというふうに思えるっていうのは、 それが大きな救いになる人の中にいると思う。 前後でいわゆる座禅とか禅定とか静かなものと思いがちだけど、 実はすごく動的で、 僕が本当に面白いなと思うのは、 総統宗のお坊さんですとか臨済宗のお坊さんですとか言って話をする和尚さんたちの落ち着きのなさ。 すごく面白くて。 なんか、座禅して節字伸びて落ち着いてる人ってあんまりいないな。 中には落ち着いてる人もいるけど、 ほとんど落ち着いてないね。みんなね。 すごい嬉しいというかね。 確かにね。そういうものかもしれないですね。 座禅のイメージはどうしてもあるんだという。 静かにちんまり座ってるみたいなイメージが持たれるやつですけど、 多動法って言ったらあれですけど、動いてなくてみたいなのを持ってる人が多いんだよね。 そこが実践っていうところに詰まると思うんですけどね。 そうね。実践するってことはやっぱり動くってことだもんね。 さなぎ?まゆ? 僕らの宗派の山田文文をしてる方が、昭和の時代の瞑想ですけど、 座禅してるときって確かに心地がいい瞑想してるから、 いろいろやって気になるんだけど、 それは虫でいうところのまゆこもっているのと同じで、 それはまゆの中にいると安全だし、それは心地がいい。 それは僕らして、世に出てる鳥虫はなんぼで、 いろんなところに行ってカフキンを運んだりとか、新たな命を省くというところに生きてる。 まゆだけにこもっている瞑想というのは、その全てではないという趣旨のことです。 僕らは意識としてはまゆこもりだけでなくて、 羽ばたいていきたいというふうに万年があっている人が多いので、 落ち着きのすみなさみたいなところにつながると思う。 精一杯花粉を運ぼうと瞑想たちが頑張っているということで。 なるほどね。そういうことか。 うん。優しさ。 いい日の結晶。 けど本当に体験してなんぼだし、動いて分かることがあるよね。 そうですね。 そういう点では、今見ても全く意味のわからない禅語でも、 あるときにこういうことを言ってたんだっていう、 自分の体験を減らして踏み落ちるってことがあるっていうところも、禅語の面白いところになる。 確かに。僕もその嫌いがあって、 誰かが引用してる禅語に不等。 画展開封とかいうこともあって。 だからたくさん禅語が並んでて、 今日はこれで行こうみたいなことじゃなくて、 たまたま生活をしていたら禅語の方からやってきて、 それがすごく自分にしっくりくるということの方が多いかね。 ここに書いてあったじゃん。 僕が体験したことがすでにそこにあった。 なるほど。禅語は優しいという回を。 今日はこれで終わりましょう。 ありがとうございます。 はい。 もっと見る #慈悲 #やさしさ #実践 #禅語 #利他 #坐禅 #念仏 #ごぜんごご #きびしさ #梵天勧請 利他ラジオ松島靖朗@おやつのおぼうさん01:101.オープニング16:212.禅語の定義。選択肢がある状況に対する我々の受け止め方。言葉がこちらにやってくる瞬間について。コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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第502回:掘らなかった人たち――ゴールドラッシュの「周辺」 6分・9月8日・ 15再生AI目次カリフォルニア・ゴールドラッシュの虚実一攫千金、その夢の裏側とは?金を掘らずに富を得た人々熱狂の周辺で生き残る術成功者を分けた視点の違い
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