今なぜ対話なのか(13)ー1970年代からの日本語教育 #143
24:25
53再生
自分のことばをつくる
プレミアム放送配信中!
- 04:011.
1970年代からのコミュニカティブな動き
- 06:202.
コミュニカティブ・アプローチの台頭
- 08:053.
応用言語学と日本語教育
- 06:004.
学習者中心の課題
コメント

感想・質問・応援メッセージを書こう
かぼちゃ
2025年11月1日
こんばんは⭐️コミュニカティブアプローチ、🎃は正直好きになれませんでした。理由はいくつかあるのですが、最大の理由は、自分自身が内向的でコミュニケーションが苦手だから、性に合わなくて😅。めちゃ個人的な理由😝。でも、学習者主体と言いながら、コミュニカティブアプローチの人間=学習者観って、幅広くないような気がします。人間のコミュニティへの参加の仕方って様々でしょう?そのために喋れって強要されるのは🎃は嫌ですよ👻。言語そのものに対する見方も「用が足せればいい」程度のようで😧。人と言葉を大事に考えたいです❤️
細川 英雄(ことばの市民になる)
2025年11月2日
ありがとうございます。人とことばの関係を考える、これこそが1990年代からの日本語教育ですね。宜しく😃
藤原 朋子
2025年11月1日
時代に連動する日本語教育の歴史を踏まえて、考えることはやはり今こそ総合活動型日本語教育で対話するのが日本の新たな時代への地域づくり、日本づくりなのだということです。短期滞在者用の機能・場面を捉えたコミュニカティブ・アプローチでは長期滞在者には不十分で適合しませんし、オーディオリンガル・アプローチは日本へ移民に来る人のニーズとずれていると思います。まだ先生と同じ熱量で歴史を感じられないので見え方が甘いかもしれませんが。今回はながら聴きができないほど色々な概念を勉強できました。ありがとうございます!
細川 英雄(ことばの市民になる)
2025年11月2日
ありがとうございます。いえいえ、ながら聴きで大丈夫ですよ。次はもっと熱が入るかな🤒宜しく😃