TOPトーク専門家リベラルアーツ探究実践Radio【対談】近内悠太×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#21:00:00 2月12日 129再生 問題を報告する 再生する シェアする 出版記念企画第2弾はお馴染み近内悠太氏。「AIについて騒ぐ人たちの意味が分からない」という近内氏。さていったいそれはなぜなのか!? お楽しみに頂ければ幸いです。AI目次近内悠太がAI利用に抱く本音AI化が進むからこそ回帰する古き良きもの本が語る「迷宮」としての読書体験教育現場に欠ける「愉快さ」の正体日本語が持つ「自在性」の可能性AI文字起こし(β版) # 【対談】近内悠太×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#2 はい、というわけで始まりましたけれども 何ですか?それはエイミーは? いや、急に始まった 急に始まりますよ ヤハギです チカウチです お疲れ様です。乾杯 というわけでね、もう年末ですよ リスナーの皆さんもね 年末、忙しい方が多いかなという風に思いますけども やっぱりチーザンもバタバタしてますね、末 もう、締め切りが 締め切りに追われる まじで年末年始になっている 作家先生ですね 結構、豪の剣で来る編集者の方とかいらっしゃいます? いや、むしろ僕が締め切りの破り方を豪の剣を作ったら なるほどね なるよね やっぱり僕は締め切りを過ぎてからが強いっていうのがあって なるほど 締め切りを過ぎないと描けないですよね というわけでですね、今日はですね AI時代のリベラルアーツを考えるラジオと題しまして 私の新しい本ですね 正解のない教室 これから何を学ぶべきか出版記念放送 をさせていただきたいと思っております というわけでですね どうですか、チーザンの周りでもAIAI言ってます?皆さん うーん、なんか そんな、なんでみんなそんな言うんだろうっていう なるほど、なるほど その辺から意味がわからない 意味のわからなさを今日はね 深掘っていければなと思いますけども 何が意味がわかんないですか? 何が不安なんですか? それな、何が不安なんですかってね 多分僕ってほら 自分のこのキャラ込みで 本だったり授業だったりトークイベントだったりがあるから だいたいされないと思ってるんだけどっていう 重要なのはキャラってことですか? キャラっていうのはひとつね 大体的な機能ではないわけですけどね キャラクターっていうのは いいですね、キャラクターは機能ではないと でも一方で最近 若い人たちの中で AI使ってる人たちと話すと うちのAIは?うちのチャッピーは?みたいなね 何を食わせてるかによってだいぶ? うちのっていう表現をよく聞くようになってきたので これってキャラとは言えないんですかね みんなそれ食わせて何をやってるんですか? 何を吐き出させてるの? どう使ってるの?そもそも でもやっぱり一番多いのは 悩み相談とか調べ物の補助とか 中高生でいうと やっぱり宿題の答えを聞く人が多いっていうのは 今問題にはなっているけれども 普通に日常会話をしてる人も多いよね そうか、やっぱだから 執筆とか着地点最後のアウトプットが 執筆とか文章になると 僕はジェミニーだけど ジェミニー聞いても 元の文献にたどり着かれると意味ないからな 風雲ぐらいの アウトラインとしてはなるほどそういう議論なのねとか このキーワードが出てくる 読みやすい参考文献あるとかは聞くけど 結局最後自分で足を使うというか 結局本に行かないと っていうのって 無くなるはしないんじゃないかなと思ってて ちゃんと書くって 最近ジェミニー3もそうだし チャットGPDもアップデートして プロンプトの文字数が結構ね 長文読めるようになったりだとか 参照文献のね ボリュームが変わったりとかしましたけれども 1000文字の文章を チャットGPDだとかSSAI使って小説書いてる人が 1000文字の文章を書くのに 2万文字とかそれ以上プロンプトを組むみたいな それって結構リアルな話だなと思う 絵とかもそう 画像もそうだと思うんだけども 結局詳細のプロンプトをどれだけ 組むことができるかで アウトプットが変わってくるんだけども 思い通りにやろうと思ったら 結局自分がやるよりも 例えば優秀なアシスタントに ゴーストライターをやらせると思った時に 自分がこういう物語を書きたいんだよ それをお前書いてくれって言って 上手く書けるかって書けないですよね やっぱ説明が本文よりも長くなるっていうのは 当然起こりうることで そう考えると 例えばキャラクターというか しんぜんびんもそうだと思うけども その人がそれを書いたらどうなるのっていう ターゲティングだけじゃなくて こっちのキャラクターも考えた時に SSAIっていうものが果たして 効率がいいのかどうかっていう話になると思うんだよ そもそもコスパを良くするために タイパーを良くするためにとか そのためだけにAIを使うと 自分の能力が上がらないと思うんだよね 事務時間は減るからいいのかもしれないけども クリエイティブな使い方としては 壁打ちなのかもしれないし 壁打ちは脳内でできるじゃないですか でも脳内と同じこと言ってきます? あんま聞いたことない あんま僕、俺より頭悪いからと思ってるから AIが壁にならないと思ってるかな 自分を自動した方が全然効率ないっていう あんまり煮詰まっていくって感覚がなくて ちゃんと自分の頭で考えて先に進んでいくから 僕がAIの使い方を分かってないだけでもかも 分かんないけど 必要じゃないんですよ どの場面に メール返す時のこの文章を もうちょっと大人っぽくビジネスっぽく もうちょっと綺麗にしてとかはたまにやるけど そもそも別に 最近事務的なメールをそっけなく アホと思われても こいつビジネスマナーになってないなと思われても それで仕事こなくなるぐらいなら別にいいやと思って 適当にメール返したりしてて 必要性が みんなどこでどう使ってるの? 全く必要ないっていうけど ハラリー氏と同じですね ハラリー氏も全く必要がないと どこで使うんだ?あんなもんみたいな 危険だからとりあえず 超知能の開発やめよっていう 全然市民のコンセンスは取れてないでしょ っていうところでの意見だけれど それも西洋的だなと思うんですよね 一心強の匂いがするというか 僕 AIがどれほど発展しても 僕らがついていけなくて 割とオールドメディアというか オールドスクールなものに戻ってく気がしていて 例えばヤフミさん 我々もやったけど 文振りなんてめちゃくちゃローテクというか なんていうのかな オールドファッションの グッドオールドファッションというか 古き良き 古いからある明確な文化的な形態なわけじゃないですか それに対する我々の熱狂って AIと関係ないじゃないですか それを生産するときの 諸々がちょっと効率化されるがあっても あそこに自分で500部担いでいって どうですかとか話をして売って これ買いますという熱狂って あれAIと関係ないじゃないですか そうね まさにそうなんだ 文振りみたいなものに 今注目が集まってきていて これだけのAI社会だからこそ 今年文振りは過去最高の動員だったという話ですけど やっぱさ ああいう市場というか活気のある場所 っていうのが日常の中で見えなくなっているから 僕言ってはいないけど想像するだけだけど 文振り行くと 身内がいっぱいいるっていうか 同士がいるって感じなんでしょうね 同士なんだよ 同じ動きで同じように売ったり やり取りしたりで ブースがあってみたいな感じ 結局書きたいことを書く やりたいことをやる 売れるか売れないかその先にあるんですよ それで買ってくれる人がいたら嬉しいし でもとにかく自分が作りたいものを作って そこに出してるんだ っていうところで 一つ段階がクリアしてる これ商業出版で絶対やらせてくれない スタイルなわけですよ 営業がそれはノーというのでとか タイトル一つですら自由に通らない世界だから そういう風に考えると文振りみたいなものって 根源だよね 自分の探求 自分がやってること 自分が熱狂してること 自分が伝えたいこと っていうものを形にして 誰かと繋がるのを待つっていう 行動活動 それはその前にも話した 本森のりながらもそうだし 勝手な人たちが自分の 食い口は自分でプロフェッショナルとして 何かでやってて お金を貯めて 自分が好きな研究をして それでやっていく 今これアカデミックの世界でもないじゃないですか アカデミックの世界でも この研究はこのように社会に繋がっていくんですよ ってことを提示しなければ 研究費が降りてこない ところで 何だか分かんないんだけども この研究が楽しいんですよとか 分かんないけど意味があると思うんです っていう風にやってる人たちには お金が降りてこないわけですよ じゃあ インディペンデントとか インディーズとは何ぞやっていうところが 今明確に見えてきたなっていうのは 割とAIの反動なのかなって気がする 企画化されない ゴツゴツザラザラしたものっていうものを 多分僕らは絶対戻っていくというか 最近だってほらもうさ SNSが宣伝とか告知に向かなくなったみたいな アルゴリズムが だってメタ? Facebookが今実験的にやってるらしいけど 月に2つ 無料アカウントだと月に2つまでしか リンク貼らせないみたいな 告知に使えねえじゃんなった瞬間に どうなるかっていうと 意外と雑誌がもう1回復刻するとか あり得るんじゃねえかな 雑誌はねあると思う ポータルサイトとか ここに行って情報を それこそ駅のさ ここにあった掲示板みたいな XYZって書く黒板みたいな ここに行けば情報が取れるみたいな プラットフォームみたいなものが 何かね オンラインではないものとして 何か出てくる気がしていて 意外と人類そこに戻るの早かったなと思って 僕はそこに回帰する だから90年代ぐらいに残ってた何か 我々が人と繋がるとか 喜びを共有するみたいな形のものに 2030年までに これもう1回復刻するの?みたいな プラットフォームが何か出てくる気がしていて れきさん雑誌はあるかと思ったのはどういう? やっぱり雑誌の編集っていうものって セレンディピティがあるし あるんだけどもテーマ性があるし 信頼もあるじゃないですか 編集者の色が色濃く出るっていう 新聞の方が出にくいんだよ もっと日本の場合特に全国誌みたいなものが 主流なので テーマ性があんまりない 新聞というメディアはきついけど 雑誌というメディアは俺いける気がする この切り口の雑誌を こう作ってる人たちが 出してくるセレンディピティ 楽しいというか ヒットする可能性が結構高いセレンディピティじゃん 何回か見てて すごい良い出会いがあった 良い情報に出会えたという雑誌って ここから先も そういうのに出会わせてくれる可能性が高いというか だいぶ前から言ってたけど 結局ここからは情報の キュレーションみたいな人に信頼が キュレーターが それをちゃんと選別して配置できる人が 編集ですよねそういう意味で これからの時代は重要だった時に 意外とそれがネットの媒体じゃなくて 紙媒体になる気がしてみて 紙とか具体的な場所みたいな 物感 はいはいはいはい だってインスタとか見てるの 使えません情報とか 僕インスタ見ないから分かんないんだけど ずっと俺なんか カルディで新商品おすすめ 無印良品 今買うべきトップ8とか 頑張って見るんだけど 使えるな これ雑誌やってくれたら楽なんだけどなと思って そうね雑誌の方が見る気になるね 使えない カルディの今の カルディの 買うべき商品5000円みたいな方が 使えない気がする ネットだとすっごい疲れるんですよ それを見ると そんなこともひっくるめてね この時代にはリベラルアーツが もう一度必要ですよ ということで 作った本なわけですけれども どうですかチーさん この本をバーッと見て こんなことを思ったとか ここが目に留まったとか ヤギさんこれ 読者に何回通読してもらうつもりで 作りました わりと断ることに 見てくれたらいいなと思って 少なくとも通読 5回は通読できると思うんですよね プラットフォームになればいいな で作ってるから 何回も返ってきてほしいんですよね 別に最初から最後まで っていう通しっていうよりは それよりもあそこに何か書いてあったよな ぐらいで ちょっともう一回 そこだけ読み直してみて もちろん通読したら このように思考が動く みたいなことだとか 設計して作ってるんだけれども でも別に飛び飛びでもいいし どっから読んでくれても 大丈夫なようにも作っているし 前の本の方がもっとトリッキーだったんですよ この 単行本の方が 物理的な でもトリッキーに過ぎて 読みやすさで言ったら 画前今回の本の方が読みやすいと思うんです リニアですよね そうリニアなの 一本道というか 右から左へちゃんと目が追ってける そして上から下 右から左上から下っていう流れがあって 前の単行本の方が 見た瞬間に目のいろんな風に動かせる っていうのがあって 今度リニアまっすぐですよね これはやっぱり まっすぐにしただけで 全然違うんですよね だから通読っていう意識が前の本よりある ありますあります 結局授業とかやってても 同じテキスト見てても 分かること分かんない子がいますよ みたいなことになった時に 僕もずっとそれ観察してたんだけれども 結局分かりにくい 理解してない子って 目があっちこっち飛んでて 順番に読んでないんで オーダーってロジックの上では めちゃめちゃ大事じゃないですか だから俺が読むから みんな聞いててとか言って 音読すると 一気にああそういうことかって分かってるんですよ これは音声データっていうのは 飛ばすことができなくて 必ずリニアに耳の中に入ってくるわけでね で処理されていくと だから結局順番に読める アホダンスにしたことによって 多分前よりもだいぶ 今回の方がビジネスマン向けなのよ 前の方が小中学生向けだったんだけども 多分今回の本の方が 誰でも分かりやすくなってんだろうな っていう気はしますね ナビが付いてるってわけじゃないんだけど なんていうのかな 真っ直ぐ進んでいけばいいっていうような 割とこう真っ直ぐな パッと開いた瞬間 そういう感覚がありますよね ティーさんちなみに 自分の本書く時に 何回通読してもらうつもりで書いてます? 2回は読んでもらいたいかな みたいな間を空けて 要は読んでもらって そういう見え方になって そういう見え方のもと生きてもらって 改めて読んだ時に 自分なりに読んだものが 実はそういう風に書いてなかったんだとか っていう風に 孤独してもらってても構わないけど 予備水になるというか 読んでもらって その読んだ上で生活をしてもらって 改めて見た時に 僕が書いたものと その人が生きてる生き方との差分 本に書いてあることを考えたのに 本の中にはそんなことが書かれてなかったって 結構あるじゃないですか あるね 全然違うロジックだったとか そういう差分を味わってもらいたいから 2回も読んでもらいたいかな なるほどね なんかね 前の本を出した時に 結構本読みの人だとか編集者とかが あるいは ご自分でも何冊も出してるような方から いただいた感想で目立ったのが この本読み終わる気がしないみたいな 感想をいくつかいただいた 迷宮のつもりで作ってますね そうそう 私はもう迷宮萌えなので 迷宮を作って こっから先の本は この迷宮についての解説をしていこうみたいな そういったところはあるんだけれども でもその読み終わる感 読み終わらない感をひっくるめて 身体的なもの 今回この本の後書きを書いたんですよ 文庫版の後書きを そこで 電子書籍で買った方には 非常にあれなんですけれども いかに紙の本が身体性に富んでいるのか っていう話を書いてるのね ただ一方で電子もいいところがあって 前の本って 上段と下段に分かれていたから あれPDFにしかできなかったのよ はいはいはい 小字ちっちゃくとかできない そうそう 電子の人もPDFで読むみたいな 今回は電子書籍の手でできる これで良くなったところは キーワードだとかのリンク をクリックすると 欄外のやつがウィーンって出てくる っていうのが 電子の方はできるようになったんですよ そんなことになってないんですか そうそう この本の電子版は 今までできなかった そういう読み方ができるんですよ 動くんだ 動くっていうか下から横書きで ポッって出てくる ポッって出てくるっていう話なんだけども 客注が それが電子でできたのは 僕はすごく嬉しくて 縦書きの本を読みながら 横書きのポップが出てくるっていうのは 俺がやりたかった電子の動きなんだ だいぶイメージ通り イメージ通りやってくれたなっていうのがあって 本当にこれだけ形が違くなったら 2回出した意味があるなっていうか だから別物ですよね そう全然別物ですね 是非前の本見た方も 別物だと思って読んでいただければ嬉しいですね 読んだ感覚違うと思う絶対 多くの人も 参考本版読んだ人も あれこういうことだったっけっていうぐらい 別物に見える 頭に入り方も多分解釈も変わってくると思って 今回のやつの方がストレートに 伝わりやすいかなっていうのはありますね 反元的なものもあるのかな 嘘っていうフォーマットが 反元的にやっぱりリジアにしてもらいたいって 絶対よくあると思う 間違いなくそうなんですよ これも本当に出版界の激レアケースらしくって 朝日で参考本出して日経からここが出るなんていうのは 前代未聞だって言われますね だってそもそも朝日はどっち寄りなの 日経はどっち寄りなのみたいな 思想的な問題からして逆なわけじゃない 何が起こったんですかみたいなことを よく言われますね そういう意味では そういう思想っていうものはだいぶ フラット化してきてるのかなと思う そうね、際話とか 界隈とか 界隈っていう言葉を使い出した時点で 群抜感はなんもない そうそう、界隈っていうのは境界性がない 曖昧だからこと界隈っていう言い方というわけだから バフンダリーがなくて この辺ぐらいのね あの辺の固まってるあの辺りぐらいのニュアンスしかなくて 突破性みたいなものがないのか この辺りとかあの辺りっていうのは 僕は日本の文化としてすごい大事だと思っていて 来年の抱負みたいなのとか 今年何やりましたかっていう話をした時に 僕はいつも言ってるのが 今年はポイエーシスに力を入れ始めた っていうのを言ってるわけですね テオリア、プラスクシス、ポイエーシスっていうのがあって 理論と実践と政策っていう風に 訳されるところが多い アリストテレスの頃から言われてる段階ですけども 僕はとにかく実践派なのよ 理論派じゃないから 大学とかアカデミズムの世界から ちょっと距離を置いて活動してたんですね とにかく現場主義 実践してる奴が一番 学んでいるはずだっていう しかも還元もできるはずだっていう風に考えてたので ところがね 実践って流れやすいんですよ やってる本人とか 本人の周りは非常に充実度が高かったり 満足度が高い それはそれでいいんだけども 僕がやりたいこととか変えたいことって 結構学校教育全般を変えたいだとか 日本の教育館というものをアップデートしたいだとか 割と大きい話をしているので 個人の実践だけを連発していても あんまり波及していかないっていうのが そうなった時に 物を作るということの波及度ってやっぱあるじゃないですか 音声言語から文字言語に変わった時に 一気に時を超える可能性だとか 遠くに届く可能性っていうのが出てきたのと同じで 物を作るっていうことが波及性であるとか フィードバックのフィールドを広げるということがあるなと思って 物作りに今年は力を入れ始めましたよっていうところなんだけども 物作りの中でアートももっとやっていかなきゃなと思って 音楽活動も再開したんですよ 来年早々3曲出すんですけれども 1月にまたラジオで告知させてもらいますけれども そのバンドの名前を今本邦初公開すると アラウンドノウエアっていうバンドなんですよ まさにこの辺り どこでもない辺りっていうのが アラウンドノウエアでどこでもない辺りなんだけれども ノウエアはナウヒアでもあるわけですよ それってここら辺かもしれないよね ここではないどこかへ行きたいっていうことっていうのは もう世紀末辺りからずっと言われてきたことなんだけど でもそれって青い鳥かもしれないわけで この辺とあの辺とか ここら辺とここではない辺りっていうものの境界線が もう既に曖昧になりつつあるんじゃないのかなって思っていて その辺のメッセージ性だとかその辺への着目も含めて そういう名前で活動を再開しようかなっていうところなんですけれども 今チーズさんが言ってたこの辺りっていう 界隈っていうものの崩れ方 その辺ちょっとこれからの社会学では重要になってくるかなっていう そうしますね あちこちっていうよりもそこここ そこここってまともな日本語? ちょっとここっぽい表現? いやそうでもないよ あちこちっていうよりもそこここって気づいてない 実はこの見えないところに実はあったんだよって 割と僕書き言葉でそこここにっていう風に言っていて 今言ったアラウンドノウェアみたいなものって そこここに本当はあるよみたいな ここでもあるしみたいな でも見えてないところに本当はいろんなところに含まれてるんだよ っていうような表現だと思ってて 特定できないけどあるみたいな 存在感を感じるみたいなのがありますね その曖昧なこの辺っていうところで 楔を打つためにやっぱりものを作るってすんげえ重要だなと思って それもさっきの文振りの話に戻すと 文振りってそういう字場をめっちゃ感じたわけよ チーズさんも次の文振りは出ますよね? 執筆それじゃなくて現場に そう現場に行きますよね 熱狂は見てみたいな バカみたいに並んだりはないの?入るまでに ないないない あれとは違う 今のところないと思う でも多分増えるよね今後ね 結構今回文振りの後に みんな言ってたもんね 文振り良かった 素晴らしかったみたいな いろんな人が言ってんの聞いたんですよね 結構影響力のある人たちが 本当に一つの形になっていくんだな このイベントというかこの形態が 井戸井さんとかも来てたみたいですね 絶対言ってるものまでは言わなくても ここに行ったから これちょっと買って帰りますみたいな 収集というか その喜びもきっとあるんだろうなと思って 手に入らなさとか一期一会感とか ショーロットっていうのはやっぱいいですよね 本当だからまさにネットとかによると真逆ですよね オンデマンドで吸ってくれるとかじゃなくて 今吸った分ロットが500しかないんだみたいな もしかしたらもう一回500するかもしれないですけど じゃあちょっと買ってきますみたいな 我々やっぱそういう 堕落するのも早いけど 回復するのも人間早いのだと思ってて 堕落ってわけじゃないけど これからはインターネットとAIで 人類はすごいところへ行くぜって時に 割と我々の体は正直で ちょっとそれついていけないですとか それあんま楽しくないです 疲れましたっていう 意外と素直にその揺り戻しみたいなものが もう2025年あたりで ちょっとそういうローカルアナログ ことではなく物みたいな世界へ戻っていく感じが へーと思ってて 人間の体は頭がいいなと思いながら 性への実感みたいなものが やっぱり体が物質である以上 物質に対物質として感じることというのは やっぱり全然動くクオリアが違うというかね 全然違いますよね質感がね だから多分ね 仕掛ける側、作る側というか 立て付けとかプラットフォーマー側は 多分いろんなことで 欲求とか 人間の欲求は無限だからとかいって いろんな詰め込めると思ったけど 意外と我々が簡単に 情報量でちょっとさちっちゃって もう疲れましたみたいな さっきのインスタとかもう見るの ちんどいんでみたいな っていうようになった時に じゃあどうやってでも大切なものとか 今重要な価値のある情報に アクセスしようかといったら やっぱり雑誌とかラジオとか はいはいはい ね、そうね やっぱりポッドキャストとかって 多分ね増殖しようがないと思うんですよ 喋ってる人間が生身だから そんなに無限のように コンテンツが増殖するって多分無理で でも今AIがポッドキャストを 作ってくれますからね そうなんだ それ聞いて面白いの? わかんない だから今はAIで作りましたが まだなんかすごいAIで作ったんだ っていう層が一定数いるから あれだけどもうそのうちじゃ AIが勝手にどんどんどんどん ポッドキャストをやって 増えていった時に リスナーができていくのかっていうと それは微妙っていうかないと思う なんか雑魚なコンテンツが ネット上に大量にアップされるだけ なんじゃないかなと思うんだけど 僕はだからそれの意味っていうのも 要は生身の人間がやってるものにも 効率の高い低いとかもあるし いいこと言ってるやつもいれば それはちょっと言わない方が いいんじゃないの? っていうこと言う人たちもいるし それこそ炎上系YouTuberとかもそうですけど そういうものを淘汰していくっていう 機能がAIによるそういうものの増殖に あるんじゃないかと期待して むしろクオリティが上がっていくというか 提出するっていうか 広場に置かれるコンテンツとしての 資格を満たしたものだけが通過できるみたいな そうそうそう 低クオリティなコンテンツが浮上できないような 壁になるんじゃないかなって そうねそれはアリエルというか いいかもしれないね でもやっぱりAIが 僕はやっぱりインパクトが分からない じゃあAIとは関係がない? 関係ないとして AI時代のリベラルアーツ っていうテーマに揺り戻しますけれども なんて答えます? 自分がどうなれば愉快であるかが ちゃんと分かってるでしょっていう それはじゃあAI時代であるのとないのとは 同じ? なんか愉快っていうものを みんな分かんなくなってるっぽくて なんで分かんないんですか?っていう やっぱり正しいみたいな方に行っちゃうんですか? それだから 何が面白いか分からないんですよねっていう話って 結構あるんだよね すごいなぁと思って いるんだけれども ヤギさんもほら他人事になっちゃってんじゃん 意味が分かんないんだよな なっちゃってんじゃんヤギさん それよね 意味の分からなさ 正しい正しくないは分かるんですけど 楽しい楽しくないがよく分かんないですみたいに どういう基準ですか?とか言われても 基準?何言ってるのお前は?って 出直してこいっていう ってなっちゃいますよね 困ってるんです それが教育者の中に多いから困ってるんですよ だから正しいとかこうあるべきだ言えるんだけど 何がしたいかとかどうしたら楽しいかはあんまり 分かんない きついきついきつい 先生から何を学べばいいんでしょうか? 本当に本当に 先生何か楽しそうですねって言ったらいいじゃんね そうそうそう 先生そんな好きなんですか?とか 絶対生徒興味持つきっかけじゃん そうなんですよ やばいね やばいんですよ 困ったね 困ってるんですよ私今 相談が来るの? うちの子の担任の先生が 良いところとかよく分かんない 良いところが何が良い? この子の良いところが私分かんないんです だからすごいなと思って だってなんか 想像は 俺にとっては想像もつかないというかさ だってみんな良いところあるし それを見出すのが先生の仕事だと思ってるし だからまず分からない上に なんでじゃあ先生やってんだろうっていう 疑問がすごいつくし その現場教育上よろしくないよなとか思っちゃうしね 結構ハテナがついてるんだけれども 意外に色んな人に話聞いてみると 少なくないみたい そこにだから自分の体感とか 感覚みたいなものに対する不安 みんななんでそれがあるのっていう そうそうそうそう なんかちょっとマジレスすると 僕哲学的には独我論の立場の人間なんで つまり自分の感覚だけが世界に存在して それ以外はあるかどうかが分かんないじゃんっていう 逆に言うと俺が感じたイコール 絶対正しいって思ってる それは全然俺もいいと思うんだけども 教育者って自分が正しいと思いつつも そいつはどうなんだろうって思う好奇心がないと 成り立たないと思うのよ そうでなかったら お前が正しいって言ってることを 教育の現場に持ち込まないで欲しいのね だから自分と相手というものがあって そこで対話的に何かを伝えようとしよう 相手が変わるという風に信じることって 自分が変わると信じることと同じことだから 自分は変わらんけども 相手だけ変わると思ってるんだったら それはおこがましなんです っていうすごい根本に 教育というものの根本にまつわるような ところが結構ずれてるなっていうシーンを よく見かけるのよ もちろんこれ今に始まったことじゃなくて そんなものばかり見かけてたから 僕は不登校になったんだけども そういうことを教育学部でやらんと あかんよねと思うんだよね 教育学部今 変化はあるんですかね 昔と教育課程の もちろん変化はあるんだけども 今は先生が足りなくなってるし どうしようもないから もうちょっと優遇しようみたいな方に くれちゃってて そっちじゃねえんだよみたいな ところだけども 僕の知っている教育機関 民間の教育機関やっている先生の中には 教育学部出てる人だけは採用しません と明言してる人もいる それぐらいこれからの教育にとって あんまり良い影響がないようなやり方を してるっていうふうに 判断してる人もいますよね 何かに染まってしまってるっていうか 抜け出せなくなってしまうものがあるかも っていうか もちろんだから 良い先生だっているんだけども 全体的に見たときに そういう問題が生じ始めたときは やっぱり社会の変化もそうだし 我々人間のフェーズが ちょっと変わってきた というとこもそうだと思うし AIの影響も当然あると思うしね ホモサピエンスがそんな簡単に 変わらないんですよと思ってるから AIでいくらテクノロジーがあったって 根幹の部分で人間って変われない と思ってるので これが例えば 自動車ができましたって インパクトがはるかに大きいと思ってる だって移動できない距離に 移動できるようになるとか 新幹線ができました 飛行機できました 飛行機が 一般市民も乗れるレベルになりました のがはるかに エポックメイキングだったと思ってて だって移動という 僕らの身体的に由来するものが 激変したわけ 今のAIって脳というか 知的なレベルの変化だったら 俺たち自体がそんな知的に 急に変化はしないから あるいは精神的なレベル って何も変わらないので スペックが上がったって 僕らは置いてきぼりに スペックが上がっていくだけだから なんでみんな逆に今 AIってブーブーみんな言ってるんですか ブーブーとは? ブーブーというか AIだAIだって言ってるのは やっぱり怖いんだよ だって ブラックボックスじゃない そもそも大規模語 大規模語言語モデルっていうもの自体が なんであったのかっていうのは よくよう分からない状態なわけじゃない よう分からない状態なんだけども めっちゃデータ食わせていたら なんか人間っぽい振る舞いをするようになりました っていうところから走ってるから 分からないものが 人間っぽくなった時の恐怖っていうのは すごくあると思うよ それ言うと俺やっぱり そせん画面上のテキストじゃんと思ってる 物理的な世界に何も変えてくんないじゃん こいつと思ってるから 何の興味を 単に画面上に表示されるものが 俺たちは あ、なんかそれっぽいと思ってるだけで 僕はだから あの出落された文字テキスト 言葉だと僕は思ってないのかもしれない 極端に言うと 要は中国人の部屋の話ですね 世界の内教室にも書いたんですけれども 中国人の部屋っていう 有名な思考事件があって イギリス人 漢字も中国語も一切分からない イギリス人が部屋に入っています そのイギリス人には 一つの中国語マニュアルが渡されていて 中国語でこういうふうな質問が来たら こういうふうに書いて返しなさい っていう完璧なマニュアルがある そこを仮定するわけですね 外から中国語で質問が 紙に書かれたものが入ってくると それに対して マニュアルの中から 同じ形の文字列を見つけて そう そこに書いてある回答を 書き写して返す そのマニュアルがあまりにも完璧なので 外で質問している中国人は 中に中国人が入っていて 質問に答えてくれているとしか思わないんだけれども 実際は中のイギリス人は 何にも分からず マニュアル通り動いているだけ 今のAIってそれよね だから 何をアウトプットされても 響かないよねっていうことだよね なんでそんなすごいって言うんだろう 確かにちょっとは感動したよ それとかこれっていう さっきの話で 通じるのはすげーなーと思うんだけど でもこいつテキストしか書けねーしなーと思って 動かねーしこいつみたいな それが何かに連動し始めたら ちょっとインパクトあるんだと思うね 例えばさ 身体性っていうものがテーマになっていることって 多いんだけれども 例えば今ドイツで AIを搭載したロボットの ジムが始まっていると ジムって何?どっち? タイルホールのジム? ロボットがガンガン色々物を作ったり 運動したりして そのフィードバックを みんなで共有して 少しずつ動きが良くなっていくみたいな そういうシステム 身体的フィードバックみたいなものを センサーを使ってやっているみたいなね めっちゃいいやん この間 トヨタが 新しい車椅子を開発したっていうのを 発表した これ面白い話でさ トヨタは車の会社だから 車椅子の最先端に 自分たちの技術を使おうと思って やり始めたら 車じゃダメやんってなったんだよね でタイヤを排除したんですよ 車椅子から で歩く椅子を作った で歩く椅子にしたことによって 色々良いことがあると 要は段差を普通に超えられるであるとか 車幅のところを通って 方向転換しなくても カニ歩きで横に行けるとか とにかく色んなことができると それも歩いて 色んな場所を歩かせて それによるフィードバックを クラウドにアップロードして 全車椅子に フィードバックをして 全員が同じように歩くのが 上手くなっていくっていう システムを作っていると めっちゃええやん めっちゃええやんってなるよね いよいよブルーカラーの代わりも やってくれるじゃんこれでみたいな そこまでいくと 割と僕はただの文字列だとは思えない 動きが出てくるとね だから意味わかんなくて 日本人口減少でやばいとか言いながら AIも怖いって 意味わかんないじゃん 人口減少で最近 上下水道の保守点検が やってくれる人がいなくなってて それもそういう 身体を持ったエージェンシーを持ったAIが 地下の 上下水道の保守点検を センシングしながら 修復してくれるとめっちゃええやん なんで 両方怖がるのって むしろ ウィンウィンの話というか 人口減少どうするの 本当にすごいです 小学生中学生みたいな話だけど なんでそれでダメなんだろう 小学生とか中学生は 怖がってないですよ 普通に 結局 なんていうのかな 向上心がある人は 基本的に成長してたり 向上心があったりする人は AI怖いと思わないと思う サボってたりだとか 自分に自信がなかったり チートというか そう それをAIにやられちゃったら 自分が今までそれでいけてたのに 人に 持ってかれちゃう メソッドとして 情報省材じゃないけど テンパってる そうだと思うよ そういう情報省材を さっきから出すのが良くない だから僕は 淘汰されるからいいと思ってる コンテンツと一緒で AIがぐわーっと 来た時に絶対淘汰されるのよ 今までもどんな技術だって 結局そうだったわけじゃん 写真技術が登場した時に あーとか滅びたかって 滅びなかったわけでしょ 今までは写実だとか 遠近法とか重要視されてたけど 写真に敵わないと なった瞬間に アーティストが個性を出せるようになった 写真に映らないこんな表現ができるんだ 俺にはこう見えてるんだ こう表現したいんだっていうのが 価値になって アーティストは個性的になっていって 本来のアートになっていったっていうところがあるから AIもそうであるべきだな っていう風に思ってるんですよね あとヤフギさんの意味では AIがどこまで発展したら ベーシックインカムが 採用されるようになると思います 僕早く考えたな 仕事が無くなるんじゃなくていい 仕事が無くなるんじゃなくていい それが行き来ったら もちろん労働しなくても 仕事奪われたじゃなくて 仕事しなくていいってなって みんなが自分のやりたいことだけやるみたいな ベーシックインカム できるのかな いけると思うよ 労働側AIがほとんど代替してくれる みたいにならないとダメだろうけど 僕はベーシックインカムが 実現するのは今の話で言うんだったら 第一次産業だけでいいと思う 農業を AIとロボットが 自律的に 遂行が可能になったら ベーシックインカムの システムはすぐできる そこだけで十分財源というか 労働側としても確保できる 工業とか建築業だとか サービス業だとか っていうものは別にAIでできなかったとしても 全然ベーシックインカムとは 関係ないので プラスアルファの世界観だから ワンチャンも10年20年である程度 現実味を帯びてくるかもみたいな 可能不可能でいったら俺は可能になってくると思う AIが発展するなら 失態を有したところまで 持ってていただけるなら 非常に助かるんですけどね 助けるんですけどね 趣味だけなんでしょ いやそうね 全員高等遊民 そうそうそうそう 古代リリシャの 市民たちでしょ 奴隷が労働してくれて 何が恐れることがあるんですかと思ってて いいよね ブーフリーで売りたいものを売って買って めっちゃ楽しいじゃん そうね っていう感覚なんで 超知能とか言われてもありがたいじゃないですか みたいな やっぱりSFじゃないです 超知能みたいなものは 本当に出てきた時にね 人間いらねーよって なる可能性は 俺十分にあると思うからね 俺が超知能だったら 思うもんだって 全て俺たち行きたいんですけど そうね だから 大体テクノロジーって 身体を外部化してるわけですよね 電車とか車は 僕らの脚力というものを 機械に外部化したわけですか マクロハン、メディアローン マクロハンがこういう立場 全ては身体の延長で なった時に でもさ、魚介であるとかおいしいみたいなものを めんどくさいんで代わりにやってくださいなんて たまにいるじゃん え? 代わりにやってくださいではなくて 意味ないからいらないっていう人はいる あーそうね 完全栄養食事みたいな ドリンクだけ飲んで 食事なんてマジでコスパ悪いみたいな あと1日30分しか寝ないみたいな あの人たちはどこまで本気だと思ってる? 要はなんか ただの反抗期 な可能性もあるじゃん だけど本気で言ってる人も いるんじゃないかなーっていう風にも 思うのよりは やっぱあれは 効率の良いことやってるから 気持ちいいみたいな メタなレベルのドーパミンとか 出てると思う なるほど それは新鮮美の世界ってことだよね 魚介であるとか おいしいみたいなものを 外部に代替 する必要はない AIにやってもらうとか意味が分からない いやでもほら 俺らはさ自分で好きなように 新鮮美で働いてるから そんなことないけどさ 企業で仕事したりだとか 俺も企業の案件とかで コラボしたりとかいろんなことすることあるじゃない それ面白い必要あります? みたいな質問って一定数来るんだよ あーそうね それ無駄じゃないですかみたいなのとか そこはちょっとそこにお金かけてやめましょうよ それコストカットしましょうみたいな 結構平気で言うからさ すごいね 新人類じゃん って言っちゃって片付けていいのだろう 新人類ですよ そこまで虚ろなこと言われたら じゃあどうぞって言っちゃうな あーそうか 俺そう思わない どうしたもんかなと思っちゃうの うまいもん食ったことないから そういうこと言うんだろうと思って うまいものを食わせようとして ヤハゲさんが愛があるかもしれない 僕はじゃあいいやっていう 僕は僕で忙しいんだよ 僕は僕でやらなきゃいけない 俺も基本そうだよ だからそこの攻めき合いが なんか苦しい 完全に見切りつけることもできないし 完全にコミットすることもできない だからといってなんでこいつのために コミットしなければいけないんだとか もっと他に今やれることあるだろうとか 他にコミットしなきゃいけないもんだけど でももう見ちゃったから ほっておけないっていう おせっかいをしなければいけない あとくらえとも思うわけ くらえなんですよ うん でも僕年々わがままになってて 割とね人に対する興味関心が 最近なくなってくるのが 怖いなと思ってきた自分で あーそう 昔はすごい人に対して好奇心もぜんざい うん 多分ね年って疲れてきちゃう そういうこと言うなよ そういうこと言うなよ それはもうバイタリティが なんかね 自分のスペックというか 自分がやれることにかなり限りが出てきたなというか なんでもかんでも雑食で あれも食べたいこれも食べたいみたいな 奇跡 何かが減衰した気がするな なるほど エネルギーが それエネルギーが減衰したのか 例えば俺が小さいぐらいの年になった時に 突然なんか睡眠時間を取らないと きつくなってきたりだとか なんかいろいろ 体調が変わってきたりしたわけなんだけど 体調面って感じではない ではない 精神的に 元々のエネルギー そう全方位に 弾幕を張れてたのが この方向にしか弾幕が張れませんみたいな こっちからの敵はもう捨てますみたいな こっち側の味方はもう捨てざるを得ない シナックスの結合が固くなってんじゃないの その分だからさ 得意な弾幕は強くなってる そうそうそうそう オールラウンダーから スペシャリスト的な感じの方向へ 行こうとしようとしてる気はしていて なるほど これはでも多いでしょと思ってる 多いというか Tさんの思考性が元々そっちに向かってない オールラウンダーであることが 自分のアイデンティティなの やりたいことがオールラウンダーだから そうなりにくいところはあったと思う 僕はピーキーなものに そっちの方が好きだよね 絶対経験にない 全然メールとか返せないんだけど 文章書かせたらピカイチみたいな こういう尖った ステータスを持ってる 存在が僕憧れで 好きだよね それをいよいよオールラウンダーの振りをする オールラウンダーも目指しますっていうのを 頑張る体力がなくなってきてしまったのかもしれない まだそれ優先順位の話だと思う まあそうね リソース意識 DDRの残りの時間だとか もろもろ考えると 割り振りに それがかなり無意識のレベルで どっちにもいろんなところに顔を出すのは 無理だなっていう それこそイメージで言うと 熱気球が 火力が弱くなってきて 墜落しつつある時に 荷物を捨てて これは捨てるとかって なんとか高さを保つ そんな感じかな 捨てざるを得ないみたいな これを確保したままだと墜落してしまう 熱気球が墜落してしまう 火力が下がってる気がする なるほどな それ言ったら俺も火力下がってるからな 火力の下がりを 一番感じたのは 持ってる本を電子化した時ですよ あれだけ 俺は紙の本が 大事でね ずっと本と共に暮らしてきたのに もうこれは 持ちきれねぇ 量になった時に 電子化を決意したわけだけど 全部じゃないけど その時に火力が落ちたな とは思ったね なんかね 火力がそうそう そうか 気がするね とりあえず いったり来たり話してきましたけども じゃあこれからの時代の 平田アーツを一言でまとめると 知事さん的にはこれだっていうのは何ですか 他者と共に愉快でいる 技法を身につけているかどうか なるほど 多分僕が言ってる幸せ 自分が 幸福になる能力みたいなのに 非常に近い気がしますね 他者と共に 他者と共にいる能力って言うと共感とかさ いろいろあるけど 愉快に過ごす 技法 異能を持ってるかどうか 例えば他者と共に 愉快に過ごす技法って何があります 僕はやっぱ身体的動機というものが重要で 動機 やっぱり オフィスワークって身体的動機が弱いんですよね 隣でパソコンカタカタ打てても 俺たち体動きがシンクロしてるって分かんないじゃないですか 分かんない でもちょっと今からみんなでログハウスを建てるから 木をまず切り倒すのって言うと みんな同じ動きするじゃないですか みんなで合わせるじゃないですか つまり肉体労働ってものが何で重要かというと あれで身体が簡単に動機するからなんですよね はいはい分かる分かる バンド活動とかも同じだからね 結局生物の世界で合わないとずれずれちゃうからね タイミングそうなるとめっちゃ気持ちいい ってなって 仲間だなってなって 飯食いに行くぞ飲みに行くぞっていうさ 身体的動機がワンサーがぐるぐる回りだすわけです やっぱり 労働って何で 何で大事かって言うと 一緒に横でやってるとね トンカツがコンコンってリズム揃ってくる そっから多分だって漁師さんの歌とかさ 作業しながら歌があるじゃん あれ多分自然な発想で やっぱその方が 作業効率上がるとか疲れが感じなくなるとか 我々の脳のエンドロフィンが出るからだと思うんだけど 今はさ 今労働を一緒にやってても 家族も一緒にいてもさ 一緒に同じ動きしてるって感覚ないじゃないですか 全部代わりにやってくれるから だから 身体的動機っていうものの たてつけに 雑誌とかラジオとかに戻ってくると同時に 多分割と我々は 肉体労働って言い方は変だけど 身体的動機性 のものに多分 僕らは回帰していくだろうなと思っていて みんなで歌う踊るみたいな 意外とシンプルな ほぼ作業そんなに難しくないから だからそれこそ それができる時間を 作ってくれたらいいよね 今だってそんなことやってる暇ないんです 生活するために 人たちが多いな だから生活はできてるんだけど 生き延びるための 仕事はしなくていいから じゃあ俺みんなで ログハウス作りたいんだよね 週末ちょっとずつログハウス作っていこうぜみたいな そういう遊びができるようになろうとしたら めっちゃいいじゃん それなんか俺は本作りとかでまず 体現するのも 本当になんていうかな 肉体労働の後のビールが うまいみたいなのあるじゃないですか 何をやったらビールうまいんだろう 酒がうまいんだろうみたいなこと そうそう飯がうまいも やっぱりなんか 一人でなんかやってじゃないんだよね 動機っていうものの後にある 何か インプットっていうのは体の中に入ってくるものって ちょっとクオリティが変わるよね だから 今よく新体制って言われてるのは どういう意味で言ってるの AIがAIじゃなくてロボットになるとか みたいな意味の新体制 人によっていろいろ違うよね AI 文脈の人たちが言ってるのはやっぱり AIと人間の大きな違いは 身体を持って生まれてきて 言語を獲得していく 知能の前提が違う かそもそも言語から生まれたAIか っていう AIの身体は切り離すことができるけど 人間の身体は切り離すことができないから ベースとしての 我々の知能も 我々の思考も 全て体がベースよね そこが大きく違うよね そこから浄土っていう話だな っていう風になっていってるんだろうね 僕が最近新体っていうのは 共身体 共にするって書いてある 共身体とか 身体と身体の間で起こるもの よくほらね 他者を理解するとか 理解するって精神とか理性みたいなレベルじゃないですか 違うんだよ 身体がシンクロしたら意外と それが コンパクトなんだよ コンパクトなのよ ずっとそうやって生きてきたんだから 東洋の世界ではそれを完全に認知して 生きてきてたんだけども 精神・身体・二元論みたいなものが出てきて そこが 抜け落ちてしまった 本当はあり続けてるんだけども 認識として 抜けちゃったんだよね ここ最近すんごい俺は 東洋というかアジアというか ヤマトの人間なんだなと思って 身体は 僕の身体だってヤギさんの身体があるんじゃなくて ヤギさんと僕の身体が 先に関係としてあるみたいな 縁起やないかい めっちゃアジア的とかヤマト的な感じ この身体って気がしないんだよね どこにあり どの身体とともにある身体かによって パフォーマンスも変わるし 声のレベルも変わるし 奇跡・アクティビティも変わるし パフォーマンスも変わるし この身体が先にあるって 俺だいぶ間違ってるんだと思ってて どの身体とともにある身体かによって この僕の身体の出力って 全く変わるし そうなんだよ 松岡成吾はベースがあって 初めてプロフィールが立ち上がるって 言い方したんだけど その通りだなとは思う 三角形みたいな あなた・私・我・男児からの 関係性が出てくる 私が後から出てくる って感じ 身体ってみんな言ってるけど 強身体が前提だろっていう 個人というものから 僕は始まってる気がしない 個人から始まってる気がしない とてもいいですよね それは集団ですかって言うと違うんだよね 演技とか間柄とか ちなみにね Cさんは気づいてないと思うんだけど 3ページにね イントロダクションの最初の 3ページのとこにね 自由に生きるとはやることを 自分で自由自在に選択できることです 自在という言葉を加えたんですよ 単行本のときは 自由に選択できる ここに自在を入れたんですよ これはもうCさんと 対話の中で 自在よねっていう風になっていて 全部を自在にすると ぼやけちゃうので ここに1回だけ 自由自在という言葉を入れたんだけど いかに自在にしていくか 日本語話者って これからの知的な世界においても だいぶアドバンテージを持っている気がしていて 一神教由来の 価値体系からは 見えてこない 人間の大事なものっていう アニミズム的なものをちゃんと引きずった 近代国家の 人間みたいな よく言うじゃないですか 近代化が成し遂げられる国って基本的には英語圏 英語ベースの国家じゃないと無理 フィリピンとかもそうなんだけど なぜか日本語 母語のまま 一応曲がりなりにも民主化みたいな 近代化みたいなものが成し遂げられた 割と珍しい国みたいな そのくせ宗教化もごちゃ混ぜでいけるし みたいな 一神教みたいなものも理解していると同時に とてもアニミズムだったり 一神教っていうものって すごく ゴール 行き先が見えやすい 最初から否定されているところがあるから そういう意味では 見えやすい 見えやすいからバックキャスティングがしやすい AIっていうのは 現状の生成AIってめちゃめちゃ得意なんだって バックキャスティング ヨーロッパ系の人たちがテンパっているでしょ 人間はそもそも フォーキャスティングなわけで 植物的なんだよね 最終的な形が 決まっていないで育っていっている それは言語としても 英語だとか中国語の言語感 っていうのはバックキャスティング的 先に述語や動詞を言ってから 文を構成していく っていうところがあるわけで 日本語は喋りながら 実は本間さんとの対談の中でも この話になったんだけど 日本は 僕も今 喋り始めているのに述語どうするか 決めてないのに無責任で 話し始めて 話しながら小さな顔色を見ながら 反応を見ながらこういう風に喋っていこうかな 最後は述語を落とし込もうかな でも調整していくことができる 調和させていくことができるわけで この日本語を使っている文化圏 だからこその AI時代の感覚 っていうのはあると思う だからリベラルアーツをやるときに 日本流のリベラルアーツっていうものも しっかり打ち立てていかないと 西洋の方がいい みたいな話になりすぎないように もちろん古典的な西洋のリベラルアーツも 素晴らしいけれども 日本だってリベラルアーツと呼ばれてなかっただけで 知恵はあるのよ 生き延びるためのさまざまな アジアというか 日本語馬車であることのアドバンテージって こっからすっごいあるぞと思ってて 世の中の人はあんま気づいてないけど 俺もまだうまく言語化できてないけど 絶対そうなのよっていう どう考えたって日本語の方が マジカルだからね 結構割と言語としてすごいと思う すごいよね こんな柔軟で自在な言語を持っている 日本語馬車って 結構強いよって思ってて 同時性とか共時性みたいなものにも 非常に親和性が高い 日本語ってね ゆうずむげなしでこの言語って 世界のない教室発売記念 AI時代のリベラルアートを考えるラジオ 第2回 ゲストは ちーさんでしたけれども 日本語というものであるとか 結構キーワードたくさん出てきましたね またこれ教育哲学を考えるラジオに 次回また振って 改めて深めていければなというふうに思います というわけで今日は この辺で切りたいと思います お相手はヤギでした 近内でした おやすみなさい もっと見る #リベラルアーツ #近内悠太 #矢萩邦彦 リベラルアーツ探究実践Radio矢萩邦彦|ArsCombinator1:00:001.【対談】近内悠太×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#2https://kmk.jp.net/vo/コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
知窓学舎放課後職員室#11[音楽と教育] 38分・9月22日・ 39再生AI目次授業を「ライブ」と捉える教育論バンド活動で磨く多様な役割分担術パンクからバラードまで授業演出の妙「予定調和」を嫌う授業設計の真意生徒と同期する「身体化」された授業
【対談】藤田勝利×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#9 40分・9月17日・ 52再生AI目次ドラッカーが語る「経営はリベラルアーツ」の真意AI時代における学びの目的と「自由な生」への探究オンライン学習の進化と対面教育が持つ「越境性」経営に欠かせない目的設定と言語化の力の源泉AIと共存する社会で問われる「責任と信頼」の本質
【対談】松田雄馬×矢萩邦彦『正解のないAI教室』第1回 1時間1分・9月8日・ 59再生AI目次企画背景とAI教育への問題提起解像度高まるAI活用、中高生の現場AIポジティブ/ネガティブが招く格差「ファストAI」と「スローAI」の真価AI時代の創造性と責任の在り方
【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』アートとデザイン編 40分・9月8日・ 58再生AI目次パスポート写真に見る自己変容の軌跡軽視されるデザインの真価とはアートは問い、デザインは答え?“ずるい理論”が示す自己肯定感の正体アーティストとデザイナー、それぞれの哲学
近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』不可能性と豊かさ編 44分・8月11日・ 83再生AI目次「不可能性」から生まれる新しい可能性「できないこと」を知る自由と創造性AI時代の進路選択と「できない」こと日本におけるギャップイヤーの意義矛盾と不可能性が導く次なる境地
【本編】#13 「仮留め」のススメ[アジャイル] 8分・7月21日・ 125再生AI目次完璧主義の落とし穴とは?完成より「仮留め」のススメフィードバックで加速する成長アジャイル式「仮留め」実践術人生を軽やかに修正する秘訣
知窓学舎放課後職員室#10[夏休みの過ごし方] 41分・7月18日・ 108再生AI目次夏休み、子どもの成長を促す体験とは大手塾、先生たちの過酷な夏期講習の実情探究心を刺激する旅 サイコロとAIの活用法成長の鍵 留学体験と通学距離が与える影響夏休みの学習効果を高める時間帯戦略とは
【対談】中瀬幸子×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#8 39分・7月14日・ 65再生AI目次教育の「変わらない」なぜ?AIと子どもの世代間ギャップ「自分軸」育成の課題と重要性AI時代に広がる仕事と生活の自由リベラルアーツを「生きる武器」に
【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』ロゴスからパトス、エートスへ編 43分・6月23日・ 131再生AI目次放送の根源?臨場感と計画性の対話ロゴス、パトス、エートスの本質とはAI時代に欠ける「魂」の正体CD回帰から見えた人類の「回復」教師の役割と教科書の「面白さ」
【対談】佐藤雄太×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#7 58分・6月13日・ 105再生AI目次AIが変える時間の相対性とキャリア教育現場の違和感が拓く新たなキャリアAIが変えるマルチキャリアの可能性AIが変える自宅学習の未来と課題AIとリベラルアーツ:思考の本質