TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#211 蓮の花が咲いた09:09 2024年6月17日 406再生 問題を報告する 再生する シェアする 恵林寺の蓮の花が咲きました。今日は蓮の花についてのお話しです🪷AI目次恵林寺の蓮、見事な開花12年の歳月と師の教え泥中から咲く白蓮の神秘仏教と蓮の深い関わり蓮の香りに包まれてAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 恵林寺の蓮🪷が咲きました♬ エリンジュのハスの花がようやく開花しました。 そこで今日は、ハスの花についてのお話をしたいと思います。 私がここ山梨のエリンジュにやってきて、ちょうど江戸がひと回りしたんですね。 だけど、12年前に私がこのエリンジュにやってきた時には、実はエリンジュに特にハスの花が咲いているわけじゃなかったんですね。 で、このハスの花がどうして今たくさん咲いているようになるかって、これは私がエリンジュにやってくる時に、お師匠さんができたんですね。 私、最初に出家したのは岐阜のお寺で出家したんだけども、その後、いろんな事情があって、 京都の日本神社の御本山の立中に太宗院というお寺があるんだけれども、 その太宗院というお寺に、小僧として半年間、500回なって、いろんなことを教えられたんですね、小僧として住み込みで。 この太宗院というお寺は、横大園という立派なお庭があって、この横大園という立派なお庭にはハスがこうあるんですね。 ハスというのは、ちゃんと手入れを毎年しないと、いい花って咲かないんですね。 一時に咲くかもしれないけど、放っておくと、もう咲かなくなっちゃうんですね。 大体、太宗院だと、もう冬の終わりぐらい、春のまだまだ寒い頃ですね、2月頃とかに、 ハスの奪っていた蜂を開けて、中から根っこを出して、根っこをちゃんときれいにほぐして、 土ももう一回栄養いっぱいあるので作り直して、それで準備するんです。 それで手入れをするから、毎年いっぱい花が咲くんですね。 その時に、私が恵林寺へ出た時に、太宗院の宮の和尚様、私の和尚さんが、 ハスの花をプレゼントしてくれまして、これを山梨で育てたらどうだって言ってくれました。 私はそれをいただいて、山梨へ持ってきた。それで恵林寺でハスが増え始めたんです。 今お話ししましたように、ハスってちゃんと毎年手入れしないといけないんだけども、 今はこの有志の人が毎年ハスの手入れ会をしてくださっているんですね。 とっても嬉しいです。ありがたいことなんですよね。 そのハスの手入れ会をしてくださっているから、恵林寺のハスも毎年きれいな花を咲かせてくれるんですけどね。 結構ハスって大きくなるので、その手入れ会の時にどんどんハスが増えていきますから、 そのハスの株を持って帰って、自分の家で育ってくださっている方もいっぱいいると思います。 そうするとね、実は恵林寺から回ってきたハスって、これは本当は発祥は京都、明神寺の御本山のハスなんですね。 そんな風にしてね、京都のハスの花が山梨に広がるというとても嬉しいなって思っています。 # 仏教の教えと蓮の花🪷 蓮の花は、ご存知の方も多いかもしれませんけれども、仏教にとってはとても大事なものなんですよね。 仏教のものにはよく蓮の絵が描いてあるじゃないですか。 蓮を大事にするのは、特に大乗仏教なんですね。 皆さん、法華経という経のことをご存知かもしれませんけど、 法華経の漢字が、法という字、法律の法の字に花ですよね。 法華経、この法の花というのは、実は蓮の花なんですよね。 なぜ、そうなっているかというと、この蓮の花というのは泥の中に咲くんですよね。 汚い泥の中から真っ白な純白な綺麗な花が咲く。 だから、白い蓮の花は大事にされるんですね。 だから、法華経には泥の中からファーッと咲くという意味があるんです。 修行して清らかなことをしているという意味も、もちろん蓮にはあるんだけれども、 でも、大乗仏教って、何も清らかなところでずっと仕事ができるわけではない、 普通の当たり前の暮らしをしているものと妄想の中で、シャワーの中で暮らしているって、ほとんどの人はそうですよね。 そのシャワーの中で暮らしている中からでも、綺麗な綺麗な純白な清らかな花を咲かせるから、 その白蓮に白い花というのは大事だし、それを法華経のタイトルに使っているんですよね。 また、仏教について詳しい方は、日本において、 もう街の普通の職人さんとか、街で暮らしている農家の人とか、そういう普通の人です。 仏教を修行しているわけではないし、お経のことをたくさん知っているわけではないけど、 当たり前の日常の暮らしを当たり前にしながら、何かと念仏を唱えながら、 この清らかなここで暮らしている人たちがいるんですね。 昔から日本にそういう人はいっぱいいたので、 そういう人のことを明光人と呼んでいるんですよね。 絶えなる好みの人と書いて明光と書いて明光人という言葉があって、 これずっといるんですけども、大体18世紀くらいから特にそういう風に言うようになったと言われているんだけども、 この明光人を有名にしたのが禅の鈴木大理先生だったんですよね。 鈴木大理先生は禅の人なんだけど、禅で有名じゃないですか。 だけどもともとカガの人だけど、お母様がすごい熱心な北極の神社さん、浄土の神社さんで、 それで浄土の教えにものすごく親しみを持っておられたんですよね。 鈴木大理先生の96まで生きておられましたからね、長生きされたんだけど、 最後に一生懸命やってた仕事というのが、診断証人の教養審査所の鋭役だったんですね。 禅の人ではあったんだけど、浄土の教えにものすごく傾倒しておられたし、精通しておられた方なんですね、大理先生って。 大理先生は禅の厳しい修行をするわけでもない、もう本当に普通の暮らしをしている人が教諭家になるということで、 明光人というのをすごく大事にされて、それで有名になったんですよね。 この明光人の明光というのも、実はこの白蓮家のことなんですね。 白蓮家の素晴らしさを称える言葉なんですね。 浄土の教えを、浄土の教えって実は中国で教団として発展してくるんだけど、 7世紀に禅道大師という方がおられて、すごい方なんだけど、この禅道大師というのが浄土の幹部領事教という教科書について書いてある注釈の中に出てくるらしいんですよね。 私が大事だと思っていることは、泥の中に咲く美しい白蓮家、蓮の花を称えるというのは、 実は自分自身が綺麗な修行、道場とかそういうところで清らかな修行だけしている人だったら、そんな発想って出てこないということなんですね。 清らかなところで清らかなことをやるためには、すごい厳しい修行っているじゃないですか。 そうするとどうしてもエリートになっていくんですよね。 綺麗なところしか見ていない人って、実は日常生活のいろんな苦しみって、その苦しみの中で誰もが清らかな修行をやりたいわけですよ。 辛くても清らかな修行ってしたいじゃないですか。 実際やってみるとそんなに良いものではないんだけど、でも誰もが憧れるんですよね。 だからその時に、清らかなところって歩いていると、どうしてもどこかで、本人自身が謙虚であっても、無意識のうちにやっぱり人間の愚真さって出てくるんですよね。 だけど発想を大事にする人って、ちゃんと泥に目が行くんですよね。 強度かなところを目指しているんだけど、泥に目が行くって、その泥から真っ白な純白な花が出ることが素晴らしいんだって、それとっても大事じゃないですか。 だからこの法華経もそうだし、明光にもそうだし、この白蓮華ですよね。 この蓮華、蓮花を大事にする発想って、どこかでね、分かってはいるけど苦しい思いをしているって、 そういう私たち人間のね、なんとも言え、作家というものについて注がれているね、まなざしというのがあるなって。 これはとっても大事だなというふうに思います。 ちなみに私は蓮とても大好きなんだけれども、蓮って香りがいいっていうことを言おうとしらないんですよね。 蓮って咲いているとすごくいい香りがするんです。 蓮の花が咲いていて、そばへ寄ることができたら、そーっと蓮の器みたいになっているじゃないですか。 蓮の花の中に、花に顔を近づけて香りを嗅いでいただきたいと思います。 蓮の香りってとってもいいんですよ。濃厚ないい香りがしますね。 そんなわけで、ぜひね、蓮の香りを嗅いでいただきたいなというふうに思います。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #浄土宗 #恵林寺 #法華経 #鈴木大拙 #蓮の花が咲いた #妙心寺退蔵院 #余香苑 #善導 #妙好人 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:091.初めのあいさつ03:012.恵林寺の蓮🪷が咲きました♬05:513.仏教の教えと蓮の花🪷00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 須田絵理子2024年6月17日ありがとうございました☺️🪷蓮の花の香りの様により周りに目を向けて笑顔で周りの人に感謝をし一日を送りたいと感じます。3返信
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蓮の花の香りの様に
より周りに目を向けて
笑顔で周りの人に感謝をし
一日を送りたいと感じます。