#095 対話型実践の歴史と現在(3)➖戦後の日本語教育の流れ
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コメント

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藤原 朋子
2024年10月27日
ヨーロッパの言語教育が構造主義を代表する言語学から、その型を破った“人そのものに関心がある活動”に進化したことを鑑みると、現場の教師自身もそれと同じく、文法や文化と向き合い熟考を重ねるという過程を通らなければ実践活動は中途半端なものになると思いました。細川先生が博士論文を書き上げる前に文法で研究を続けていくのかと向き合ったこと、また日本事情の授業のために文化と向き合った過程があったから先生は構造主義を打ち破る総合型実践活動が生み出せたのだと思います.先生はこの点についてどう思われますか。
細川 英雄
2024年10月29日
ありがとうございます。たしかにそういう面はあると思いますが、すべてそのような経験がなければダメなのかと考えれば、必ずしもそうではないと思います.ただ、おっしゃるように、何かに正面から向き合うことで、道は拓けるのでしょうね。それはその人なりの生き方ということでしょうか.宜しく😁
かぼちゃ
2024年10月26日
おはようございます!🎃です。歴史を振り返ってみると、何であんなことしてたのかなって思いますね。自分の過去の実践も同じく😅。当時はあれが精一杯で良かれと思って真剣にやっていた。だから、過去の試行錯誤があって現在があるんだけど、試行錯誤時代に生徒だった人には迷惑かけてたな🙁。🎃自身、教授法も教科書選択も迷走して来た経験があり、過去を振り返るたびに汗が出ます💦。ただ、今にして思えば、過去と現在で、授業の受け止め手である学習者の気質や「勉強」のイメージも随分違っていましたね。それで何とかなってたのかも🤔
細川 英雄
2024年10月29日
ありがとうございます。そうですね、現在は、過去の失敗の繰り返しの上にあるということは言えるでしょうね。その失敗も、社会的、歴史的な解釈に立ちますから、簡単に良い悪いとは言えない。しかも歴史は繰り返しますから、社会的状況で判断するしかない.とても困難な課題ですね。