TOPライフスタイルメンタル・心理学とうりょうさんの「一朝一積」「人の目が気になりすぎる」課題について#96911:52 2025年8月24日 1,088再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次人の目が気になる悩み、解決策を探る年齢を重ねると気にならなくなる?こだわりと期待、人の目を気にする原因信頼と期待、バランスの重要性とは?3つのレイヤーで考える、人の目との付き合い方AI文字起こし(β版) # 課題解決会議【公開収録】 おはようございます。伊藤東亮です。 さあ、今日も寺小屋ラジオ。 今日は1日1前という毎日1個取り上げているのではなくてですね、 リスナーさんからのお悩み含めて課題解決会議ということで放送をお届けしたいと思います。 これ収録の前からですね、生放送を立ち上げておりまして、 立ち会ってくださっているリスナーさんと色々とメッセージお便りのやり取りをしておりました。 そこでのコメントなんかのことを参考にしながらお話をしていきたいと思います。 さあ、今回私が以前リスナーさんからいただいたお悩み自体を固定コメントのところにポンと置いてみました。 これ何かというと、人の目が気になりすぎます。どうすればいいでしょうかと。 こういうところなんですよね。 皆さんは日々どうですか? 人の目が気になって自分らしくいられないなとか、なかなかいいパフォーマンスが発揮できないなとか。 逆もありますかね。 なんか最近人の目全然気にしてないんだけれどもと。 なんか最近周りから1000人のようですねって言われるっていうリスナーさんのコメントもありましたし、 なんかそれは素晴らしいなと思いつつ、 そういえばもうちょっと人の目を気にした方がいい気がしてきたという風に感じられる方も、 これ聞いてくださっている方の中にいらっしゃいますでしょうかね。 でもなんとなく想像してしまうのは、やっぱりなんか気にしたくないだけれども気にしてしまうんだよという声が多いかなと。 そしてですね、このお便りのやり取りをしていて、何名かのお声があったのが、 年齢を重ねるごとに気にならなくなってきましたというのがあります。 なのでこれを聞いてくださっている、まず若い方、何歳をもって若いかというのは人それぞれです。 でも実際に40代の頃は気にしてましたが、それ以降はという話もありました。 別にそれは一例です。 別に10代、20代が若くて30代からはもうしっかりとした成熟期なんだというようなイメージの人もいらっしゃると思うので、 何歳かという数字ではなく、いずれもしかしたら気にして気にした分がある一定量に達したら、 もう気にしていなくなるのかなという、まず1個目の仮説が私は成り立つかなと思ったんですね。 なので気になることを気にしてしまっている自分をまた気にしているみたいな、この二重スパイラルに陥っている人はですね、 一旦これちょっと極論として気にしまくった時にどうなるかみたいな思考実験、 頭の中での実験というのはちょっとやってみていただくのは面白いと思いますよ。 おそらくそれをすると、あれなんだかそんなことまでありえないのに愚かなように思えてきたみたいなことがあるんじゃないかなと思います。 結局はそんな誰もそもそも良い部分も悪い部分も含めて、私のことなんか誰も見ていませんでというようなところの、 ちょっとたっかんの境地に行けるといいなという思いも込めてですね、一旦気にしまくってみる。 少なくとも、あれ気にすることが良いのか悪いのかという観点からは外れられる。 今のちょっと私の話し方だと、気にしない方が良くてという風にちょっと偏ったように聞こえたかもしれませんが、 一旦自分の中でできる極論的な、しかもそれ誰かの迷惑をかけるわけではないので、 それによってあれですよ、思い詰めて体境を壊すまでは行かないでくださいね。 でもこれ気にしまくるパターンでやったらどうなどこまで気にするんだろうな、 はははぐらいをちょっとやってみてもらうのは良いかなという風に思いました。 リスナーさんからのご意見で私がそこもあるのかと思ったのが、 昔は気にしてたけど、自分に子供ができた時に、 これじゃないな、このままじゃダメだなと思ったところがきっかけとなって変わりました。 次に大事なキーワードとしては、 自分のこだわりとか期待しているポイントがあるからこそ人の目が気になるんだと。 これはまさにその通りだと思うんですよね。 やっぱりこの部分は人からよく見られたい。 こだわりがない部分だったら、それがどう見られているかなんていうのは なんとも思わないというところはありますよね。 服装で特別ですねとかお洒落ですねとか言われたいとか全く期待していない人からしたら、 別にね、服装をどう見られるかなんて何の話でもないみたいなところを 別にいつも大体同じ服でいいじゃないかという人もいると思いますが、 それでいくと私は多分ね、人からよく思われたいという部分で言うと 多分ファッションは一番思っている。 そういう見た目意識をお坊さんがするなよという部分で言うと 一番こじらせているタイプのお坊さんなので、 その部分は結構ちゃんとっていうレベルではちょっと思ってますけどね。 お洒落と思われて何かいいというよりかは 最低限お洒落であらなきゃいけないなぐらいで思ってますが、 これも私自身にこだわりがあるからそこはよく思われたいという 自分の欲望とすごく深く関連していると。 なのでこれは引いてみると、 なんか人の目が気になるなというところは まず自分のこだわりに気づける大きなチャンスですよと。 なので何でもかんでもこの いや、人の目気にするの手放そうというのもあまり急がず さっきみたいに極論で気にしまくってみたり あるいはこだわりがあるんだということを 自分の中で納得して理解するまでをやってから 手放しというのはそれからですよという リスナーさんからのメッセージもありましたね。 非常にどんどん考察が深まっていっているなという気がします。 それとですね、この期待という言葉を考えると どんどん何でもかんでも自分が期待を手放していきすぎると あれ?人からの期待とか社会からの要望それに応えるみたいなところで 人ってどんどん成長していったり 今まで関心なかったこともできなかった努力ができるとかって あるんじゃないかという意見がありまして 私もそこは賛成で だから期待って何でもかんでも手放せばいいというもんではないなと。 でもどこに対してでも同じレベルの期待が 自分を縛り付けたり重荷を感じさせてしまうというのは これも間違いないところだと。 そこで私の中で浮上してきたことは 信頼という言葉ですね。 自分を信頼することと 自分がこうやってほしい、ここまでいけるだろうという期待というのは また別物だというふうにしっかり捉えておいた方が良いなと。 自分への信頼というのは これは大切に守る、あるいは続ける そしてそれが自分の意識一つでできるんだというような 自信という言葉に近いですし でもそれは期待を込めてここまでいけるんだという達成ポイントが ちらつきすぎるとそれは期待の方だと思うんですが どちらかというとコツコツ続けられる もうそのフィールドのことを無視はしません みたいなところが信頼、裏切らないみたいなところですよね。 今フィールドという言葉を言いましたが よく考えると私たちも大切なものを 円が描かれているとしたら まずは半径30メートルぐらいの暮らしって考えたら 自分の本当に大切な一緒に暮らしている家族だったり いつでも会える、いつでも気にかけ合っている友達 これを一旦半径30メートルという 実際の数字ではなく例え話で捉えていただけたらと思うんですが そこに対してはもう自分は大切な人と これからも幸せな関係でありたいという期待 これも100%MAXで良くて 当然ながらそれに対してサボることはないし その思いが急に吹き飛ぶことはないという自己信頼 これ100%で良いと思うんですよ ちょっとすみませんね 失礼しました その次のレイヤーで 今度は会社に行くとか 会社での自分の在り方は生活の大きな部分です それは普段の生活圏を離れて電車に乗ったりしていくわけなので もう少し半径が広がった中でもコミュニティが生まれていく そこでもやっぱりいい加減なことはしないし 自分に嘘はつかないし とにかく急に裏切ってやるなんてことをしたいわけではないという 自己信頼 これはさっきの半径30メートルの信頼と変わらない形で 自己信頼を持っていていいんですけど その中でどう評価されるか どのように見られるかに対しての期待は さっきの半径30メートルに比べて 薄まっていていいんじゃないかなと 例えばさっきの半径30メートルが100%だったら 期待値は50%くらいに下げた方がいいなと そしてレイヤーは このフィールドのレイヤーは さらに外にも広がっていくと思うんですね 新しい趣味も挑戦してみようかなとか あちらの方の集まりに一度顔を出してみないと言われたら 今まで興味なかったけれども 何事も挑戦も必要だなということで行ってみようと ここでも全く違う自分になってしまうわけではなく 今までの継続 連続性の中での自分を発揮すればいいんだという 自己信頼は変わらず でも期待値は 半径30メートルに比べればもう5%くらいでいいわけですよね その中でも同じように100% 半径30メートルのように その人たちの意見や目を気にしているというのは ちょっとこれは苦しくなりますので しっかり自分の今ある人間関係が 今の3つのレイヤーに例えた時の 30メートルなのか それからその外の 職場とかを含めたレイヤーなのか そしてさらにその外の3つ目なのか ということをちょっと認識して それぞれにどれだけ自分が信頼していて 自分への期待をまた何%持っているかというのを 改めて今日考えてみていただくと 人の目は気にならないということを目指すというよりかは 人の目の気にし方というのが自分の中で より鮮明になってですね 人の目があるということ自体がネガティブではなく むしろそれは人の目がある中で これからも社会生活を送っていくので まず人の目があることに感謝 そしてそこを自分がうまく体重の乗せ方 さっきのレイヤーの中でのどれくらいそこに対して 信頼や期待を置くかというところが明確になっていくと すごくポジティブだなというお話でございました それでは皆さん今日も心が整った 美しい一日を展開していってください 寮職員副住職伊藤統領でした それではまたね もっと見る #公開収録 #公開生収録 とうりょうさんの「一朝一積」プレミアム放送配信中!11:521.課題解決会議【公開収録】コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ごま2025年8月24日後半のお話に出てきた「人の目の気に仕方」と捉えることが心に残りました。自分軸で選ぶことにつながるような、私にとっては希望を感じるような表現でした。ありがとうございました。4返信 Ibuki2025年8月24日過剰な同調圧力のような人の目を気にしすぎている状態から、年齢を重ねたり、子どもを持つといった経験を通じて、価値観が明確になると、自然と気にしすぎることから解放されていく。「これは譲れない」という自分の軸と、「ここは相手に合わせよう」という配慮の絶妙なバランス感覚が求められる気がします。「人の目を気にする」のも程度問題、ケースバイケースで良くも悪くも感じるし、なかなか一括りにするのが難しいなと思いました。4返信 ヨウコ2025年8月24日おはようございます。確かに、年齢を重ねるごとに人の目は気にならなくなってきますね。そして、間違いなく言えるのは、他人は思っているほど自分のことを見ていないということ。これを理解してからパッと視界が開けた感じです✨でも、ときには、これはどう見えているかなと振り返ってみることも必要。とは言っても気にしすぎず…って難しいですね😅5返信 クドウ2025年8月24日やまも❤️2返信 ちゃお2025年8月24日おはようございます☀私も歳を重ねるうちに人の目を気にすることがなくなりました。日々生活しているとあれこれざわつく事が耳に入って来ます。悪いことばかりではなく学びも応援もあります。それを選択することも出来るようになったのもあるかもしれません。人として大切なものを無くさないように毎日懸命丁寧に生きることを心掛けたいです🍀🤗7返信 もっと見る
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「これは譲れない」という自分の軸と、「ここは相手に合わせよう」という配慮の絶妙なバランス感覚
が求められる気がします。
「人の目を気にする」のも程度問題、ケースバイケースで良くも悪くも感じるし、なかなか一括りにするのが難しいなと思いました。
確かに、年齢を重ねるごとに人の目は気にならなくなってきますね。そして、間違いなく言えるのは、他人は思っているほど自分のことを見ていないということ。これを理解してからパッと視界が開けた感じです✨でも、ときには、これはどう見えているかなと振り返ってみることも必要。とは言っても気にしすぎず…って難しいですね😅
私も歳を重ねるうちに人の目を気にすることがなくなりました。日々生活しているとあれこれざわつく事が耳に入って来ます。悪いことばかりではなく学びも応援もあります。それを選択することも出来るようになったのもあるかもしれません。
人として大切なものを無くさないように毎日懸命丁寧に生きることを心掛けたいです🍀🤗