TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#346 「学び」ということ...徒弟制度の学び13:41 2024年12月23日 375再生 問題を報告する 再生する シェアする 「学び」ということについて、学校での教育と、徒弟制度の現場での違いなどを考えてみます。AI目次学びの質、転換点とは?徒弟制度、学びの真髄とは?ポジティブからネガティブへ?これからの教育、課題とは?創造性を育む教育の未来AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンギの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 学びの質が変わる時 今日は学びということで、都定制度の学びのお話をしたいと思います。 私は29まで学校で勉強する機会がありまして、それから主要道場に行って、結局は42でお寺を出てくるまで、学びの立場で一貫して生きていることができたんですよね。 学校教育の学びというのもかなりしっかりさせていただくこともできましたし、その後、都定制度の中へ飛び込んで、いわゆる小僧ですよね、ゼンカラで叩き込まれる形の教育を経験したんです。 そうすると、まずは学校教育という形での学びが相当時間ありまして、それから今度は全く違う都定制度的な叩き込みの教育をじっくりと味わうことができましたので、その両方の違いを自覚的に意識することができたんですね。 時々、やっぱり全然楽しいよということもあったり、それから私は落語の世界とちょっと違いがあったりしましたので、あれは講談の世界ですよね、それでお弟子さんを育てていく師匠の立場というのもよく分かるんです。 そうすると、例えば先生と教え子という関係だとすると、先生と教え子ということももちろんあるんですが、師匠と弟子、いわゆる都定制度ということの良さもよく分かるんですよね。 現在の社会ですよね、現在の日本、どこで教育ということが起きてくるんだけれども、その時に学校的な教え方、学校的な学び、それから都定制度的な教え、都定制度的な学びって、両方について知っておくと役立つことが多いなと思うことがあるんですね。 それで今日そういう話をしようと思ったんですよね。まず初めに起きることって何かって、一つは学びというのは何も知らないから学び始めるわけですからね、まずは言われたことをやるということなんですよね。 それについてもちろん説明をして分かってからやってもらうというのが今の自由です。そこについてはいろんな考え方があるんですが、いいとします。どちらにしても言われたことをやるというのがまず最初なんですよね。 ただ言われたことをやるということをどれだけ丁寧に解きほぐして教えてもらっても、自分の中で強い前へ進んでいこう、もっと成長していこうという動機がなかったら、そこから先伸びていかないんですよ。 伸びていくためにどうしたらいいかって。じゃあ次のステージっていうのは、何でそういう指示が出るのかって考えるんですよ。 そうすると指示が出るのが何でかってことを考えていけば、言われなくても当然こうしなきゃならないよねって分かってくるわけだから、言われなくてもやるようになるんですよね。 その次にそれが分かってくると今度は、自分にいろいろ教えてくれる人、指示してくれる人が、何を考えてどうしようとしているのかってことを考え始めるんです。 そうするとその人の立場になって、その人の目線で考えることが起きてくるんですよ。 これは成長ですよね。最初の言われたことをただやるっていうこと。 それからどうしてそういう指示が出るのかって考えるっていうのは、自分の側から考えるというだけなんです。 でもその次に指示が出てくる根っこですよね。 相手が何を考えているのかって、自分の目線とは違う相手の目線からものを考えるようになるって。 これは実はやっていることは同じように決まりきったことをやっているとしても、全然右肩が違ってくるんですね。 そういうこと、右肩が違うっていうことを身につけるっていうことが教育の基本ですよね。 その瞬間に、ただ上手になるとかっていうだけじゃなくて、ものの考え方が変わるって。 新しいものの考え方、それまでなかったものの考え方、見方を手に入れるってわけだから、 ただ単にスキルが習得するってだけじゃない、やっぱりそこに成果があるわけですね。 この部分はとても大事なんですね。 # 徒弟制度の教え こんな風に学びの姿勢が変わって、見方が変わってっていう風に、そうすると人間的に変化が起きるじゃないですか。 そういう風なところまで学び入れた時に何が起きるかっていうことを、もう一度最初に戻って、違う切り口から考えると、 例えば、言われたからはやるって、そういうレベルで、しかもどういう支持が出るのか、なぜそういう支持が出るのかっていうことを考えるというだけだったら、 それって要するに切り口として見ると、要は何をしますかっていうことが全部命令になって出てくるわけですよ。 これをして、これをして、これをして、これをして、これをしてって。 そういう風にやることのリストが繋がっていくってなるんですよね。 コンピューターがそうじゃないですか。やらなかったらコマンドがずらずらずらずらと並んでるわけです。 そういうのをやるべきことが並んでいるポジティブリストって言いますよね。 今度はそうじゃなくて、自分が何でそういうことが出てくるのかっていうことが分かってきて、 ただ何でそうなるのかっていうことが分かっているだけじゃなくて、その人が一体何を考えてどうしようかっていうことまで想像性ができるようになると、 今度はただ単にこれもできる、あれもやる、これもやる、そういうのが劣化するだけじゃなくて、 要するにこれやってたらダメだよねって、これはやることの目的からずれてるよね、これって効率が悪いよねって、 そういうふうにやってはいけないっていうことが分かってきて、それ以外は全部動員して自分で考えて、 一番いい方法を探して自分で考えてやれって、どんどん考えてやれってなってくるんですよ。 そうすると、やっちゃいけないことだけ並んで、あとは全部やっていいわけだから、 もうその場その場で自分でどんどんどんどんすごい工夫してやっていけばいいわけじゃないですか。 そうすると、こうした場合、このやり方だと要するに、やってはいけないリストを並ぶだけですよ。 そうすると、これはネガティブリストってやつですよね。 ネガティブリストに基づいて、つまりやっちゃいけないリストだけ覚えておいて、 それ以外のことを総動員して、一番いいやり方をどんどん工夫するという方は、どういうことかというと、 別の見方をすると、これってルールを理解して適切に考えるってことなんですよね。 だから先ほどお話しましたように、言われたからやる、仕方ないからやるって、 なんでそういう知識が出るのかやるって、それが言われなくてもやるから、 今度は逆に自分が相手の目線で変わるっていうふうにガラッと変わるってことは、 これはどうなるかっていうと、ここでは要はルールを理解して、 ルールを理解してその上で現状を考えて自分の判断していくっていうふうに変わるっていうことですよね。 こんなふうに変わることが成長であり学びっていうふうになります。 こんなふうに変わる、これを実はダイレクトに、いちいち教えないで、 いきなりこの変化を、いきなりそこに集中して、ここを叩き込むっていうのが都定制度の特徴なんですよね。 でも、例えば、なんでそういう知識が出るのか考えろっていうことはできるんですよ。 言わなくてもやれってことは言えるんです。 でも、相手の立場に立ってどう見えるのか、それをやれって言われるのは、ちょっとグレードが違う難しさですよね。 だから本当はこれ難しいことで、徐々に徐々にしなきゃいけないんだけど、都定制度っていきなりそこを叩き込むんです。 厳しいし混乱もあるんだけど、うまく乗っかることができると、すぐさま成長するってことがあるわけ。 でもこれって、そういうふうに無駄を省いて、ダイレクトにやってる良さがあるんだけど、 これってまず最初に、やられてる方の、都定の方の資質とかやる気とか、そういったものにだいぶ対応されてくるんですよね。 そういう意味で、両方良いとこと悪いとこがある。 ただ、一つだけ忘れてもらうことは、自分で相手の立場に立って考えるという、これはおそらくは教えてもなかなかできないです。 やっぱり自分でそういうふうにやろうって、そういうふうになろうと思わないとできないんです。 だって、例えば、都定関係だったら、師匠のことを尊敬していて、師匠に怒られないように、ただ仕方ないからやろうとか、怒られないようにやるんじゃなくて、 師匠のように考えたい、師匠のようにやりたいって、師匠に憧れを持っていて、そういうふうにできるようになりたいって、 強く絶望しなかったら、なかなか相手の立場に立って考えないとできないですよね。 そういう共感ってことがあるんですよ。 共感すれば成長するっていう、点検みたいなことですよね。 それが、この都定制度の魅力ってことになりますね。 # これからの教育の課題 失敗を恐れていると、なかなか自分で考えられるようにはならないですよね。 失敗を恐れていると、もう安全策になるので保守的になってしまって、言われたことをやるという風にならざるを得ないんですよね。 だから、あまり過剰に叱るという仕組みだと、 とて制度で例えば叱り叱り叱り続けちゃうと、失敗を恐れるととてと伸びなくなっちゃうんですよ。 とて制度の弊害が出る時ってこういう時ですよね。 あまりにもとての側の事情を考えないで、師匠が叱りすぎちゃうと、 恐怖に変わって、恐れに変わって、自分の殻をさらに熱くしちゃって、どんどん引き持ってしまうんですね。 これはうまくいかない。 そこの運用ですよね。 とてがどれくらいのつもりでいるのかというところの緩急を、師匠がうまくつけないとうまくいかないです。 学校の今の教え方というのは、まず最初にこれをしなさい、これをしなさいというふうにポジティブリストをつなげていくわけですよ。 これをして、これをして、はい、できますか。 じゃあ次これやります、これをやります、これをやりますって。 だから学校では教えていないことができないのは当たり前だって。 だから全部教えこもってするわけですよね。 それはいいところもあるんですよ。 だけどそれってやっているうちにどんどんどんどん量が増えていって大変になってしまうんです。 ある程度以上になってくると、もうあらゆるケースに応対するようにあらゆるケースを教えるって無理になりますので、どこかでパンクするんですよ。 で、とっても制度って難しいけど、ルールを理解して、そのルールも教えてもらうだけじゃないんですよ。 自分でルールを築いて、自分でルールをうまく考えて、場合によるとルールを買いくぐって、自分がいいと思う成果を出すわけですよね。 だからこれって効率も不足いいんです。 だからどこかでやっぱりその学校制度の行き止まりが、限界が出てくるから、そこでこの校舎の都定制度的なものに変わるべきなんだけど、どこでどう変わるか。 これ実はうまく運用してやってくっていう制御理を見つけた人はまだいないですよね。 まずもう学校制度的な積み重ねをやってくっていうことが基本だし、都定制度的な教え方っていうのはやっぱりメソッドとしてうまく作ることって難しいんですよ、やっぱり。 それができるなら苦労はいらないっていうことですよね。 そういう意味で、ぜんざらで人を育てるのも難しいし、都定教育で職人さんを育てるのは難しいし、いわゆる職人芸的世界っていうのは落語率っていうか落ちてしまうこと、脱落率も高いんですよね。 でもこれからは、ただ教えたことをやるんだったら、それこそ本当にコマンドインプットして機械にやらせることと同じことなので、人間的な価値ではなくなってしまうんですよ。 人間的な価値って自分でクリエイティブに考えることじゃないですか。 そうすると、教えてもらったからやる、今日は聞いてませんからできませんなんて、そこで終わってたら機械に乗り越えられちゃうんですよね。 人工知能もそうだけど、AIに乗り越えられちゃってしまうんですよ。 だからやっぱり大事なことは、人間の素晴らしさっていうことを身につけるためには、やっぱりできるだけ自分で創発的に創意工夫して考えられる必要があるんです。 そういう意味で、まだうまくいく方法っていうのを、メソッド的なものはできてないけれども、 でもこれからの課題としては、うまくポジティブリストからネガティブリストのコマンドに変えていくっていうこと。 どんどんどんどん相手の立場で想像できるように想像力を磨いていくっていうこと。 そういう仕組みがどうやったら伸びていくのかっていうことを考え抜くっていうことが必要になりますよね。 現時点では、難しいんです。やっぱり時間がかかってしまうし、失敗も多いんです、やっぱりそういう教え方っていうのは。 でもやっぱり現場の感覚からすると、教えてもらって覚えてやっていくのと、自分で気づくって違うんですよ。 同じことでも、自分が気づくまで教えないで待ってやるって、時間もかかるし、無駄も多いし、失敗も多いんだけど、 こうしてうまくいくって星はないけど、こうやって本人が気が付いた瞬間に、自発的にできるようになるから、それができたら自律的になるんです。 でもそういうふうに待つことをしないで全部教えれたら、いつまでたったって先生、どうしたらいいでしょうか、先生、どうしたらいいでしょうかって、 何でも聞いてやっぱり座っちゃうような、一人前じゃないような人になっていくんですよね。 そういう意味で、やっぱり今の課題は、人間の人間らしさ、人間の素晴らしさということを発揮するという意味でも、 ただあえて教えなくて、自分で考えて、自分で気が付いて、さらにさらに相手の立場やいろんな立場になってみて考えてみるっていう、 その想像力を養う、これの仕組みをどうやって教育現場で作っていくかということがポイントになるんだ。 これはもう全裸でもとっても大事な課題だということになります。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お来ていただきまして、誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #学び #自分で考える #徒弟制度 #言われたことをやる #ポジティブリストとネガティヴリスト 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ04:082.学びの質が変わる時04:253.徒弟制度の教え04:514.これからの教育の課題00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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