TOPトーク教師ユーモアは教室を救う!♯220)私には絶対真似できない学級経営17:53 10月7日 242再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次斉藤貴伯先生が創る教育世界常識破り「名人芸」の学級経営先生が何も言わない給食準備「何も教えてくれない」理想の教師像子どもを信じきる教育の真髄とは?AI文字起こし(β版) # 私には絶対真似できない学級経営① 移動したばかりの頃、学校にかかってくる電話を取ったときに、つい前の学校名を名乗ってしまいますよね。 で、おなじみ、47歳、あたたたたです。 これね、ついやっちゃいますよね。 あの、なんとか小学校の誰々ですとか言ってね。 ついつい前の学校行っちゃってね。 あっ、間違えました、みたいなね。 まあ、これはね、かなりのあるあるだと思うんですけども。 さて、今日のテーマはですね、私には絶対真似できない学級経営ということで、 これはですね、私がですね、教員生活1年目のときのお話です。 これのときはですね、私、埼玉県で臨時的任用教員として、1年間だけその学校で3年生の学級担任をしたんですね。 とにかく何が何だかわからないまま、無我夢中で過ごした1年間だったんですけれども。 で、一緒に学年を組んでいらっしゃったですね、もうあと2、3年で定年退職を迎えますよという女性の先生、学年主任の先生が、そういった先生があったんですけれども、 この方がですね、この方のことを言いたいわけじゃなくて、この方がですね、学んでいるその教育の研究会というかサークルというかそういうのがあって、 これがバックボーンにはですね、皆さんご存知かわかんないんですけれども、昔、斉藤貴伯という先生がいて、確か群馬の島小学校というところで、最後校長先生を務めて、非常にお力のある教員で、 かなり若い頃に校長になられてですね、そこでその島小学校にいらっしゃる教員を育てていって、これ本屋に行って教育所のコーナーで斉藤貴伯で調べたら出てくる、あるかな、でも結構大きい所じゃないかもしれないですけれども、大変素晴らしい先生がいらっしゃるんですけれども、 で、その方がお作りになった教育のサークルだったか、その方のお弟子さんが作った教育サークルだったか、ちょっとね、その辺の系譜は忘れましたけれども、東京にはその支部的なものでですね、東京授業研究の会っていうのがあったんですね。 斉藤貴伯先生のお弟子さんかなんかが作っている、そういうサークルがあって、で、一緒に学年を組んでいた、もうすぐ定年を迎えるという女性のベテランの先生は、東京授業研究の会で学んでいる先生だったんですね。 そういう方だったんですよ。で、私はですね、一緒に学年を組んでいる学年処理の先生を非常に私は尊敬しておりましたので、ちょっと学ばせてくださいということでですね、で、その休みの日にですね、集まりに行ってですね、で、授業の検討をしたりとかですね、 学級の経営的なもののレポートをみんなで出し合ってですね、で、なんかこうだ、ああだ、こうするといいんじゃないかみたいなね、お話をしたりなんかしたんですよね。で、その後は、斉藤貴伯先生のお弟子さんといっても、斉藤貴伯先生自体がもうずいぶん前にお亡くなりになっている先生ですけれども、そのお弟子さんで、そのお弟子さん自体ももうね、80越えてたか、 超えてないかぐらいの前後の、確かどこだったか忘れましたけど、どっかの大学の教授だか名誉教授だかなんかやられている方が顧問みたいな感じでいたんですよ。そういうとこなんですけれども。で、非常に勉強になりましたね、その授業研究の会はですね。 で、その中でも、そこで学んでいる先生の中で、高崎先生というですね、私からしたら名人芸のような学級経営をされる方がいて、私は別に教室の様子を見ていったわけではないんですけれども、聞いているだけでですね、そんな自分には絶対無理だなって思った。 思ったんですけれども、まずですね、基本的に子供を褒めるとかそういうような指導されているんですけれども、学級を作っていく、本格的に作っていく初日の話ですね。 いわゆる黄金の3日間みたいなのがあったときに、多くの学校はだいたい初日ってちょっと顔合わせしたらすぐさよならとかじゃないですか。あるいは学校によってはある程度教室に子供たちがいる時間があって教科書配って帰るとかね、せいぜいその程度じゃないですか。 だから2日目の話ですね、今から話をするのは。給食の話なんですけれども、その日4時間目が終わったら給食の準備をして、要するにその学級で初めて給食を食べる日だと想像してくださいね。 ドギモを抜かれたんですけれども、その高崎先生という方はですね、女性の方なんですけれども、この方もその時もうすでに50何歳とかで、今はもうね、とっくに退職されていると思うんですけれども、本当にすごいですよ。 4時間目の授業が終わりました。これから給食ですと。皆さんだったら、給食の準備の指導ってどうされてますってことなんですけど、ちょっとパパパパッと自分がその日の給食の準備をするにあたっての指導を思い浮かべてくださいね。思い浮かべました、なんとなく。 これね、もうすごいんですよ。ドギモを抜かれたのは。その高崎先生っていうのはですね、4時間目が終わっても、その先生はね、何もしないらしいんですよ。何もしないっていうのは文字通り何もしないんですよ。ただ、自分の教員の事務付けに座ってるところに、椅子に座ってるだけなんですよ。だから、今から給食が始まるから、こういうふうに準備しましょうねとか、一切言わないんですよ。 で、そうするとどうなります?普通は。子供たちが戸惑いますよね。で、「先生!」とか言って、「先生、あの、給食ってどうなるんですか?」とか言って、「給食の準備は?」とか言って、子供たちが先生のところに行くんですよ。 そうすると先生の、「先生、どんな開始すると思います?」子供たちに向けて。その教員の事務付けのところに、たぶんパラパラって子供たちが来るんでしょうね。それで、「先生、あの、給食の準備ってどうするんですか?」とか言って。ただね、その高崎先生はですね、「え?先生が準備するの?」って言うんですよ、いきなり。 いやいや、そうじゃなくて、「いや、先生が準備するわけじゃないですか?」とか言って。先生が、「そ、そうだよね?」とか言って。先生、準備するわけじゃないよね?とか言って。みんながやることでしょ?とか言ったら、子供たちが、「あ、あ、そ、そうですね。」とかなって。 要するに、先生、全くのノータッチなんですよ。そうすると子供たちはどうするかっていうと、「この先生、なんも役に立たねえな。」ってことですよね。先生、なんも指摘してくんねえなってなると。そうすると、子供たちが話し合って、この時間どうしようかって解決するみたいなんですよ。そういうふうに持ってくるみたいなんです。 だから、そうすると、その場で、「じゃあ、俺、薄衣着るわ。」とか、「じゃあ、俺も着るわ。」とか言って。「じゃあ、俺、とりあえず、私、ワゴン持ってこようぜ。」とかね。「じゃあ、私、これを、こういうことをするよ。」とか言って。だからね、やらざるを得ないシチュエーションなんですよね。だってこれ、もし、このままいったら給食食べれないじゃないですか、子供たち。 だから、先生が一切何も手を出さないことによって、子供たちが話し合わざるを得ない、協力せざるを得ないっていうことが、まあ、そういうシチュエーションになってるんですよね。だから、子供たちが、パパパパって言って準備をしてするんですよ。そうすると、子供たち、そのね、要するに、全部自分ごとなんですよね。だって先生、役に立たないんだから。なんもしないんだから。そうすると、もう、子供たちが自分たちで分担して動くわけですよ。 それは、その日だけじゃないんですよ。翌日も翌日も、とにかく先生は、口出ししない、何もしないんですよ。なんか、今ね、アレルギーが動くことがありますから、その辺のことに関してはね、手出しはするんでしょうけれども。だからね、面白いですよね。何も口出しをしなかったら、子供たちは協力するんですよ。自分ごとだから。誰かが何とかしてくれるじゃなくて、俺たちが何とかしないと、給食は食べれないと。 それがね、給食の準備に限らずなんですよね。その先生は、高崎先生は、とにかく口出ししないと。文字通りに口出ししない。だから、我々だとね、先生は口出ししないからね、とかってわざわざ前置きしちゃうけれども、高崎先生はそもそも何も言わないっていう感じなんですよね。皆さんすごいと思いませんか。 # 私には絶対真似できない学級経営② 先ほど、それは別に給食の準備の時だけに限らないということなんですけれども、 国語の授業の映像、物語文の授業をやっている映像は見せてもらったんですけれども、 それはですね、机がこの字型、この字型っていうか、ろの字型かな、あれはなんだかな、 そんな感じになって、それで物語をみんなで読み解いていくんですけれども、 それに関しては特に手を挙げて、先生が指名して子どもたちがその場に立って発言という授業じゃないんですよ。 子どもたちは座ったまま話し合っている授業みたいな感じなんですよ。 席を立ったりとかはしないんですけども。 一応その、検討している、なんていうのかな、物語を読み解いていく際もですね、 なんていうのかな、でもなんとなく自然とルールが確立されていて、 誰かが一人の男の子が例えば話し始めたらみんなが聞くっていうかね、 僕も意見言っていい?とか言ったら、いいよーとか言って、普通に。 形式的な感じは全然なくて、普通に自然とその場で思いついた子が、 僕も意見言っていい?とか言ったらみんながいいよーとか言って、 僕はねーとか言って、教科書のここにこんな風に書いてあるから、だからなんとかだと思ったよーとか言うんですよね。 そしたら他の子が、ああ確かにそうだねーとか言いながら、それで言うとねーとか言って、 また他の子が、別に拒否とかしないんですけど、なんか普通に会話が繋がっていくんですよね。 時々その高崎先生が交通制限みたいな感じで、 ってことはさ、つまりなんとかくんとなんとかさんが言ってたことって、こういうことだよねーとか言いながら、 じゃあさ、さっきなんとかさんが言ってたことと比べてどう?とか言って、 だからそういう交通制限くらいはするんですけども、基本的に子どもたちだけで授業が進んでいくんですよ。 これもね、本当に名人芸だと思いましたね。すごいなーと思って。 だから基本的にあんまり先生は口出ししない、先生が教えないっていう授業が貫かれてるんですよね。 ただちょっとファシリテーターみたいな感じで入る感じだし、 ただ、東京授業研究の会員の先生方の授業って大体そんな感じなんですよね。 あれはすごいなと思いましたね。私には真似できないなって思ったんですよね。 それでね、高崎先生の話で象徴的だったのがいくつかありましたが、 子どもたちにどういうふうに言われたいかっていう話でね、 高崎先生が言うには、なんか私はこういう教師でありたいんですよね、とか言って。 何かっていうと、なんか高崎先生って何も教えてくれなかったよねって子どもたちが言ってる。 それが理想なんですよねって言ってて、すごいなって思いましたよね。 なんかよくわかんない先生が結局見てるだけで何もしてくれなかったねって子どもたちが言ってる、そういう先生でありたいって言って。 だからつまりは、これわかりませんけれども真意のほどはきっと、 子どもたちが心の底から自分たちで学ぶことができたって本気で思ってるからだと思うんですよね。 だから先生が何も教えてくれなかったよねって言えちゃうんだと思うんですよね。 なんかそれは不親切とか授業の教え方が悪いとかじゃなくって、心の底から自分たちで楽器を成立させてたって思えるから、 だからそういう発言が子どもたちから出るっていう。 でも実際に子どもたちからもそういう発言が出るらしいんですよね。 なんか何も教えてくれないんですよ、高崎先生はみたいな。 すごいなと思いましたよね。 何度も最初の話に戻りますけれども、休職の準備を初めてする日にそんなリスク高くてできます。 学系がぐちゃぐちゃになったらどうしようと思ってやっぱり自分なりのシステムを作って子どもたちに教え込んじゃいますよね。 私、いつかはやってみたいなとは思いますけれども、いきなり4時間目終わって先生何にもしないって。 子どもたちが焦る。先生、休職はどうするの? え、先生が準備するの?いやいや、そうじゃないけどって。 こんな指導できたらいいですよね。 やっぱり当事者一式なんだろうなって子どもたちが自分たちがやらなかったら誰もやってくれないっていうシチュエーションであるからたくましくなるんだなって。 頭使うんだな、協力できるんだなって思った次第ですね。 それで、いつだったかね、私はですね、その高崎先生に聞いたんですよね。 高崎先生がそういう完全な子ども主体の授業とか学級経営、というかその初日の休職の準備、一切手出ししないで子どもたちがっていうのって、 あれって何年目くらいからああいうことができるようになったんですか?って言ったら、もうね、1年目からそういうふうにやってたって言うんですよね。 すごいなと思って。だから、なんていうか、私みたいな凡人と比べると子ども感が全然違うんでしょうね。 だからそれは子どもたちは力を持っている。子どもたちはできるものだと。 教師が信じて、託せば子どもたちにできるものなんだっていう、この心の底からそう思っているからできるんでしょうね。 私はちょっとね、そこまでの域に立つことができないので、まあちょっとね、どうしてもね、最初は手出しして。 私なんかはきっちり考えてやった上で、それを徐々に手を離すっていうレベルでしかね、できないんですけど。 でもね、もしかしたら本当に思い切って最初から手出ししない。で、さっきも言ったように、先生は手出ししないからねなんて言わないってことですよね。 結局は手出ししないからねって言っちゃうってことは、結果的にはなんかその教師が見守ってるっていうか、何かあったら先生手出すよって遠回りに言ってるようなことじゃないですか。 でもその高崎先生はね、それすらしないから、ただ教室にいるだけで何にもやらない。何にもやらないどころか、なんていうかね。 だから給食のワゴンがどうとか、準備の仕方がどうとかっていう、全くそういう話題も出せないっていうね。 そうすると子どもは考えるんだろうなと思いましたね。 そりゃそうですよね。だって初めて給食の準備をする日だっていうのに、4時間目の授業終わって、ありがとうございましたって言って、その後一切先生が動かないんだから子どもはやらざるを得ないですよね。 それがね、本当の教育なんだろうなって思いましたね。 皆さんちょっとお聞きになっていかがでしょうか。 これをお聞きになっている先生でね、実は私も給食の準備の仕方を一切教えないなとかっていう先生いたらコメント欲しいですね。 これが名人のような学級系でしょうね。いつか私もそういうのに到達したいなと思いました。 それでは本日の放送は以上です。ありがとうございました。 もっと見るユーモアは教室を救う!あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)10:001.私には絶対真似できない学級経営①07:532.私には絶対真似できない学級経営②コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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