TOPトーク専門家FunCan体育Radio〜日本の体育授業を1歩前に〜#262「SNSでいただいた体育嫌いのお子さんがいる方からの質問への回答」13:33 2月23日 249再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次体育授業嫌いの真の原因とは「楽しい」を生む授業の条件見学時の不満に潜む真意体育教師が気づきにくい構造的課題「参加の余白」で変える体育指導AI文字起こし(β版) # タイトルコール 始まりました。ファンキャン体育例領パーソナリティのライザーです。 このチャンネルでは楽しいとできるのサイクルを回す体育授業作りのヒントや考え方をお届けしています。 この放送は日本の体育授業を一歩前に進める一丁になればと思ってお届けしています。 ちょっと噛みましたね。 今日のテーマはですね、SNSで僕がポストしたことにいただいた質問にお答えしようと思っています。 内容を見る限り、こういうことって学校で起きてるんだろうなと思いますし、 僕自身もそういう状況を何とかしたいなと思うこともあって発信をしているので、 ちょっとそのあたりに答えていけたらなと思います。 それでは本編どうぞ。 # 本編①「いただいた質問から考えられること」 それでは本編いきたいと思います。 いただいた質問なんですけど、もともとは社団員さんの記事に対して ポストしていた方に僕が引用をつける形で 体育授業、苦手な子がいるのもそれは分かっているし その子の気持ちは全ては分からないけど それを放っておくってことは、それは教育じゃないよねと。 とにかく少しでも参加できるように楽しめるように というようなポストをしたんですね。 それに対していただいた質問が、ざっくり言うと そのいただいたこのお子さんが体育授業が大嫌いだと。 でも体を動かすのは好きと。 あまり技能は高くないみたいで運動は下手です というようなことも書いてありましたね。 その体育、好きなことをしなさいということで 自由にバトミントンできた人があって、それはすごく楽しかったと。 その後でもまた普通の体育授業に戻ると見学が続いているし 見学なのに体操服に着替えないといけない状況があって それは意味が分からなくて怒っていると。 その方が用語教養されているんですかね。 そういう子をたくさん見てきて 体育の先生はこの事実をどう思っているのか知りたいというような感じでした。 本当あるあるなんじゃないかなと思いますし オープニングでも言ったように 日本の中ではこういうことって起きているんだろうな 事実としてあるんだろうなと思います。 結論から言うと この書いてある情報からなんで これだというふうに決めつけることはできないんですけど その子は体を動かすのは嫌いじゃない 好きって書いてるんですよね。 とするならば多くの場合って 嫌いなのは運動そのものではなくて 体育授業の構造なんじゃないかなと思います。 体育って構造上ね 例えばできるとできないが見えやすいし 周りと比較されやすい っていうのも同じ課題を一斉にやることもありますし あとは失敗が恥ずかしいとか これが怖いとか うまくいかなくて怪我する 異体に繋がりやすいみたいなところですね。 これって本当に 先生の授業の作り方だけの問題ではなく 体育の強化を持つ見えやすさっていうところの特徴で 起こる結果の一つなんですよね。 特に技能に自信のない子にとっては やってみようって思う前に 見られたくないって思いが強くなりやすいんですよね。 それが強くなってしまうと見学が増えるし そして見学っていうのが続いて固定していくみたいな これその子なりの 僕の考えだと割と理にかなった自己防衛だなと思います。 どうせやってみてもうまくいかないし うまくいかないところを見られるのは恥ずかしい だったらやらないほうがいいよねみたいなことです。 質問の中でヒントになったのが 好きな人と組んで自由にバトミントンできた日が楽しかったって あったんですね。 ここから見えるのは 多分いくつかの条件が揃っていたんだろうなと思っていて まず自分で選べる。 自由にっていうことで自分で選べる。 だからこそ自分のペースでできるし 相手とか運動への関わり方を選べたし みんなが自由にやってるんで 失敗も目立ちにくいし 先生にやりなさいっていうやらされ感も少なかった。 自分で選んで自分が決めてできたみたいな つまりその日はですね 自分で決められることがあって さらに比較されにくい構造になっていたと思うんですね。 ただ僕としてはここで勘違いしちゃいけないのは じゃあ体育は全部自由に運動しなさいに 自由に遊ばせたらいいじゃんっていう話にしちゃいけないってことですね。 それは授業じゃなくて 運動をしてるけど やっぱ休み時間とかの遊びに寄っちゃうので 教育としての体育の価値ってそこにあんまりないと思うんですよね。 もちろんゼロではないと思うんですけど。 だからそれはちょっと違うなと思います。 だからといってさっき言ったみたいに 一斉に確率的に比較される構造の中で 授業をするだけになってしまうと やっぱりそういう子も出てくると。 じゃあどうするかって 自分ならそういう子が生まれないように何をしてるか 次のチャプターで話したいと思います。 # 本編②「今後どうしていけるといいか」 はい、さっきのチャプターの中で、じゃあ体育、自由、全部自由に遊ばせたらいいじゃんっていう話、ダメだよねっていう話。 で、なんでそう思うかっていうと、それって多分先生何も見取ってないし、何の学びが子どもたちに生まれてるかなんて考えてないですよね。 それって本人なんですよね。僕が、僕は余白って言ってるし、そこには自由な要素もあるんですけど、 僕が言いたい自由っていうのは本人じゃなくて、ちゃんとゴールに向かって選べる自由だなっていうふうに思ってます。 選べる余白があることだなと思ってます。 例えば、同じ単元でも難易度を選べるとか、取り組み方を選べるとか、役割の仕方、役割を選べる、参加の仕方を選べるとか、 自分なりの目標を自分でちゃんとできることがあって、そこで決められるみたいな。 こういう選べる余白があると、苦手な子もゼロか100じゃなくなるじゃないですか。 タイプって苦手な子ほど見学するっていう選択肢を選んでしまうし、やるっていうところと見学するやらないっていうところが二択になりがちなんですけど、 そこにもうちょっとグラデーションというか、どれぐらいならやれるかみたいな、ちょっとでもやるみたいなことが必要だなと思うし、そこが授業デザインだと僕は思ってます。 舞台を言い出したらキリがないのでこの辺りにするんですけれど。 続いて見学なのに体操服に着替える問題ですけど、これ気持ちめっちゃ分かりますね。 子供側からしたら、僕は見学なのになんで参加もしないのに体操服着るってことだけやらされんの?みたいな、怒りますよね。 ただ、もしかしたら学校側の意図も一回整理しておくと、考えられるのは安全管理ですね。 急に参加しようと思う可能性もなきにしもあらずですし、 この質問の内容から見ると、怪我とか病気で見学しているわけではないというのが分かるから、やっぱり気持ちの話だという時だと、 急に参加した時に安全のために動きやすい服装でいた方がいいよねというところと、 もしかしたら服装、体育の時間は規律とか公平性とかという統一をしている、その学校のルールであるという、こういう理由で言っていることが多いんじゃないかなと思います。 でも子供にとって大事なのは、そういう合理的な理由よりも納得感だと思うので、 この話をする時は、ルールの是非というのを責めるよりも、その子においての大概案を提案した方が毎日進むのかなとか、 例えばですけど、見学だとしても何かしら役割が、その子にできそうな役割があって参加できるようにするとか、 全部は参加しなくても、この部分だけは参加するみたいな部分的な参加を用意するとか、 そういう少し逃げ道じゃないですけど、そういうのがあると少し心理的なハードルは下がるかなと思いますし、 何も説明しないよりは少し納得感があるのかなと思います。 さて、一番の確信なんですけど、体育の先生はこの事実をどう思っているのかというところなんですけど、 これは質問された方の一番知りたいことだと僕は思ったんですけど、僕は正直ね、先生によってバラバラだったと思います。 本当に構造的に捉えると、体育って見学が出る理由を子供の問題として捉えやすいんじゃないかなと思います。 それはなぜかというと、体育の授業って専門的に学んできた人の中にもいるかもしれないですけど、 自分自身が子供の頃に受けてきた授業の影響がかなり強く出るんですよね。 あと競技スポーツのイメージも強いじゃないですか。今なんてオリンピックやってますけど。 そして、言ったように小学校なんかはみんなが体育を専門的に学んでいるわけではないので、 そういう専門性の差も出やすい教科ではあると思っています。 つまり、悪気があるっていうよりも、構造上そういうことが自分の授業によって起こっているってことに気づきにくいんじゃないかなと思います。 だからこそ僕はファンキャンタイプっていうのを発信してます。 体育はみんなが全部同じことをやるような確率的じゃなくてもいいよとか、 授業として学びとして成立させながらもその子なりにできることがちゃんとある、 参加のハードルを下げてみんなが取り組めるようにする。 そこから楽しいとできるようなサイクルを回せる、誰にでも回せるような構造を作っていくと。 こういうふうなことをやりたいなと思っています。 最後に質問者さんが言ってくださった、 我が子にも保健室に来る子にも有意義な話がしたいというところなんですけど、 どう繋げていくかというと、 僕が勧めたい声かけは体育授業の構造の翻訳をしてあげる、 その子に寄り添って共感してあげるということですね。 だから体育が嫌いなんじゃなくて、運動が嫌いなんじゃなくて、 ちょっと見られたりするのがしんどいよねとか、 それが嫌なんだよねって共感してあげたりとか、 じゃあその上で、やるやらないの100と0じゃなくて、 その部分でできそうな部分はあるとか、 例えば100やれなくても10でもいいし5でもいいよ、 5だけでもできそうなところはあるとか、 あとは関わり方ですね。 体育も見る、支えるとかっていう実は目標もあるから、 この体育授業であなたが今日できそうなこと、 何ができそうっていうようなところ、 これをすることによって少し子どもたちにも、 次の一歩が踏み出すヒントになるんじゃないかなと思います。 そして先生にもし伝えるとするなら、 先生自身を責めるというよりも運動が嫌いじゃないんですけど、 ちょっと見られる状況がしんどいかもしれませんとか、 じゃあその中でできそうな運動ってありますかとか、 見学だとしても何かしら役割、 短時間の参加みたいな形ができないか、 もしかしたらですけど、 少し相手を責めるんではなく何かしらお互い、 だってその先生もその子がちょっとでも参加してもらえるといいはずなので、 何か提案の形、それができるといいんじゃないかなと思います。 お答えになっていたかわからないんですけど、 僕自身はこういうふうに考えているというところを話してみました。 # まとめ・エンディング はい、ということで今日はいただいた質問に対して答えてみたんですけど なんかまとめていこうと思ったんですけど 本当にいただいた質問の中で僕がこういろいろ仮説を立てて答えたので それがぴったり当てはまっているかどうかっていうのはわからないんですけど まあいただいた質問でやっぱりより体育授業の しんどさを抱えている子がいるっていうのは まあすごく事実としてあるんだなっていう気持ちがすごく強くなりました。 運動が嫌いじゃなくても体育という授業の構造が やっぱりそういう部分を生み出してしまっているかと言いながらも ただ自由に何でもOKの世界になると それは教科ではないし学びではないですよね。 だから自由を子どもたちが自由に運動するって言っても やっぱりゴールに向かっている選べるような 余白っていう部分がすごく大事だなと思いました。 あとはグラデーションなので0、100ではなくて 本当にその間をどれだけ提案できるか これはスモールステップの考え方にもなると思うんですし そのやってみるが生まれる状況を作って何かできたら やっぱり教室としてフィードバックして その子を認めて次の一歩が踏み出せるように 背中を押してあげられたらいいんじゃないかなと思います。 はい、ということで ボイシーのコメント欄から質問・感想もお待ちしております。 またエクステはハッシュタグファンキャンタイムレイドで 感想をお知らせいただけるととても励みになります。 ぜひリポストといいねポチポチもお願いします。 今日の放送でより発信を頑張ろうという気持ちになりましたので ぜひ皆さん今後も聞いてください。 それではまた次回の放送でお会いしましょう。 パーソナリティはライザーでした。 バイバイ。 もっと見る #体育嫌い #体育の授業 #質問へ回答 #FunCan体育 #小学校体育 #FunCan体育Radio #FunCan体育の場づくり #FunCan三本柱 #FunCanサイクル FunCan体育Radio〜日本の体育授業を1歩前に〜らいざ@「楽しい」と「できる」のサイクルを回す体育授業00:401.タイトルコール04:192.本編①「いただいた質問から考えられること」06:533.本編②「今後どうしていけるといいか」01:424.まとめ・エンディングコメント感想・質問・応援メッセージを書こう Asu ka2月23日余白は放任ではない!体育嫌いにならないような体育授業、目指していきます‼️返信 うやま2月23日体育の授業では、子ども達の運動技能を高めることももちろん必要かと思いますが、それ以上に運動嫌いをつくらないようにしたいと思っています。「できるかわからないけど、とりあえずやってみよう」と誰もが思える授業にしていきたいなと思いました!返信
#433【FunCan体育とは何かシリーズ②】「楽しいの前に『やってみる』があるーー 0→1歩目のデザイン」 13分・10月19日・ 262再生AI目次体育で「やってみる」を阻む見えない壁一歩を促す条件:見通しと実行可能性一歩を促す条件:繰り返しと自己決定安心を整え本人の一歩を待つ教師の役割「0→1歩目」のデザインと継続的調整
#432【FunCan体育とは何かシリーズ①】「FunCan体育とは何か——楽しいとできる、その先へ」 12分・10月18日・ 227再生AI目次FunCan体育の根幹: 挑戦を生むサイクル楽しさ・できるを往復する授業設計「楽しい」「できる」が持つ多様な広がり子ども自身が創造する学びと「できる」運動を通じた自己理解、可能性の拡張
#431【シリーズ最終回!けテぶれサイクルが回る場づくりシリーズ⑤】「場づくりを授業にするために」 11分・10月17日・ 193再生AI目次場作りを効率化!活動への見通し「見る」から始まる仲間との関わり方変化に合わせた教師のフィードバック子ども主体!「場作り」に潜む余白先生も実践!場作りの「けテぶれ」
#430【けテぶれサイクルが回る場づくりシリーズ④】「場の中の試行錯誤から、言葉にして回すけテぶれへ」 11分・10月16日・ 252再生AI目次経験を積み重ねる初期の場作り無意識の試行錯誤と言語化の接点豊富な運動経験から「コツ」を抽出記録で深める個別の課題と次の計画自律的な学びを促す場のデザイン
#429【けテぶれサイクルが回る場づくりシリーズ③】「跳び箱の場で、自然にけテぶれが回る」 12分・10月15日・ 321再生AI目次開脚跳びだけじゃない!多様な場結果が動きを語るフィードバックの力失敗を楽しみ成長に繋げる秘訣自然に回る「けテぶれ」サイクルの場自律的な挑戦を支える教師の視点
#428【けテぶれサイクルが回る場づくりシリーズ②】「マットの場に、三本柱を入れる」 12分・10月14日・ 318再生AI目次「けテぶれ」サイクルを加速させる三本柱ろくぼく活用!段階的挑戦と選べる余白楽しさから生まれる感覚習得と場の進化制限と自由を両立!効果的な場とフィードバック自ら試したくなる「けテぶれ」場の設計
#427【けテぶれサイクルが回る場づくりシリーズ①】「体育で『け』が立たないのはなぜか」 8分・10月12日・ 423再生AI目次体育で『けテぶれ』が回らない理由『できない姿』を見られる子の心理『やってみる』を生む4つの条件とは見通しと実行可能性で踏み出す一歩失敗を恐れず選べる挑戦の場作り
#426【中学年リレーシリーズ⑤】「単元の組み方と評価」 10分・10月11日・ 308再生AI目次「楽しむ」と「記録」を両立する単元デザイン作戦を活かす!1時間の授業の流れと残し方成長を測る!評価は「縮めた幅」で見る勝ちだけじゃない!リレーで育む力とは走力関係なく全員が輝くリレー指導の極意
#425【中学年リレーシリーズ④】「走力だけで決まらない仕掛けを入れる」 10分・10月10日・ 267再生AI目次得点板めくりが拓く逆転劇順位で変化する距離:戦略の鍵ドリブル導入!役割分担と意外な勝機走力だけではない!全員が輝く競争の仕組みアンケート100%!子供たちが夢中になる理由
#424【中学年リレーシリーズ③】「バトンパスは、分けて少しずつ」 10分・10月9日・ 283再生AI目次リレーの真の価値「自己ベスト更新」バトンパス習得への段階的アプローチ記録を伸ばす走り出しのタイミングとは子どもに任せる効果的な練習設計術全員が熱中するリレーの醍醐味
体育嫌いにならないような体育授業、目指していきます‼️
「できるかわからないけど、とりあえずやってみよう」と誰もが思える授業にしていきたいなと思いました!