TOPトーク専門家FunCan体育Radio〜日本の体育授業を1歩前に〜#70「国語の単元デザイン・授業デザインについて聴く回〜こがたさんとの対談〜」コラボ放送1842:25 2025年7月19日 427再生 問題を報告する 再生する シェアする こがたさんに国語の単元デザイン・授業デザインについてのお話を聴く海AI目次国語授業デザインの極意とは?児童の自創性を促す授業環境単元目標設定のプロセスに迫る効果的な学習支援のあり方とは?国語教育の未来への展望AI文字起こし(β版) # タイトルコール 始まりましたファンキャン体育レイディオパーソナリティのライザーです。 このチャンネルでは楽しいとできるようなサイクルを回す体育授業作りのヒントや考え方を毎日お届けしています。 この放送が日本の体育授業を一歩前に進める一条になればと思ってお届けしています。 はい、というわけでですね、今日もゲストをお呼びして対談しています。 ゲストはですね、小片さんというね、国語の授業を研究されている方です。 公立小学校で先生をやられているんですけども、以前お話ししたときに、 小片さんが作る国語の授業がですね、すごくワクワクするような授業で、 しかも色々な子供たちがいる中で、どの子にも達成感とかできたとか、 そういうのを味わせたい、そして魅力的なちゃんとゴールがある。 ちょっとこの辺りを今日はお聞きできたらなと思います。 何かしら聞くことで自分の体育授業作りのヒントにもなると思いますし、 聞いている人も国語の授業作りのヒントにしてもらえればなと思います。 それでは本編どうぞ。 # こがたさんに国語の単元デザインについて聴きます。 というわけで、今日はゲストに来ていただいて、今日も対談していきたいと思います。 ゲストは小片さんです。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 自己紹介をお願いしていいですか、簡単に。 佐賀県で小学校の教員をやってます。小片と言います。 国語を中心に学習をしていて、ライザさんと以前教科の話になったので、 国語と体育と繋がりがとてもあるなぁと思いながら、以前は話を聞かせていただきました。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 早速今、国語と体育の繋がりっていう話があったんですけど、 小片さん的に国語と体育の繋がり、どういう点で繋がりがあるっていうのを考えてらっしゃいますか。 国語と体育って教科というより、ライザさんが言われてた、 子どもが自創するような学習って結局環境を整えていくことなのかなと思ってて、 自分も国語の授業の中で、子どもが自創できるような環境を整えて、 そこの中で試行錯誤のサイクルを回していってほしいなと思う授業づくりをしてるので、 その点はすごく似てるなと思いながら。 ちなみに僕、昨年度の実践ですね。 いくつか運動会のパンフレットの件とか、いくつか聞かせてもらったんですけど、 単元を作るときに、すごく小片さんの最後のアウトプットっていうところが、 すごく子どもたちにとって魅力的だなと思ったんですけど、 ああいうアウトプットのゴールみたいなところって、小片さんはどういうところで設定している? それを決めるにあたってのプロセスというか、考えていることってありますか? 一番は指導事項に合う言語活動。 アウトプットの場を言うことで言語活動という言い方をしてるんですけど、 指導事項に合う言語活動かなっていうのが一つ。 僕、大学の先生に教えてもらったのが、言語活動には属性があるって言われて。 例えば手紙っていうような言語活動があったら、手紙が持つ属性って相手に向けて書くとか。 でもあんまり手紙の中で段落っていう意識ってないじゃないですか。 ないですね。 つけようと思ったらつけれると思うんですけど。 ってなったときに段落を教えるような言語活動ではなくて、 相手に向けて書いていくっていうような指導事項に合うようなものを選んだりとか。 だからリーフレットとかパンフレットとかまとめればいいみたいな言語活動が一時期、 本当に10年ぐらい前流行ったんですけど、 それじゃあピッタリ合わんよなとか思ったりしながら。 っていうのが一つですね。 なるほど。 なんかそのゴールに向かって、 今日の話、最初の話で言うと環境を整えていくっていうところじゃないですか。 その要するに単元を通してそのゴールに向かっていく、その環境づくりをするみたいなところで、 環境設定の中で小畑さんが気をつけてることとか意識してることってありますか。 例えば僕だったらスタート地点はそもそも全員ができるところをスタートにするっていう場の設定、 活動の設定みたいなのはまず一番に意識するんですね。 そこを探るみたいなところは一つなんですけど、小畑さんどうですかね。 自分も多分似てるかな。 全員を全員同じ土台っていうのはなかなか難しいんですけど、 2パターンあって、 一つが子どもに合わせていく。 子どもの文化に合わせた言語活動を持っていくパターンが一つ。 もう一つが、 子どもがそれをしたくなるような言語文化をその前から教室の中で整えていって、 そこに合わせていくっていうパターンがもう一つ。 なるほど。 ちょっと多分今結構抽象的な言葉で言ってもらったので、 小畑さんの実践で今前者のパターンと後者のパターンそれぞれ具体を紹介してもらってもいいですか。 前者の場合だったら、それこそ去年の6年生とかは学級を持ててなかったんで、 子どもたちが楽しそうって思えるものを言語活動として設定しないと、 子どもたちが学習に取り組もうとしないんだろうなと思ったので、 前回見ていただいた文章で、 運動会のパンフレットを書いて、 見に来てきた人に配ったりとか放射に配ったりっていうような活動を設定したっていうのが一つ。 これだったら乗るだろうなみたいな。 これは相手意識目的意識が結構明確ですね。その行事があるわけなんで。 そうですね。運動会に対しては思い入れというか、 6年生だったから運動会を盛り上げていこうみたいな学年としての盛り上がりは見せてたので、 そういうものを持ってきたら入っていくだろうなっていうのと、 佐賀国体があってたので、それのパンフレットをモデルにできるなと思ってて。 6年生という学年も結構大きいですよね。最後の運動会というところで。 そうですね。 校舎の場合ってどうですか? たぶん校舎の場合って学級を持っているからこそ、 事前にここに向けてこういうことをしとこうかなみたいなのはできるんじゃないかなっていうのは、 相当ついたんですけど。 例えば今年度3年生で、話す機区でメモの学習が入ってきたときに、 いきなりメモってなってもメモの文化というかないから、 メモ上手になろうって言っても子どもたちの中で、 そんなに上手になりたいみたいな意識はできないと思うんですよね。 たしかに普段は必要感とかないですよね。 なので、自然にメモを取ってる子を4月の段階から探してて、 その子がいたらその子を取り上げて、どうしてメモを取ってるのっていうようなインタビューをして、 メモの良さを広げて、メモがちょっとできるようになってきてる段階で、 メモの学習に入っていくっていうような。 なるほど。結構それはちゃんと伏線を張っといたり、 その伏線を張るためにそういうメモを取ってる子を探すとかっていう、 自然にやってるわけですね。 そうですね。自分は大学の先生に下ごしらえって教えてもらって、 料理をするのと一緒で、下ごしらえをしっかりしてた方が料理が美味しくなるのと一緒で、 学習の下ごしらえをしてた方がより良くなっていくよってことを教えていただいてます。 なんかその下ごしらえって僕もすごく今通じる部分があって、 この間研究授業でマットを使った運動遊びをやったんですけど、 結局マットを使った運動遊びをものすごく楽しむためには、 逆さ感覚、指示感覚、回転感覚が身についてないとできないんですよね。 もちろんその単元の中で育てていくんだけど、 僕は4月の段階で見たときにすごいそういうところの弱さとか、 まだ全然身についてないなっていうのを感じたので、 準備運動の後とかに揺りかごとかブリッジとか、 そういう動きを毎回1,2分だけ取ってたんですよね。 十分ではないにしろ、この4ヶ月の中でそれをやってきたことによっての、 この下ごしらえが料理じゃないけどマットを使った運動遊びっていう そこの単元にめちゃくちゃ生きてたのを感じるので、 そこら辺はすごく共通するんだなと聞いて思いました。 なるほど。 それで小畑さんがそういう環境を整えてゴールを設定してたときに、 ゴールを設定するだけではまだ不十分というか、 要するにそこに向かって多分いろんな手立てがあると思うんですけど、 小畑さんがその手立てとして、具体はいろいろあると思うんですけど、 共通する部分とかどの単元でもこの手立てを抽象化すると、 こういうことは意識してるなみたいなポイントってありますか。 学習課題を僕設定するんですよ、単元を通して。 それが指導事項と言語活動と、その言語活動と指導事項をより良くするため、 考え方、思考操作って呼び方をするんですけど、 こんなふうに考えながらこういうことを作っていくよみたいな設定をするんですよ。 それを単元開きのときに体感する、経験することはすごい意識してるかな。 ちょっと今抽象的だったんですけど、何かの単元でその具体を紹介してもらってもいいですか。 例えば子どもたちって、大人が思ってる以上にその言葉のことについて理解が足りないと思ってるので、 気持ちを想像するっていうようなフレーズが映るじゃないですか。 3、4年生の学習内容で。 したときに気持ちを想像するってこういうことっていうことを、 別教材を使ったりとか、もともと身の回りのものを使ったりして、 気持ちを想像するっていうような活動をした上で、そういうことを今からしていくんだよみたいな。 それって子どもたちの中でうまく接続していくような部分っていうのは、見取りの中で見られたりするんですか。 ここでこれやってたのはここで今生きてるな、みたいなのを見取りの中では。 見通し、その後の問いの見通しにつながっていくんだろうなと思ってます。 何すればいいかわからない子って多分、どういう思考すればいいかわからないっていう子が多くて、 それを行為によってこちらは一斉で指導をずっとしていったわけじゃないですか、今まで。 だから何番の問題を解きますだとか、この問題に答えますみたいなのとか。 気持ちを考えるために、どこに着目して読まないといけないかってなったときに、 やっぱり気持ちって人の言ったこととか行動とかに現れるんだよね、みたいなことを子どもたちの中で、 経験として獲得していると、じゃあそこから行動描写を拾い上げたりとか、 会話部分を拾い上げたりしながら考えていくっていうようなものを、 見通しとして持てているかどうかっていうのでまずつながっていってるんだろうなっていうのを。 一発目でそれがグッて入る子もいれば、ぼんやりしている子とかを単元通しながら、 それがじんわり理解していくんだろうなって考えていったり。 子によってそこのスタートラインは切れないですね。なかなか思考の部分なので。 でもあれですよね、そういう意味である意味その方というか、その手段というか、 この学びにはこういうことをしていくんだなっていうところを、 一回最初の方の授業開きというか、その単元開きのところで持っておくことによって、 その後それがでも実装していくときに多分、僕のタイプもそうですけど、 実装していくのもそのなりのペースっていうか、絶対あると思っていて。 だからそこら辺をでもあれですよね、取りに行ける部分があるから、 なかなかペースが遅いから個別支援とかそういうのができるために、 最初に肩をっていうところですよね、多分。 肩、そうですね。思考モデルって呼び方してます、僕ら。 なるほど、なるほど。 それを最初に手渡すじゃないけど、体験させて、 それがこの単元を通してこういう方法を使っていくよみたいな感じですかね。 こういう思考で進めていくよみたいな感じかな。 そうですね、そうそう。 昔で言われてる読みの観点みたいな言い方はされてましたよね、ちょっと前の。 なるほど。 読みの観点っていうものも含まれてるかなって気もします。 そうなってきたときに、そこから僕最初の話の中で、 僕のタイプも実装させていくことが手段のひとつとして、 小畑さんが実装させていくようなところで言うと、 いろんな手立てがあると思うんですよ。 今、単元開きの中で思考モデルっていうところって話なんですけど、 他にもいくつかポイントあったりしますか、 小畑さんが実装して単元を通したゴールに向かっていくために。 いくつかあれば教えてください、それが。 言語活動のモデルは作ります。 こういうものが書けるようになればいいんだよとか、できるようになるんだよっていうモデル。 そのモデルも、たとえばゴンギツネで気持ちの変化っていうような指導事項をしようとするのであれば、 ゴンギツネ以外のもので言語活動のモデルを作って、 それを子どもたちが見ながら、こういうものを作ればいいんだって言って、 それのゴンギツネバージョンを作っていくみたいな。 実際に世の中にあるもの、それこそ運動会のパンフレットだったら、 国資庫のかっこいいようなパンフレットを持ってきて、 それをこういうふうに書かれてるんだよっていうふうに、 子どもたちにわかるようにモデリングしたやつを持った人は、 もっとそっちのほうが憧れがあったりするので。 そのときにモデルを見せたときに、具体は違うわけじゃないですか。 別教材だったり国体のあれだったりするから。 その中でみんなで対話しながら、要素を抜き出したりとかっていうところも一緒にやるみたいなイメージですか。 4月は結構その段階で、こういうふうに作っていくんだよとか、 こういうふうに先生書いたんだよみたいなことを教えることが多くて、 だんだん単元が進むというか、同じようなサイクルで学習をしていくので、 3学期、2学期の途中ぐらいかな。 大体どの学年も11月ぐらいは、子どもたちが見ながら、 これってこんなことが書かれてるよねとかいうことを見つけていきながら、 見通しを持っていくみたいなふうに変わっていきます。 わかります。僕も結局そうですよね。 ちゃんとやってるのに違っても、学んでいく方とかが、子どもたちの中で実践が、 だんだんやっていけば、もう委ねられる時間というか、 こちらが何かしなくても動けるようになっていくっていうのは、 年間を通してそういうふうになりますよね。 うん。なります。 そう考えると、僕もそうなんですけど、4月、5月、6月ってめちゃくちゃ重要じゃないですか。 めっちゃ重要だと思います。 なんか、子どもの学びをどこで固定型にするかって、すごく悩みどころだと思うんですけど、 でもやっぱり、知った上でそれを子どもたちが選択するか選択しないかっていうのはでかいと思ってて、 知らないまま、子どもの力でみたいなのはちょっと違う気もしてて。 だからこういう学びもあるよっていうことをちゃんと教えて、経験できる場を準備して、 子どもたちがこれってうまくいくなっていうことを獲得していくから、そこで実装し始めるし、 子どもたち自身がそれに合わなかったら、もちろんちょっとこちら側も変えていくしっていうのも。 僕は結構セオリーっていうのは大事だなと思っていて、 もちろん一人一人の子どもたちは違うから、ぴったり当てはまるところは、 その子どもたち自身が最終、自分でチューニングできるようになるのが理想だと思うし、そうあるべきだと思ってるんですけど、 ある程度外さないっていうのはあるじゃないですか、その教科特有の学びとか、その領域で。 そこは僕は確実に手渡したほうがよくて、やっぱりその教科における成功体験とか、 こうやったらうまくいくっていうところは、最初はやっぱり僕は教師自身がデザインしていく必要があって、 その後、ある程度その成功体験を済んだ後に失敗とか、これうまくいってないからこうしようとかっていうのがあった方がいい。 最初からうまくいかない、失敗ばっかりしてしまうみたいな状況は、僕は望ましくないというか、 その後に与える負の影響がめちゃくちゃ大きいと思ってるんですよね。 だからこそ、C5、6月に関しては、いろいろ年度等する忙しいとはいえ、 やっぱり授業をとにかくどれだけ考えて、見取りながらやるかみたいなところはすごい思いますね。 子どもたちの実態にもそれ寄りません? すごい学習に乗り気じゃない子たちに、4月から失敗して考えていくことが大事だよって伝わらないじゃないですか。 絶対そうです。そうおっしゃるとおりですね。 地域から結構しんどい子が多いので、やっぱり最初は自分たちでやればできるんだよっていうところからスタートしていかないと、 そのためにはこういうふうにしていけばいいんだよっていう、 8割9割一緒にしていきながら残りの1割できたっていうところからしていくことで、 次の単元から5割ぐらいとかグラデーションつけながら、もちろんここによって差弱加減とか塩梅を変えていくんですけど。 そうですね。僕らも集団を相手にしていて、最初は集団の要素が強いというか、全体を見る感じではね。 だからこそ僕も同じような感じ方をしています。 僕はまだファンキャン体育で持ち上がりしたことないんですよね。 違うでしょうね。持ち上がったら。 僕もそう思っていて、ファンキャン体育1年間やって、さらにもう1年やれたときの4月って何かまた違うんじゃない。 今もうめちゃくちゃ4月すごい、一旦いろいろ捨てて楽しいに振るんですよ。楽しいをなんとかちょっとできるにつなげるみたいな。 どちらかと言うと、共同とか思考判断表現みたいなのは、一旦僕自身も捨ててという言い方はあれですけど、 制限をかけて、とにかく主体性とそれがちゃんと楽しくやってたら、技能とか知識、そこらへんの向上につながるよねっていう実感。 もっとやりたいと思わせるようなところを意識しているので。 それが1年間ちゃんと経験してきた子たちを、もう1年4月迎えられたらどうなんだろうなみたいなのは思っています。 新たな境地が開けるんじゃないかっていうのもあって。 自分に余裕が出てくると人との共同性も上がってくるじゃないですか。 おっしゃる通り。子の充実が共同への一歩なんじゃないかなと僕は思っています。 たぶん子が充実してきたことを経験している子たちはいきなりそっちもいけるんじゃないかなと思うんですよ。 だから持ち上がりの話も今それが元で、僕はいきなり共同させられるんじゃないかっていうね、思ってて。 ちょっと今共同の話が出たんですけど、国語の中で小片さんが今聞いた話ってこの間のパンフレットもそうだけど、結構子の充実を図ってるなってイメージがあって。 見えてない部分で国語における共同みたいなところって何か意識してることとか、こういうの取り入れてるみたいなのはあったりしますか。 むずいっすよね。僕もそこ結構悩んでて、全体共有の場が僕苦手なんですよ。 練り合っていくって教室の中で集合地として導いていく。深まったねっていうのも。 でもたぶん30人おったらそこについていけてない子もたぶんおるよなって思ってしまうと、 そこよりもやっぱりその子自身が少しでも考えれるような話題のほうがいいだろうしとか思ってしまうと、やっぱり子に割っちゃうほうが多いんですよね。時間を。 分かるかも。僕も同じ気持ちがあります。 ただ、ここは何かちょっとこう、 一個の発問で物語を読み深めるようなときに全体をするというよりは、 考え方を広めたり共有したりするときによく全体を使ってることも多いかな。 比べ出す子がいたら、その比べるっていう思考がいろんな子に使おうとできるから、 比べていろんな考えが出てきた。だからやっぱり比べるといいよねっていうようなことをするための全体とか。 分かります。僕も体育の中の全体共有というと、モデル。この子のいい動き見てみようというときに、 技能の高い子ばっかりを取り上げるのも違うと思っていて、結構これもタイミングっていうのがあるのかな。 例えばだけど、その技の難易度っていうよりも、技の難易度はその子たちの技能によってその技を真似できる子もいれば真似できない子もあって、 それってちょっとまた全体共有すべきなのかしないかって言ったら、多分そうじゃないですよね。 例えばだけど、着地がぴったり止めるとか、手の位置がしっかりつけてるとか、勢いがあるとか、 その全員に対してできることというか、意識できることをやっぱり取り上げるべきだと思ってるんですね。 そういうのをやった上で子どもたちの活動が充実していったときに、僕はその技を見せたいとかではなくて、 意欲の喚起のために上手な子を見せて、要するに子が充実した状態だと健全に憧れるんですよ。わかりますかね。 自分が満たされてないときに上手な子を見せられても、あの子だからできるみたいになっちゃうんじゃないですか。 僕は結構心理的面も意識していて、このタイミングでこの子を見せれば健全に憧れられるとか、自分もやってみたいなとか思えるみたいなところは結構、 意識してますね。だから小笠さんが言ったことと繋がるのは、今この子のこれを取り上げたときに、本当に全体がそこの内容に入っていけるかって言ったら、 入っていけないからこそ、じゃあもっと子に振るっていうところを小笠さんは多分意識してるので、多分もしかしたら体育ともそこは繋がる部分はあるのかなと思いました。 そうですね。ただ共同性が発揮できるような、例えばわざとこの言語活動を版で完成させてくださいっていうのは、 共同性を発揮せざるを得ないような版の作りをするときもあるし、 もちろん対話を通して読みを深めていくっていう経験もしてもらいたいから、 そういうところもプロセスとして仕組んではいくので、 だから多分全体で深めていくっていうようなプロセスはまだ自分の中で、 より良い経験がないから、ちょっと軽んじちゃってるところもあるんだろうなっていうところもあります。 なるほどね。もしかしたらそこら辺に長けてる人は多分その良さをすごく実感しているっていうのは。 そうそうそうそう。本当に30人、思考が働くような場を作れる人っていると思うんですよ。 いると思います。 そう考えるとわからないです。国語の学習で、でも多分それって稀だと思っていて、 30人が本当に30人そこに迎えてるっていうのは。 それすらもどう見取っていくかみたいな。 例えばこっちの感覚としては多分30人中20人ぐらいとかでも、 なんとなく全体迎えてるなって感じになっちゃう部分あると思うんですよね。細かく見ないと本当に。 だからそこら辺をこう的確に評価しているとか、見取っているとかっていう人はどういう作り方をしているのかとか、 いきなりそうなるわけじゃないので、そのプロセスみたいなのが分かっていくとまたなんか違うんだろうなって今思いましたね。 でも子の見取りは徹底していますね。 記録はどんどんつけてますね、毎時間。 そういうのを見ていて、やっぱり難しい子みたいな子に対して小笠さんはどういう手立てを打ったりしますか。 最近考えてるのは認知的負荷を減らすような足場掛けを意識はしてるかな。 文章全体の構成を捉えてほしいっていうすごい思いはありつつも、 やっぱり全体っていうようなところでの負荷がすごい高かったら、段落ごとに分けたようなものを準備しておいてあげて、 そこをつなげていくようなものにしたりとか。 その子に合ったようなものを考える。 でもなかなか難しいですね、そこの。 なんかその子なりのゴールの設定ができるといいなって僕は思っていて。 ちょうどマット運動をやったんですけど、日程学年っていうこともあって、 まあ遊んでればいいよねって、その遊びがちゃんと転がるとか支えるっていうその領域の特性というか身に着けさせたい知識技能のところにうまく接続している。 だから転がるっていうことで言えば、別に前転がりができれば、後ろ転がりもできた方がいいんだけど、 その子なりにスタート地点が違うわけだから、前転がりがちゃんとできるっていう回転の感覚を味わっていれば、 まあ一つは達成してるよねみたいな。 だからそういうふうにしますし、例えばですけど子どもたちが自走していけば、 そこに悩んでる子に、この間は僕ほぼ1時間の半分ぐらい突き沿って、 前転見ながらフィードバックも声かけたりしたんですけど、その子自身がその感覚をつかめるように、 特に例えば勢いがないから回れないとか、頭の資料がつけないからっていう子に関してはもうほぼほぼ個別で関わって感覚つかんで、 もう今できるようになったみたいなのがあるので、そういうのをするためには僕は自走はもう必須だなって思っていて、 何のための必須かって言ったら、やっぱ個別に関わるためとか、全体でその滞ってるというか、 なかなか困っている子はいないかとかっていうのを見とるためには、僕自身の目と手と口を開けたいんですよね。 そうした時にやっぱ単元前半でしっかりと型を作って、子どもたち自身が自分で学べるように、 もちろん技能の高い子は上限をしっかり開放した上で、いくつか視点を与えて、自分でどんどん先に挑戦できるようなっていう構造を作りますね。 なんかあんまり嫌がられるんでしょうけど、評価の話になった時に、今の大地さんの考え方、Bの幅が広いんですよね。 そうですね。僕はめちゃくちゃBの幅広いと思います。 結局、学習指導要領の解説に書いてあることも結構抽象的で、これができなきゃいけないみたいなことは書いてないんですよね。大地も。 例は書いてますけどね。ある意味、評定の場合は線は作りますよね。 評定にする場合は。だけど即時評価の場合は、その子なりの出来たがあれば、それは伸びだよねって評価してあげるし、 もしかしたら評定も僕の中では結構幅は広くしてるかもしれないです。 SというかAのところは、ここっていうのはかなり決めますけど。 自分もだから似ている。それこそモデルはBの一番上で出すんですよ。 そこから指導事項に関わるようなことがきちんと抑えられるようなものの言語活動になってたら、Bだし。 Bの今まで学習してきたような表現だとか、 違う観点とかがそこに入り込んでったらAになっていくだろうしっていうような、上限の開放もそうだし。 ここまでできたらOKだよねみたいな。 できるというよりも、自分が勝てたとか考えれたっていう達成感のほうを大事に、しんどい子たちは特にしたいなと思うので。 自分なりのゴールっていう意味では一緒な気がします。 そこら辺があれですよね。その経験が積んでいけばいくほど、まだその次の同じような単元になった時に、またやろうとか。 こないだやれたからやれるかもっていう一歩目になりますもんね。 うん、そうっすね。 なるほど。 その考え方は基本的にはファンキャンタイプの考え方ですから、僕らは。 なるほど。ちょうど今30分ぐらいなんで、そろそろまとめに入っていきたいんですけど。 小畑さんが今後、国語の授業をずっと研究されていたと思うんですけど、具体かどうかわかんないですけど、 自分が挑戦したいこととか、これからこういう国語の授業を作っていきたいなみたいなのは、今、展望みたいなのはありますか? あー。 うーん、なんか結構硬いっちゃ硬いんですよね。指導事項に関わって。 そこをもっと柔軟にというか、できるような国語にも挑戦したいなと。すごい抽象的な話なんですけど。 あー、今はどっちかっていうと、さっき言った達成感とか、その隣の楽しさじゃないけど、そういうところに振ってる寄ってるみたいな感じですか? そういう今思いがあるってことは、できるキャンを作りたいってことですね。子供たち自身に。 そうそう。この単元でこの力をつけるよってことをはっきり明示するし、そこに向かって思考のサイクルを回していくし、 そこができたっていう達成感ができていくっていうような感じの作りをしてるんですけど、 もっとフラットに教材に出会ったときに、そこの面白いが子供の中から出てくるような、 もっと自由に言っていいような言語活動をしてみたいなと思う反面、そこでやっぱり迷わないようにするための、今までの蓄積の力もあるんだろうなと思うんです。 これ伝わってます?ごめんなさい。 いやいやいや、なんとなく。 わかります。小畑さんちょっと僕聞きたいなと思うんですけど、国語もいろんな流派とかがあるじゃないですか。 僕はそこまで国語が詳しくないので、ほんとSNSとかで有名な先生、例えば樋口彩香さんとか、 土井先生とか、あとは新潟の中野先生、あと沼田先生とかっていろんな人が、僕は知ってる限りいるんですけど、 国語授業の小畑さんを見て、そういう人たちの違いとか共通する部分とか、小畑さん的に何かあったりするんですか。 あと、僕が知らない有名な人でもいいんですけど。 もう一回言ってもらっていいですか。 授業作りの違いみたいな。でも指導事項は同じなわけじゃないですか。各指導要領に基づいて。 でもその同じ単元でも、例えば僕は知らないんで、あくまで憶測なんですけど、土井先生には土井先生のとか、樋口彩香さんには樋口彩香さんのとか、 中野さんには中野さんのみたいなのがあると思うんですけど、そういうところで小畑さんは、この人はこういう特徴がある。 その人たちだけじゃなくてもいいんですけど、どういう方があるのかとか、それでも共通する部分で抽象化すると何かあるのかなって。 国語だからこそ、そういう人たちをどうなっているのかなと思って。 むずいですね。 わかんないですけど、子どもが本当に言葉を頼りに思考していくところの実感を作りたいという部分では皆さん絶対共通してるだろうし、 そこを研ぎ澄まされた発問で導くような人もいれば、 子どもの問いをもとに子どもたちがやっていくのをフォローしていく人もいれば、 それをいいバランスで取りながらする人もいれば、 自分みたいに言語活動をガツって真ん中に置いて、そこの中で自由度を上げる人もいれば、 言語活動自体も子どもたちに考えさせるようなもっと自由なものもあるんですけど、 たぶんそこって教育観というか事業観。 でも根底のところは、子ども自身が言葉を頼りに考えていくところにたどり着くためにどういうデザインをしてるのかっていう差なので。 自分はどれも正しいと思うし、どれも素敵だなと思うけど、 自分にはできないところをされてるから、今自分ができるものを選んでやってるって感じですね。 なるほど。面白いですね。 同じそれぞれの人が、目の前の子どもが違うからあれですけど、 その同じ単元をどう作っていくのかってガチで話すから面白そうですよね。 たぶん。 本当に国語専門とした人たち、国語に興味がある人にはちょっとね、よだれが出るような議論が聞けそうですよね。 はい。これは確かに。 なるほど。でも分かりました。 結局いろんな人の実践も、結局目の前の子どもたちと自分の今の教育経験とか教育観とか、 自分の実践力とかに合わせて、どういうものを選ぶかっていうのは、本当に変数もあるし、 でもその中で目の前の子どもを見とりながら作っていくっていうところですよね。 まさにそうだと思う。 はい。分かりました。 はい。というわけでですね、いろいろお聞きできてよかったんですけど、 小松さん、最後にちょっと感想をいただいてもいいですか。 せっかく対談したので、今日はどうでしたか。 久しぶりに藍田さんと話して、面白かったっていうのが一番と、 なんかあれですね、質問の視点が以前より、 ここ突っ込んだら周りの人が面白がってくれそうみたいな突っ込み方で質問されてるなって聞きながら思ってて、 バナレ感されてきたなっていうのをすごい感じたっていう感想。 ありがとうございます。もう20人弱対談をしてきたので。 面白かったです。 はい。ありがとうございます。 ぜひまた今度ね、リアルでもお会いできたらなと思いますし、 本当に僕も今年もまた去年のさらに超える実践を作ってきてるので、またお話できたら嬉しいです。 はい。よろしくお願いします。 はい。ということで今日のゲストは小片さんでした。ありがとうございました。 ありがとうございました。 # 対談を終えて・エンディング はい、というわけで対談はいかがだったでしょうか。小片さんがですね、授業をお作りの際に考えていることとかを、すごくね、具体的な実践もそうですし、なんか理論的な言葉でもいろいろ教えてくださって、僕としてはすごくね、学びになりました。 そして聞いていて思ったのが、小片さん自身もね、自分の苦手なところとか、そういうまだまだ伸びしろというか、こういうところをやっていきたいという思いも聞けて、本当にね、より良く自分の授業をより良くしたいなという思いがある人とね、こうやって対談させてもらえることを僕自身もすごく嬉しく思いますし、貴重な時間だったなと思います。 他にもね、やっぱこう、僕は国語授業に関してすごく、なんだろうな、著名な先生を知っているわけではないんですけど、そういう先生たちの国語の授業の作り方とね、もう聞いてみたいなと思いました。 どんなことを考えて授業を作っているのかなって、今日も聞いた小片さんの授業作りと共通する部分もあるでしょうし、使っている方法、手段、そういうのは全然違う、でも目指すところは結構やっぱり同じみたいなところはね、なんか聞けたらなと思いました。 はい、ということでですね、今日の対談は本当に僕自身もね、なんか一つまた新たな世界が広がったかなと思います。いろんな教科で聞けたらなと思います。 というわけで、Voicのコメント欄からの質問・感想もまだまだお待ちしています。また、Xではハッシュタグファンキャンタイプ例行で感想をシェアしていただけるととても励みになります。 ぜひ、リポスト、いいねもお願いします。それではまた次回の放送でお会いしましょう。パーソナリティはライザーでした。バイバイ。 もっと見る #教育 #国語 #教師 #授業 #国語の授業 #体育の授業 #FunCan体育 #小学校体育 #FunCan体育Radio FunCan体育Radio〜日本の体育授業を1歩前に〜らいざ@「楽しい」と「できる」のサイクルを回す体育授業01:021.タイトルコール39:372.こがたさんに国語の単元デザインについて聴きます。01:473.対談を終えて・エンディングコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 石森圭一2025年7月22日面白かったです!全体共有の際らいざさんの言っていた「技能の高い子だけを取り上げるのではなく、全員に対して意識できることを取り上げるべき」今まで感覚でやっていたことがとてもわかりやすく言語化され、すごく共感できました!返信
#407【中学年多様な動きをつくる運動の実践シリーズ①】「6つのブースから始めた」 11分・15時間前・ 191再生AI目次「全員がやれそう」多様な動きの入り口6ブースから始める多種多様な動き用具操作運動に加わる協働の視点中学年体育 目標は4つの動きと組み合わせなぜ6ブースから3ブースへ絞り込んだのか
#406【特別回】「体育が苦手な先生へ」 11分・一昨日・ 299再生AI目次体育苦手な先生が直面する授業の壁子どもが自ら学ぶ『場』の育成とは『場作り』で生まれる先生の余白と役割子どもの変化がもたらす先生の成功体験先生の二極化を防ぐ授業作りの願い
#405【特別回】「『開脚跳びの呪い』を解く」 11分・9月12日・ 299再生AI目次開脚跳びの「呪い」が生まれた背景教師も経験した「できた」への価値観技を否定せず呪いを解く指導の転換点「怖い」を「楽しい」に変える場作りの秘訣一人ひとりが「できた」を実感する授業の未来
#404【特別回】「なぜ体育だけ、あんなに不安が強く出るのか」 14分・9月11日・ 356再生AI目次体育で不安が生まれる三つの構造楽しさを守る「心理的安全性」の秘訣「やってみる」を可能にする四つの条件場作りを支える三本柱「ファンキャン体育」三本柱で「0歩目」から「1歩目」へ
#403【特別回】「なぜ、場をつくるのか」 12分・9月10日・ 412再生AI目次「考えてごらん」が届かない理由運動体験が拓く思考への道筋自ら回す試行錯誤サイクルの秘密教師が支える学びの回転とは遊びが学びとなる究極の場作り
#402【特別回・体育WGシリーズ⑪】「次期学習指導要領の素案と体育WG」 14分・9月5日・ 408再生AI目次「工事の資質能力」廃止、その意味体育評価、新たな「学びに向かう力」授業時数調整制度、体育への影響体育授業の素材を他教科へ応用する戦略形成的な評価に注力、記録より対話を重視
#401【シリーズ最終回!夏休み特別企画・体育WGシリーズ⑩】「体育は『スポーツ』へ。そして、これから」 11分・9月4日・ 378再生AI目次体育からスポーツへ名称変更の狙い国が重視する「楽しさ」と「技能」「楽しい」と「できる」好循環サイクルの本質苦手な子が一歩踏み出す授業改善のヒント体育の未来像と今後の指導要領の動向
#400【夏休み特別企画・体育WGシリーズ⑨】「評価とICTは、どう変わるのか」 15分・9月3日・ 384再生AI目次評価の変化:技能優劣からバランスへICT活用:学習状況と思考を見える化動画で自己調整!学びを深める秘訣AIが引き出す振り返りの質向上とは?「関わり方の評価」未解決の論点
#399【夏休み特別企画・体育WGシリーズ⑧】「先生に『余白』を」 14分・9月2日・ 382再生AI目次「余白」の意味する二つの側面とは個別最適な学びを阻む固定化教師の思い込みを手放す勇気余白が変える授業の中身と時間個別成長を支える「余白」の力
#398【夏休み特別企画・体育WGシリーズ⑦】「12年間を『遊び』でつなぐ」 14分・9月1日・ 417再生AI目次新学習指導要領 運動遊びの意図『やらされ』から『遊び』への転換点当事者意識が引き出す運動への熱意小4までの『楽しい』が未来に効く理由12年間の体育を繋ぐ『遊び』の効用
全体共有の際らいざさんの言っていた「技能の高い子だけを取り上げるのではなく、全員に対して意識できることを取り上げるべき」今まで感覚でやっていたことがとてもわかりやすく言語化され、すごく共感できました!