TOPライフスタイルヘルスケア・ダイエット小谷祐樹とICU執筆というアウトプットの機会18:38 8月16日 78再生 問題を報告する 再生する シェアする 最近原稿を2つ書いていました。ばくは可能な限り原稿の依頼を受けたときには後輩と一緒に書くようにしています。それは原稿執筆というアウトプットを通して、自分の「知ってる」を他の人の「分かった」に変換する機会になるからです。AI目次執筆が促す思考整理と理解の解像度感覚的な臨床判断をどう言語化するか多職種連携に必要な情報共有の極意再現性担保がカギを握る文章術自らの思考の矛盾と向き合う執筆術AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは、集中治療院の児谷幸です。 最近、2本原稿を書いています。 1本は提出して、もう1本は数日以内に提出できると思います。 これは収録時点ですので、多少前後するかもしれません。 原稿のありがたいことにご依頼をいただくことが年に数回あって、 特段の指定がなければ、一緒に誰かと書くのがいいなというのを僕自身は思っています。 それはどうしてかというと、やっぱりアウトプットの機会になると考えているからなんですね。 アウトプットの機会。 つまり、僕が思う原稿を書くということは、自分が知っていることを他の人の分かるに変える。 他の人に伝わる形にする。伝えるなのかな。 自分の知っていること、分かっていること、自分の理解を他の人に伝わる形にする。 基本的には言葉を使って分かる形にするという作業だと思っているんですね。 これは非常によく言われることですけれど、 そういうアウトプットをすることによって、自分の理解が不足しているところみたいなものを把握することができるというのは、 僕は結構大切な機会なんじゃないかなと思います。 つまり、例えば日常診療の中で、今回扱っているテーマの一つが、 肺結晶性ショックでバトプレシンとかステロイド、ノロアドレナリンバトプレシン、ステロイドを使っているときにどういうふうに減らしますかというテーマをいただいたんですね。 これとかって、臨床の現場でやっているときって、結構どうなんでしょうね、皆さん。 感覚的にやってたりするんじゃないかなということを思います。 その感覚的というのは、それを僕は全然非難する意図は全然なくて、 純粋に、なんとなくこういうときはこっちの方がいいんだよ、みたいなのが、むしろ経験として蓄積されているがゆえの感覚的。 つまり、本当の意味でサイコロを振って、こっちが出たからこっちへ行くみたいな、そういうことじゃなくて、 臨床医の頭の中に、いろんな患者さんの変数、患者さんの状態とか、これまでの経過とか、 心臓のこととか、感染のコントロール具合とか、 この間これを減らした、3時間前にこれぐらい、たとえばノロアドレナリンをいくつからいくつに減らした後の血圧の変動とか、 そういういくつかの要素を見ながら、頭の中でガチャガチャガチャっと回路が回ってですね、 ポン、はい、じゃあノロアドレナリンをいくつからいくつにしましょうとか、バトルプレッシャーをいくつからいくつにしましょうっていう、 そういう言葉にしづらい、暗黙地って言ったらいいんでしょうか、言葉にされていない蓄積っていうものがあるんだと思うんですよ。 これは本当に素晴らしいことなわけですよね。 まずそういう判断ができるということですよね。 判断ができるということは素晴らしい。つまり患者さんにとってはいいケアを提供できる。 少なくとも自分の中ではしっくりくる納得のいくものっていうものが提供できるわけですよね。 これは自分と患者さんっていう一対一で相対している文脈においては素晴らしいことです。 ただ、いくつかの観点から、この自分と患者さんだけではないという側面が臨床の現場ではありますよね。 当然、同じ時間に同じシフトでその患者さんのことを見ているナースもいるわけですよね。 ナース以外にも薬剤師もいるし、理学療法師もいるし、 ICUの多職種具合を考えると、いろんな患者さんのケアに直接関与する医療従事者がまずいる。 これは一つ。同じ時間帯でも複数のメンバーで、自分だけではなく複数のメンバーで患者さんのケアに当たっているわけですよね。 さらに言うと、時間が変われば、さっきは同じ時間に複数の人がいる。 今度は違う時間に変われば、次の人に引き継いでいかないといけないわけです。 そうなった時に、引き継ぎということをどうやっていくか。 つまり、自分は何となく感覚的にこうやってノルアードを下げていました、バトプレッシングを減らしていました。 ではなくて、自分は今の患者さんの状態はこうだと思っているので、 こっちから下げる方がいいと思って、こう下げていました。 という言葉を補わないことには、 バトプレッシングから下げたんだな、ノルアード連年から下げたんだなという最終的な事実はわかるけれど、 その手前にある根拠というものが結構希薄になってしまうわけです。 根拠が希薄というか、その背景にある頭の中での論理や思考のプロセスがあったかというのが不明確になってしまいます。 そうすると、例えば自分自身はこういう意図でこういう風に下げていました。 だけど次の時間帯になると、これ以上ノルアード連年下げるとこういう懸念が出てくるなという何か事態が発生するかもしれない。 ずっとノルアードから下げた方がいいかわからない、違う状況になっている。 自分の頭の中では違う状況で、そろそろバトプレッシングを減らすかと思うような状況になっていたとしても、 その背景がうまく説明できていないと、ノルアード前の勤務の人を減らしてそのままやろうみたいになっちゃうかもしれない。 もちろんこれは次の勤務隊の人が真っ青な状態から考えたらいいわけですけれど、本来。 ただ募集送りというのは一定次のシフトに方向性を指し示すという大切な役割があると思いますから、 そこを少なくとも採用されるかどうかは別として、自分の意図を明確にしておくというのは結構大切なことなんじゃないかなということを思っています。 さらに言うと、これがつまり時間的にも、あとは同じ時間帯でも複数のメンバーがいるが故に、 自分の頭の中で完結して、クリアカットになっていたとしても、 他の人に共有できる考え方でないと、やっぱり意図がわからない。 次の一手がわからない。 そうすると、やっぱりみんな不安になると思うんですよね。 予測がつかないので、その不安があるとしかも、アシストもできないわけですよね。 アシスト?コラボレーションがうまくいかないって感じかな。 次こうでこうでこうだから、血圧上がってきたら次こっちを減らすんだろうなって構えてるか。 こうやってこうやってこうやって減らしてきたんだから、自分も次の機にこうやってやっていこうかなとかいう予測が立った方がスムーズですよね。 そういう意味でも、やっぱり自分の言葉で他の方に伝える、自分の考えを自分の言葉で他の人に伝わるように努めるっていう、 そういう姿勢はすごく大切だと思ってるんですね。 もちろん今話したように、普段の診療の中でも同じ時間帯で同じシフトの他の医療従事者、 次のシフトの他の医療従事者に伝えるという作業は日常診療の中ではあるとはいえ、 やっぱり同じ組織で働いているとずいぶんたくさんの前提とかルーチみたいなのが共有されてますよね。 これをひとたび全くそれが共有されてない人に投げかけるにはどうしよう。 それをやっていくっていうのが、僕は一つのやり方としては原稿を執筆するってことなんじゃないかなということを思うわけです。 # チャプター 2 つまり、縁もゆかりもないわけですよね、ある意味。 例えば何か、商業紙に原稿を出すとした時に、読者は基本的には著者のことを知らないわけですよね。 名前は知っていても、その人は普段どんな診療をしているかなんて、やっぱり働いてみないとわからないですよね。 そういう随分距離感のある関係性の人にも、こうでこうでこうなので、こういうふうに自分は考えていますということを伝えて、 その前提を共有していない読者に対しても、これはわかるなと、なるほどな、それならやってみてもいいかもなとか、 これはわかるけど、自分だったらこう考えるな、みたいな。 少なくとも、なるほどねと、そう考えているのねというのが、やっぱりわかる形まで言葉に落としていくという、 そういう作業が結構大切なんじゃないかなということを思っています。 これは決して簡単なことじゃないですよね。 正直どうしたらいいのかって、僕も今さらによくわかりません。 ただ少なくとも、読んでいく中でね、一つ一つロジックが積み上がっていくか、つまり破綻がないか、飛躍がないか、 で、ひるがえって見た時に、そこに書いてあることを皿で見た時にね、前提知識を共有していない方がお読みになっても、 再現できるかってことなんじゃないかなというふうに思います。 これは結構、医学論文の書き方にも通じるかもしれないですよね。 例えばメソッドっていうのは、やっぱり再現可能かと。 違う環境の違う研究者が読んでも、 疑念なく再現可能な方法が組まれているか、 様々な基準が定義されているか、統計解析も再現可能なものになっているか、ということをすごく問われると思うんですが、 この考えに、おそらく僕が一定影響を受けているんだと思いますが、 その再現可能性みたいなものっていうのが、やっぱり商業史というかね、原稿の中にもあるんじゃないかなということを考えています。 やっぱりそうやって、自分の頭の中ではある種完結している、 完全なものになっているように感じる。 つまり自分の頭の中では整理できているし、各患者さんで再現可能な評価介入に至れる。 これを他の人に移植していくじゃないけど、 他の人が読んでも同じようにできるかっていう、そういう視点で書いていこうとすると、 必ずどこかであれっていうことが出てきますよね。 ここをごまかしているな、自分。 ここをさらっと行こうとしているな。 そういうのが必ず出てきます。 そこを埋めていく作業っていうのが結構原稿出品ではあると思いますね。 つまりやっぱり更の人からすると、変な話ですけど、ちょっと疑って読むわけですよね。 本当なのはここに書いていること、みたいな感じ。 なのでやっぱり言って、自分の中でははいはいはいっていう前提で流れていくところも、 少し論理というかね、ある種の根拠っていうんですかね、補っていく。 初めてその原稿を読む人が、やっぱり無理なく読み進められるみたいなところを結構意識していますね。 結局そういうところに自分の考え方の穴が出てくると思うので、 実際に読者の方にお見せして、 分かる分かるってできるわけじゃないんですけれど、原稿を書いている段階ではね。 だけれどそれに近しいように、限りなく近しいように補っていくっていうのを原稿を書く上ではやっていて、 それによって言葉に仕上がった後は、やっぱり書く前に比べて、 自分の頭の中っていうのはずいぶんまた整理されているわけですね。 雑多になって、同じものが入っていたとしてもですね。 綺麗に、いろんな色のボールとか、いろんな大きさのボールが頭の中に入っていたとしてですね。 それが自分の中で、あれはあそこにある、あれはあそこにあるから、 これとこれは繋がっていて同じ色だな、同じグループだなって分かっているかもしれないけれど、 初めての人から見たら、なんてぐちゃぐちゃな部屋だって思っちゃうわけですよね。 箱でもいいけど。 それを例えば色別に並べるとかね。 色の中でも濃淡順に並べるとか、同じ色を並べた上で大きさ順に並べるとかね。 そういう規則性のある整理の仕方をすることによって、 やっぱり他の人が見ても、この中にこういうボールがあったのね。 これなら綺麗ね。この並べ方なら分かる、分かる。 次、自分がどれかを取り出しても、ここにまた戻せばいいのね、みたいな。 なんかそんな感覚ですかね。 あんまり例えじゃなかった気がするんですが、そんなことを思っています。 ある種、この原稿執筆というのは、別に商業紙から依頼を受けて書くだけじゃなくて、 フリーで簡単にできるものとしては、ノートみたいな、ブログですよね、みたいなサービスもあると思います。 なので、もし自分の理解なり、自分の普段の心理を、考え方みたいなものを、 ある種、今ね、ノートとか、Xもいいんですけど、出すっていうのは、 ある種、無料で定く受けられるようなものじゃないですか。 もちろん、最初はね、なかなかたくさんの人に見てもらうのは難しいので、 閲覧も伸びないし、コメントもつかないし、 一方で間違えたことを書いたりとか、変な伝わり方をして、 なんか嫌なことを言われたりというリスクは一定ありますよ。 なので、別に僕は全員がやった方がいいなんて全然思いませんが、 もしやってみたいと思ってらっしゃるんだったらね、 別にちっちゃく始めてみて、執筆という行為を通してね、 自分の考えに変な穴がないかとかね、 頭の中でふんふん分かってるじゃなくて、やっぱり文字を起こすことで、 抜けたところとかいうのが、見えてきがちだと思いますので、 一つのアウトプットの方法として、こういう原稿執筆というか、 何か書くってことかな、書くっていうのが結構お勧めというか、 そういうことを希望される方がいれば、一緒に書くように普段はしているというところですかね。 皆さんどうですか、これ一部ね、やっぱり書くっていうことに関してはね、 以前のボイスでもお伝えしましたけれど、本当のことを書く練習というものにも、 一部僕は通ずるものを今話しながら感じましたね。 自分の頭の中でぼんやりしているものをきちんと整理していくっていう、 その一つのプロセスとして、手段としての書くっていうものをやることによって、 自分自身の理解がアップデートされたり、自分が出したものによって、 また読んだ他の方がどんなフィードバックをくれるのかを楽しみにしながら、 また自分自身の認識を新たにしていく、そういう行為なのかなということを思っています。 原稿が出るのはまだずいぶん先だと思うんですよね。 数ヶ月先だと思いますけれど、また原稿が2つ出ると思うので、 今年中に出るのかな、出ることが決まったりとかですね、 実際に出たらまたこのボイシーでもお知らせしたいというふうに思っています。 というわけで今回も聞いてくださってどうもありがとうございました。 それではまた。 もっと見る #原稿 #ICU #集中治療 小谷祐樹とICUプレミアム放送配信中!10:001.チャプター 108:392.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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