TOPトーク教師ユーモアは教室を救う!♯230)用心棒の日々30:00 10月21日 266再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次初任教師が直面した学級問題暴言と対峙:心をすり減らす日々心を開かせた教師と校長の支援「変われる」と信じた教師の過去奇跡の変貌:未来を拓く成長の軌跡AI文字起こし(β版) # 用心棒の日々① 初任校2年目の時に体育主任に抜擢されて、運動会実行委員長をやったわけなんですが、運動会が終わってその日の打ち上げの席で、 最後、私から体育主任として運動会実行委員長としてお話をする時間があったんですけれども、私の第一声が、 今日皆さんにお話ししたいことが7つあります。って言ったら、多すぎるだろ!1個にしろ!って言われて。 八字がたくさん問いで、無理やり話を1個にまとめた経験がある、47歳、あたたたたです。 受け狙い半分、言いたいことがいっぱいありすぎたのもあって、7つありますって言ったんですね。 多いわ!ドラゴンボールじゃねえんだぞ!って、八字が飛んで、ゲラゲラゲラ!みたいな感じでしたけれども、そんな感じでしたね。 でもね、私ね、結局、今思えば体育主任やったのは最初で最後でしたね。 私、それで翌年、楽器崩壊からの青函シリーズで描いている、なかなか難しい楽器を受け持ったので、もうその時点でですね、体育主任とか難しめのコメ文章を全部外されたんですよね。 で、以降、もう二度と持たなかった、体育主任文章も持たなかったですね。 以降、私、主に、町で言えば、特活の町が多かったですね。 まあまあ、そんな話ですね。 さて、本日のですね、テーマというかタイトルは、養人棒の日々ということですけれども。 この養人棒の日々って聞いて、学校現場においてどんな教員を想像しますかね。 ちょっと想像しましたか。 私ね、初任校1年目の時の話なんですけれども、私1年目の時は算数、小人数担当だったんで、担任ではなかったんですね。 で、その年、6年生の学級で、なかなか難しい状況に陥った学級がありまして、ただ学級全体としては大崩壊するって感じじゃなかったんですけれども、 一部の男子が5人ぐらいがですね、結構担任の先生に猛反発してる感じになっていて、 で、なんていうかな、授業中抜け出して、普通にそのクラスは教室で授業やってるんだけれども、その子供たちだけが教室抜け出して校内徘徊したりとか、 その時間、体育館でどこの学級も体育やってなかったら、体育館に忍び込んで、勝手にその5人だけバスケットボールやって遊んでるとかね。 そうそう、思い出しましたわ。当時私が勤務してたその学校は、特別教室、体育館も含めて特別教室、特に鍵かけてなかったですね、今思えば。 理科室とかもそうですよ。それまでは非常に安全な学校だったんですよね。だから毎回授業が終わるたびに体育館の鍵閉めたりとか、理科室の鍵閉めたりとか、家庭科室の鍵閉めたりとかやってなかったんですね。 結構自由に入れちゃってましたけど、でもトラブルなかったんですよ。非常に平和だったんだと思うんですね、それまではね。 結果、その子たちの傍若無人な振る舞いによって、使わない教室は毎回鍵を閉めるというルールに変わったんですよね。 今となっちゃうと、それが当たり前で、勤務している学校だって基本的に使わないところは鍵閉めるという風になってるんですけどね。 当時は非常に牧歌的な感じであったんですけど、いずれにしてもその子たちが結構なかなかな感じだったんですよね。 仮に校舎を徘徊しないで教室にいたとしても、授業を妨害するというかね、例えば授業を普通に担任の先生がやってるんだけど、壁をドーン、ドーン、ドーンって殴ったりとかね。 あるいはその4,5人のメンバーだけで紙飛行機飛ばしたりとか、勝手に全然違う遊びとかやってたりとか、そんな感じだったんですよね。 途中で補強体制が組まれて、担任の先生が授業をやってる後ろの方で、よくあるパターンですよね。 担任の先生が普通に授業をやってるんだけど、その後ろに別の先生が順番に行って、ちょっと指導に入るみたいな感じだったんですけど、やっぱりうまくいかないんですよね。 その5,6人の男子が本当にひどかったですね。だからその後ろにいる先生にも、何しに来たんだよ、引っ込めよとかっていう感じでしたのでね。 だから後ろにサポートに入った先生も、イライラしちゃって、担任袋の方が切れて、後ろの先生がその子たちにどんどん怒られちゃうとか言うレベルだったんですよね。 私、算数承認図の担当ではありましたが、自分は自分で算数承認図の授業があるので、抜けることができなかった。サポートにも入れなかったですけど。 ただ、宿泊行事があったんですよね。別の自治体で言えば修学旅行、東京で言えば移動教室なんですけど、私東京の教員なんでね。 引率の教員で、当初は私その人数に入ってなかったんですよね。入ってなかったんですよ。私引率する予定じゃなかったんですけど、非常にとにかく大変だということで教育委員会にいろいろ申請をして、プラスもう一人引率いけるようにしたんですよ。 そのもう一人っていうのが私なんですよね。私の役目っていうのは、さっきタイトルにある用心棒みたいなことなんですよ。その子たちにとにかくマンマークすると。その子たちが何かしたら指導するという役目なんですよ。 だからあれですね。メッシーにずっとマンマークするみたいなことですね。サッカーで例えるならね。メッシーがやたら点を取るから何とか点を取らせないようにということですね。この学校現場におければ失点なんですかね。失点とにかくされないようにということで。 まあ感じなんですけど、これがなかなかしんどい役目でですね。何分言うこと聞かないわけだから。わかりますね。皆さんだって今まで教員人生ある程度続けていたらとんでもなく大変な学級になっちゃった学級とか、あるいは学級じゃなかったとしてもとんでもなく大変になっちゃった子どもたちって見たことあるでしょって。 しかも一人じゃないんですよ。5、6人くらいいて。それをマンマークするわけですから、非常に神経すり減らすんですよね。 基本的に移動教室の宿泊のお部屋もね、どんな決め方したかちょっとわかんないですけど、その4、5人が一つの部屋にまとまってるんですよ。 それは良かったのかな。ばらけるよりは一つの部屋に居といてくれた方がまとめて指導できるからっていう意味では良かったのかな。どうかちょっとわかんないですけど。だから基本的にね、私ずっとそのお部屋マンマークなんですよね。 で、そのうちの一人はロビーで大暴れしたりとか、普通にロビーとかって宿泊施設の人とかいるんだけど、その人とか関係なしにロビーで大暴れしたりとかして、私が取り押さえたりとかして、なかなか嫌な役目でしたけど。 で、お部屋に行けばお部屋に行ったり、そのメンバーが大暴れしてとかするから、教員、正作業1年目ですよ、初任校1年目だけど、そのお部屋で何日つけたりとかしてましたからね、いい加減しろよとか言って。もう嫌でしたよね。だってなんか言い換えされちゃうから、非常に神経をすり減らしたんですよね。 # 用心棒の日々② ちなみに、私は制裁を1年目ではありましたけれども、 前年度は埼玉県で臨時的任用教員として1年間、小学3年生の担任をしていたので、 実質教員歴としては2年目なんですけれども、 いずれにしても、なかなか神経をすり減らすことをしていたわけですね。 あと、だいぶ前の話ですけれども、結構いろんな場面を覚えていて、 日光移動教室で仙城ヶ原というところをハイキングするんですけれども、 その子たちが一番最高尾を歩いていたんですね。 確かグループごとに出発していたかな。 いや、そんなことないか。そんなリスカを追わなかったか。 そういう大変な子たちがいたから。 たぶん学年で歩いているんだけれども、結局その子たちがダラダラして一番後ろのほうになっちゃうと。 私はそこにマンマークする感じなんですよね。 そうすると、ハイキングしている最中に、そのうちの一番体が大きいですね。 たぶん喧嘩したら一番その子が強いだろうなという男の子が、 その辺の木の枝を取って振り回していたわけですね。 振り回していて、ピョーンって投げたりということを繰り返していたんですよ。 一応、指導というか、やめろと言うんだけどやっちゃうんですよ。 覚えているのは、その子が遠くに投げたときに、たまたまハイキングで歩いていた人のほうに飛んでいったんですよね。 そしたら、全然見ず知らずの大人に怒られていましたね。 やっぱりそういうの大事だなと思いましたね。 身近な人じゃなくて、全然関係のない人に本気で怒られるという経験が非常に大事だなと思いましたね。 その一瞬だけは、その子はうってなっていましたからね。 やっぱり大事だなと思いましたよね。 そういう場面もあったし、いろいろありましたが、 ずっと気を張ってはいましたよね、とにかく。 だから、その日の行程をどうする、1日目の夜に反省会をするときにも、 彼らの対策を、明日この場面で誰が何をするか、そこが中心になっちゃいますからね。 それだけでも、教員の時間を奪ってるっちゃ奪ってるんですよね。 でもなんだかんだで、そんなにめちゃくちゃ大きなトラブルはないまま、なんとか宿泊は帰ってこれたんですよね。 それにしてもね、どんどん様子があまり良くない状態になっていってですね。 そのうちの一人の子が、特にひどかったんですけども、 特性的なことなのかもわからないですけど、とりわけその子だけが非常に突出してて、 でもその子たちを何年か前から見てる先生、過去に担任した先生によれば、 昔はそんなんじゃなかったんだけどねっていうふうに言うんですけども、 なんか本当、暴言が特にしつこくって、 私、ガーって脱走して、私が追いかけてってみたいな場面も何度かあって、 今覚えてるのは、その子が理科室に逃げ込んで、私も理科室に潜入してですね、 で、何とか取り押さえるんだけれども、唾かけられるんですよね。 顔面に唾かけられたりとかして。 おーっと思って。 あとは、私が過去にお笑い芸人をやってたっていうことが、 私から言ったのか、どういうふうな感じで伝わったか、今となっては覚えてないですけど、 なんかね、本当、こんなことにも言われましたよね。 なんか、一対一で対応してる時ですよ。 その時に、なんか、なんだっけな。 お前どうせクソつまんねえから芸人辞めたんだろうとか言って、こと言われたりとか。 これ私だけじゃないんですけど、一生分の暴言とか悪口を浴びたなっていうぐらい、その子に言われましたね。 なんか、なかなかでしたよね。 それで、ただね、今思うとね、非常にその谷野先生苦しかっただろうなって思いますよね。 だって、週に何回も夜、ケース会議が開かれて、 で、夜7時半とか8時過ぎとかまで、なんかああだこうだ話して、 校長室からね、その先生が部屋、職員室に戻ってくるとかいう場面もすごい見てましたし、 でも結構不毛なんですよね。そんなに答え出ないから。 でもね、今思うとやっぱすごいなって、校長先生がね、非常に親身になっていて、 で、子供たちに寄り添うというか、何というか、なんかね、だから拝会するその5、6人をですね、 一旦校長室で連れてって、なんか最初雑談したりとか、なんとかして、 そして、お前ら外に一緒に行くぞとか言って、なんかその5、6人を引き連れて、 一旦校舎の外出て、ぶらぶら散歩とかしたりとかね、ほぐしたりとかしてるんですよ。 ほんとドラクエのね、パーティーみたいな感じで、途中一列になって、校長先生先頭で。 勇者みたいになって。そんな感じでやったりとかね。 あと保護者を呼んで話をするんだけれども、なんかね、保護者を責めるっていうことよりも、 ちゃんと向き合いましょうって感じでしたよね、校長先生のスタンスとしては。 彼らに向き合ってくださいっていう感じで。 ある時は、さっき枝を投げたね、一番喧嘩が強そうな男の子と、 そのお母さんが校長室で泣きながら抱き合う場面とかもあったりなんかしてね。 私その場面見てはいないんですけども、聞くところによるとそんな時もあったようで、 とにかく向き合ってくれって感じでね、やってたんですよね。 で、あとは、そのうち私も算数少人数の自分の授業じゃない時の隙間時間は、 その6年生の教室に入るようになってたんですけども、 なんかね、ちょっと今となったらきっかけとかちょっと覚えてないですけど、 だんだんその5、6人の男子が別の先生に暴言吐くんだけれども、 暴言吐いたりとかするんだけど、私に対してはそういうことは言わなくて、 じゃん、だんだん心を開くようになってったんですよね。 まあ、なんかちょっと、私もね、飛び道具的な関わり方してたんで、 例えば、授業やってんだけど、目の前で繰り広げられてるんだけど、 その5、6人がふざけてたりとかしますよね。 で、そのうちの1人のところにツカツカツカって行って、 目が回るじゃないですか。怒られるのかなと思ったら。 そしたら、その子のノートに私がですね、すごいふざけた似顔絵を描いたりとかするんですよ。 なんか、すごいインチキなドラえもんの絵を描いたりとかして、 ただそれだけ描いて立ち立っていくんですよ。 そうすると、その子供たちびっくりするじゃないですか。 怒られるのかと思ったら、なんかふざけた絵を描いてたなって言ったら、 っていうことを繰り返しやってたんですよ。 そしたら、なんかこの先生、質は違うなって感じになったんですよね。 この先生なら、なんか俺たちを色眼鏡で見ないでくれるそうだなって感じになったんで、 なんか冗談を言い合えるぐらいの感じになんとなくなってったんですよね。 あるとき、その教室に私が空き時間に授業に入ったときには、 なんかその子たちの誰かがですね、私、苗字高橋って言うんですけど、 その子がなんか嬉しそうな感じで、「あ、高橋先生だ!」とか言って、 なんか嬉しそうにね、声かけてくれるようになったんですよね。 あれ、今思うと奇跡のような暗がいっていうかね、そんな感じでしたけれども。 でね、なんとなくそれでだんだんだんだん、その子たちが変わっていったんですよね。 また続きは次のチャプターでお話します。 # 用心棒の日々③ ある時ですね、そのメンバーのうちの一番リーダーというか、理解室で私にツアーを引っ掛けてきた子じゃないんですよ。 その子じゃなくて、そのメンバーの中で一番喧嘩が強くて運動神経がいい男の子ですね。 で、その子とじっくり話をしたんですよね。あれは何だったかな。 もう他の連中というか、他のその学級は普通に教室で授業をやってるんだけれども、 なんかちょっとその一番運動神経がいいリーダー格みたいな子と一対一で話をしたんですよね。 そっかの校庭かなんかで、ちょっと対面というよりは二人で横並びで座ってちょっと話したんですよ。 その時に私が言ったのはですね、きっとなんとか君は今はこういう状態かもしれないけれども、 きっとね、中学校行ったらなんか心が入れ替わって今みたいなことやってない気がするんだよねって。 きっとそれは今のこの環境が何々君をそうさせているんであって、 何々君自体がもともとそういうことを進んでやりたい人じゃないと思うんだよねって。 別に授業を邪魔するとかなんとか、この教室抜け出してなんとかするっていうのはさあって。 今この環境だからもうどうしてもやってしまうという感じだと思うんだって。 それはもしかしたらこれまでの先生も含めて、私も含めて、先生も含めて大人たちの関わりによって なんとか君が今こういう現状になっているわけだから、きっとね。 きっと卒業して中学校行ったらきれいさっぱり忘れて、きっと一生懸命何事にも取り組んでいるように先生は思うんだよねって。 自分でそう思わないとか言って、なんかそう思いますとか言ってて。 何でその話をするかというと、私自身が小学校5,6年生の時になかなかちょっと悪い子だったんですよね。 授業中抜け出して徘徊とかいうことはしなかったですけど、 なんか放課後に、主に放課後にすごい悪いことばっかりしてて、 授業中かけみ出すような発言もいっぱいしてたし、人にいじわるともしてたと思うんですよね。 当時の担任の先生に対して反抗的な態度もとってたし、 でも自分の中では、この先生にこんなこと言われてるから腹立つんだとか、 この先生はいつも俺の悪いところしか見てないっていう、そういう思いが強かったんで、 なんとなく心の奥底では、自分は中学校に行ったら変われるって思ってたんですよ。 今のこの環境、状況が自分をそうさせてるのであって、中学校に行ったらきっと自分は変われるって思ってたんですよね。 きちんと言語化はできてなかったですけど、なんとなくそんな感覚でいたんですよ。 で、実際、私中学校入ってからガラリと変わって、小学校に行ってたような悪業は1ミリもしなくなったんですよ。 しなくなったし、したいとも思わなかったし、どっちかっていうと、 自分の中では小学生時代のそういうことって黒歴史だと思ってたんで、心が入れ替わったんですよね。 それは出会った中学校の担任の先生の影響ももちろんあるんだけれども、 そういうのが背景にあったから、なんとか君にそういう話をしたんですよね。 で、実は先生も小学生の時、特に5、6年生の時、本当に嫌な奴で悪いこともいっぱいやっててって話をして、 ちょっとここではあんまり言えないような本当に嫌な悪いことをしてたんですよ。 でも中学校入ったら先生変われたんだよねって。 環境が自分を変えてくれるから、今たとえ何々君がこういう状況だったとしても先生は変われると思ってるよみたいな話をしたんですよね。 そんなのがあって、なんだかんだで3学期の卒業をもうすぐ迎える時期になってきたわけですよね。 そしたらね、こんなことがあったんですよ。 その5、6人のメンバーのうちの1人から、先生やってて、今度いついつ日本代表のサッカーの試合があるんですけど、 確か日本代表の試合だったと思うんだ、Jリーグじゃないな。 日本代表の試合がいついつにあってチケットが余ってるんですけど、僕らとあと保護者も含めてだったかな、一緒に見に行きませんかって言われたんですよ。 そんなこと言われたことなくて、え?とか言って、でもこれはやっぱり心を開いてくれてる状況だと思ったから断る理由なんか一個もないなと思って、行くよとか言って。 で、その5、6人のメンバーと保護者と私で日本代表のサッカーの試合を見に行ったんですよね。見に行ったんですよ。 確か、その小学校の近場のどっかで待ち合わせして一緒に電車乗って行ったんですよね。 で、なんかちょっとビール飲みながら試合見たりとかしてね。やって帰ってきてっていうのがありましたね。 ただ、私てっきりチケットをタダでもらったと思ったんですけど、結局そういう意味じゃなかったらしくて。 後でチケット代請求されたんでね、そのおうちの人から。あ、すいませんそういう人かってお金を後で払ったんですけど。 そんな感じになってたんでね、ゆけどけしてった感じですよね。 私に心を開いてるだけじゃなくて、学校内でももうあんまり校舎内を徘徊するってことはなくなって、教室で一応授業を受ける感じになったんですよね。 少なくとも誰かの邪魔をしたりとか、妨害したりとかうるさくするってことはなくて。そんな感じになりましたね。 で、なんとか卒業式を迎えて、そしたら、私が言った通りになったんですけど、その子たちは、一人は私立に行ったんで、私立で行った先のことはわかんないですけど、 それ以外の子はみんなその近くの、その小学校から歩いて行けるぐらいの距離にある中学校に進学したんですよね。 ただ中学校入ったらピタッとそういうことをしなくなって、で、私がさっき言ってた運動神経が良くて、私が中学校行ったらきっと変われると思うんだよねって言ってたその子は、 部活めちゃくちゃ一生懸命やって、部活で全国大会とか関東大会とか行って、そういう優秀選手に選ばれるような感じになったんですよね。 で、高校もそのスポーツ推薦で行って、中学校と連携をして、教員が集まる場があったりするんですけど、その時にもその子の話を聞くんだけど、本当に真人間になったっていうことがわかってね、すごくほっとしましたよね。 で、その子の作文があって、ちょっとこれ読んでみますかって読んだら、なんかすごくね、自分のことを内省する感じの文章でね、小学校の時なんか靴のかかとをずっと踏んでましたけども、今はそんなことも実際してないそうだし、 なんかその作文の中では日頃の日常の整理整頓とか挨拶とかそういうことが大事なんだっていうことがその作文に書かれてたんですよね。ちょっとグッとくるものがありましたね。 で、その子はことあるごとに中学、そのなんかの時には小学校に来て、で、もうその時には、あ、そうそう、で、校長先生まだ変わってませんから、同じ校長先生だから、校長先生いますかとか言って、なんか節目節目で挨拶に来てましたね。 そうすると私もちょっと呼ばれて、あとはそのもともと単人だった先生も呼ばれて、ちょっと世間話をして、なんか節目節目でね、こういう活躍をしたってのがあったら報告に来てくれたりとかしてね、なんかすごい心が入れ替わっていましたね。なんかすごくいい場に立ち会えたなと思いました。 人はね、やっぱり変われるんですよね。でも、あの、いろいろ、小学校の時にエネルギーを出し切ったから中学校で変われたのかなというふうには思いました。以上です。 もっと見るユーモアは教室を救う!あたたたたー(元お笑い芸人の小学校教師)10:001.用心棒の日々①10:002.用心棒の日々②10:003.用心棒の日々③コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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