2025年4月
#014 沢庵和尚『不動智神妙録』:心を明らめる
29:21
言葉にて心を講釈したぶんにては、この一心、人と我身にありて、昼夜善事(ぜんじ)悪事(あくじ)とも、業(ごう)により、家を離れ国を亡(ほろぼ)し、其身の程々にしたがひ、善し悪しともに、心の業にて候へども、此(この)心を如何やうなるものぞと、悟り明(あきら)むる人なく候て、皆心に惑わされ候。
世の中に、心も知らぬ人は可有候(あるべくそろ)。能く明め候人は、稀にも有りがたく見及び候。たまたま明め知る事も、また行ひ候事成り難く、此一心(このいっしん)を能く説くとて、心を明めたるにてはあるまじく候。
水の事を講釈致し候とても、口はぬれ不申候(もうさずそろ)。火を能く説くとも、口は熱からず。 誠の水、誠の火に触れてならでは知れぬもの也。書を講釈したるまでにては、知れ不申候(もうさずそろ)。食物をよく説くとても、ひだるき事は直り不申候(もうさずそろ)。説く人の分にては知れ申す間敷候(まじくそろ)。
世の中に、仏道も儒道も心を説き候得共(そうろえども)、其説く如く、其人の身持(みもち)なく候心(そうろうこころ)は、明(あきらか)に知らぬ物にて候。人々我身にある一心本来を篤(とく)と極め悟り候はねば不明候(あかるからずそろ)。
又参学をしたる人の心が明かならぬは、参学する人も多く候へども、それにもよらず候。参学したる人、心持皆々悪敷候(こころもちみなみなあしくそろ)。 此一心の 明めやうは、深く工夫の上より出で可申候(もうすべくそろ)。
世の中に、心も知らぬ人は可有候(あるべくそろ)。能く明め候人は、稀にも有りがたく見及び候。たまたま明め知る事も、また行ひ候事成り難く、此一心(このいっしん)を能く説くとて、心を明めたるにてはあるまじく候。
水の事を講釈致し候とても、口はぬれ不申候(もうさずそろ)。火を能く説くとも、口は熱からず。 誠の水、誠の火に触れてならでは知れぬもの也。書を講釈したるまでにては、知れ不申候(もうさずそろ)。食物をよく説くとても、ひだるき事は直り不申候(もうさずそろ)。説く人の分にては知れ申す間敷候(まじくそろ)。
世の中に、仏道も儒道も心を説き候得共(そうろえども)、其説く如く、其人の身持(みもち)なく候心(そうろうこころ)は、明(あきらか)に知らぬ物にて候。人々我身にある一心本来を篤(とく)と極め悟り候はねば不明候(あかるからずそろ)。
又参学をしたる人の心が明かならぬは、参学する人も多く候へども、それにもよらず候。参学したる人、心持皆々悪敷候(こころもちみなみなあしくそろ)。 此一心の 明めやうは、深く工夫の上より出で可申候(もうすべくそろ)。
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
- 00:101.
初めのあいさつ
- 02:312.
言葉にて心を講釈したぶんにては...
- 09:173.
誰もが心に惑わされてしまっている
- 08:174.
「実参実究」足実地を踏んでとは言うけれど...
- 08:585.
深い工夫を積み重ねていくその果てに...
- 00:116.
終わりのあいさつ
コメント
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