2025年4月
#011 沢庵和尚『不動智神妙録』:「間髪を容れず」ということ
17:30
間不容髪(かんはつをいれず)と申す事の候。貴殿の兵法にたとへて可申候(もうすべくそろ)。
間(かん)とは、物を二つかさね合(あ)ふたる間(あいだ)へは、髪筋(かみすじ)も入らぬと申す義にて候。
たとへば手をはたと打つに、其儘(そのまま)はつしと声が出で候。打つ手の間へ、髪筋の入程(いるほど)の間(ま)もなく声が出で候。
手を打つて後に、声が思案(しあん)して間(ま)を置いて出で申すにては無く候。打つと其儘(そのまま)、音が出で候。人の打ち申したる太刀に心が止(とどま)り候えば、間(ま)が出来候。其間(そのま)に手前の働が抜け候。向ふの打つ太刀と、我(わが)働(はたらき)との間へは、髪筋も入らず候程ならば、人の太刀は我(わが)太刀たるべく候。
禅の問答には、此(この)心(こころ)ある事にて候。仏法にては、此(この)止(とどま)りて物に心の残ることを嫌ひ申し候。故に止るを煩悩と申し候。たてきつたる早川へも、玉を流す様に乗つて、どつと流れて少しも止る心なきを尊(たっと)び候。
*趙州の『露刃剣(露刃剣)』
間(かん)とは、物を二つかさね合(あ)ふたる間(あいだ)へは、髪筋(かみすじ)も入らぬと申す義にて候。
たとへば手をはたと打つに、其儘(そのまま)はつしと声が出で候。打つ手の間へ、髪筋の入程(いるほど)の間(ま)もなく声が出で候。
手を打つて後に、声が思案(しあん)して間(ま)を置いて出で申すにては無く候。打つと其儘(そのまま)、音が出で候。人の打ち申したる太刀に心が止(とどま)り候えば、間(ま)が出来候。其間(そのま)に手前の働が抜け候。向ふの打つ太刀と、我(わが)働(はたらき)との間へは、髪筋も入らず候程ならば、人の太刀は我(わが)太刀たるべく候。
禅の問答には、此(この)心(こころ)ある事にて候。仏法にては、此(この)止(とどま)りて物に心の残ることを嫌ひ申し候。故に止るを煩悩と申し候。たてきつたる早川へも、玉を流す様に乗つて、どつと流れて少しも止る心なきを尊(たっと)び候。
*趙州の『露刃剣(露刃剣)』
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
- 00:101.
初めのあいさつ
- 01:532.
間髪を容れず
- 09:333.
ギリギリ極限のことがら
- 05:474.
「残心」のこと
- 00:095.
終わりのあいさつ
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