TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#379 仕事に飽きたとき08:13 2025年2月6日 391再生 問題を報告する 再生する シェアする どうしても仕事に身が入らない時があります。どうしたら良いか...AI目次仕事に飽きた本当の理由とは?倦怠期を乗り越える方法とは?前向きな日常が鍵を握る多様な活動がもたらす効果とは?充実感を得るためのヒントとは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンジの古川秀剣です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 「仕事に飽きる」とは... 今日は、「仕事に飽きた時」ということでお話したいと思います。 こちらもVoicyの方からいただいたトークテーマですね。 仕事に飽きるなんてことを言うと、それは真剣味が足りないからだって怒られてしまうんですよね。 そうは言っても、やっぱり誰もが倦怠期に入ります。 中には色んな精神的な特性ですよね。 一歩間違えれば、判定になりかねないような精神的な特性で、 飽きるということがなくて仕事に打ち込むことができるタイプの人もいますけれども、 それはやっぱりどこかで、すごいけれどもその分の月が回ってくるわけですね。 脆さが追われてしまいます。 その凄さというのはある種の偏りなんです。 だからそういう意味では、飽きないで仕事にどんどんどんどん向かえちゃうというのも怖いっちゃ怖いですよね。 私自身は勉強が好きでしたし、調べることも好きだし、考えることも好きだから、 だから哲学の勉強をしていた時は、飽きるということに感覚はあまりなかったんですね。 やっぱり間違ってずっと勉強を続けて、気づいたら何時間も経っていたらなんてことはしょっちゅうあります。 それでもやっぱりずっと仕事をして、 例えばうまくいかない時に締めくりが近づいてきて、 ストレスが溜まってくると嫌になってしまうことがあるんですよね。 だから面白くない、退屈して飽きるということはあまりなかったんだけど、 でも好きでやっていることであってもずっと過酷なものが続いていて、 その上、自分の能力オーバーみたいに締めくりが近づいてきちゃって、 思うような結果を出せない状態で、 そのストレスが過剰になって一線越えちゃうと、ちょっと嫌だなって、仕事は手につかないなって、 そういう感じのことはよくありました。あることはありましたけども、 それも含めて仕事に飽きる。 つまり退屈だ、面白くないというふうに嫌になっちゃうだけじゃなくて、 仕事に全身全霊で向き合うことができなくなっちゃう状態を飽きるというのならば、 そういう経験は私もありました。 それからまたこの修行道場ですよね。 やっぱり最初のうちは何のために修行するのかということがわからないんですよね。 世間だったらこれのために勤めます、あれのために勤めますということが言えるんだけど、 道場の修行って何だろうということですよね。 例えば責任的なことだったら結果が出るじゃないですか。 掃除をすればきれいになるとか、トレーニングすれば足が速くなるとか、 だけど修行って座禅間を何時間したって何か変わるわけでもありませんし、 そうすると成果が目の前に見えるわけじゃないから、こんなことしてて本当に役立つのかなとか、 こんなことしてていいんだろうかってやっぱり悩んだりするわけです。 そういう意味でいわゆる飽きるという状態に修行の場合も陥りがちになるんですよね。 # 自分の日常が全体として前向きになっているか 今お話ししましたように、 その仕事に飽きるという場合の一番難しい問題というのはどこにあるかというと、 ある種の倦怠期と言ってもいいんだけれども、 倦怠期というのは、集中力が続かなくてプツンと切れることもありますけれども、 あるいはもう一つは、好きなことであっても、やる気がずっとあっても、 その精神の受け入れることができるストレス以上のものが加重がかかった瞬間に、 やっぱりプツンと切れてしまうことがありますよね。 だからやりたいし好きなんだけど、 心が遂行する、ずっと続けていくに必要な集中力のリソースを使い切っちゃって、 プツンと切れてしまうことってやっぱり誰もがありますよね。 で、そうなって結局は身が入らなくなってしまってて、 全身全霊じゃなくなってしまってて、気が散ってしまうということが起きるとすると、 ここで大事なことがどういうことかというと、 例えばですよ、私の場合は他のものに逃避したんだけど、 逃避も勉強だから良かったんですよね。 例えば論文を書かなければならない時に、論文のテーマで嫌になってしまった時に、 他の本に手が出たりするんです。他のものをついやっちゃうって。 私はよく仕事がしんどくなってくると、女性フスキーを読んでたんですよね。 あと禅の本を読んでたりとかやってくるんですね。 学びの本ではあるんだけど、調節関係ないような本を読んでたりはしてましたよね。 それじゃいけないんだけど、そうなってしまう。 例えば何か他に自分の打ち込むものがあれば、 その他のものに打ち込んで一瞬投票を許すということですよね。 投票を許してリフレッシュしてモテモテればいいというのもあるわけですよ。 そういう意味では、私の場合は今やお話した、どっちかというと遊びのない人間だったので、 そういうことになったんだけど、でも気を切り替えて思い切って、 一日だけオフの日を作ってしまうとかって、 そういうのが一番有効ではあったりしますよね。 でも大事なことは、それもそうなんだけども、 まず最初に、自分が一生懸命やっていること、軸足を置いている大事なものの検討域というのはもうすぐ深刻ですよね。 その深刻な時にどうするかというと、結局は自分自身が毎日の生活においてですよ。 全体として前向きに前向きに前向きに生きているかということが大事なんです。 自分の軸足が仕事一本しかなくて、仕事だけで後のことはどうでもいいやっていうタイプの人は、 その大事な軸足が検討域に入るとちょっと流れが上がってこないんですよね。 だから実は、仕事一本しかなくて後は遊べないというタイプの人よりも、 やっぱり仕事もやる、遊びもやる、他のボランティアもやるって、 いろんなことに対して積極的な人の方が、いわゆる仕事に飽きるという、 そういう検討域に入るということのダメージは少なくなりますよね。 そういう意味で、普段から何事にも前向きで何をするにしても、 結構楽しみながら思い切って一生懸命やる。 何をやるにしても思い切って一生懸命やっているといいことがあるんですよ。 そうすると例えば、遊びでやっても一生懸命やる、他のボランティアでもやっても一生懸命やるって、 何事にもどうせやるならちゃんと一生懸命やろうという気持ちでいると、 一生懸命やっているうちにだんだんこの仕事と遊びの境界線が薄れていくんですよ。 一生懸命やっているわけですから、真剣に。 そうすると、仕事だけじゃなくて、他のことも真剣に生きるようになるわけです。 そうやっていっていると、毎日の生活全体がどんどん前向きになっていきますよね。 生活を前向きにできるということは簡単ではありませんしね。 やっぱりね、遺伝もあるし、性格もあるし、そろそろいろんな経歴もあるんだけど、 前向きになろうとまで努力しなければなりませんよね。 その時に普段からやっぱり、どんなことでもいい加減じゃなくて、 ちょっとせっかくやろうとしたら一生懸命やろうよって、 そういうふうに普段から何事にも全力を集中してやるというような感じの生活が送れるようにできる範囲でいいから、 心を分けるって、小さなことでも一生懸命やって、 小さなことでも面白いなって思えるような、そういう感じの生き方をするような工夫をしていくと、 その倦怠期っていうか、仕事に飽きるってことがあった時のダメージは小さくなりますよね。 とにかく生きるってことは、限られた人生の時間しかない。 一回しかないんだから、どんなことをするにしても、 これは大事なこと、これは限られたことはないですよね。 どれも自分の生きた人生の大事な時間だから、 全体的にいつも自分が前向きに生きていくってことが大事かなって思っています。 # 終わりのあいさつ さて、今日もお聞きいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #倦怠期 #仕事に飽きたとき #日常が全体的に前向きか 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ02:542.「仕事に飽きる」とは...05:033.自分の日常が全体として前向きになっているか00:094.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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