TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#188 人生を考える...「始める」ことの力10:49 2024年5月15日 508再生 問題を報告する 再生する シェアする 今日は、人生を考える、ということで、何かを「始める」ということについて考えます。AI目次「始める」ことで人生は変わるのか?継続の秘訣、三日坊主を克服する方法日常に潜む「始める」ことの力とは?感謝の心で人生の意味を見出す小さな一歩から始まる人生の変革AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エレンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 何かを「始める」こと 今日は人生を考えるということで、始めることの力についてお話ししたいと思います。 始めることってどういうことかって、もう当たり前なことですよね。 今から何々を始めるって、ここから何々を始めるって、私たちはいろんなことを始めることができますよね。 分かりやすいことだったら、例えば小学校の時によくやりましたよね。 今日から何々を始めるからということで、新しいまっさらなノートを下ろして、その表紙に何々ノートって書いて、始めるってことをやりますよね。 それから夏休みからこれを始めるとか、新学期が始まるとかって、人間って当たり前のように始めてるわけですよね。 この始めることの力っていうのはとても大変だったってことを、私は道場で気が付いたんですよね。 それはどういうことかっていうと、始めるって何がすごいかっていうと、始めることによって人生の意味が変わるってことなんですよね。 例えば子供の頃にいろんなことを、今日からこういうことをしますって、運動会に向けて日程表立てて、毎朝走る、駆けっこの練習を始めるとか、毎朝勉強をするとか、いろんなことを始めることがあるじゃないですか。 もしその後、その始めたことをちゃんと続けることができて、ずっと人生を変えていくことがあれば、自分の人生って大きく変わりますよね。 早起きします、でも何でもいいんです。何か始めるって決めて、カレンダーに何とか初日って書いて、シールでも貼って、始めますってやって、そのままずっと続けることができれば、人生って大きく変わりますよね。 私たちは実は三日坊主ですね。継続できないから、大して変わらないんですね。継続できないから、そのまま元の暮らしに変えていってしまうんです。 私たちは何か始めても人生なんか変わらないよねって、今は思っているかもしれないけど、実はそれって始めることができないからじゃなくて、継続できないからなんですよ。 だから多くの場合、継続できないから人生変えることなんかできないけど、でもそれって始めることの力がないからじゃなくて、ただ単に継続することができないからなんですよね。 始めることはとっても大きいことだけども、でもいくら始めるという大きな力を使ったとしても、人生を変えるっていうのはとっても大変なことです。 だから始めるところの力はとっても大きいんだけど、その力を継続して引き続くことにやっぱり大事なステップがあるんです。 そのホップ、ステップ、ジャンプの次のステップっていうのをちゃんとすることができないだけであって、最初の始めるって小さいように見えるけど、実はとっても大切なんですね。 # 「始める」ことの力 例えば、動物は、人間と同じような意味では、何かを始めることってできないんですね。 私たち人間は、自分が始めることができるから、動物の姿を見ていて、 あ、何かを始めたなというふうに、そういうふうに私たちが見ているけれども、 動物って、実は何かを始めるということの意味が分かっているわけじゃないんですよね。 それはそれですごいことなんだけど、 当たり前のように、一瞬一瞬、そのままそのまま、一生懸命生きているだけであって、 それは人間から見れば、一瞬一瞬始めているわけなんだけれども、 でも動物ってそれが分かっていたってわけじゃないんですよね。 当たり前のようにやっているわけです。 でも人間って、これまでと違うような意味を込めて、今までとは違う一歩を始めることができるんです。 でも動物は、今やることが今のとは違うよって、今のとは違う新しい自分が始まるんだよなんて思うことはないんですよね。 だから何が大事かというと、始めるということは、何かをやることの内容もさることながら、 そうじゃなくて、自分がやることの意味付けが変わるということ、意味付けを変えるということなんですね。 こういうふうに考えていくと、始めるということの意味は、実は何かすごいことを始めるんじゃないんですよ。 そうじゃなくて、当たり前のこととは何でもいいんです。 ただ意味が変わるんだって、意味を変えるんだって、小さなことでもいいんです。 意味が変わるんだって、意味を変えるんだって、そういうふうに思うことがとても大事なんですよね。 だから、当たり前のことに全く違う意味を込めて、全く違う意味を見出すということの方が、実は始めるということの威力というのは、吐き去れていくんですよね。 もしも、今までずっと毎日暮らして生きてきて、当たり前のように生きてきて、不満だらけで思うようにならないしって、そうやって思ってるって。 だけども、人間、何かのきっかけによって、自分の欲望、自分の願望、自分の執着、そういうものから見たら、思い通りじゃないから、不満たらたらの人生かもしれないけど、ふっとあるとき。 しかし、自分の欲望には沿ってない。自分の思い通りにはなってないけれども、でも本当は、自分自身でそれをちゃんとやろうと思ったって、何にもできないって。 命もいただいたもの、環境もいただいたもの、人から教育を施してもらって、いろんなことを教えてもらって、助けてもらって、生活させてもらって、育ててもらってって。 自分の欲望からすれば思い通りじゃないかもしれないけど、自分では何にもできない人間が、いろんな人の力、いろんな人の思い、そういうものの力を借りて、何とか今まで生きてくる方ができたなって。 そうやって思ったら、ああって、思い通りにならないと思ってる自分が、身の程を知らなかったんだなって。 よく私たちは人生に不満を持つけども、じゃあそんな不満を持って、ブスかブスか、言うだけのことが自分ができるかって、できっかないですよね。 自分が誰かのために役立つことと、あるいは役立ってきたことと、自分が誰かの力を借りたり、誰かにしてもらったことと比べて計算してみたら、自分ができたことなんてとってもちっぽけなことなんですよね。 でも偉そうに自分たちが思い通りにならないって、イライラしたりしますよね。腹立ったりしますよね。 でもある時、ああって、自分なんか何にもできない。そんなできないし、何か思い通りなことをしてもらえるような、実現してもらえるような存在ではない。 そんなことできてないのに、そんな風に、ああでもない、こうでもない、自分でいろんな文句、文句垂れてるじゃないですか。 そういった自分の姿に気づいて、ある時恥ずかしくなる時が来るんですよね。 本当にそういうことが実感として思えたことがあるんだけど、その時から考え方って変わるじゃないですか。 そうするとね、確かに自分の毎日は輝かしいものではないかもしれない。思い通りにならないかもしれないけれど、 だけども、こんなちっぽけな、ささやかな力しかない、情けない自分であっても、こんな風に朝起きて、ご飯を食べることができて、 こんな自分でも謝って言ってくれる人がいて、こんな自分でも心配してくれる人がいてって、そしたら自分の人生について感謝することができるんですよね。 そうすると、今から、あるいは明日から、人生は変わるわけじゃない。 だけど、そんなことに気づいた瞬間に、くすんでるように見えた人生が、やっぱり感謝いたすことができるじゃないですか。 なかなかそんな風に感謝なんかできないですね。人間ってわがままだし、自分勝手だから感謝なんかできないけど、 ちゃんと本当に骨身に染みて、それが気づくことができて、実感することができたら、やっぱり毎日の意味って変わるんですよ。 そうするとね、何かすごいことを明日から始めて、スーパーマンのような働くことができなくても、ありがたいなって、そんな風に感謝することができると、 その瞬間に人生の意味ってガラッと変わるじゃないですか。 よく人生を変えるって、すごいことをするって、思いがちだけどそうじゃないんですよね。 そうじゃなくて、大事なことに気づくって、その瞬間に、明日からじゃなくて、今から、同じような人生、大切な人生でも意味が変わってくる。 で、意味が変わったら、動作を変えなくてもいいんです。やることを変えなくてもいいんですよ。 同じようなことを同じようにしながら、そこに感謝の気持ちが入ったら、意味は変わるじゃないですか。 ご飯を食べる時にね、当たり前と思って、ただ片手だけ、手だけ合わせたり、いただきなさげに行ったりして、ほでパクパクパクと食べちゃうって、味がないと思うかもしれない。 だけど、命をいただくんだって、そう感謝すれば、同じように手を合わせて、同じようにご飯を食べるんでも、そこに感謝が入れば、そこに味わいも変わってくるんですよ。 味覚の旨や不味いじゃなくて、意味は変わってくるんですよね。味わいは変わってくるんですよ。 心をこまえて何かをする。そこから始まるんです。 人間は、場所でもいい、時間でもいい、ここから始めるって。始めた瞬間に、そこから今までとは違う人生になるじゃないですか。 ぐるっと地面に円を描いて、丸を作って、その中にポンと立つって、その瞬間に自分の円の中にいるって思うじゃないですか。 そっちに印があるだけですよ。 そんなん誰が見ても気にも止まらないかもしれない。 でも自分がぐるっと線を引いて中に入ったら、ここから始まる、これは自分の場所だって思うことができる。 何月何日何時、自分はこれを始めるって。 あっという間に過ぎていってしまう。誰も知らない。 自分で講演しても、なんか知らんけどみんな何言ってんのこの人って思うかもしれないけど、 自分がその瞬間から、自分は違うって、変わったんだって思った瞬間に、生き方って変わるし、人生って変わりますよね。 ただそこに条件がある。 本当に変えるためには、その瞬間から継続的に人生は変わらないといけない。 それは心一つなんですよ。 その中にどう誘うものも変えるってこともあるかもしれない。 それは大変です。 物理的なチャレンジングがあるから。 だけど、物理的にすごいことをすることよりも大事なことは、今繰り返し話したように、 自分の気持ちが変わる、意味付けが変わるって。 それが一番大事なんですよね。 私はそんなことを道場で実は気づかせていただきました。 # 終わりのあいさつ 今日も長い時間お聞きいただきました。本当にありがとうございました。どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #継続する力 #何かを始める #人生を考える #欲望と執着 #思い通りにならない #意味付けが変わる 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ02:582.何かを「始める」こと07:333.「始める」ことの力00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 須田絵理子2024年5月15日ありがとうございました。 始めることの力…辛い経験から父親との距離がありました。生死一如を知ったところから少しづっ関わりを持っています。父を見ていると、私と似ている個性があり修正しなさいと仏性を感じ家族との関わりに笑顔が増えました。父に気づかせていただいたことに感謝を持ち帰り際に『ありがとう』と、伝えて笑顔で気持ちよく帰れる事が幸せです。『随喜功徳』他者の喜びを自分の幸せと見れる個性を大切に周りの人の笑顔に感謝して行きます。2返信
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始めることの力…辛い経験から父親との距離がありました。
生死一如を知ったところから
少しづっ関わりを持っています。
父を見ていると、私と似ている個性があり修正しなさいと仏性を感じ家族との関わりに笑顔が増えました。
父に気づかせていただいたことに感謝を持ち
帰り際に『ありがとう』と、伝えて
笑顔で気持ちよく帰れる事が幸せです。
『随喜功徳』他者の喜びを自分の幸せと見れる個性を大切に
周りの人の笑顔に感謝して行きます。