TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#244 「時間泥棒」のこと...(続)(ミヒャエル・エンデ『モモ』から)11:37 2024年8月1日 635再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、ミヒャエル・エンデの『モモ』と「時間泥棒」について考えます。AI目次「時間泥棒」とは何か?その恐怖モモの孤独な戦いと、その意味現代社会と時間の関係性とは?子供たちの姿から学ぶ時間との向き合い方私たちを取り戻すための第一歩とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # モモとは誰なのか? 今日は、昨日に引き続き、時間泥棒のことということで、ミハイル・エンドの桃子の話を続けたいと思います。 昨日は、時間泥棒という、ミハイル・エンドの桃子という作品の悪役ですよね。 悪役のことから、現代社会と時間の関係についてお話をしました。 最終的に一番怖いことは何かというと、 時間泥棒による支配、つまり、現代社会の時間がないということによる時間に縛られているという時間の支配ですよね。 その特徴というのは、結局、だんだんやっているうちに本末が転倒して、 情熱があるから人間で何かやるんだけど、いつの間にか情熱がなくなっちゃって、 システムをクルクル回して効率を求めることが自動化してしまって、 気がついたら本末が転倒して、情熱がなくなっちゃって、 ただただ義務的にシステムだけがクルクル回るという、そういう無感度な状態になるという、 その怖さをお話ししましたけれども、 じゃあ、そういう作品の中では、時間泥棒、つまり灰色の弟たちからの支配、 それを文明論的に言えば、時間管理の支配ですよね。 社会における時間管理の支配からどうやって抜け出るかって。 ひややかで冷淡で無慈悲な灰色の生き方って小説の中では描かれるんだけど、 そういう生き方から自分を取り戻すにはどうするかって、 そういうテーマがもちろんこの小説の中でも出てくるんですよね。 後半はどうなるかって、その解決に向かって進んでいくんだけれども、 この小説の中では、主人公の桃っていう女の子が、 大切な仕事を一人でやり遂げていこうとするんですよね。 これって実は、時間泥棒っていうのは、一斉にみんなから時間を取るわけじゃないんですよね。 一人一人説得していって、一人一人たぶらかして、一人一人落としていくんですよ。 だから、みんな一人一人がだんだんこの時間泥棒にやられていくわけだから、 本当はそういうふうに魅力のない、情熱のない、灰色の生き方から立ち直るんだったら、 全員が自分自身でやらなきゃならない仕事なんですよ。 でも、小説の中ではみんなそうやって、時間がない、時間がないって思い込んじゃって、 そう思い込んじゃってるから、だから立ち直る用はないんですよね。 そういうことに気が付いている、分かっている桃という主人公が、 これをたった一人でやろうとするんですよね。 でも、今お話ししましたように、本当は時間泥棒、あるいは時間の支配から逃れ、 時間がないってことから自分を解放して、本当に自分が情熱を持てるような生き方をするのは、 みんなが自分自身でやらなきゃならない、誰もが自分でやらなきゃならない仕事。 でも、作品中でそれを桃が一人でやられていくとするって、すごい変なことなんですよね。 本当はそんなことでいいのかというと、いいはずがないんです。 でも、それも承知で、作者のミヘレンディはあえて桃という小さな女の子の主人公に、 それをやり取りさせようとするんですよね。 何でだろうって、これ本来はみんなが自分に気づかなきゃならないことなんですよ。 でも小説の中では、主人公の女の子がそれをやり取りようとするって。 これはどうしてかって。 よく物語を考えるときには、こういうことがありますよね。 本当にみんな困っちゃって、どうにもならないような状態になっていて、 そこへ、よそからたった一人、ちょっと変なストレンジャーがやってくる。 そしてその変なストレンジャーは、みんなが無理解で何だあいつって言うんだけど、 その人がどうにもならない状態に陥って、自分たちでは自重する能力をなくなっているその共同体に、 外からやってきたそいつが、誤解と迫害の中で町の人たち、村の人たちを気づかせて、 そして立ち直らせて、そしてまた去っていくっていう、そういう物語があるんですよね。 アウトローがやってきて、そうやって立ち直らせるという物語があるんだけど、 このモモという小説もそれに近い構造をとっているんですよね。 異質な存在であるモモが、みんなが自分でやりなきゃならない仕事ができながら始まっているのを、 気づかせて立ち直らせるって。 でもそれって本当は良いことではないんです。本来は全員が立ち上がらなきゃならないわけじゃないですか。 だから、そういう外からやってきたストレンジャーが、町を立ち直らせるという物語の時には、 必ず気が付いた町の人たちが自分で立ち上がるっていう風になっているんだけど、 このモモという小説では、町の人たちは完全に自分を見失っているから、誰もモモを助けてはくれないんですよね。 これ本当は良い結果が来たとしても、ハッピーエンドにならないじゃないですか。 自分で気づいてやらなければ、ハッピーエンドにならないんですよね。 でも、なぜそういう物語にしてあるのかって。 ここを考えると、この小説の主要テーマ、 モモって一体誰なんだって、そういうテーマに繋がっていくんですよね。 # まず初めに... 最初のところへ戻って、時間泥棒に奪われちゃった心を取り戻すにはどうするか。 時間がない時間がないって時間に追われてしまって、振り回されちゃって、本当に自分の人生の意味も考えないで、毎日毎日振り回されて動かされてしまっている自分たちが、 じゃあどうやって自分を取り戻すかって、これはこの掃除のテーマでもあるんだけども、主要テーマでもあるんだけど、 それを考える時に、この自分たちはやっぱりどうしても毎日時間に追われちゃって、 ふっと立ち止まって考えると、何のために自分は毎日こんなに振り回されてしまっているのか、何のために働いているのかって、 どうすることが自分の人生の意味になるんだろうなって。 まあ、それが分からなくなっているから時間泥棒が付け込んでくるんですけどね。 だけど、分からなくなっている時に自分を取り戻したいと思うじゃないですか。どうするかって。 もう何の疑問も持たないで、冷ややかに毎日の仕事を義務のようにただ遂行するって。 あるいは疑問を押し殺しちゃって、抑圧しちゃって、なるべく意識を伸ばさないようにして、 ただ毎日の仕事をただ淡々とやるって。考えると辛いし面倒だから、ただやればいいって。 そういう風になってしまったら、それって時間泥棒と同じ灰色の男になってしまうわけですよね。 でも、そういう風になろうと思っても、私たちってなりきれないじゃないですか。 やっぱり疑問を感じるし、苦しいわけですよね。 でも疑問を感じて苦しいうちは、まだまだ私たちは灰色の男にはなっていないわけですよ。 だから時間泥棒の手先にはまだなりきっていないところがあるんですよね。 じゃあ、そういった支配から抜け出るにはどうするかって。 これはやっぱり順序からいくと、やっぱり日常生活の中の不満、不安、焦り、そういう欲望ですよね。 欲望がチクチクチクチクする。それに誘われて、いつの間にか実現するためにはコスパを上げなきゃ、タイプを上げなきゃってなっていくわけですよね。 そうなってずるずるずるずる、自分の情熱を見失っていくんだけど、 まず最初に、やっぱりコストパフォーマンスを上げて、タイムパフォーマンスを上げて、 その仕事をジャンジャンやって、稼いで成功すれば取り戻せるかっていうと、たぶんそれは違うって。 見える縁でもそれは違うって、そうじゃないぞって、そうやってこの性質を変えてるんですよね。 で、それはどうするかっていうと、まずはやっぱり最初に、自分が何のために生きてるかって、仕事であるんだったら、何のためにこの仕事を選んだのかって、 まずそこを取り戻すことが必要ですよね。理屈じゃなくて、心が動くってことが大事じゃないですか。 そこを忘れちゃうと、よっぽど注意しないと、コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスばっかり求めて、ますます自分を見失うって。 コストパフォーマンス、タイムパフォーマンスを追求すれば、確かに合理的だから、成功する率は上がるんですよ。 だけど、その暁として成功しても、無感度になってしまったら終わるですよね。 で、私のあるよく親しい知ってる人は、イタリアンレストランやってたんですよね。 それを辞めて出家して、今はお嬢さんをしてあるんだけども、彼は料理になったときに、初めて料理作らせもらったときに、 ナポレンタが何か作らせもらったのかな、で作って、老夫婦に出してたらしいんですよ。 で、その老夫婦がナポレンタだからおいしいねって、二人で楽しそうに嬉しそうにおいしいね、これおいしいねって言ってるのを見て、 料理になってよかったかと思ったってことを言ってましたけど、そういうこと、彼は見失うことはない。 だから、今があると思うんですよね。 で、そういうふうに、まず最初に心を取り戻すってことが、もうすぐ大事だってことですよね。 まずはそこから始めないといけないんです。いきなり解決なんか出ないですよね。 まずはそこからなんですよね。 # 子供たちの姿から 今回この時間泥棒のことを特に取り上げたのはなぜかというと、実はここのところ数日子供たちとのイベントがいっぱいお寺であったんですね。 和文化体験ということでお寺をどっぷり楽しんでもらうということをしてもらったりとか、それからサマーキャンプでデジタルデバイスですよね、スマホとか全部取り上げちゃって、 アナログな楽しみ、アナログな暮らしをお寺でしてもらうというサマーキャンプを両方とも3年目になるんですけど私がやっていて、子供たちの姿すぐそばで見ていて、子供たちと接していて実感したんですね。 子供たちってやりたいことがいっぱいあるわけですよ。あれもやりたい、これもやりたいって移り気ですよね。もう次から次までやりたいことがいっぱいある。 これって時間がないくらいでも足りないんですよね。だから本当だったら子供たちって時間泥棒に一番やられやすいはずなんですよ。時間が足りないじゃないですか。 もうやりたいことがいっぱいあるから時間が足りないんです。時間が足りない、時間が足りないということが時間泥棒のテーマだったら、子供たちが一番時間が足りないですよね。 でも子供たちって時間泥棒にはやられっこないし、ミハレンドのモモという小説の中でも時間泥棒が一番手強いのは子供たちなんですよ。 だから子供たち見てて、時間がない、時間がないなんだけど、でもなんで時間泥棒にならないかって。結局子供たちってやりたいことが山ほどあって、時間がいくらあっても足りないんだけど理屈がないんですよね。 それどうせってないんですよ。ただやりたいっていう心の動きの塊なんですよ。子供たちって素直な心の動きの塊なんですよね。 だからトンボ見ても嬉しい、カエル見ても嬉しい、お友達握手見ても嬉しいって、そんなんですよね。 だからまず最初に自分の心の中にやりたいっていうものが弾んでいる限りはいくら時間が足りなくても時間泥棒になってこないなって。 実は三原園長のモモの話をしている前後に子供たちのイベントをいくつもやったものですから、ハッとするわけですよね。子供たちを見て、モモの読み方、時間泥棒ってこういうことだなって、三原園長のモモってこういうもんだなって、改めて子供たちから教えられたなってことがありました。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お聞きいただきまして誠にありがとうございました。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #モモ #時間泥棒 #ミヒャエルエンデ #読み返したい本 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ05:122.モモとは誰なのか?03:523.まず初めに...02:164.子供たちの姿から00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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