TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#267 禅の言葉から...一葉落ちて天下の秋を知る(続)08:45 2024年9月3日 320再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、禅語「一葉落ちて天下の秋を知る」についてです...AI目次禅の言葉が示す、心のあり方とは?瞑想で得る、感性の研ぎ澄まし方集中と観察、自分を取り戻す方法心の自由を取り戻し、変化に気づく秋の気配に気づける心の状態とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンジュの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 瞑想修行のすすめ 今日は、昨日に引き続き、禅の言葉からということで、 一応落ちて天下の悪虚を知るということについて、少し補足のお話をしようと思います。 出典は、禅が生まれる遥か前の古い古い中国のエナンジというものに出典があるこの言葉ですけれども、 この言葉を禅のお坊さんたちが修行の上でとても有効だということで、禅語として改めて生命を吹き込んで活用しているということですよね。 禅語として読むときにどうなるか。 普通に読めば、まだ誰も秋の到来を予測しない頃、敏感に感性を研ぎ澄ましていれば、 青桐の葉っぱ、全てに咲き上げて早く落ちる葉っぱは青桐とされていますから、 青桐の葉っぱがハラッと落ちる姿を見て、まだ誰も気がついていないのに、 もう明けが来ているんだって、気づくことが大事だって、天下に先んじてその変化を捕まえる敏感さ、鋭さが大事なんだって、こういう教訓の言葉なんですよね。 この言葉を禅のお坊さんが修行の言葉として採用するときに、ただ鋭く素早く敏感に察知するだけじゃなくて、 そもそも敏感に察知すべきものなんですよね。 そもそも気づくべきものに気づかないっていうことでいいのかって、 そうすると普段から当たり前のように見て、当たり前のように聞いて、当たり前と思っているんですよね。 でもそれ本当に当たり前なのかって、見るべきものを見えているのか、聞くべきものを聞いているのか、感じるべきものを感じているのかって、 そこに立ち返って、自分自身に立ち返って考えろって、そこに修行が始まるんだぞ、そこから修行が始まるんだぞって、 そういう話だったっていうことを前回、昨日お話ししましたね。 それでこの気づきとか敏感な鋭さ、ちゃんと見えているのか、ちゃんと聞いているのか、ちゃんと感じ取っているのかって、 それはどうすればいいかって。 仏教では、お釈迦様以来の伝統で、そのためにこの瞑想を教えるんですよね。 座禅というのはそのためにやるんだということです。 座禅の瞑想というのは、以前にもお話ししましたように、集中して観察するということなんですよね。 集中が必要でどうしてかって、それは雑念にとらわれていると、見ていても見えないんですよね。 例えば、仕事で追い立て回らされていると、家族のちょっとした変化に気が付かないということが起きるじゃないですか。 集中というのは、そんなふうに追い立てられたりして、心が奪われてしまっている、何かに追い立てられたりして、気になって消えて仕方ないというふうに、 何かに心が奪われてしまって、とらわれてしまっていると見えないから、 まず、そういうふうに心が堪えられないように、心を引きずっていってしまうものから、切り離すということが大事なんですよね。 まあ、仕事は気になって気になって、物の味がわからないって。 禅の修行というのは後に、この味を忘れるという必要があると教えてありますけど、それは例外のケースとして、 まず最初に、お釈迦様が教えた、集中と観察ということから言うならば、まず最初に、そんなことはいけないとなるわけですよね。 その時その時の自分の感覚、自分の体の状態、自分の周りの状況、自分の心の状態って、順番に順番に集中をバランスよく配分して意識を向けるって、 そういうのが大事だとされているんですよね。大切なのは、心が何かに引きずられてしまうということがないようにするって。 これは、四年寿とか四年寿観という仏教のやり方ですよね。 まあ、そんなふうにして、気づきとか敏感さを得るために、瞑想があるんだというふうに、仏教、そして禅は教えるんです。 # 自分を取り戻す ですから、まず最初に注意すべきことは何かというと、 自分の心が何かに引きずられてしまっているということがあるかないか、これに気づくということですよね。 大切なことは、心が何かに引きずられてしまっているんだったら、 それ以上は引きずられないように、自分の心を強く吸着して、吸引して、 引きずってしまうものから切り離すということが始まるんですね。 これには集中力が要るんです。 だから、集中力を使って、自分が何か気になって気になって仕方ないことがあるんだけど、 でも例えば、禅だったら、数足感といって数を数えることを教えるじゃないですか。 もう心配なことがいっぱいあるし、何か心がそっちに向かっちゃうことがあるんだけど、 あえて意識して、集中して、そういう心配なことに心が向かわないようにして、 一つ、二つと呼吸を数えるって、そこから始まるんですよね。 何か心配なことに心が奪われている状態って、何か対応できているかというように感じちゃうんだけど、 実はあんなことはないんですよね。ただ巻き込まれているだけなんです。 ある程度、心を自由自在に、距離をとって、ちゃんと見ないと、見えないことっていっぱいあるんですよね。 でも、巻き込まれてしまって、ぐるちゃぐるちゃになってしまったら、どうにもならないですよね。 そうならないためにも、心を自由な状態にしておく必要があるんですよね。 だから、気になることから心を開放するということが、瞑想の基本なので、 このまず最初にそうやって、自分の心を引きずっていくものから、心を切り離して、 心を自由な状態にするって、リラックスして、いい状態に心を持っていくって、 そういうふうなことがまず大事なんですよね。 まずそうやって、心を引きずってしまうような、強く心を引っ張るようなものから、心を切り離して、 心の自由というのを取り戻してから、一つ一つ丁寧に起きていることを観察することですよね。 見て、聞いて、感じていることに集中する。そうすると、気づきがたくさんあるんですよね。 そういうふうにして見えると、そういうふうにして気づき方を変えると、 自分がどうしようかな、どうしようかなって、道がないというふうに行き詰まっているように感じられるものでも、 違う視点から見たら、違う見え方がしますよね。 そこが大事なんですよね。 そんなわけで、まず大事なことは、そんなふうに、まず心が引きずられてしまわないように、 心を自由にする、切り離す。その上で、丁寧に丁寧に自分自身の心と向き合うことですよね。 お釈迦様はまず、身体感覚ですよね。感じるということ。 それから、自分の体の状態ですよね、まず。 で、それから心に、自分の心の状態に、心を集中して、 それから周りの人々に集中していって、 そんなふうに瞑想を放って、順番に近いところから遠いところへと心を向けていくんですけども、 そんなふうにやるということですよね。 で、こういう状態、つまり、何か知らんけど自分の心が忙しいからとか、 大変だからとか、責任があるからとか、引きずり回されちゃっても、 自分であって自分でないような状態を、こう自分から抜け出して、 こう自分の心が自由に動くというところを取り戻しさえすればですよ。 その状態でいえば、例えば、はらっと一枚葉っぱが落ちるときに気づくんですよね。 あれはちょっとした風の変化にも気づいて、秋のところにも気づくし、 ちょっとした家族の顔色の変化、言葉遣いの変化、 職場の仲間の雰囲気や態度の変化、 自分の友達の言葉遣いやイントロのちょっとした変化の中に、 いろんな大切なことを気づくことができるようになりますよね。 そんなふうにいろんなことに気づくことができるというのは、 実は自分を取り戻しないと無理なんですよ。 だからそうやって自分を取り戻すことができれば、いろんなことに本来気づくはずなんです。 そうやって自分を取り戻す。これは禅の根本ではですよね。 そんなわけで、一葉落ちて天下の秋を知るって、 逆に言うと、そういう小さな変化に気づかないということは、 何かに自分の心を奪われていて、自分を見失っているんじゃないかって、 そんなふうに振り返ることが必要なんですよね。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして誠にありがとうございます。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #瞑想 #禅語 #自分を取り戻す #集中と観察 #禅の言葉から #一葉落ちて天下の秋を知る 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:111.初めのあいさつ04:042.瞑想修行のすすめ04:223.自分を取り戻す00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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