TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#230 幸せの在処08:42 2024年7月12日 602再生 問題を報告する 再生する シェアする 今週に入ってのお話の、その先について考える時、誰もが求める「幸せ」についてどう考えるか、という問題が浮かび上がってきます...AI目次幸せの定義とは何か?欲望と執着の限界とは?幸せを手に入れる方法とは?本当の幸せの見つけ方とは?幸せな生き方とは何か?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジュの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 幸せを求める時 今日は、幸せの在りか、ということでお話したいと思います。 今週は、この自分で自分を縛ってしまう、自情自爆、あるいは無情自爆、 それから自分を見つめるってどれくらい難しいか、 それからこの自分らしさということ、それから素直に生きるって、 自分の足元を掘り下げていく、そういう話が多いんですよね。 これはとても難しいことなんです。 ですから、方向性がどっちにいくのかってことは分かりにくくなってしまったので、 思い切って今日はざっくりと方向性を考えてみる、行き先ってことを考えてお話したいと思うんですよね。 そこで、誰もが人間は幸せを求めて生きるわけだから、 じゃあ幸せってどういうものなのかっていうことをちょっと考えたいと思うんですよね。 それで、誰もが幸せっていうのを求めて生きてるわけですよね。 でも、誰もが幸せを求めて生きてるし、一生懸命幸せを求めるんだけど、 じゃあ幸せってどういうものかって、実はその実態って誰もがなんとなくなんですよね。 幸せって実はしっかり考えたらとても難しいです。 哲学的にも幸福の定義ってものすごく大変なんですよね。 何百年も何千年もかかってそういう議論があるわけですけど、 そんな風にキチキチキチキチと考えるんじゃなくて、 なんとなく自分がいいなと思うもの、これを追っかけていけば幸せになれるって誰もが思ってるんですよね。 だから大事なものでもあるには、誰もがきっちりと考えないで、 なんとなくっていうイメージで生きてるわけです。 そこから実は苦しみが生まれてきてしまうんですよね。 誰もがこの幸福を求める時にやることは何かっていうと、 例えば富、財産だったり、名声、名誉だったり、 あるいは自分が何か欲しいものだったり、 そういうものを手にすれば幸せになれるって思ってるんですよね。 でもこういったものはみんな欲望と執着の先にあるものなんですよ。 何を求めるんですよ。欲望と執着の先にあるものを求めていくと、 欲望と執着ってどこまで行ったってキリがないんですよね。 もっともっとって人間的にキリがないんですよ。もっともっとなるんです。 そうすると当然競争が起きる、争いが起きる。 誰もが欲しいですからね、同じものを。 人間ってしかも嫌なところがあって、ただ欲しいだけじゃなくて、 人が欲しがっているものが欲しいんですよね。 おそらくこれは優越感が得られるからだと思うんですよ。 でもこれを裏返して言うと、自分が獲得して得ることができる。 それは立派なことです。得るためには努力は得るじゃないですか。 だから誰もが自分がこれを手にしたのは努力の結果なんだから当然だって思うかもしれないけど、 だけど自分が手にしたその後ろには、背後には、 自分がそれだけのことをしたからといったって、 どれだけ大勢の人の頭を足の下に踏んでいるかってことですよね。 自分の目線から見れば、得たに対しては優越感があるけど、 でも人間にはいろんな能力の人がいる。いろんな性格の人がいる。いろんな状況の人がいる。 しかもたまたま運が良かったとか、いろんなことを含めて。 だけど自分がその結果として、いくら努力したからといったって、 自分が欲しいものを得たって優越感で、 どうだって得意げに踏んどり返る足の下に大勢の人を踏んでいるって、 それはとても立派な生き方かなと言うとそうじゃないですよね。 醜いことだし、やっぱり愚かさしかないじゃないですか。 そういうことでいいのかってこと、 それはだんだんまともな人間だったら見えてくるわけですよね。 # 幸せに生きるには それ以上に実際にそうしたもの、自分が欲しいもの、富であったり名声であったり、欲しいものであったりって、そういうものって、求めても求めてもなかなか難しいですよね。 誰もが同じようなものを欲しいんですよ。誰もがキラキラしたい。誰もが豊かになりたい。誰もがチェアファーされたいって、求めるってことは誰もが一緒だから、みんな欲しい欲しいになってしまうんですよね。 だから難しいって。しかも手にしてもどこまでも人間の欲望って切れがないから、もっともっと欲しくなるんですよね。 で、目の前にキラキラしてるものを手で掴もうとするんです、みんな。その時に手で掴もうとする。目の前にキラキラしてるものを掴もうとするって、これ分かりやすいから、誰もがそうするんですよね。 だから、どっちかというと、目の前にキラキラしてるものを掴めばいいんだって、そういう安易さが、どこかに安易さがあるんです。 だから、その、競争があったり足りなかったり、キリがなかったりって、ぐるぐるぐるぐる空心がはっかまるわけですよね。 で、これは今話したように、やっぱり愚かなことだと私は思います。 キリごとかもしれないけど、愚かなってことは変わりがないですよね。 で、どうするかって。これ、簡単にはいきません。 だけど、その、ちょっとだけ向きを変えて考えたらいいんですね。 その、幸福って、何かその目の前にあるキラキラしたものを掴んで、自分のものにするっていう、そういうのじゃなくて、自分で考えて作り出すものだって考えたらどうかって。 どうやって考えて、どうやって作り出すかっていうことは、その主張したいですよね。 ただ、目の前にあるもの、キラキラしたものを掴むんじゃなくて、当たり前のもの、いくらでもあって、もう当たり前のもの、それをちょっと組み合わせを工夫するって。 あるいは、当たり前のものをちょっと目を暮らして、立ち止まって丁寧に見るって。 そうすると、当たり前のものの中にあって、いくらでも素晴らしいものがあるんですよね。 何気ない思いやりや、何気ない共感や、あるいは日常の何気ないもの、そんなものの中に、いくら人間って、いくらでも素晴らしいものを見つけることができるって。 前にも私にお話したことがあるんですけど、キレイごとかもしれないけど、美しい月の光っていうのを本当に実感したのは道場だったし、 すがすがしい風っていうのを感じたのは、道場入って初めて、あんなすがすがしい風を感じたことは道場でしかなかったし、 それから自分が信頼できる仲間と出会って、一緒に修行やることの素晴らしさって、つらいけど仲間と一緒にやる素晴らしさってことを気がついたのは道場だったし、 実は当たり前のものを自分でちょっと工夫するだけで、いくらでも素晴らしいものはできる、素晴らしいものにすることはできるし、 ちょっと立ち止まって考えたときに、当たり前のものの中に美しいもの、見事なもの、素晴らしいもの、大切なものを見つけることができるんですよね。 キラキラした既製品じゃなくて、自分の手で作り出せ、自分の目で見つけろって。 一般俗として言えることは、たやすく手に入るもの、比較的たやすく手に入るもの、つまりお金を払えば手に入るようなものっていうのは飽きが早いんですよね。 あるいは努力して作ったものであっても、欲望と執着の行き先にしかないものっていうのは飽きが早いんですよね。 でも、欲望と執着の先にあるんじゃなくて、自分の手で作り、自分の目で見出して、自分で組み合わせて、この我が物としたものっていうのは、 そのささやかなものでも、その良さが分かりたいすれば、親しんでいるうちにどんどんどんどん愛択が生まれてくるんですよね。 誰もがキラキラしたものに憧れるけど、そうじゃないんです。 自分で見つけて、自分でちょっと作風で見つけて見出したもの、自分でちょっと作風で作り出したものって、 そういうものを愛着を持って大切にできるようにするっていうのが、精神の成熟であり、知恵であるって。 そういうものはささやかなものだけど、そういうものにだんだんだんだん自分の心を移していく。 最初からそういうものを思えっていうのは難しいですよね。 だけど、そういうものの素晴らしさを年をともに少しずつ少しずつ分かるようにして、 年をともにそういうものを身の回りに少しずつ少しずつ作り出して集めて大切にするって、 そうやって少しずつ少しずつ成熟しながら生きていくっていうのは、本当の幸せを求める生き方じゃないかって思ったりもします。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお来ていただきまして誠にありがとうございました。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #幸せ #欲望と執着 #富と名声 #人の欲しがるものが欲しい #欲望にはキリがない #自分で作り出し自分で見つける #愚かさと智慧 #幸せの在処 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:091.初めのあいさつ03:432.幸せを求める時04:423.幸せに生きるには00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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