TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#349 人生を考える...「老い」に向かって16:35 2024年12月26日 420再生 問題を報告する 再生する シェアする 1年の終わりに、特にいま、心に浮かぶこと...AI目次老いの深淵を覗く、師との出会い修行道場での忘れ得ぬ光景心に刻まれた、数々の物語「老い」への新たな問い穏やかな死生観を学ぶAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 臨時の古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 先住職老師から学ばせていただいたこと 今日は、人生を考えるということで、 お家に向かってというお話をしたいと思います。 今年、いろんなことがあって、年末の振り返りをしようと思っているんですけれども、 特に強く心に浮かぶことって何かというと、年を終えるということですよね。 私はまだ50代の後半ですから、 昔だったらともかく、現代の社会の平均寿命と考えると、まだまだ若そう。 ましてや、お坊さんの世界というのは、長生きしてなんぼというところがあるんですよね。 人生の経験を積み重ねていって、知恵を獲得するって。 そうすると、長生きをしていって、たくさんの知恵を積み重ねていくことが、お坊さんの値打ちであるわけだから、 ある意味では、まだ50代なんて腹たれ小僧って、そんなところですよね。 そんな若い奴が何言ってんだって、言われるかもしれませんけれども、 でも、やっぱり年をともに、いろんなことが心に染み入るって、そういう体験があるんですよね。 今年はいろいろ考えさせられることがあって、それで、特に老いということが、自分の心の中にテーマとして浮かぶんですよね。 いくつか老いについて、私は学ばせていただいた経験があるんですけれども、 だんだんだんだん年をとるとともに、人間って衰えていくじゃないですか。 小老病死っていうのが仏教の基本だけれども、後ろ三つ、老病死っていうのは、年をともにどんどんどんどん、しされたとして待ってくるものですよね。 私は道場に行っているときに、自分の父親も亡くなってしまって、それから可愛がってくれた祖父と祖母が亡くなってしまったって、 自分の身内になる人が、みんな私が道場中に亡くなっているんですよね。 修行道場というのは厳しいところですから、修行中に自分の身内が危険な状態になったといったって、休みなんか取れないし駆けつけることって基本的に許されていないんですよね。 自分の両親、兄弟、二親等ですよ。それから自分の師匠だったらある程度は優遇は効くんだけど、それも思いのままには任せないです。 修行道場と自分の実家が遠かったりする、あるいは自分のお寺が遠かったりすると、多少許されても間に合わないことが多いです。 私の場合は3人とも間に合わなかったんですね。だから少量であって、同時に人の死を本当にすぐそばで手を握りながらって、そういう経験をしたことがなかったんですね。 ありがたいことに私の母親は元気でまだ岐阜にいて、まだまだとても元気でとても嬉しいことです。ありがたいなって思っているんだけれども、 でも自分にとって大事な人が祖父母、それから父、自分にとって本当に大事な人が亡くなるときその場に居合わせる経験ができなかったんですけれども、 だけども私の住職、先代の住職ですね、不満県南城大興老子は、私はすぐそばでお寄り姿、最後の3年を過ごさせていただいたし、 それから老少最後は病院に入っておられたんだけれども、駆けつけていって最後おそばで手を握りながらお見送りすることができたんですね。 それが私にとってはとても大きな経験。ああ、こういうことなのかって、お寄りってのはこういうことなのかって、死に向かってこういうことなのかってことを師匠から学ばされました。 その時に家族ぐるみでお付き合いのある私の顧問弁護士の先生が、もうちょっと前に私にこう言ってくれたんですね。 老子ねって、老子はそんなふうに身近な人のとこに一番勢いを受けた一人であるお父様をお送りするとかでいなかったんだけども、老子をそばでこうやっておいていく姿と最後の姿をそこでそばで見ることができるって、それはお父さんの代わりなんだよって。 だからそうやって学ばせてもらいなさいよねって、年上のある方なんだけども、そうやって私に言ってくださってすごく心に響いたんですけども、 実は私の先代の住職は私の父の親父なんですよ。父は68で亡くなってしまったんだけど、私の先代の父は80の前半で亡くなっているんだけど、私の父親よりも2ヶ月ぐらい年下なんですね。 雰囲気もよく似てたんです。穏やかで穏やかで静かな方だったんですよね。それで優しくてね。私はもうなんとなく先代のご住職、先代のうちの住職ですよね、会って話をしているとなんとなく父の姿が重なっていたんですけども、最後の姿をね、そうやって見せていただいたんです。 まあその時の姿ってまだいつかある日を改めて終わらせる時があるかもしれないけど、そこから禅の修行を一代してきた人は、自分の最後を迎えるようになって、どんな風に自分の最後に向かっていったかって、本当に心に染み込んで、目に焼き付いて、耳の奥に言葉が残るような経験をさせていただいたんですね。 ああ修行ってこういうことなのかって、そんなこともあってね、向き合っていくってこと、自分の人生の総決算で穏やかな人でそんなことを人に見せていなかったんだけど、修行を積み重ねていくからこうなれるんだって、だから努力ってすごいんだってことですよね。そういうことを努力するとか価値がある、値打ちがあるんだ、努力ってすごいんだってことを、このお姿から学ばせていただいたってことが一つあるんですね。それが一つ目です。 # 大徳寺での修行道場時代のこと それからもう一つですね、修行道場にいたときですね。 私は大徳寺の本壇の修行道場、大徳僧道で修行させていただいたんだけれども、 大徳寺といえば御庁の世界で特に有名な橘大輝っていう、 よいやんのお相様がおられたんですね。 この人すごい人で100歳以上生きておられた。106だったかな、生きておられた方で。 で、一番びっくりしたのは、私が道場に行ったときはまだ90代、半ばぐらいだったかな。 まだお元気で、歩いて本壇の御殿を押しておられたんですよ。 で、この方、昭和の8年に修行道場に降りられて、 それで大徳寺の山内の徳禅寺という、もう名察ですよね。 これは太刀じゃなくて別になんですけども、 大徳国師の後取りとなられた、鉄刀技工を知っている方がおられて、 すごい方なんだけど、この方が開かれたお寺があるんですけどね。 そこに入られてたんですけど、昭和8年にそこに入られたって言うんだけど、 私の父が生まれたのが昭和8年なんですよ。 私の父が生まれた年に、この徳禅寺に入られた方がまだ生きておられて、 現役で本壇に出てこられて、お経を読まれてやがって、 すごいなと思って拝見していたんですけども、 この方が本当に元気で元気でずっとおられて、 それで最後はさすがに入院されたんですけどね。 で、病院で亡くなられて、お寺へ帰られたって。 で、その時にもうそれだけの方が亡くなられたので、 道場に電話が入って、軍略が来た時にお寺へ帰られましたって聞いた時に、 もう老子はすぐにおい、行くぞって。 で、枕木を読みに行くんですよね。 私もその時にはついて行ったわけですよ。 もう貴重な機会ですよね、ついて行って。 いんぎんっていう鈴を持ってついて行くんですよね、老子について行って。 で、病院さんについて通していただいて、 で、もうお休みになっておられるんですよね。 お布団に寝ておられて、顔に白い顔の霧がかかっていたね。 で、老子が合掌してから布をスーッと取られて、 で、その時のお顔は今でも忘れないですね。 もう仏様のような顔しておられたんですよね。 こんな綺麗な姿の方がおられるのかと思うくらい、 光るような、輝くようなね、テカテカじゃないですよ。 静かに輝くようなお顔だったんですよね。 あんな美しい顔の方は僕は見たことがないって。 今でも印象に残ってるんですよね。 この橘役という方は本当に厳しい修行された方だって厳しい方だったんですよ。 妥協されない方だったので、素晴らしいお弟子さんを育てられた方なんだけども、 もう伝説上の方ですよね。 私の道場に行った時にはいける伝説だった方だったんですけども、 どっちかというと怖い方なんですよ。 寄りつけないような怖い方。 私のイメージだといつも苦虫を噛みつくような顔だったんですよね。 そばに寄りつけないような怖い方だったんですけども、 その方が亡くなった時に美しい顔しておられたんですよね。 もう忘れないですね。 厳しい修行、厳しい修行、こっちに行かされていって、 最後に本当にパーッと離された時に真価が現れるって。 私が学生時代に宗教学とか神学とか勉強してた時に、 よく言われてたのは、救助犬の世界なんかよくあるんですけど、 聖者のような方が亡くなられると気づいがあるって。 気づいがあるって。 苦しきことがある、すごいことがあるって言うんですよ。 泣きがらが痛まないとか、その天から絶えなる音が聞こえるとか、 良い香りがするとかっていうのは気づいがあるって言われてるんですよね。 私はね、そういう気づいを信じるかどうかとは別にして、 ああって、そういう風になくなられた時に悲しい音だし、 人間の命の儚さの中だったけど、 その時にこういうお姿を見せる方がおられるっていうのは気づいですよね。 こういう姿を見た時に敏感な昔の方が、 あそこに気づいを感じられたとしても不思議じゃないですよね。 だから、ああすごいなって、本当に心から思ったんですね。 そんな経験を修行時代にさせていただいたってことですよね。 これが二つ目、今思い出すことですよね。 # 若い頃に出会って心に残る物語のこと それからもう一つ、道場に行く前に読んでエピソードとしようって、何かしら若い頃だから意味分かってなかったと思うんだけど、何かしら意味分かってなかったんだけど、心に引っかかってたエピソードですよね。 私は義父の人間ですから、哲学やってましたから、しかも今は禅の坊さんじゃないですか。義父といって禅といって哲学といって、しかも今私はお茶の方の具合になりますよね。 お茶といえば、もう久松真一っていう方の名前なんですね。宝石小路久松真一っていう方がおられて。 その方は義父中学出られて、哲学を功労させて、京都大学へ行って西田貴太郎先生の、もうまだ就任した直後の西田貴太郎先生の一番先生ですよね。 今沢の西田貴太郎全集の宗教哲学っていう西田貴太郎先生が一回だけやった宗教哲学の講義があるんだけど、その講義の音を取られた方です。 もう本当に尊敬してるから、独特の速記術を編み出して西田先生の講義を引き立てた。それが宗教哲学って本になってるんだけど。 その久松真一先生って方はもう人生に悩んで、西田貴太郎先生に紹介を受けて明神寺の明神僧堂に行って、それで悟りを体験されて、その後は禅とお茶の湯の世界と哲学の世界にずっと揺られた方はもう心存在ですよね。 お弟子さんに私ご縁があって、たくさんのお弟子さんにギリギリ間に合ったんですよ。 ひそ松真一先生は文化の直弟子の最後ですよね。長老クラスの座地の厚原に行くことがあって、FS教会というのがあって、その最後に間に合ったんだけど、もう今目の前に生きてるようにひそ松先生のことを喋られてたんです。 バル先生たちがもう目の前に話を聞いてると、そこに先生がおられるような話し方だったんですよね。それで印象に残ってるんですよ。本当にすごいなと思って聞いた声があるんだけど。 そのひそ松真一先生、居ますが如くという言葉があったような方なんだけど、その人、私の両親が会ってるんですね。ご縁をいただいて。 で、うちの両親は音楽の人間だから、禅とか仏教とかあんまり関心がなかった人なんだけど、帰ってきた日に、もうつっぽくと、私と兄貴なんてまだ中学とかですよ、わかるわけないのに、すごい人に会ったって。 こんな人がいるかと思って、そんなすごい人に会ったって。浸水してましたからね。私も会いたかったんだけど、会わせてもらえる予定まで組んだんだけど、体調崩されて延期してる中で亡くなってしまったんですね。 私は会えなかったんです。生身の先生にも会えなかったんだけど、もうそういう風に伝説しか知らない方ですね。 で、この磯町先生が両親の道場に行かれて、お里に開かれた時のお師匠さん、生神正三って方がおられるんですよ。 で、この生神正三って方は、ソッパで矢部にらみで、エムレバー行って町焼け台だと思うんですけど、ちょっと見た目があんまり良くない方だったんですよね。 いわゆる見た目が悪い方だったんだけど、知ってる方は日本一の美男子って言われるくらい、ひいひれひたしをするくらいの魅力のある方だったらしいです。 で、この磯町先生が両親の道場にずっとおられて、お弟子さんをいっぱい作られたんですね。 で、生神正三先生はこの方について修行されて、悟り開かれて、生神正三先生の道場を読むと、ほんとにほとばしるような尊敬の念が出てくるから、これすごい人だろうなと思っているんですね。 この生神正三は、晩年にだんだん衰えていって、いろんなことがわからなくなってしまったんですね。 磯町といってお説法する場があるんだけど、それも見事で十字に説かれていた方だったらしいですよ。シャープでクリアーで。 その方が、だんだんだんだん、いろんなことがわからなくなっていくんですよ。残酷ですよね。衰えて。わからなくなっていくんです。 だけど、その裁判年のエピソードで、お眠りになるときに、お休みになるときに、目覚まし時計をパタッと倒して、お前も眠れって言ったんですよ。 なんか、面白い話じゃないですか。だけど、どっか心に響くんですね。お前も眠れって。わからなくなっていても、お前も眠れって。 もう、いろんなことがわからなくなって、どんどん衰えていって、どんどんどんどん、暗がりの中に精神が沈んでいくって。 それでも、やっぱり寝るときに、お前も眠れって、時計をパタッと倒すって、すごいことだなって。 なんか知らないけど、私はこれが、おかしな話じゃないんですよ。なんか心に響く。何かすごい、人間の心の奥底にある美しいものが、きらきら光るものじゃないんですよ。 何か静かに光るようなものがあるんだって。いつか、そういうふうに自分がなっていてほしい。難しいかもしれないけど。私じゃダメかもしれないけど。 でも、何かしら努力して、一生懸命生きていれば、無理かもしれないですね。 だけど、そういうすごい世界があるんだなってことを、何かしら心に伝えてくれる物語ですよね。 そんなことで、たまにもないことですけれども、お目に引っかかったこともないけど、なんかあると、私は、このいかみ商談の人のことが浮かぶんですよね。 心に引っかかっているような物語って。いくつもありますけど、私の身近なところでは、この3つかな。何かしらのことを信じて、いろんなことがあったんです。 でも、特に、ここ数年ですよね。この数年のときに、いろんなことがあって消えて、いろんなことがあって消えて、そのとき、心に引っかかる物語を、私もさせていただいているんだけど。 だから、年数が経つにつれて、こういう物語が手元に残っていくってことは、自分自身がまだまだ若造で、全然未熟だけど、そういうことが気になるって、そんなことがあるなって。 まあ、とりでもないお話ですけど、そんなことを思いますね。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お招きいただきまして、誠にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #老い #大徳寺 #恵林寺 #久松真一 #人生を考える #立花大亀 #池上湘山 #大徳僧堂 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ05:442.先住職老師から学ばせていただいたこと04:313.大徳寺での修行道場時代のこと06:044.若い頃に出会って心に残る物語のこと00:095.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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