#058 私のフランス語修業ー教育バイオグラフィの試み05
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これまで、自分の幼少年期から始めて、学生時代の言語学との出会い、初めての就職先での国語教育との出会い、そして日本語教育への関心から海外での教育実践についてお話ししてきました。
今回は、少し視点を変えて、海外での仕事と生活における私自身のフランス語習得についてお話ししましょう。1983年から84年にかけては、パリのINLCO での日本語を教えるという仕事と並行して、生活においてもフランス語を学ぶことが必要であった時期でもあります。このとき、自分がどのようにしてフランス語を身につけようとしたかは、日本語を教える自らの姿勢にも大きな影響を及ぼしたと思います。学習者および言語使用者としての当時の自分を振り返ってみたいと思います。
今回は、少し視点を変えて、海外での仕事と生活における私自身のフランス語習得についてお話ししましょう。1983年から84年にかけては、パリのINLCO での日本語を教えるという仕事と並行して、生活においてもフランス語を学ぶことが必要であった時期でもあります。このとき、自分がどのようにしてフランス語を身につけようとしたかは、日本語を教える自らの姿勢にも大きな影響を及ぼしたと思います。学習者および言語使用者としての当時の自分を振り返ってみたいと思います。
自分のことばをつくる
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ことばを学ぶ意味
コメント

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かぼちゃ
2024年2月3日
細川先生、なんか、ちょっと、けっこう、衝撃でした。先生、フランス語のクラス、やめはったんですね(ここだけ京都弁になりました)。先生の授業デザインの発想源は自分自身が受けたい授業でしたかー。かぼちゃには、その強い「核」になる発想源がなかった。だから、フラフラしているんですね。実は去年、自分の教え子の「日本語の授業やめたった」話を聞きました。うざい授業なんかやめる。学習者オートノミーを突き詰めたらそうなりますよね。自分の言葉は自分で獲得するんですから。現実を前に学校は、無力な面もありますかね、、、
細川 英雄
2024年2月3日
ありがとうございます。このコメントやりとりも交換日記みたいでおもしろいですね。その通り、自分のことばは自分で獲得するわけですから、自分で選ぶ、この選択は学び手自身にあるわけですね。そういう学び手を育てることも学校の役割かな。宜しく😁
