TOPライフスタイルくらしスナックなつこ|ご機嫌な人生と起業のつくりかた損得勘定も善意の押し付けもNO。私を守る大切な境界線23:04 6月16日 62再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次苦手な人との出会いが示す心の声都合の良い関係から距離を置く選択善意という名の押し付けの正体自分を守る「心地よい境界線」の引き方嫌なことの先に広がる理想の人生AI文字起こし(β版) # 自分が嫌な人・嫌なものが見せてくれる世界 スナックな机へようこそ。今日もご機嫌な人生と企業の作り方をお話ししていきたいと思います。 皆さん、えー、だいぶサボりましたね、今回もね。 いやーでもなんかほんとに、一度やらなくなると続けてきたことっていくらでもやらなくできるなっていうのを 改めて今回感じた、えー、まあそんな出張期間でございました。 でまあ、あの、でも出張期間中にはほんとに、この人の話聞いてみたいなみたいな人に直撃インタビューさせていただいて 何回かね、アップさせていただいたんですけども、今回ドイツから収録というのは今日が第一回目となります。 こっからちょっとまたね、挽回していきたいと思ってますんで、ちょっとだけ期待していてください。 で、いやほんと今回の日本旅行、えーと、1ヶ月弱だったんですけど、うん、今回も楽しかったですね、あっという間だった。 いやなんかほんとに老けたなーと思うのが、いつか、私たぶん2018年ぐらいから日本にちょこちょこ帰り続けてきてると思うんですけど、コロナ禍を除いてね。 でもやっぱり思うのが、なんかその1ヶ月間とか、まあ2週間とかしか帰れなかった時もあったと思うんだけど、 そのなんか過ぎていく、時間が過ぎていく、そのなんだろう、こう、感覚がすごく早くなってるなーって気がしますね。 で、なんか今回ちょっと、まあいつもそうなんですけど、やっぱ帰国後めっちゃ疲れます、疲れます。 で、まあ多分普通にまあ時差ボケとかもあるんだと思うんだけど、いろいろやっぱり日本でやることって多いので、 それが終わったっていう、なんかあぶりなりにずっと出続けてる状態がなんかふっと、ね、自宅に帰って安心できる環境に私はありがたいことに暮らしているので、 それで一気に疲れは出るんだろうなっていう気はするんですけど、もうなんか1週間ぐらい結構疲れてるみたいな状態ですね。 で、なんか今日はちょっとふと思いついたときに収録させていただいてるんですけど、 あの、今日は何の話をしようかなと思っていて、で、なんだろうな、やっぱりいろんな出会いがあるんですよ、日本に行くと。 すごく、あの、ほとんどが本当にありがたい出会いだし、初めての方はもちろん何人も、何人もって方も、 数百人単位でたぶん新しい人に今回も出会えてるんで、毎回でもそんな感じなんですよね。 でもやっぱりそれだけ、自分がその人の中で露出するってどういうことかっていうと、やっぱり自分と合わない人とも出会うわけですよね。 で、私が疲れる瞬間ってどういうときかっていうと、今めっちゃ疲れてるんですけど、もちろん今言った予定が終わってふと安心するっていう瞬間もあるんですけど、 なんかやっぱり同時に、なんだろうな、人との関係の中での違和感、なんかその蓄積ってすごい疲れる。 これ想像つきますかね、みなさん。たぶんあると思うんですけど、なんかやっぱりこう、自分の心にじっくり耳を今傾けようと思っていて、 いつもなんていうのかな、こう休むんですけど、休んでるときに自分の心の声を聞かないっていうことをずっとやってきたのね。 私は今はそれをやめていて、きちんと自分に向き合うっていう時間をすごい大事にしてるんですけど、日々。 その中でやっぱり今回、私ってやっぱりこれがめっちゃ嫌だって思ったことを、ちょっと言語化けをしてみようと思います。 なんかすごいやっぱりもやもや、新しい人とか、昔から知ってる人もそうなんですけど、 やっぱり会ったときに、私は今その違和感をめっちゃ大事にしてるのね。 なんだろう、昔は、なんだろう、誰かと会ってるときとかで違和感を感じたときって、 自分が、なんだろう、そういう風に感じてしまう習性があるから、自分が悪いんだと思って、その自分の違和感にすごい蓋をした。 今はその違和感、私との違和感を感じられている自分がすごいクリアな状態なんですよね。 だからそこに違和感を感じるっていうことは何かがあるっていう風に考えるようにしてるのね。 その時の自分の感情の入れってあると思うんですよ、違和感と同時に。 その感情の入れもすごく大事にしてるんですよ。 じゃあどんな人に対してってところをちょっとお話ししていきたいんですけど、 まずは、すっごい分かりやすいのは、多分皆さんもそれは嫌だよねって思うと思うんですけど、 まず、ある意味プチインフルエンサーみたいな立ち位置になるじゃないですか、やりたいことに。 ありがたいのかちょっと私も分からないんですけど正直。 なんですけど、そういう風に、というか私は自分はそういうのを思ってないけど、 そういう風に思われてくれる、思われるっていうことがあるんですよね。 なったときに、私を集客するように都合よく扱いたいっていう人が集まってくる。 で、それは結構分かれるんですよ。 で、多分それは、自分が集客ツールになったことがある人は多分本当に分かると思う。 で、なんていうのかな、笑顔でフレンドリーに近づいてきていながら、 すごい私のことを褒めてくださったりとかいろいろ言ってくるんだけど、 その背後に、なんていうのかな、本音が見えてくるというか。 なので、すごい熱心にいろんなことを誘ってくれる人もいますし、 でも結局、その場では気づかないこととかもあるわけですよね。 で、蓋を開けてみたら、相手のビジネスの宣伝にしかなってないみたいな。 で、私は結構好き嫌いなく、とりあえずやってみようみたいなマインドでずっといたんだけど、 それがやっぱり明らかっていう時は、今は絶対断るっていう風にしてますね。 そう、だし、なんていうのかな、ただ断るだけではなくて、 じゃあその人が望んでる形で集客のお手伝いができなかったとしても、 例えばその断る時に一言その人に、 この人はきっとこういう風になってくれたらいいんじゃないかなって思うことを添えるとか、 なんかやり方はあると思って、ただノーっていうものを突きつけるだけではなくてね。 っていう感じですかね。 自分が、私は今でもそうなんだけど、自分が人に役に立つっていうことは喜びではあるんですよね。 だけど、それを自分を犠牲にしてまでやるっていうことはもうやめてるので、 たぶんそれは動いてしまう。心が動いてしまうってことはあるので、 なんかじゃあその動いてしまう自分をある意味眺めるっていう意味でも、 じゃあ例えばなんだろう、その人が望むような形でお答えできなかったとしたとしても、 自分が落ち着けるようになるにはどうしたらいいかっていう風に考えてやってます。 だからなんか、なんだろう、本当に自己犠牲、私いくらでもできちゃうタイプなんで、 これを聞いてる人で、そういう風な生き方を、私と同じような生き方をしてきた人は、 なんかそういう風に自分をなだめるにはどうしたらいい、結局やっぱり罪悪感とか出てくるわけじゃないですか。 私は今はないんだけどね、正直。 だけど、100%じゃないって生きれるかっていうとそうではないから、 そういう自分に対して大丈夫だよって言ってあげられるようなぐらいまでの貢献はどのくらいできるだろうかっていうのを考えてみてもいいかなと思います。 で、2つ目は、なんだろう、私が仕事でうまくいってるとか、輝いてる時だけ、 すごい調子よく都合よく寄り添ってくる人っているんですけど、それもめちゃくちゃ苦手です。 で、なんか、私がピンチの時にシュワシュワ引くように人ってすごい離れていったんですよね。 それが去年だったんですけど、 自分にとってメリットがある時だけ関係を維持しようとする人ってやっぱりいるんですよ。 それってやっぱり人間関係をその感情だけで測っている人たち、 そういう姿勢を見た時に、この人たちは絶対に心の深くつながった状態では絆はつなげられないなっていうのはわかるじゃないですか。 そう、だからなんか、もし今起業家として、もしくは人生の中で、 自分が結構種底にいる状態だったとして、 で、その周りにそれでもまだ残ってくれてる人たちがいて、 で、あなた自身を見てくれる人だよね。 なんかその、谷底にいるか、今雲の上にいるかは別として、 それを超えて、あなた自身を見てくれて大事にしてくれてる人っていうのを大事にできたらいいんじゃないかなって思います。 そこに温かい血の通った人間らしい交流があるか、絆があるか、関係があるかってすごく大事だと思っています。 あとは、結構だから私忙しい人生を送ってる方だと思うんですよ。 やりたいことをとにかく全部やるって決めてるんで。 そうすると、結局DMとかメッセージをいただいてても返信できないことってよくあるんですよ。 しかも一度も出会ったことがないのに、メッセージめちゃくちゃくれる人がいるのに。 でもこれって、多分これって自分が多分体験しないと理解できないことなんじゃないかなって思うんだけど、 すごい気軽に友達のようにDMめちゃくちゃくれる人がいるんですよ。 それは別にいいんだけど気軽さっていうところでは。 でもなんか、やっぱりそれを延々とすごい超速球のキャッチボール、 キャッチボールっていうかもうただコミュニケーションなんで、コミュニケーションとキャッチボールって言われますけど、 ただの与えられ続ける球を投げ続けられると受け止める側のエネルギーってどんどん奪えるじゃないですか。 心理的安全性が保てない関係って長続きしないと思うし、 なんか、なんていうのかな、本当に奪われるだけの関係ってそこに何かが生まれるとは私は思ってないんですよね。 そう。でなんか、そういう人に限って勝手に切れ出すとかっていうことがよくあるなって思っていて、 これ別につい最近起きたこととかではなく、本当に長年勝手にめちゃくちゃDMしてくる人がいて、 いるんですよすっごい。多分他の私以外の人にも、 インスタとか見ててもそうだし、他のインフルエンサーの友達とかと話しててもみんなすごい言ってて、 勝手にDMしてきてめちゃくちゃ。勝手に切れ出してみたいな。 なんか、なんだろうな、いやすごい怖いですね正直。 だからなんか、私がDM来た時に開いたり見たりすることがあるんですけど、 なんか会ったこともない人とやっぱりそういう関係を作るってすごく難しいと思うし、 DMだけでね。そう。でなんかそこに対して勝手な、なんだろう、 この人はこういう人だみたいな情報を貼り付けるって相当失礼なことだと思うよ、私はね。 っていうか、他のインフルエンサーとかの話聞いたら本当に怒り込み上げると思うし、 なんかそれができるってすごいことだよなって逆に、 あ、これ別に皮肉ですよって思うっていうか。そう。 なんでまあ、これも私は大嫌いなタイプの人の一人ですね。 あとは、会ってる時はニコニコしてていい子ちゃんなのに、 見えないところでは平気で誰かの文句を言う人っているじゃないですか。 これでなんか小学生の時からいた、私はクラスの知り合いにいたんだけど、 なんかそれを、別に年齢関係ないけど、 実際にまだやってる人とかっていうのはやっぱりいるわけですよ。 大人になってもおばちゃんになってもみたいな。 なんかその裏表のある二面性を垣間見てしまった時に、 すっごいその人不信にはなりますよね。 っていうので、本当に世の中本当にいろんな人いるよなっていうのを、 また今回日本帰国した時に楽にさせられたというか、 結構ここまでは痛いほどは彼と深く共感してくださる方も多いんじゃないかなと思うんですけど、 でもなんだろうな、私が多分今一番厄介だと感じてて、 親子ご対応に困るっていうのがもう1タイプいるんですよ。 ちょっとこれ次のセクションで長くなったのをお話しします。 # 「自分らしい生き方」のヒントが、必ず隠れている で、一番私が苦手だなぁって思うのは 悪意全くない100%善意の押し付けなんですよね。 特に自分の好みを一方的に押し付けてくるっていうのはすごい嫌で これって私いつも言っているつもりなんですけど、相手が望んでいない提案は暴力だよねっていう話で それに近いかなと思うんですけど 日本ってお土産文化があるじゃないですか。多分これはすごい分かりやすい意味じゃないかなと思ってて 私はドイツにお土産文化がないので、すごい感動するんですよ。 会った時に、松子さんこれどうぞみたいな感じでいただくことがすごいあって で、めちゃくちゃ嬉しいんだけど、それと同時に押し付けられるっていうことはすごい私は嫌なのに 自由にでいきたいんですよ。そう、自由にでいきたい。 で、なんかその時に、お土産で私欲しいものをもらうことがすごいよくあったのね。 今回はなかった。ありがたいなと思った、本当に。 あと和菓子大っ嫌いなの。で、欲しいものめっちゃ大っ嫌いなの。 で、なんか見ただけで私食欲が多分激減するぐらい嫌いなんですよ、多分。 なんていうかな?体がね、ほっとけつけないのね。 だからなんか、なんだろう、こんなに食べ物のことで嫌いって思う食べ物ってある?って私は思ってなかったんだけど 自分に正直に生きるようになってから、結構それが体で反応が出るようになってきたというか だからすごい健全だと私は思ってるんだけど その相手の理由はドイツで暮らしてるから日本の味が恋しくてなかなか手に入らないでしょうっていう 相手なりの優しい気遣いの理由なんだけど もう私は本当にそれが暴力でしかないと思ってるっていう そういうことじゃないですか? 別になんか本当に日本のそんな欲しいものがあったら自分で買うし なんかそれを食べろって言われて目の前で食べさせられるっていうこととかもあったんだけど 虐待ですか?みたいな でもなんか当時は本当に自分に正直じゃなかったし、多分ね そういう相手の気持ちは一番優先しようっていう生き方をしてたから だから余計だと思う。余計すっごい抵抗感が出て 今はそれをもらったら私ごめん食べないし嫌いだからって多分普通に断れると思うんですよ そう だけど、なんかやっぱりそういうことを平気でやってくる人がいる やってきちゃう人がいる っていうのはすっごい私が嫌な人タイプですね なんかなんか、でもそれって本当に何だろう あの、善意じゃないですか向こうは だからこそ余計に嫌なというか いやもう本当、何だろう 海外在住だから私が嬉しいに違いないというこの思い込み こんな恐ろしいものないっすっていう、本当 なんかだから何だろう お土産もすごい大変だよなってすごい私ももうドイツから持ってくるんだけど でも私なんかお土産あげる人って限られてて なぜかというと だってその人にその人がもらって嫌なものをあげたら 30人も40人もロスじゃないですか それがもしかしたら最悪捨てられるかもしれないわけ 私だって基本全部あげたいけど あげれない時だって捨てるしかないっていう選択肢もあるわけですよね もちろんもらった欲しいものとか全然パッケージとかに入ってたりするから 他の人に食べたいっていう人にあげるけど でもなんかそれも多分気持ちのもらって 向こうは私がもらったっていう事実だけで喜んでるのかもしれないけど 私からしてみたら多分その人とはもう二度と会いたくないぐらいな 経験になってしまう可能性もあるわけですし もし最悪捨てるってことになった場合は本当ロスじゃないですかね なんかそういう循環を私自身は作りたくないと思うから その好きなものを知ってる人に好きなものを渡すっていうのを必ずやってるんですよ そうなんかそれができた時に やっぱり相手との関係性って深くなっていくと思ってるんで そんな感じかな なんか今日は取り留めもない話になっちゃいましたけど でもなんかやっぱりそれってどこから来るかなって思うと やっぱりどの私が苦手だなって思う人の特徴って やっぱりどの人も相手のことをやっぱり考えられない人だと思っていて でなんか相手のことをこう 私は結構こうすごい大雑把な人間じゃないですか 考えないと思う人はいると思うんだけど 私はねなんかねどういうタイプかっていうと すごいねその人のエネルギーとかを こうエンパシーみたいな感じで受け取っちゃうタイプの人間なんだよね だからその人の立場に立ってその人の苦しみとか辛さとか 喜びもそうなんだけどポジティブな部分も結構ね同調できるタイプなんだよね だから頭で考える部分ではないんだけど なんかすごく心でその人自身になってしまえる 多分これって一つの才能だと思うんだけど っていう側面はあるのね なので結構まあいろいろ考えたりしますよその人のこと 大事な人であればあることね でもお土産を渡す相手ってそういう人だと思うんで なんかそこにセンサーがあるってすごく大事なことではないかなって思ってます なんか日々の違和感を今までは私が我慢すれば丸く収まるからって思ってたけど なんかそれを波数は立てないように無理に付き合い続けていくっていうこと自体が もう自分らしさとか大切な生きるエネルギーが それを取られていくようなそういう行為だと思うんですよね だから私はこれはもうやめようとはっきりと決意したっていう感じですね その特感所で近づいてくる人とか無自覚に善意を押し付ける人とか 罪悪感を持たずにそっと静かにでも確実に距離を置く 自分を守るための心地よい境界線をしっかり引いていく っていうことをすっごく大事に今してるんだなっていうのを なんか改めて今回感じさせていただくような旅になったなと思っています だからまあすごくありがたいポジティブだよね できてるな私っていう こういうなんか人間関係のノイズが減っていくと 仕事のパフォーマンスはもちろん上がるし 幸福度のレベルもすっごい上がっていくし なんか自分にとっての快か不快がはっきり分かっていると いろんな人生の中での決断に対する迷いがなくなりますよね だしなんか嫌なものってすごい引っ張られると思う でも嫌なものを嫌だってちゃんと表明していくとか それを相手に理解してもらうとかっていうことができるからこそ 心地いい人間関係ができていくわけじゃないですか だってそれが嫌だって言った時に離れていく人は絶対いるからね でもそれが離れていく人っていうのは 多分その嫌なを理解しないっていう人だから 嫌なをアクセプトしてくれないっていう人だから それはあなたと一緒にいても あなたが幸せになるってことは絶対ないじゃないですか っていうことですよね だから嫌を避けることは イコール自分らしい環境、人生を作っていく もう間違いなく大事な土台になっていくっていう考え方なんですよ なのでなんかすごい違和感をまず大事にする 波長の合う合わない人とは たとえお客様とかだったとしても お付き合いしていかないっていうのはすごく大事だと思う だからなんかそこに引っ張られていかない いい自分をきちんと安心安心な自分っていうのを 安全安心な場だよね を用意してあげるっていう感じですかね なのでまあ境界線を引くっていうのは 相手を攻撃することでは全然ないし あなたはそう思うのね でも私はこう行きたいのっていう お互いの違いを認め合った上での 自立した大人のスタンスだと思ってますので なんかその境界線を引く自分に対して 必要以上に自分を責めたりとか 悩んだりする必要もないと思います 合わないものは合わないと 笑顔でスルーする強さを持つ なんか私がそれは身をもって学んだ しなやかに幸せに生き抜いていくための 知恵だと思ってます 自分を擦り減らさないための 大切な自己防衛ですよね ということで まあ冷たい人間だと思われるかなって 怖くなることは全然なくって むしろなんかそこで無理して 最終的に結局うまくいかないわけだから 何よりかは全然確かな温かさが 自分の周りにも残っていくかなと思います ぜひ皆さんも自分の中で 嫌だなって思うことを ノートとペン用紙でもって書き出していって なんかそこに本当にあなたが この人生で大切にしたいものって 何なのかなっていう 自分らしい生き方のヒントが 絶対隠されているので それを見ていくような そういう自分と静かに向き合う時間を 持ってくださったら いいんじゃないかなと思っています では今日はこれにて スナック夏講習を終了したいと思います 長年さんまたのお越しをお待ちしております ではでは もっと見るスナックなつこ|ご機嫌な人生と起業のつくりかたドイツ在住・レムケなつこ13:081.自分が嫌な人・嫌なものが見せてくれる世界09:572.「自分らしい生き方」のヒントが、必ず隠れているコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 山本淳平6月16日「仕事が出来なくなったらその人の価値は無くなるのか?」と自問自答したことが私にもよくありました。私の結論は「変わらない」です。「肩書き」や「財産」はその人自身とは別物だと私は考えています。「善意の押し付け」も、つい昨日私自身がこれを経験しました。簡単に言うと私の家の果樹園の木を「そこは切らないでほしかった」という感じで切られてしまいました。相手は年長者で農作業に長けていて、「こう対応したら相手も喜ぶだろう」と考えたのでしょうけれど、私の意思も尊重してほしかったと思います。1返信
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と自問自答したことが私にもよくありました。
私の結論は「変わらない」です。
「肩書き」や「財産」はその人自身とは別物だと私は考えています。
「善意の押し付け」も、つい昨日私自身がこれを経験しました。
簡単に言うと私の家の果樹園の木を「そこは切らないでほしかった」
という感じで切られてしまいました。
相手は年長者で農作業に長けていて、
「こう対応したら相手も喜ぶだろう」と考えたのでしょうけれど、
私の意思も尊重してほしかったと思います。