TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#234 もやもやに向き合うこと07:48 2024年7月18日 362再生 問題を報告する 再生する シェアする もやもやの正体についてお話しました。今日は、その先のことについて。AI目次モヤモヤの正体と向き合う方法とは?モヤモヤの原因、自分自身と心の外執着か?諦めない心か?その違いとは?解決を急がない、心の持ち方とは?あなたは本当に主人公ですか?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エンジの古川周玄です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # もやもやの正体...昨日のおさらい 今日は、モヤモヤに向き合うことということでお話したいと思います。 昨日は、Voicyのほうからいただいたトークテーマの、モヤモヤの正体ということでお話ししましたけれども、 モヤモヤというのは、自分の心の中に浮かんでくるものですよね。 その正体はどこにあるかという話をしました。 今日は、それに対してどう向き合ったらいいのかということをお話したいと思うんですよね。 昨日お話したことは、最終的には、そのモヤモヤしているものを覆い隠したり、 見て見ぬふりをしたりしても、どうにもならないんですよね。 モヤモヤしたものが心の中にわざわざあっていると、 見たり聞いたり、感じたり、考えたりというところに、どうしても影響してくるんですね。 だから、見ないふりをしたり、見ないようにしたりしていても、 なかったりしたとしても、必ずそれが影響されてくるんですよね。 そんなんだったら、思い切ってちゃんと向き合った方がいい。 だけど、モヤモヤの正体、モヤモヤの根本というのは、 自分自身の心の中にある場合と、そうじゃない場合があるんです。 多くの場合は、モヤモヤを引き起こす原因というのは、自分の心の外にあるんですよね。 人間というのは、できることに限りがありますから、思い通りにならないことがいっぱいあります。 だから、思い通りになりたくてもならないという、そんなことが積み重なっていくと、 だんだんだんだん、こんなはずじゃ、ってなってきて、それがモヤモヤの原因になる。 でも、これはどうにもならないんだけど、実は、このどうにもならないことに対して、 さらに思い通りになりたい、なりたいって思うじゃないですか。 思い通りにならないということが分かっていても、分かっちゃいるけど、 そこに不満を膨らまして、怒りを膨らまして、恐怖や不安や焦りというのを膨らまして、 どんどんどんどん、巨大化させていくんですよね。 だから、モヤモヤな正体って、半分ぐらいは、自分にどうにもならないものであると同時に、 半分ぐらいは、自分で大きく膨らましちゃったんですよね。 だから、その大きく膨らましちゃっているものを、全部取り去ってしまって、向き合っていくんだったら、 時間がどれだけかかろうとも、引き受けて、ワンチャンス。 ずっと解決の入り口が見えなくても、ずっと待ち続けて、 ずっと、いつか必ず立ち向かうんだというふうに、きして待ち続けると、 人生というのは、いろんなことがあります。 自分自身も成長するし、周りも変わってきますよね。 その中で、ワンチャンス、この進み道を見つけることができる。 私自身の経験から、そんな話をしましたよね。 # もやもやに向き合うということは... そんな風に、たとえ解決の糸越が今は見えないとしても、解決を急がないって。 諦めないで、状況を担いながら、いつか必ず立ち向かってやる、解決してやるっていう風に、心に決して待つっていう話をしたんだけども、 いや、それって執著じゃないのかって、ご質問が出たことがあるんですね、かつて。 いやいや、諦めないで、ずっと担いながら待ち続けるということと、執着とどこが違うのかって。 実はこれって大事な問題なんですよね。 例えば、もやもやと立ち向かうという時に、立ち向かうということが既にもう執著じゃないのかって議論がよくあるんですよね。 似た議論で、例えば修行をするって。 悟りを開きたい、ゲラッとしたいと思って修行する時に、それって思い通りにならない人生だから、 もう諦めちゃって、思い通りにならないのを受けることができるように修行するって。 でも、それも一つの欲望と執着じゃないのかって議論があるじゃないですか。 修行に志すということ、目立つと求めるということも既に執著じゃないかって、自分とじゃないかって、 そんな質問が出ることがあるんですよね。 それと似たような問題なんですよね。 で、もやもやに向き合うということと、もやもやに執着するということ、どこがどう違うのかってことはとても大事なんですよ。 で、例えばもやもやに向き合うということはとても大事なことだってお話ししましたけど、 それが欲望と執着に囚われているという状態ではいけませんよね。 じゃあどこで見分けるかって。 これは丁寧に丁寧に自分の心をほぐしていかないと見えてこないことだから、難しいことなんだけども、 ざっくり大きな分け方をして言うと、 まず最初に、欲望と執着に囚われてしまうという時、欲望と執着の特徴というのはどういうものかって。 これ実は欲望と執着というのは、自分自身が主人公になっているつもりであっても、実は主人公は欲望と執着って。 自分自身がこれを目指しているんだって、自分自身が主人公になっているつもりでも、実は自分自身がその欲望に引きずり回されているだけなんですよね。 だから何か執着するじゃないですか。こうなりたい、こうしたいって。 で、確かにそれを欲しがっているのは私なんですよね。 でも欲しいという思いは実は根本が欲望と執着にあるわけですよ。 そうすると、自分がそう欲しいと思っているんだけども、思わされているところがあるんですよね。 要するに欲望と執着に引きずり回されているだけなんだって。 最終的には欲望と執着が主人公で、自分はその欲望に引きずられているだけって。 そういう時の特徴って分かっちゃいるけどっていうことなんですよね。 だからそういう場合には、自分で自分の人生をちゃんと歩んでいるって思えるかもしれないけど、そうじゃないんですよね。 引きずり回されているだけなんですよね。 自分で自分の人生をちゃんと生きているんじゃなくて、自分の欲望に引きずり回されているだけってことになってしまうんですね。 それではいけないんじゃないですか。 もう一方で、諦めないで状況を見ながら、解決の糸口が見えなくても、諦めないで肩の立ちに向かってやるって心に期して待ち続けるっていうのは、 これは欲望と執着に引きずられているんじゃなくて、自分で諦めないで心に期しているってことなんですよ。 これは区別が難しいですよね。 でもこの区別ができないと、自分自身の主人公として生きているのか、それとも、うじうじと感情や欲望に引きずられているだけなのか、わからなくなっちゃうんですよ。 これは具体的に、私たち一人一人な、自分の心の中に、誠実に、正直に、静かに、落ち着いて、問いかけることによってしか見えてこないです。 自分が主人公で待ち受けて、いつか必ず立ち向かうというつもりで、心に期して待ち続けるって、決して諦めないって、心を配り続けるっていうのと、 欲望や執着に引きずられて、そこから離れることができないっていうのとは、小さな違いだけど実は大きな違いがありますよね。 それは、自分で引き受けることができているのか、それとも自分が引きずられているのかって。 さて、これは私自身もいつも自問自答することなんですよ。どちらでしょうかって。 自分自身の主人公であるのか、自分自身が引きずられているだけなのか、主人公は欲望と執着だけなのか、どちらですかって。 自分がもやもやしていたり、あるいは何かに欲望を持って、あるいは何かを目指しているときに、自分が主人公なのか、 自分は欲望と執着の使われているだけの猿回しなのか、猿回しの猿なのかって。 いつも立ち止まって、そこを見つめることがとても大事じゃないかなというふうに思います。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして、誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #主人公 #欲望と執着 #もやもやに向き合う #もやもやの正体 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ02:312.もやもやの正体...昨日のおさらい05:003.もやもやに向き合うということは...00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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